第5章 第159話 森が必要とするもの
森精霊が示した光は、木々の奥へ吸い込まれるように消えていった。
エリシアはすぐには追わず、杖先を地面へ近づける。
「方向は合っています。ただ、このまま進む前に流れを確かめます」
「地脈?」
「はい。黒ずんだ根が奪っている魔力と、あの精霊が示した先が同じ方向なのかを見ます」
彼女は目を閉じた。
ユウトも周囲へ【鑑定】を使う。
【自然魔力流:低下】
【循環:不安定】
【流出方向:特定不能】
情報は出る。
しかし、それだけでは森全体の流れまで読めない。
しばらくして、エリシアが目を開いた。
「一致しています」
「一本の流れ?」
「いいえ。細い流れが何本も奥へ向かっています」
フィーナの耳がぴんと立った。
「じゃあ、森のいろんな所から吸われてるってこと?」
「その可能性が高いです」
ユウトは黒ずんだ根を見た。
一か所なら傷で済む。
だが同じものが森の各所にあり、それぞれが自然魔力を奪っているのなら話は違う。
「進もう。ただし、異常を追うだけじゃなくて、弱ってる生き物がいたらそっちを優先する」
「承知いたした」
六人はさらに奥へ入った。
進むほど、森は露骨に力を失っていった。
葉を落とした低木。
茎の途中で萎れた薬草。
飛ぶ力を失い、枝先へしがみつく小さな精霊。
そして倒木の陰から、かすかな鳴き声がした。
「右!」
フィーナが真っ先に駆ける。
そこには鹿に似た小型の森獣が横たわっていた。後脚に裂傷があるが、それ以上に全身から力が抜けている。
「セレス!」
「見ます!」
セレスは膝をつくと、傷口へ触れるより先に目と呼吸を確認した。
次に首筋へ指を当て、胸の上下を見る。
「意識はあります。出血は多くありません。でも脈が速いですね」
口元も確認する。
「脱水もあります。傷だけでここまで弱ったわけではなさそうです」
「内部、見る?」
「お願いします。臓器と異物だけ」
ユウトは【鑑定】する。
【状態:衰弱】
【外傷:後脚裂傷・軽度】
【脱水:中度】
【体内自然魔力:著しく低下】
【臓器損傷:なし】
【異物残留:なし】
「内臓は無事。傷の中にも何も残ってない」
「ありがとうございます」
セレスはすぐ処置へ移った。
水を一気に飲ませず、濡らした布から少しずつ口へ含ませる。傷口を洗い、周囲の腫れを確かめた。
「回復魔法は使わないの?」
フィーナが尋ねる。
「傷には使います。でも、今すぐ全身へ強く掛けるのはやめます」
「どうして?」
「この子は傷より先に、身体そのものが弱っています。まず水分を戻して、落ち着かせます」
セレスは近くの薬草へ手を伸ばしかけて止まった。
「エリシアさん。この草は採って大丈夫ですか?」
「その株なら葉を二枚まで。根は残してください」
「分かりました」
必要な分だけ摘み、香りを確かめる。
セレスの眉がわずかに寄った。
「……薬効が弱っていますね」
ユウトが鑑定する。
【薬効:通常個体比・低下】
「合ってる」
「では少しだけ量を調整します」
迷いなく薬草を使い、最後に裂傷部分へだけ弱い回復魔法を重ねる。
「これで休ませます。歩かせるのはまだ駄目です」
セレスが手を離した、その時だった。
ふらりと緑の光が落ちてきた。
「わっ!」
フィーナが両手で受け止める。
小さな若木精霊だった。
157話で助けた森精霊ほどではないが、こちらも光が弱い。
セレスはすぐエリシアを見る。
「前と同じ方法を、そのまま使っていいとは限りませんよね?」
エリシアが小さく頷く。
「ええ。まず、この子が何を受け取れる状態か見ます」
ユウトが【鑑定】する。
【種族:若木精霊】
【状態:衰弱】
【自然魔力保持量:低下】
【契約:なし】
「外から強く魔力を流し込む必要はなさそう」
セレスは精霊を見つめた。
しばらく考えたあと、周囲の木々へ視線を移す。
「なら、こちらから与えるんじゃなくて……この子が自分で受け取れる状態を作れませんか?」
「自然魔力を集める?」
「はい。無理に流し込まず、周りへ置くだけです」
エリシアの目に興味の色が浮かぶ。
「できます」
彼女は杖を上げた。
木々から魔力を奪わず、葉や土の周囲へ漂っている自然魔力だけを集め、若木精霊の周囲へ薄く留める。
精霊はすぐには動かなかった。
やがて、自分から一粒の光へ触れた。
さらに一粒。
少しずつ吸収するたび、弱かった輝きが戻っていく。
セレスはそこで初めて、小さく息を吐いた。
「……よかった」
ユウトは彼女の横顔を見る。
セレスは誰かに指示されて動いたわけではない。
状態を見て、自分で考え、自分で方法を選んだ。
「セレス」
「はい?」
「今の判断、すごく助かった」
一瞬、彼女が目を丸くした。
それから少しだけ頬を緩める。
「私だけじゃできませんでしたよ。エリシアさんが精霊のことを知っていて、ユウトさんが見えないところを確認してくれたからです」
「それでも、どう治すか決めたのはセレスだよ」
彼女は答えず、自分の手を一度だけ見た。
その表情に、以前のような迷いはなかった。
その後も、奥へ進むほど弱った生き物が見つかった。
水を必要としているもの。
傷の処置を優先すべきもの。
自然魔力の濃い場所へ移すだけでいい精霊。
刺激せず休ませるべきもの。
セレスは一つとして同じ処置を繰り返さなかった。
皆も自然と、治療が必要な場面では彼女の判断を待つようになっていた。
やがてセレスが足を止める。
「……ここから先、変です」
前方には普通の森が広がっている。
葉は茂っている。
草も枯れていない。
けれど、鳥の声も虫の羽音も聞こえない。
エリシアが地面へ触れ、顔を強張らせた。
「自然魔力がほとんど動いていません」
ユウトも【鑑定】する。
【自然魔力循環:著しく停滞】
【異質魔力:検出】
【性質:既知の黒色瘴気と高い類似】
【発生源:特定不能】
胸の奥が冷える。
「……黒い瘴気だ」
王国内で見たものと、完全に同じだとはまだ断定できない。
だが、ここまで近い反応は初めてだった。
「森の魔力を乱している原因の一つと考えていいでしょうね」
エリシアの声も低い。
その時。
地面の奥で、鈍い音がした。
一本。
さらに一本。
太い根が、何かへ抗うように、同じ方向へゆっくりと動き始める。
フィーナが息を呑んだ。
「……あっちで、何か起きてる」
根が向かう先は、黒い瘴気の反応が最も濃い森の奥だった。
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