↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第5章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

141/205

第5章 第141話 好きなものを好きと言えること

 娯楽商品の製造規格を試す作業は、王立工房組合の協力を得て順調に進んでいた。


 王国内で整えた安全基準と品質表示は、そのまま残す。今回決めるのは、各地の工房が同じ商品を作った時に、盤の大きさや札の寸法、交換部品の位置までばらばらにならないための基準だ。


 リバーシなら、盤面の区切りと駒の直径。カルタなら、札の縦横と角の処理。


 それ以外の商品についても、遊び方や安全性を損なわず、持ち運びや修理をしやすくする最低限の寸法だけを揃えていく。


「ここ以上は縛るなよ」


 試作品を並べた机の前で、レティシアが木製の定規を指で叩いた。


「木の種類も、彫り物も、塗り方も工房の自由だ。全部同じにしたら職人が作る意味がなくなる」


「うん。必要なのは同じ物を作ることじゃなくて、同じように使えることだから」


「そういうこった」


 共通部分と自由部分を分ける。


 それだけでも、複数の工房へ製造を任せた時の混乱は大きく減るはずだった。


 さらに商業ギルドから求められていた価格帯についても、三つに整理することになった。


 庶民向けは、入手しやすい材料と簡素な仕上げを使う。ただし、安全基準と遊ぶために必要な強度は落とさない。


 一般向けは、摩耗しにくい材料や交換しやすい部品を使い、長く扱いやすくする。


 富裕層向けは、希少な木材や金属装飾、細かな彫刻や絵師の仕事によって価値を加える。


「高い物と安い物で、遊べるかどうかまで変えたら駄目だよね」


「当たり前だ」


 レティシアが鼻を鳴らす。


「高い金を出した奴だけまともに遊べるなんざ、作る側が楽してるだけだ。安くするなら、飾りを減らせ。安全まで削るな」


 その言葉にセレスも頷いた。


「子どもが使う商品もありますから、安全性だけは価格と関係なく守りたいですね」


「えへへ! じゃあフィーナは安いやつでもいっぱい遊べるね!」


「お前は壊す方を心配しろ」


「壊さないもん!」


 フィーナの尻尾が不満そうに膨らむ。


 そんなやり取りをしながら、試作品を確かめていった。


 机の端には、富裕層向けの参考として工房から借りた装飾品も置かれていた。


 盤の縁へ植物模様を彫ったもの。駒へ細かな線を刻んだもの。札をしまう箱へ金具を付けたもの。


 どれも遊びの仕組みそのものを変えたものではない。昔から使われている装飾や細工を、ユウトが持ち込んだ商品へ合わせただけだ。


「これ、きれい!」


 フィーナが花模様の箱を手に取った。


「拙者はこちらの方が好みでござるな」


 アイリスが選んだのは、装飾の少ない落ち着いた木目の箱だった。


 二人がまったく違う物を選ぶのを見て、ユウトは笑った。


 その横で、レティシアだけが妙に静かだった。


「レティシア?」


「あ? なんでもねぇよ」


 返事が早い。


 視線を追うと、棚の隅に小さな布飾りがあった。


 獣の姿を丸く簡略化した、掌ほどの飾りだ。子どもの鞄や寝具へ付ける昔ながらの品らしく、今回の装飾見本と一緒に持ち込まれていた。


 丸い耳。短い手足。少し潰れたような愛嬌のある顔。


 レティシアの視線が、そこへもう一度だけ動いた。


「欲しいの?」


「いらねぇ!」


 今度は明らかに早すぎた。


 エリシアが布飾りとレティシアを交互に見る。


「三回は見ていましたね」


「数えてんじゃねぇ!」


 レティシアは耳まで赤くすると、乱暴に腕を組んだ。


「……昔、工房でこういうの持ってたのが知られてな。散々からかわれたんだよ。それから人前じゃ持たなくなっただけだ」


「そうだったんだ」


「笑わねぇのか?」


 問い方は強かった。


 けれど、ユウトにはそれが強がりだと分かった。


「なんで?」


「なんでって……鍛冶やって、酒飲んで、大盾振り回してる奴が、こんなもん好きなんだぞ」


「全部レティシアだろ?」


 ユウトは首を傾げた。


「鍛冶が好きで、戦うのも好きで、酒も好きで、こういうのも好き。それのどれか一つだけが本物ってわけじゃないと思う」


 レティシアが黙る。


「俺も昔、自分の希望を言わない方が楽だって思ってた時期があったからさ。好きなものくらい、自分で決めていいと思う」


 孤児院では、欲しいと言わなければ揉めなかった。


 年下へ譲れば褒められた。


 だからいつの間にか、何が欲しいかを聞かれても先に他人の顔を見るようになっていた。


 自分で選んだ狭い部屋を初めて手に入れた時、その当たり前がどれほど嬉しかったかを、今でも覚えている。


「だから、レティシアが好きなら、それでいいだろ」


「……そうかよ」


 レティシアは棚の布飾りへ手を伸ばしかけ、止めた。


 ユウトは余計なことは言わず、別の試作品へ視線を戻した。


 少しして、布が擦れる小さな音がする。


 振り返ると、レティシアの腰袋から丸い耳だけが覗いていた。


「買ったの?」


「うるせぇ。参考資料だ」


「何の?」


「……装飾のだよ!」


 レティシアはいつもの調子で怒鳴った。


 けれど、その手は腰袋を隠さなかった。


 ユウトはそれ以上からかわず、次の試作品を手に取る。


「じゃあ次、富裕層向けの箱の留め具を確認しようか」


「……おう」


 返事が一拍だけ遅れた。


 それからレティシアはいつものように隣へ立った。


 ただ、肩が触れそうになった瞬間だけ、なぜか半歩ぶん距離を取った。


 ユウトは気付かなかった。


 レティシア自身も、その理由をまだ考えないことにした。


 腰袋の中では、小さな布の獣が、誰にも隠されることなく収まっていた。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。