第5章 第127話 古代炉を安定させる方法
仮設の排出術式が稼いだ時間は、決して長くなかった。
古代魔力炉の振動は弱まっているものの、完全には消えていない。地下制御室では、アルテシア王国側からの照会資料、新設予定の大型魔力炉の設計図、古代炉の運転記録が机いっぱいに広げられていた。
「停止じゃなくて……静穏化」
エリシアが古びた写本を指でなぞる。
「ここにも同じ表現があります。『炉を止める』ではなく、『流れを静め、均衡へ戻す』」
「現代式と考え方が違うんだね」
「少なくとも、この炉についてはそうです」
エリシアは断定を避けた。
「古代文明全体が同じ設計思想だったとは言えません。ただ、この炉は完全に魔力を断つことを前提にしていません」
ユウトは炉へ【鑑定】を使う。
【対象:古代式大規模魔力炉・循環系統】
【炉心圧:変動中】
【外殻負荷:緩やかに上昇】
【再流入経路:作動中】
【急激な再流入停止:挙動不安定化の可能性】
【詳細原因:解析可能】
「再流入を全部止めるのも危ないみたいだ」
「では、なぜ危険なのかを考えましょう」
エリシアは別の記録へ視線を移す。
「ここに『急激な空白を作るべからず』とあります」
「魔力の空白?」
「おそらく。炉心へ戻る魔力を突然断てば、内部の圧力差が一気に広がるのでは?」
ユウトは現在の流れと仮設排出術式の変化を見比べる。
炉心側の魔力が減るたび、外殻側との偏りが大きくなる瞬間があった。
「……合ってると思う。完全に抜くんじゃなくて、減らしながら戻さないと圧力差が大きくなる」
「なら必要なのは排出だけではありません」
エリシアが術式板へ線を引いた。
「流出、再流入、位相調整。その三つを同時に制御します」
ユウトも隣から書き足す。
「でも、勝手に全部判断する魔法にはしない。流量を段階ごとに区切って、その範囲で経路を切り替える」
「ええ。それなら予測不能な自己判断にはなりません」
既存の流量制御、魔力誘導、分散術式、位相調整。
見たことのある魔法理論を、目的に合わせて組み直していく。
「外殻にある既設の蓄魔槽接続路を使えます」
研究員が設計図を示した。
「六本あります」
「それで前の仮設術式は六方向だったんだ」
「はい。ただし一本ずつ許容量が違います」
「なら均等分配はやめよう」
ユウトが言う。
「それぞれの許容量に合わせて段階を分ける」
エリシアが頷き、数値を書き込む。
「興味深いですね。では、戻す魔力は炉心側の周期に合わせます」
保守派の研究者が腕を組んだ。
「新しい術式を重ねすぎるのは危険だ」
「承知しています」
エリシアは反発しなかった。
「古代側が必要としている循環は残します。その上で、現代側の制御を必要最小限だけ足します」
革新派の研究者も続ける。
「古いから残すのでも、新しいから置き換えるのでもない。理由を確認してから決めます」
両者の意見が完全に一致したわけではない。
それでも、この場だけは同じ炉を止めるために同じ資料を見ていた。
「ユウトお兄ちゃん!」
フィーナの耳が動く。
「左の奥の音、また速くなった!」
「レティシア!」
「見てる!」
レティシアが外殻の固定部へ走る。
「金具はまだ持つ! でも内部の振動が増えてやがる。試すなら早くしな!」
「セレス!」
「負傷者は外へ出しました。ここに残っている方も交代させています」
セレスはユウトの顔も見る。
「あなたもです。集中力が落ちたら止めますからね」
「分かった」
アイリスは退避路の前に立つ。
「飛来物と崩落の兆候はこちらで見る。二人は術式へ集中されよ」
準備が整った。
ユウトとエリシアは新しい術式を展開する。
「最初は最小流量」
「ええ」
外殻へ逃がされた魔力の一部を、一度均す。
その上で炉心側の周期と比較し、戻しても負荷にならない分だけ再流入させる。
余剰は六本の接続路へ、許容量に応じて振り分ける。
「外殻負荷、低下!」
「炉心圧は?」
「急落していません!」
「フィーナ?」
「音、さっきより静か!」
「レティシア!」
「振動も減ってる!」
一段上げる。
さらに一段。
そこでエリシアの目が鋭くなった。
「止めてください」
ユウトは即座に出力を固定する。
「第三接続路だけ戻りが遅いです」
ユウトが確認する。
【第三接続路:位相偏差あり】
【偏差:許容範囲内】
【増加傾向:あり】
「外殻の値だけ見てたせいだ」
「炉心側の周期変動も基準へ入れます」
エリシアが接続順を変更する。
「位相調整を再流入直前へ」
「うん」
修正。
再試験。
今度は乱れない。
最後の段階へ入ると、巨大な古代炉を満たしていた低い唸りがゆっくりと落ち着いていった。
【古代炉循環:安定】
【外殻負荷:低下】
【炉心圧:許容範囲】
【余剰魔力:外部排出中】
【現対象に対する継続安定化:可能】
【他施設への転用:要再設計・要検証】
「……できた」
研究員が呟く。
だがエリシアはすぐに首を振った。
「この炉に対しては、です」
ユウトも頷く。
「新設炉へそのまま使えるわけじゃない」
規模も流路も、使う魔石も、出力変動も違う。
今回の術式は、古代炉の構造を理解した上で組んだ専用の安定化魔法だった。
万能ではない。
だからこそ意味がある。
ユウトの視界に新しい表示が浮かぶ。
【新規魔法術式構築完了】
【名称:未設定】
【用途:対象魔力炉の循環・分散・位相安定化】
【適用対象:現古代炉】
【汎用化:未完成】
「本当に、新しい魔法を作ったのか……」
国家でも上位に数えられる研究者が、術式を見つめたまま息を漏らした。
「炉内部の魔力変動を、これほど細かく追える者を私は知らない」
「でも、古代文字を読めたのはエリシアです」
ユウトは即座に返す。
「僕だけじゃ原因まで辿り着けませんでした」
「私だけでも無理です」
エリシアも淡々と答える。
「実際の魔力の流れを、ここまで細かく追う手段がありませんから」
そのやり取りの最中も、二人の思考は次の問題へ向いていた。
同じ速度で考えをつなげられることが、エリシアには妙に心地よかった。
ただ今は、それを研究相性の良さだと思うことにした。
「名前は?」
ユウトが尋ねる。
「古代炉専用なら、分かりやすい方がいいですね」
エリシアは少し考える。
「【古代炉循環安定】で」
「そのままだね」
「用途を誤解されません」
「じゃあ、それで」
こうして新しい魔法【古代炉循環安定】が生まれた。
静かになった炉を確認していると、制御室の扉が開いた。
「《アカシックレコード》の皆さん!」
別の研究員が封印札付きの資料箱を抱えている。
「アルテシア王国の大神殿と冒険者ギルドから照会されていた、黒く濁った魔石についてです」
ユウトたちの空気が変わる。
「何か見つかったんですか?」
「断定はできません。ただ、古代資料庫に似た記述がありました」
研究員は声を落とした。
「黒く変質した魔石。それから、地下施設の封鎖について」
「封鎖……」
「詳細は資料庫で確認できます」
炉の危機はひとまず越えた。
けれど、王国から追ってきた異変は何一つ終わっていない。
「案内してください」
静かになった古代炉を背に、六人はさらに古い記録が眠る資料庫へ向かった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




