第5章 第141話 好きなものを好きと言えること
娯楽商品の製造規格を試す作業は、王立工房組合の協力を得て順調に進んでいた。
王国内で整えた安全基準と品質表示は、そのまま残す。今回決めるのは、各地の工房が同じ商品を作った時に、盤の大きさや札の寸法、交換部品の位置までばらばらにならないための基準だ。
リバーシなら、盤面の区切りと駒の直径。カルタなら、札の縦横と角の処理。
それ以外の商品についても、遊び方や安全性を損なわず、持ち運びや修理をしやすくする最低限の寸法だけを揃えていく。
「ここ以上は縛るなよ」
試作品を並べた机の前で、レティシアが木製の定規を指で叩いた。
「木の種類も、彫り物も、塗り方も工房の自由だ。全部同じにしたら職人が作る意味がなくなる」
「うん。必要なのは同じ物を作ることじゃなくて、同じように使えることだから」
「そういうこった」
共通部分と自由部分を分ける。
それだけでも、複数の工房へ製造を任せた時の混乱は大きく減るはずだった。
さらに商業ギルドから求められていた価格帯についても、三つに整理することになった。
庶民向けは、入手しやすい材料と簡素な仕上げを使う。ただし、安全基準と遊ぶために必要な強度は落とさない。
一般向けは、摩耗しにくい材料や交換しやすい部品を使い、長く扱いやすくする。
富裕層向けは、希少な木材や金属装飾、細かな彫刻や絵師の仕事によって価値を加える。
「高い物と安い物で、遊べるかどうかまで変えたら駄目だよね」
「当たり前だ」
レティシアが鼻を鳴らす。
「高い金を出した奴だけまともに遊べるなんざ、作る側が楽してるだけだ。安くするなら、飾りを減らせ。安全まで削るな」
その言葉にセレスも頷いた。
「子どもが使う商品もありますから、安全性だけは価格と関係なく守りたいですね」
「えへへ! じゃあフィーナは安いやつでもいっぱい遊べるね!」
「お前は壊す方を心配しろ」
「壊さないもん!」
フィーナの尻尾が不満そうに膨らむ。
そんなやり取りをしながら、試作品を確かめていった。
机の端には、富裕層向けの参考として工房から借りた装飾品も置かれていた。
盤の縁へ植物模様を彫ったもの。駒へ細かな線を刻んだもの。札をしまう箱へ金具を付けたもの。
どれも遊びの仕組みそのものを変えたものではない。昔から使われている装飾や細工を、ユウトが持ち込んだ商品へ合わせただけだ。
「これ、きれい!」
フィーナが花模様の箱を手に取った。
「拙者はこちらの方が好みでござるな」
アイリスが選んだのは、装飾の少ない落ち着いた木目の箱だった。
二人がまったく違う物を選ぶのを見て、ユウトは笑った。
その横で、レティシアだけが妙に静かだった。
「レティシア?」
「あ? なんでもねぇよ」
返事が早い。
視線を追うと、棚の隅に小さな布飾りがあった。
獣の姿を丸く簡略化した、掌ほどの飾りだ。子どもの鞄や寝具へ付ける昔ながらの品らしく、今回の装飾見本と一緒に持ち込まれていた。
丸い耳。短い手足。少し潰れたような愛嬌のある顔。
レティシアの視線が、そこへもう一度だけ動いた。
「欲しいの?」
「いらねぇ!」
今度は明らかに早すぎた。
エリシアが布飾りとレティシアを交互に見る。
「三回は見ていましたね」
「数えてんじゃねぇ!」
レティシアは耳まで赤くすると、乱暴に腕を組んだ。
「……昔、工房でこういうの持ってたのが知られてな。散々からかわれたんだよ。それから人前じゃ持たなくなっただけだ」
「そうだったんだ」
「笑わねぇのか?」
問い方は強かった。
けれど、ユウトにはそれが強がりだと分かった。
「なんで?」
「なんでって……鍛冶やって、酒飲んで、大盾振り回してる奴が、こんなもん好きなんだぞ」
「全部レティシアだろ?」
ユウトは首を傾げた。
「鍛冶が好きで、戦うのも好きで、酒も好きで、こういうのも好き。それのどれか一つだけが本物ってわけじゃないと思う」
レティシアが黙る。
「俺も昔、自分の希望を言わない方が楽だって思ってた時期があったからさ。好きなものくらい、自分で決めていいと思う」
孤児院では、欲しいと言わなければ揉めなかった。
年下へ譲れば褒められた。
だからいつの間にか、何が欲しいかを聞かれても先に他人の顔を見るようになっていた。
自分で選んだ狭い部屋を初めて手に入れた時、その当たり前がどれほど嬉しかったかを、今でも覚えている。
「だから、レティシアが好きなら、それでいいだろ」
「……そうかよ」
レティシアは棚の布飾りへ手を伸ばしかけ、止めた。
ユウトは余計なことは言わず、別の試作品へ視線を戻した。
少しして、布が擦れる小さな音がする。
振り返ると、レティシアの腰袋から丸い耳だけが覗いていた。
「買ったの?」
「うるせぇ。参考資料だ」
「何の?」
「……装飾のだよ!」
レティシアはいつもの調子で怒鳴った。
けれど、その手は腰袋を隠さなかった。
ユウトはそれ以上からかわず、次の試作品を手に取る。
「じゃあ次、富裕層向けの箱の留め具を確認しようか」
「……おう」
返事が一拍だけ遅れた。
それからレティシアはいつものように隣へ立った。
ただ、肩が触れそうになった瞬間だけ、なぜか半歩ぶん距離を取った。
ユウトは気付かなかった。
レティシア自身も、その理由をまだ考えないことにした。
腰袋の中では、小さな布の獣が、誰にも隠されることなく収まっていた。
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