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聖女を辞めましたが、私は静かに暮らすだけです 〜本物の乙女が現れたので聖印をお返ししたら、辺境でなぜか過剰に大切にされています〜  作者: リリア・ノワール


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第23話 守る人々

レオンハルトがふたたび教会を訪れたのは、その翌日のことだった。


今日はひとりではなかった。数人の供を連れていた。


「エルナ様。そろそろ、ご決断をいただきたい」


その声から、優しさの仮面が剥がれかけていた。


「王都へ、ご同行願えますね」



けれど、その日、教会の前には、レオンハルトが予想していなかった光景があった。


町の人たちが集まっていたのだ。


八百屋の女将。パン屋の主人。鍛冶屋。仕立て屋。そして、子どもたちまで。


皆が教会の前に、静かに立ちふさがっていた。


「……これは」


レオンハルトが眉をひそめた。


「何の、つもりですか」


「何のつもりもないさ」


女将が腕を組んで言った。


「あたしらはただ、エルナさんと世間話をしに来ただけだよ。ねえ?」


「そうそう」


パン屋が頷いた。


「今日はいい天気だ。立ち話には、ちょうどいい」


雪はまだ積もっていた。いい天気とは、とても言えなかった。


けれど、彼らの言いたいことは明らかだった。


エルナを連れていきたければ、私たちをどけてみろ。そう言っていた。



レオンハルトの供の者が苛立って、前に出ようとした。


そのとき。


「動くな」


低い声が響いた。


ユリウスだった。


彼は辺境伯としての正装をまとって、教会の前に立っていた。その背後には、リントの衛兵たちが控えている。


「レオンハルト殿」


ユリウスの声は静かで、けれど威厳に満ちていた。


「ここは私の治める土地だ。その土地の民を、その意思に反して連れ去ることは、何人たりとも許さぬ」


「……辺境伯さま」


レオンハルトの頬が引きつった。


「これは王都の意向でもあるのですよ。辺境の一領主が逆らって、よいことでは」


「王都の意向がなんだ」


ユリウスは一歩、前に出た。


「民ひとりの意思を踏みにじる意向ならば、それはただの横暴だ。私は辺境伯として、我が民を守る。それが私の務めだ」


その言葉に、町の人たちから、静かなどよめきが起こった。


それは歓声ではなかった。ただ、自分たちの領主を誇りに思う、温かなざわめきだった。



レオンハルトはしばらく、ユリウスと町の人たちを見回していた。


そして、やがて、ふっと息をついた。


「……今日のところは、引き上げましょう」


その笑みは冷たかった。


「ですが、辺境伯さま。物事は力でねじ伏せられるものばかりではありません。王都には王都のやり方がございます。近いうちに、正式な形でご連絡いたします」


そう言い残して、レオンハルトは供を連れて去っていった。


その背中が雪道の向こうに消えると、町の人たちはほっと息をついた。


「……怖い人だったね」


誰かが呟いた。


私は、集まってくれた皆を見回した。胸が熱くなっていた。


「皆さん、ありがとうございます。私のために、こんな」


「いいんだよ」


女将が笑った。


「あんたは、うちの町の人間だ。困ってる仲間を放っておくほど、あたしらは薄情じゃないさ」


仲間。


その言葉が、じんわりと胸に染みた。


ずっとよそ者だった私が、いつのまにか、この町の「仲間」になっていた。


私はユリウスを見た。


彼はまだ、レオンハルトの去った方向を、じっと見つめていた。その横顔は厳しかった。


「ユリウス様」


私が呼ぶと、彼はこちらを見て、ふっと表情をゆるめた。


「……無事で、よかった」


その一言に込められた安堵の深さに、私はまた胸が温かくなった。


その夜、雪の道を、見回りの灯りがひとつ、いつまでも行き来していた。


誰がそうさせているのか、私には分かった。


けれど、それにどう礼を言えばいいのかは、まだ分からなかった。

本話をお読みいただき、ありがとうございました。


次話は「名を呼ぶ、その先」です。

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