第5章 第150話 強さを学ぶ意味
開始の合図と同時に、狼系獣人の男が低く滑るように間合いを詰めてきた。
上体はほとんど揺れない。足だけが細かく位置を変え、正面を外しながら近づいてくる。
ユウトは拳をかわし、その動きへ【鑑定】を向けた。
【使用スキル:滑歩】
【系統:歩法】
【特徴:重心の上下動を抑えた連続移動】
【発動条件:足裏感覚・体幹制御】
【種族固有構造:不要】
【人族による再現:可能】
「また面白そうな顔してるぞ!」
男が笑い、肘を繰り出す。
「ごめん。知らない技だったから」
「試合中だぞ!」
「分かってる!」
ユウトは受け流しながら、相手の足運びを追った。
見るだけなら構造は分かる。
だが、解析できたことと、身体で使えることは同じではない。スキルとして習得するには、自分の身体で動きを再現しなければならない。
だからユウトは、攻撃を避けるたびに小さく試した。
踵を浮かせすぎない。
腰を上下させない。
足裏で地面を押し、頭の高さを変えずに横へ移る。
一度目は遅い。
二度目は踏み込みが深い。
三度目。
拳をかわしながら、相手と同じ高さのまま横へ滑った。
【既存スキル【滑歩】を習得しました】
「……は?」
狼系獣人の動きが一瞬止まる。
観客席からもざわめきが広がった。
「今の、あいつの歩法だろ?」
「さっきまで使ってなかったぞ」
「見て覚えたっていうのか?」
男本人が一番信じられない顔をしている。
「俺、それ身につけるのに何年かかったと思ってる……」
「まだ使い方は全然あなたの方が上手いよ」
「慰めになってねぇ!」
怒鳴りながら拳が飛ぶ。
ユウトは滑歩で横へ抜けようとして――肩を掠められた。
「ほらな!」
「うん。今のは使うのが早すぎた」
技を覚えた。
だから使う。
それでは足りない。
相手は滑歩を速く動くためだけに使っているのではない。
左右へ揺さぶり、こちらへ後退を選ばせている。
ユウトは背後を一瞬確認した。
舞台の端が近い。
――場外へ追い込むためか。
男が踏み込む。
今度のユウトは滑歩を使わなかった。
普通に半歩だけ下がる。
相手が追う。
さらに半歩。
拳が伸びきる直前、ユウトは前へ出た。
「なっ!」
左腕で拳を外し、懐へ潜り込む。
掌を胸元で止めた。
もう一歩押せば場外だった。
男が両手を上げる。
「……参った」
「勝者、ユウト!」
歓声が爆発した。
控え通路へ戻ると、フィーナが尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
「ユウトお兄ちゃん、途中から同じ動きしてた!」
「覚えるだけなら何とかね」
ユウトは肩を回した。
「でも使ってみたら、アイリスが言ってたことが分かった」
アイリスが首を傾げる。
「拙者が?」
「技を覚えたところが入口なんだなって」
さっき勝てたのは、滑歩を使ったからではない。
むしろ最後は使わなかった。
相手が何を狙い、どこで何を選ぶか。
そこまで分かって、初めて技が生きる。
アイリスは小さく頷いた。
「技は知っただけでは剣にならぬ。いつ使うかまで含めて技でござる」
「うん。だからもっと見たい」
「やはり結論はそこなのでござるな……」
その後もユウトの試合は続いた。
熊系獣人の盾使いとの試合では、相手が突進を正面から止めず、円を描くように力を流した。
【既存スキル【受け流し】解析完了】
【種族固有構造:不要】
【人族による再現:可能】
ユウトは試合中に何度か角度を変えて受け、四度目で感覚を掴む。
【既存スキル【受け流し】を習得しました】
「おい! それ今、俺がやったやつだろ!」
「うん。こういう感じ?」
「なんで俺より軽く流してんだよ!」
観客席から笑いと驚きが同時に上がった。
次の対戦相手は槍使いだった。
長い柄の中央を持ち、間合いを捨てて接近戦へ切り替える。
【既存スキル【近接槍術】解析完了】
【種族固有構造:不要】
【人族による再現:可能】
ユウトはその動きを覚える一方、前に見た【剛踏】も使った。
それぞれ別の既存スキル。
新しいスキルへ混ぜるのではなく、状況に合わせて順番に使う。
剛踏で間合いを詰め、既存の剣術で槍の内側へ入り、そのまま相手を場外へ押し出した。
「さっき別の選手が使ってた踏み込みだぞ!」
「また覚えてる!」
「何個目だ!?」
客席のざわめきは、試合を重ねるほど大きくなっていった。
その一方で、どうしても習得できない動きもある。
猫系獣人が尾で姿勢を補正しながら空中で身体を捻る。
【種族固有構造:必要】
【人族による再現:不可】
【習得不能】
兎系獣人が長い耳で背後の風切り音を拾い、視界外からの攻撃を避ける。
【種族固有器官:必要】
【人族による再現:不可】
【習得不能】
「全部覚えられるわけじゃないんだね」
フィーナが言う。
「うん。でも、できない理由が分かるのも面白いから」
「ユウトお兄ちゃんって変!」
「否定できない」
エリシアも試合場を眺めながら口を開く。
「興味深いですね。魔法術式なら同じ形を再現しやすいですが、武技は骨格や筋力、重心の癖で同じ情報でも結果が変わります」
「そこも面白いんだよ」
「やはり研究対象なのですね」
「だって知れば知るほど違うから」
レティシアが腕を組む。
「で、今夜全部試すとか言うなよ。動きが変わりゃ装備の擦れ方も変わる」
「少しくらいなら――」
「駄目です」
セレスが即座に止めた。
「無理は駄目ですよ」
「二対一……」
「五対一です」
エリシアが淡々と訂正する。
夕方、大武闘祭の初日が終わった。
ユウトが仲間たちと競技場を出ようとした時、少し離れた障害競技用の受付前に白い耳が見えた。
「フィーナ?」
そこには、フィーナと同じ白狼族の少女がいた。
以前、受付で言葉を交わした少女だ。
少女もこちらへ気付き、フィーナを見る。
「明日の障害競技、同じ組みたい」
「ほんと!?」
「うん」
フィーナの耳が立った。
だが少女は少し迷ったあと、続けた。
「その前に……少し話さない?」
フィーナの尻尾が、一度だけ止まる。
それでも彼女はユウトを見なかった。
自分で少女を見て、自分で頷いた。
「うん。フィーナも話したい」
武技を学び続けた一日の終わり。
今度はフィーナが、自分の知らなかったものと向き合おうとしていた。
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