第1章 第1話 白い世界で告げられた死
初めてチートで異世界最強でハーレムものを執筆しました。
最初に感じたのは、静けさだった。
風の音も、鳥の声も、人の話し声も聞こえない。静かなのではなく、この場所には最初から音というものが存在していないようだった。
ユウトは目を開いた。
そう思ったが、本当に瞼を開いたのかは分からなかった。そもそも、自分に瞼があるという感覚すらない。
見えるのは、どこまでも続く白だけだった。
壁も天井もない。床があるのかどうかも分からず、上下の区別さえ曖昧な白い空間が果てなく広がっている。
自分の部屋ではない。
高校でも、長く暮らしていた孤児院でもない。
見覚えのない場所だった。
――ここ、どこだ?
疑問が浮かんだが、声は聞こえなかった。
口を動かした感覚も、喉が震えた感覚もない。ただ、意識の中に言葉だけが生まれて消えていく。
身体を起こそうとして、ユウトは初めて異常に気づいた。
起き上がる以前に、身体の感覚がなかった。
手を見ようとする。
だが、何も見えない。
腕を持ち上げようとしても、視界には白い空間しかなかった。指も、手のひらも、着ているはずの服もない。足元へ意識を向けても、脚や靴は見当たらなかった。
それどころか、自分が立っているのか、座っているのか、横たわっているのかさえ分からない。
重さもない。
温度も、何かに触れている感覚もない。
意識だけが、何もない白い世界へ取り残されている。
――なんだよ、これ。
やはり音にはならなかった。
自分は確かにここにいる。周囲を見て、考えることもできる。
なのに、その意識を収めているはずの身体だけが、どこにも存在していなかった。
不安が意識の奥へ広がっていく。
――俺は、どうなっているんだ?
ここへ来る前のことを思い出そうとした。
名前はユウト。
十八歳。
この春に高校を卒業し、長く暮らしていた孤児院を出たばかりだった。
両親は、ユウトが幼い頃に亡くなっている。二人の顔は、手元に残された古い写真でしか知らなかった。
その後に預けられた孤児院にも、良い思い出はない。
食事と寝る場所は与えられ、学校にも通わせてもらった。それでも、あの場所を家だと思えたことは一度もなかった。
誰かと親しくなっても、いつの間にか養子として引き取られていく。年下の子どもたちへ気を遣い、自分の希望を口にしないことにも慣れていた。
高校を卒業して孤児院を出た時、ようやく自分の人生が始まったのだと思った。
一人暮らしを始めた部屋は狭く、建物も古かった。
それでも、自分で選んだ初めての居場所だった。
誰にも遠慮せず小説を読める。好きな時間に食事をして、眠くなればそのまま眠れる。
そんな当たり前の生活を、ようやく手に入れたばかりだった。
最後にはっきり覚えているのは、その部屋のベッドに寝転がり、小説を読んでいた場面だ。
その後はどうしたのか。
本を読み終えたのか。途中で眠ってしまったのか。それとも、何か別のことをしたのか。
いくら考えても、何も浮かんでこない。
最後の記憶と、白い場所にいる今との間が、丸ごと抜け落ちていた。
――俺は、どうやってここに来たんだ?
『あなたは、最後に覚えている日の翌日に亡くなりました』
突然、穏やかな女性の意思が届いた。
音ではない。
耳で聞いたわけでもない。
それなのに、言葉の意味だけは声よりもはっきりと理解できた。
ユウトは驚き、意思が届いた方向へ意識を向ける。
身体はないはずなのに、それに合わせて視界が動いた。
先ほどまで誰もいなかった白い空間に、一人の女性が立っていた。
長い銀色の髪が、風もないのに緩やかに揺れている。白と淡い青を基調とした衣をまとい、その姿は人間離れした美しさを持っていた。
ただ、近寄りがたい雰囲気はない。
深い知性を宿した瞳が、ユウトを静かに見つめている。
――今のは、あなたが?
『はい』
女性の唇は動いていない。それでも返事が直接意識へ届いた。
『あなたには発声するための肉体がありません。そのため、ここでは思考によって意思を伝えます』
思考が伝わる。
その意味を理解した瞬間、別の不安が浮かんだ。
では、自分の考えていることはすべて筒抜けなのか。人には知られたくない失敗や、思い出すだけで恥ずかしくなる出来事まで読まれているのではないか。
そう考えた途端、忘れていたはずの恥ずかしい記憶がいくつも浮かびかける。
――待ってくれ。今考えていることが全部分かるのか?
