第4章 第118話 広がるからこそ守るもの
商業ギルドの会議室へ運び込まれた木箱を見た瞬間、レティシアの眉が動いた。
「……こいつは酷いな」
箱の中には、生活カルタを真似て作られた木札が何十枚も入っていた。形そのものはユウトたちが広めたものに近い。だが、表面には細かな毛羽立ちが残り、角もほとんど削られていない。
商業ギルドの職員が、一枚の報告書を机へ置いた。
「数日前、これで遊んでいた子どもの手へ、深めのささくれが刺さりました。幸い治療は済んでいます。ただ、別の札では割れた角が顔へ当たりかけた例もありまして」
セレスの表情が引き締まる。
「同じ作り方が広がれば、次も軽傷で済むとは限りませんね」
ユウトは木札へ【鑑定】を使った。
【名称:文字遊び用木札】
【品質:低】
【状態:加工不良】
【表面:研磨不足】
【角部:処理不足】
【木材乾燥:不十分】
【内部状態:反り・亀裂発生の可能性あり】
【継続使用:ささくれ発生率上昇】
「乾燥不足まである」
「表だけ見て削ったんだろうな」
レティシアは木目を指でなぞった。
「しかも木目に逆らって仕上げてる。今は平らでも、使ってるうちに起きるぞ。端材を使うのは悪くない。だが、安くするために仕上げまで削ったら駄目だ」
ユウトの【鑑定】が示した内容と、レティシアが手触りだけで見抜いた問題はほとんど重なっていた。
情報として知ることと、職人として経験で分かることは、やはり同じではない。
「怪我の件を受けて、他の模倣品も集めて調べました」
職員が次の束を取り出した。
「その中で、もっと気になるものが見つかっています」
セレスが一枚を見て、すぐに手を止めた。
「これは……薬草カルタですか?」
「はい」
絵は簡略化され、説明文も短い。
セレスが原型の札と並べる。
「この葉の切れ込みが消されています。これでは、よく似た毒草と見分けられません」
エリシアも読み札へ目を落とした。
「『熱がある時に煎じて飲む』だけですね。元の札に入れていた注意文もありません」
フィーナが二枚を交互に見る。
「絵だけだったら、フィーナも同じだと思う」
「そうでしょうね」
セレスは模倣品を机へ戻した。
「遊びの札なら間違えて取っても笑って終われます。でも、薬草の情報はそうはいきません。これを見て、本物だと思って採取する人が出る可能性があります」
最初は木札の怪我だった。
だが調べてみれば、問題は加工だけではなかった。
広まるほど、間違った情報まで広がる可能性がある。
「全部禁止するわけにはいかないよね」
ユウトが言う。
商業ギルド職員が頷く。
「私たちもその考えです。模倣そのものを禁止すれば、地方の職人や小さな工房が参加できなくなります」
「それじゃ意味がないさ」
レティシアが腕を組む。
「作れる奴が増えたから、遠い町まで届くようになったんだ。止めるんじゃなく、危ないところを減らしゃいい」
「最低限の基準を作ろう」
紙が広げられる。
レティシアは加工について挙げた。
「角を丸める。表面は手で撫でても引っ掛からない程度まで磨く。大きく反った札、割れた札は使わない。子ども向けなら小さすぎる部品も避ける」
「塗料も必要です」
セレスが続ける。
「手や口に触れて危険なものは避けてください」
「特定の材料だけ指定するより、『人体へ有害なものを使わない』の方がいいと思う」
「その方が将来別の素材が出ても対応できますね」
エリシアが記録する。
次は内容だった。
「生活用の札なら多少言い回しが違っても問題になりません」
エリシアが言う。
「ですが、薬草、魔物、冒険者向けの札は、誤りが怪我や事故へ直結します」
「なら、その種類だけ確認を厳しくしよう」
ユウトは紙を分けた。
「薬草なら薬師か治療師。魔物なら冒険者ギルド。危険に関わる情報だけ、詳しい人に見てもらう」
「賛成です」
セレスが即答した。
そこで、アイリスが静かに手を挙げた。
「一つよろしいか」
