第4章 第116話 古い記録に残る封印
森から戻ったユウトたちは、まず村の代表と冒険者ギルドへ調査結果を伝えた。
黒く変質した魔石は魔物だけの問題ではない。森の北東部では、一部の土や薬草、小動物からも同じ異質な魔力が確認されている。
「北東側の採取依頼は止めた方がいいと思います」
ユウトの提案に、ギルド職員がすぐ頷いた。
「分かりました。薬草採取と薪運びの依頼は一時停止します。森へ入る冒険者にも警告を出します」
「文字だけじゃなくて、口でも説明してください」
ユウトは付け加える。
掲示板へ注意書きを張るだけでは足りない。
読めない者には、口頭で伝える。
以前なら見落としていたかもしれないことだった。
村人に対しては、村の代表と神官が直接説明することになった。
森全体が危険だと決めつけるのではなく、異常が確認された北東部を避け、南側の採取地を利用する。採取した物に違和感があれば持ち帰らず、魔物を討伐した場合も、黒く濁った魔石は通常のものと混ぜない。
「全部が危険だってわけじゃないんだな?」
不安そうな村人へ、セレスが穏やかに答える。
「はい。だからこそ、分かっている範囲だけ避けましょう。安全だと確認できた場所まで使えなくしてしまう必要はありません」
原因不明だからこそ、必要以上に恐れない。
だが、分からないものを安全とも決めつけない。
それが今できる最善だった。
問題はもう一つある。
森で見つけた、土へ埋もれた古い石柱だった。
エリシアが写し取った文字は、村の神官には読めなかった。地方都市の神殿でも確認してもらったが、現在使われている神殿文字とは大きく異なるという。
「王都の大神殿なら、古代の宗教記録を保管しています」
神官からそう教えられ、《アカシックレコード》は冒険者ギルドを通して写しを送った。
返事が届いたのは数日後だった。
似た文字を使った古い記録が残されている。
その報告を受け、六人は王都へ戻った。
◇
大神殿の奥にある記録庫は、礼拝堂とはまるで雰囲気が違っていた。
窓は小さく、壁に設置された魔法灯だけが淡い光を落としている。棚には革張りの書物や巻物、石板から写し取った拓本が隙間なく並び、乾いた紙と古い革の匂いが漂っていた。
「うわぁ……文字だらけ」
フィーナが入口で耳を伏せる。
「これ全部読むの?」
「必要なものだけですよ」
エリシアが答える。
「それなら大丈夫!」
すぐ元気を取り戻したフィーナに、ユウトは小さく笑った。
案内役の年配の神官が、一枚の古びた拓本を机へ広げる。
「皆様が持ち帰った石柱の写しと、最も形が近いものです」
石板そのものは、かなり昔に発見された遺構から運び出されたものらしい。
しかし拓本にも欠損が多い。
文字が残っている部分より、失われた部分の方が多いほどだった。
エリシアが身を寄せる。
「……この文字は『深い』、あるいは『下方』に近い意味ですね」
「断定はできないのですか?」
セレスが尋ねる。
「古代語では前後の文脈で意味が変わりますから」
エリシアはさらに指を進める。
「こちらは……『鎮める』か、『封じる』。そして最後は『境を越えるな』とも読めます」
「ずいぶん曖昧だな」
レティシアが腕を組む。
「だからこそ、古い記録は一つだけで決めつけないんです」
「興味深いですね」
エリシアの目が少しだけ輝いた。
ユウトも拓本へ【鑑定】を使った。
【記録物:古代石板の拓本】
【年代:極めて古い】
【原文保存率:低】
【記録内容:封印または鎮静に関する断片】
【対象:――――】
【詳細解析:上位存在による情報干渉を検出】
【干渉属性:解析不能】
まただ。
見えないのではない。
対象に関する部分だけが、意図的に閉ざされている。
「森の石柱と同じ?」
フィーナがユウトの顔を見上げる。
「うん。同じ種類の干渉だと思う」
「じゃあ、悪い神様なの?」
「まだ分からないよ」
ユウトはすぐに否定した。
「神なのか、それ以外の何かなのかも分からない。俺の【鑑定】で分かるのは、普通の魔法や結界より上位の何かが情報を隠してるってことだけ」
「そっか」
フィーナは素直に頷いた。
その時、机の端に置かれていた現代語の注釈書へ目を落とす。
「あ」
「どうした?」
「これ、読める」
フィーナが指差した先には、大きめの文字で短い注意書きが記されていた。
「『禁止』……だよね?」
「合ってます」
エリシアが微笑む。
「えへへ!」
古代文字を読めるわけではない。
それでも、少し前なら意味の分からない線にしか見えなかった文字の中から、自分で一つ拾えるようになっている。
ユウトはその成長を嬉しく思いながら、再び古い拓本へ視線を戻した。
年配の神官が別の記録帳を持ってくる。
「王国内では、過去にも似た遺構がいくつか見つかっています」
開かれた頁には、各地で発見された石柱や祭壇らしき構造物の簡単な記録が残されていた。
「共通点はあるんですか?」
アイリスが問う。
「完全に同じではありません。ただ、『深き場所』『鎮める』『境界』『近づくな』と解釈できる断片が繰り返し現れます」
「封印されているものの名は?」
ユウトが尋ねる。
神官は首を振った。
「残っていません」
「削れたから?」
「それも分かりません。最初から記されなかったのか、失われたのか、あるいは別の理由があるのか」
ユウトは紙を一枚借りた。
「じゃあ、今分かっていることを分けよう」
確認できていること。
魔物の異常興奮。
黒く濁った魔石。
土や薬草への異質魔力の混入。
北東へ進むほど増えた変質個体。
古い石柱。
そして、【鑑定】を遮る上位存在による情報干渉。
一方、分からないこと。
異質魔力の発生源。
石柱の本来の用途。
古代記録が示す対象。
森の異変と石柱が本当に同じ原因なのか。
「分からないものが多いですね」
セレスが一覧を見る。
「でも、それでいいと思う」
ユウトは答えた。
「分からないなら、分からないって残しておけばいい。無理に答えを決めたら、本当に必要な情報を見落とすかもしれないから」
神官は小さく笑った。
「その慎重さを、知識神は好まれるでしょう」
大神殿は、王国内に残る類似遺構の記録をさらに調べることになった。
冒険者ギルドにも、黒く変色した魔石が他地域で見つかっていないか照会を頼む。
森の一角で始まった調査が、少しずつ王国全体へ広がり始めていた。
記録庫を出ようとした時だった。
「お待ちください!」
廊下の向こうから、若い神官が駆けてくる。
手には封を切ったばかりの報告書が握られていた。
「冒険者ギルドから、追加の連絡です」
ユウトが受け取り、目を通す。
短い文章だった。
――王国東部で討伐された魔物から、黒く変色した魔石を確認。
フィーナの耳がぴくりと動く。
「……あの森だけじゃないの?」
誰もすぐには答えなかった。
黒い異変は、一つの森だけで終わるものではないのかもしれない。
ユウトは報告書を握り直す。
まだ正体は分からない。
だが、調べるべき範囲だけは、確実に広がっていた。
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