『いいえ』
女性の返答は早かった。
『私へ伝えようとした思考だけが届きます。心に浮かんだものや、記憶の中身を勝手に読むことはありません』
――本当に?
『はい。知識を司っていますが、他人の秘密を無断で収集する趣味はありません』
女性は真面目な表情のまま、少し考えた。
『相談であれば歓迎します。内容によっては、分類して記録することも可能です』
――分類しなくていい。
『そうですか。残念です』
何が残念なのか分からなかった。
ユウトは試しに、女性とは無関係なものを思い浮かべる。
彼女は何も答えず、静かに待っていた。
――今、俺が何を考えたか分かるか?
『分かりません』
――本当に?
『同じ確認を二度行う慎重な方だということは分かりました』
――それは会話から分かっただけだろ。
『そのとおりです』
女性はどこか満足そうにうなずいた。
少なくとも、意識の中をすべて覗かれているわけではないらしい。
だが、それよりも確かめなければならないことがあった。
――さっき、亡くなったと言ったのか?
『はい』
――誰が?
『あなたです。ユウト』
あまりにも穏やかに告げられたため、一瞬、その意味を受け止められなかった。
――いや、待ってくれ。俺はここにいる。
『ここに存在しているのは、あなたの魂です。日本で生きていた時の肉体ではありません』
否定しようとして、思考が止まる。
身体が見えない。
手足もなく、重さも温度も触覚もない。声を出そうとしても音にはならない。
彼女の説明と、自分の状態が一致してしまう。
――俺は……死んだのか?
『はい。日本で事故に遭い、十八歳で生涯を終えました』
事故。
そう告げられても、何一つ思い出せなかった。
衝突音も、痛みも、恐怖もない。
最後に覚えている夜の先には、何もなかった。
――どんな事故だったんだ?
『死の衝撃によって、亡くなった日の記憶が魂から抜け落ちています。無理に思い出そうとすれば、魂を傷つける可能性があります』
――じゃあ、俺は何も知らないままなのか?
『事故の詳細を知らなくても、あなたが生きてきた人生まで失われたわけではありません』
女性の意思は穏やかだった。
『あなたが何を好み、何に悩み、どのように生きてきたのか。その記憶は残っています』
ユウトは答えられなかった。
両親を亡くし、孤児院で育った。
ようやく高校を卒業した。
ようやく孤児院を出た。
ようやく、自分だけの部屋を手に入れた。
これから働き、自分で稼ぎ、好きなものを少しずつ増やしていくはずだった。
まだ、何も始まっていなかった。
それなのに、何一つ成し遂げないまま、すべてが終わってしまった。
肉体はないはずなのに、意識の奥を強く締めつけられるような感覚があった。
――帰りたい。
伝えるつもりはなかった。
だが、強く浮かんだ願いは、女性へ届いてしまったらしい。
『申し訳ありません』
女性は静かに目を伏せた。
『同じ世界へ、同じ肉体で戻ることはできません』
慰めのための嘘はなかった。
その穏やかな断言によって、ユウトは初めて、自分の死が取り返せないものなのだと理解した。
あの小さな部屋は、ユウトが初めて自分の意思で選んだ居場所だった。
もう一度戻りたい。
読みかけの小説の続きを読みたい。
始まったばかりの生活を、今度こそ自分のために生きたかった。
けれど、その願いは叶わない。
どれほどの時間が過ぎたのか分からない。
やがて、ユウトは女性へ意識を向けた。
――ここは、あの世なのか?
『人々が想像するものと完全に同じではありませんが、死後の世界と呼んでも間違いではありません』
女性は胸元へ手を添え、静かに頭を下げた。
『私はソフィエル。知識、真理、記録、鑑定、魔法理論を司る知識神です』
――神様?
『はい。今のところは』
――今のところ?
『神にも役割の変更や昇格があります。ただし、私は現在の役割を気に入っています』
真面目に答えるところを見ると、冗談ではないらしい。
――本当に神様なのか?
『証明が必要でしょうか?』
――何を見せられても、俺には本物か判断できないと思う。
ソフィエルはわずかに目を見開き、柔らかく微笑んだ。
『正しい判断です。理解できない現象を見せられたからといって、相手の言葉をすべて信じる必要はありません』
――神様がそれを言うのか。
『では、後光を強くしてみましょうか?』
ソフィエルの背後が急に眩しく輝いた。
――眩しい。やめてくれ。
『分かりました』
光はすぐに消えた。
『やはり、神であることの証明にはなりませんでしたね』
――最初からそう言っただろ。
『実際に試したことで確認できました』
どうやら知識神というより、少し好奇心の強い研究者に近いらしい。
――俺は、これからどうなる?