「どうしたの?」
「確認された品と、そうでない品を――文字が読めぬ者は、どう見分けるのでござる?」
誰もすぐには答えなかった。
ユウトは机の上のカルタを見る。
文字を学ぶきっかけとして作ったものだ。
それなのに、安全に関する説明を文章だけへ頼れば、最も必要な人へ届かない。
「……印が必要だ」
「印ですか?」
「文字を読めなくても見分けられるもの」
フィーナがすぐに口を挟む。
「見たら分かるやつがいい! でも、印があるから絶対安全、って思うのは違うよね?」
ユウトはフィーナを見る。
「うん。その通り」
「フィーナだったら、印を見ても分からないことがあったら店の人に聞くよ。前は聞くのちょっと嫌だったけど、今はその方がいいって分かったし」
その言葉に、ユウトは小さく笑った。
以前のフィーナなら、分からなくても黙っていたかもしれない。
今は、自分で確認することも選択の一つだと知っている。
商業ギルド職員が考え込んだ。
「では、王都で試験的に始めてみましょう。ギルドで最低基準を確認した品へ、登録番号と共通の印を付けます」
「安全保証じゃなくて、最低限の確認を受けた印、だね」
「はい。そこは明確にします」
「確認しないと売れない、にはしない方がいいと思う」
「もちろんです。義務にすれば、小規模な職人ほど不利になります」
「判断材料を増やすだけにしよう。選ぶのは買う人だから」
仮の印は、開いた本の上へ小さな丸を置いた単純な形になった。
フィーナが首を傾ける。
「これなら覚えられる。でも最初に意味を教えてもらわないと分かんないよ」
「店頭だけでは不足ですね」
職員が言う。
「神殿や冒険者ギルドにも協力を頼みましょう」
「木片芝居でも説明できる」
ユウトが続けた。
「危ない札と、基準を通った札を見せながら、どう違うか伝える。文字が読めない人にも分かるように」
「興味深いですね」
エリシアが書き加える。
「規則だけ作っても、知られなければ意味がありません」
◇
その日の午後、王都限定の試験確認が始まった。
最初に持ち込まれたのは、小さな工房が作った生活カルタだった。
レティシアが一枚ずつ触る。
「角は悪くない。磨きも合格。ただ、この二枚は反り始めてるな」
セレスは塗料を確認する。
「こちらも問題ありません」
エリシアが文章を読み、最後にフィーナへ渡した。
フィーナは数枚並べたあと、一枚を持ち上げる。
「これ、文字が細すぎる」
職人が困ったように眉を寄せた。
「細い方が綺麗だと思ったんだが……太くすると野暮ったくならないか?」
「でもフィーナ、こっちの太い方が先に見えるよ」
フィーナは原型の札と並べる。
「絵を見て、それから文字を見る時もこっちの方が分かりやすい」
職人は二枚を何度も見比べた。
「……なるほど。使う側から見ると違うのか」
「見た目を良くするのは悪くないよ」
ユウトが口を挟む。
「ただ、これは読む練習にも使われるから、読みやすさも必要なんだ」
「分かった。なら太さを変えて、もう一度持ってくる」
職人は札を箱へ戻した。
基準を作ったからといって、正解を一方的に押しつけるわけではない。
作る側と使う側が確かめながら、より良い形へ近づけていく。
それでいい。
夕方には、確認を待つ職人が何人も窓口へ並んでいた。
「ユウトお兄ちゃん」
フィーナが列を見ながら笑う。
「フィーナたちが作らなくても、どんどん増えてくね」
「うん」
「でも、危ないのを見つけたら直せるようにもなった」
ユウトは頷いた。
作ることだけが知識の使い道ではない。
広まった後に、どう安全に残すかを考えることも必要なのだ。
夕暮れの光が、机の上の確認印を照らしていた。
大切なのは、正解を押しつけることではない。
自分で確かめ、選ぶための材料が、手の届くところにあることだった。
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