第23話 守る人々
レオンハルトがふたたび教会を訪れたのは、その翌日のことだった。
今日はひとりではなかった。数人の供を連れていた。
「エルナ様。そろそろ、ご決断をいただきたい」
その声から、優しさの仮面が剥がれかけていた。
「王都へ、ご同行願えますね」
◇
けれど、その日、教会の前には、レオンハルトが予想していなかった光景があった。
町の人たちが集まっていたのだ。
八百屋の女将。パン屋の主人。鍛冶屋。仕立て屋。そして、子どもたちまで。
皆が教会の前に、静かに立ちふさがっていた。
「……これは」
レオンハルトが眉をひそめた。
「何の、つもりですか」
「何のつもりもないさ」
女将が腕を組んで言った。
「あたしらはただ、エルナさんと世間話をしに来ただけだよ。ねえ?」
「そうそう」
パン屋が頷いた。
「今日はいい天気だ。立ち話には、ちょうどいい」
雪はまだ積もっていた。いい天気とは、とても言えなかった。
けれど、彼らの言いたいことは明らかだった。
エルナを連れていきたければ、私たちをどけてみろ。そう言っていた。
◇
レオンハルトの供の者が苛立って、前に出ようとした。
そのとき。
「動くな」
低い声が響いた。
ユリウスだった。
彼は辺境伯としての正装をまとって、教会の前に立っていた。その背後には、リントの衛兵たちが控えている。
「レオンハルト殿」
ユリウスの声は静かで、けれど威厳に満ちていた。
「ここは私の治める土地だ。その土地の民を、その意思に反して連れ去ることは、何人たりとも許さぬ」
「……辺境伯さま」
レオンハルトの頬が引きつった。
「これは王都の意向でもあるのですよ。辺境の一領主が逆らって、よいことでは」
「王都の意向がなんだ」
ユリウスは一歩、前に出た。
「民ひとりの意思を踏みにじる意向ならば、それはただの横暴だ。私は辺境伯として、我が民を守る。それが私の務めだ」
その言葉に、町の人たちから、静かなどよめきが起こった。
それは歓声ではなかった。ただ、自分たちの領主を誇りに思う、温かなざわめきだった。
◇
レオンハルトはしばらく、ユリウスと町の人たちを見回していた。
そして、やがて、ふっと息をついた。
「……今日のところは、引き上げましょう」
その笑みは冷たかった。
「ですが、辺境伯さま。物事は力でねじ伏せられるものばかりではありません。王都には王都のやり方がございます。近いうちに、正式な形でご連絡いたします」
そう言い残して、レオンハルトは供を連れて去っていった。
その背中が雪道の向こうに消えると、町の人たちはほっと息をついた。
「……怖い人だったね」
誰かが呟いた。
私は、集まってくれた皆を見回した。胸が熱くなっていた。
「皆さん、ありがとうございます。私のために、こんな」
「いいんだよ」
女将が笑った。
「あんたは、うちの町の人間だ。困ってる仲間を放っておくほど、あたしらは薄情じゃないさ」
仲間。
その言葉が、じんわりと胸に染みた。
ずっとよそ者だった私が、いつのまにか、この町の「仲間」になっていた。
私はユリウスを見た。
彼はまだ、レオンハルトの去った方向を、じっと見つめていた。その横顔は厳しかった。
「ユリウス様」
私が呼ぶと、彼はこちらを見て、ふっと表情をゆるめた。
「……無事で、よかった」
その一言に込められた安堵の深さに、私はまた胸が温かくなった。
その夜、雪の道を、見回りの灯りがひとつ、いつまでも行き来していた。
誰がそうさせているのか、私には分かった。
けれど、それにどう礼を言えばいいのかは、まだ分からなかった。
本話をお読みいただき、ありがとうございました。
次話は「名を呼ぶ、その先」です。