『本来であれば、魂は世界の循環へ還ります。その過程で、今の人格や記憶は失われます』
それは、今の自分が完全に消えるということだった。
――もう一度、生きることはできないのか?
『別の世界で、新たな肉体を得る道ならあります』
――別の世界?
『アルテシア。魔法と魔物が存在する世界です』
ソフィエルが片手を上げると、白い空間に光の窓が現れた。
広大な森。石壁に囲まれた都市。杖を掲げて炎を放つ人影。空を横切る巨大な翼。
魔法。
沈んでいた意識の奥で、わずかな好奇心が動いた。
――どうして俺なんだ?
『あなたはアルテシアとの適合性が高く、得た情報を考え、組み合わせ、応用する性質を持っています。それは私の権能とも相性が良いのです』
――向こうで、何かさせたいことがある?
『あります。アルテシアでは魔力の循環に異常が生じ、魔物の活動も活発になっています』
――世界を救えってことか?
『いいえ。使命を強制するつもりはありません』
ソフィエルは迷わず答えた。
『静かに暮らすことも、商人や研究者になることも、冒険者として旅をすることもできます。世界を救うかどうかも、あなた自身が決めてください』
命令するつもりはない。
最後に選ぶのは自分なのだと、彼女は伝えている。
ユウトは考えた。
日本へ戻ることはできない。
それでも、このまま消えるのを待つよりは、もう一度生きたい。
温かい食事を口にしたい。
風や雨を感じたい。
自分の手で何かに触れたい。
今度こそ、自分の人生を生きてみたい。
――アルテシアへ行く。
『後悔はありませんか?』
――帰れるなら帰りたい。でも、帰れないなら、向こうで何をするかは自分で決める。
『それでよいのです』
ソフィエルが両手を重ねると、無数の青い文字が浮かび上がった。
『あなたへ【鑑定】を授けます。対象が持つ情報を読み取るスキルです』
青い光がユウトの意識へ流れ込み、知りたいと願えば情報へ触れられるという新しい感覚が生まれた。
『さらに、知識神の加護を授けます。この加護には、八種類の補助能力が含まれています』
【解析上達】
【探索上達】
【武技上達】
【スキル上達】
【魔法上達】
【医療上達】
【道具制作上達】
【武具制作上達】
八つの名称が、順番に意識へ刻まれていく。
『これらは知識や技術を無条件に与えるものではありません。あなたが見て、考え、試し、努力して得たものの理解と定着を助けます』
――何でも一瞬でできるわけじゃないのか。
『残念でしたか?』
――少しだけ。
『正直でよろしいと思います』
ソフィエルは微笑んだ。
『ですが、何も学ばずに成長されると、知識神である私の立場が少々危うくなります』
――神様にも立場があるのか?
『あります。説明を求められる会議は、できれば避けたいものです』
神々にも面倒な会議があるらしい。
『知識は、持っているだけでは力になりません。何を知り、何に使うのかを、自分で選んでください』
――分かった。
白い空間が青い光へ変わっていく。
――ソフィエル。もう一度生きる道をくれて、ありがとう。
ソフィエルは一瞬だけ目を見開き、優しく微笑んだ。
『どうか、あなた自身が選んだ人生を歩んでください。ユウト』
光がすべてを覆った。
次の瞬間、それまで存在しなかった重さが一気に戻ってきた。
胸の内側で何かが激しく鳴り、肺へ空気が流れ込む。
「がっ……!」
声が出た。
口がある。
手も足も、身体もある。
冷たい風が頬を撫で、湿った土と草の匂いが鼻を満たす。
だが、戻った身体を確かめる暇はなかった。
すぐ近くから、低い唸り声が聞こえたからだ。
ユウトは目を開いた。
薄暗い森の中。
目の前の茂みから、額に黒い角を生やした狼のような獣が姿を現す。
「なんだよ、あれ……」
逃げなければ。
そう思った瞬間、視界に文字が浮かび上がった。
【鑑定可能】
獣が牙を剥き、ユウトへ向かって地面を蹴った。
お読みいただきありがとうございます。
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