前編
テレビでドラマを流したまま、夢を見ていた。
一週間前の夢だった。
─とても残酷な夢。
蝉の声だけが部屋に響いた。
ソファからずり落ちそうになる。
ブランケットの端を、霞む視界の中探した。
ネイルに、よく分からない毛糸が絡みつく。
膝にかけていたブランケットを放り投げる。
ソファから立ち上がり、部屋の窓を閉めた。
─金曜日の夜。
目頭を左手で押さえた。
センターテーブルの缶チューハイには、
水滴が付いていた。
裸足にフローリングが張り付く。
ぬるくなった缶チューハイを、
冷蔵庫へ押し戻す。
手についた水滴を服で拭いた。
テレビはキスシーンで止まっていた。
『引き続きご視聴されますか?』
…私が聞きたい。
─スマホを開く。
通知1件。
スマホを落としそうになる。
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『今から会える?』
三分ほど前に届いたらしい。
…既読をつけてしまった。
紗菜
『別にいいよ』
『ついでにコンビニで甘いもの』
『あと水』
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『了解』
『クリーム?あんこ?』
紗菜
『あん蜜』
『スタンプ送信』
パンダが旗を持って応援する。
Hide
『コンビニにあん蜜ってあるかな…?』
『なんかそれっぽいの買ってく』
『スタンプ送信』
パンダがドタバタ走っている。
床に脱ぎっぱなしの服は無かった。
湿気の残る洗濯物だけ取り込んだ。
夜風にあたった洗濯物は、まだ少し冷たかった。
アロマスプレーを撒きながら、
メイクポーチを開いた。
※
不意に、インターフォンが鳴る。
思っていたより早い。
畳みかけの洗濯物を、
慌ててクローゼットに押し込んだ。
「はい」
「お待たせ」
別に待ってない。
カメラ越しに、コンビニ袋が揺れた。
青い鉄製の玄関ドアには結露が付いていた。
一歩だけ玄関口を裸足で進む。
小さな砂利を踏んで痛かった。
整えた前髪をぐしゃりと崩しながら、
キーチェーンを外して招き入れる。
玄関口で脱いだ革靴を揃える。
綺麗に磨かれているのに、つま先が少し汚れていた。
「少し痩せた?」
開口一番がそれか。
「寝れてないだけ、今週疲れた」
「そんな時にごめん、帰ろうか?」
「いや、いいから入りなよ」
「お邪魔します」
慣れた様子でコンビニ袋をセンターテーブルに置く。
「トイレ借りるよ」
「あっ…私先に入る」
「なんでよ」
彼が小さく笑う。
「漏れそうだから」
「それならどうぞ」
トイレに向けて手を差し出す。
トイレは完全に忘れていた。
天袋から掃除シートを取りだす。
「お待たせ」
「待ったよ、漏れるかと思った」
「うっさい、はよいけ」
コンビニ袋に手をかける。
持ち手が少しだけ熱を持っていた。
「ちょっと!なんで羊羹なの!」
「流石にあん蜜売ってなかったんだよ」
「えー、楽しみにしてたのに」
「今度は必ず買ってくるから」
チャックを上げながらトイレから出てくる。
「シャワー使う?」
バスタオルを用意しながら言った。
「仕事終わりでそのまま来たから座らせて」
ソファが深く沈む。
冷蔵庫からビールと缶チューハイを取り出す。
彼は最初の1本だけビールだ。
私の缶チューハイよりビールはよく冷えていた。
「ありがとう」
音楽代わりにテレビのスイッチを入れた。
ソファに並んで座る。
少しだけ隙間があった。
埋めるように犬のぬいぐるみを抱いた。
「そういえば、この前言ってた定食屋行ってきたよ」
嬉しそうにスマホの写真を見せる。
山盛りのから揚げと山盛りのご飯。
「この時間に飯テロやめてよ」
「量は凄かった!味は微妙だったけど」
思わず吹き出した。
「っていうかさ」
私から切り出す。
「ここ、来てていいの?」
「なんで?」
「だから、いるんでしょ?」
テレビの音だけが部屋に響いた。
─とても残酷な夢の続き。




