第5章 第140話 閉ざされた旧坑道
採掘坑へ到着した時、入口前の広場には作業員たちが集められていた。
怪我人はいない。だが、誰も坑道へ戻ろうとはしていない。
「最初は小型の魔物が数匹だったんです」
坑道を管理する職人が説明する。
「昨日から急に増えまして。今朝は、普段もっと深い層にいる魔物まで上がってきました」
「作業員は全員外に?」
ユウトが尋ねる。
「点呼は済んでいます」
「なら救助は必要ないね。まず原因を確認しよう」
レティシアも大盾を背負い直した。
「装備の確認はついでだ。坑道は遊び場じゃねぇ」
「うん!」
フィーナを先頭に、六人は坑道へ入った。
壁には一定間隔で魔石灯が置かれ、鉱石を運ぶための細い軌道が奥へ続いている。
しばらく進むと、フィーナがしゃがみ込んだ。
「足跡いっぱいあるよ」
複数の分岐から伸びた跡が、一つの通路へ集まっている。
「全部、出口の方へ向かってる」
フィーナは鼻を動かした。
「血の匂いはちょっとする。でも、前に黒く濁った魔石があった場所みたいな変な匂いはしない」
「今のところは別の可能性が高そうだね」
ユウトが答えた直後、岩陰から小型の魔物が飛び出した。
数匹のロックラットだ。
【鑑定】しても、以前見た異質な魔力反応はない。
「通すよ!」
フィーナが右手の短剣で一匹の進路を逸らし、そのまま左手へ持ち替える。
反対側から来た個体の爪を軽く受け流した。
以前なら左へ切り替える瞬間、わずかに遅れていた。
今はない。
アイリスが踏み込み、逃げ道を塞ぐ一匹だけを浅く斬る。
群れは戦意を失い、そのまま入口方向へ走り去った。
「左、どうだ?」
レティシアがすぐに聞く。
「すごく抜きやすい!」
「アイリスは?」
「握りに無理がないでござる」
「よし。帰ってからもう一度見る」
そこで結論を出さないのがレティシアだった。
さらに下層へ進む。
途中、フィーナが足を止めた。
「ユウトお兄ちゃん、これ」
壊れた支柱の裂け目から、太く短い毛を一本摘まみ上げる。
「知らない匂い。魔物だと思うけど……」
レティシアは支柱を叩いた。
「こいつは魔物がぶつかっただけじゃねぇな」
ユウトも【鑑定】する。
【対象:坑道支柱】
【状態:破損】
【主要破損要因:側方からの強い圧力】
【破損時期:比較的新しい】
土壁にも、大きな何かが身体を擦った跡が残っていた。
「この通路を奥から通ったのか」
その時。
地面が小さく震えた。
「来るよ!」
フィーナが耳を立てる。
重い足音が急速に近づいてきた。
暗闇から現れたのは、岩盤のような甲殻を背負った巨大な四足の魔物だった。
ユウトが【鑑定】する。
【種族:アーマーモール】
【危険度:C】
【状態:恐慌・興奮】
【外傷:複数】
【魔力異常:軽微】
【既知の異質魔力反応:一致なし】
「黒い異変と同じ反応はない!」
「でも怪我してます!」
セレスが背中を見て言う。
甲殻には、鋭いものが何本も走ったような傷が刻まれていた。
アーマーモールが咆哮し、突進する。
「アタシが止める!」
レティシアが前へ出た。
大盾と巨体が激突する。
重い音が坑道へ響き、靴底が土を削った。
だがレティシアは真正面から受け切らない。
軽くなった盾の外周を動かし、衝撃を斜めへ流す。
「いいな、これ!」
身体を捻る。
魔物の頭が壁側へ逸れた。
「今だ!」
「承知いたした!」
アイリスが深く踏み込み、甲殻の継ぎ目へ剣を打ち込む。
握りは崩れない。
続いてエリシアが風魔法を放ち、間を置かず土属性へ切り替えた。
盛り上がった土が前脚を絡め取る。
アーマーモールが暴れ、尾を振り回した。
「セレス!」
ユウトが間へ入る。
剣で尾を逸らしたが、勢いを殺しきれず、肩へ衝撃が抜けた。
一歩だけ後退する。
「ユウト、動かさないでください」
戦闘が止まった隙に、セレスが肩へ触れる。
「骨への響きはありません。腫れもほとんどないです。肩も動かせますね」
ユウトが腕を回す。
「問題ない」
「戦闘は続けられます。でも、帰ったらもう一度診ますからね」
「はい」
拘束されたアーマーモールは、まだ奥を気にして唸っていた。
ユウトは傷を確認する。
【背部損傷:複数条の鋭利痕】
【原因:特定不能】
【負傷地点:特定不能】
「この傷をつけた何かから逃げてきた可能性が高い」
「Cランクを追い出す何か、か」
レティシアが奥を睨む。
同行していた職人も青ざめた。
「この辺りで、そんな魔物は聞いたことがありません」
「これ以上は進まない方がいいですね」
エリシアが静かに言う。
「黒い異変と同じ反応はない。でも、原因不明の移動が起きていることは確かです」
「一度戻ろう」
ユウトは即座に決めた。
「坑道の地図と、過去の採掘記録を確認してからだ」
「それでいい」
レティシアも頷く。
「構造も知らねぇ場所で正体不明を追うのは、勇気じゃなくて馬鹿だ」
六人はアーマーモールを安全な横道へ追い込み、入口へ戻った。
そこで改めて装備を確認する。
「フィーナ、左右とも問題なし。アイリスも握りは改善。エリシア、属性切り替えは?」
「残留魔力はほとんど感じませんでした」
「セレスの鞄は?」
「走っても瓶がぶつかりません」
レティシア自身の盾にも大きな問題はない。
最後にユウトの肩当てを叩き、満足そうに鼻を鳴らした。
「こいつも仕事したな」
実戦確認は成功だった。
だが、それで終わりではなかった。
管理小屋で古い坑道図を広げた職人が、奥の区画を指さす。
「皆さんが引き返した場所の先ですが……今使っている採掘区画ではありません」
「じゃあ何だ?」
レティシアが身を乗り出す。
職人は古びた線の上を指でなぞった。
「三十年以上前に閉鎖された旧坑道へ繋がっています」
レティシアの表情が変わった。
「……そこ、まだ道が残ってたのか?」
「記録では、落盤で塞がれたことになっています」
閉ざされていたはずの坑道。
その奥から、魔物たちは上へ逃げてきていた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
そして本日はここまで明日も5話投稿します。
よろしくお願いいたします。




