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第九十二話

 凌馬は皇帝に語りかける。

「あんたはこいつの事を出来損ないと散々言ってきたが、俺はそうは思わない。何故ならこいつはこの俺を説得して見せたんだからな?」

 皇帝は凌馬の方へと視線を向ける。


「そういえばあんたには自己紹介はまだだったな。俺の名は如月凌馬、なんの因果かSランク冒険者なんてものをやっている者だ。」

「Sランク・・・。」

 今更ながら、凌馬の正体を知った皇帝。


「ああ、一応名誉のために言わせてもらうがこの国の最強を名乗っているSランクのやつらと一緒にはするなよ。てめえが操られていることすら気が付けないザコどもと一緒にされては迷惑だからな。あんたが命令を下した討伐隊は冒険者共々全て蹴散らさせてもらった。だが、安心しろ。一人も殺してはいない。まあ、少し心に傷を受けているようだから立ち直れるかどうかは知らんがな。」

 少しどころか、奈落の底に突き落とした凌馬だったが大分謙遜しているようであった。

 同じSランク冒険者を、しかもこの国を代表する最大戦力をザコ呼ばわりする凌馬。


 その凌馬の発言に目を見開く皇帝。

(まさかこやつが一人で止めたというのか? それも一人も(・・・)殺していないだと───、あり得ん!)

 そう、それはおよそ人間業ではない所業であった。


「おれは少しばかり他とは違っていてな。まあそんなことはどうでもいいか。こんなこと自分で言うのもなんだが、俺はお前寄りの人間だ。お前の気持ちは理解できる。いや、俺以上に理解できる奴はいないだろう。まあ、俺ならこの世界を滅ぼすだけ(・・)で許すなんて慈悲深くはないんだがな──────これも余計なことだったな。それでだ、その俺が・・・お前など足元にも及ばないほどの自己中人間が何でこいつに手を貸していると思う?」

 凌馬は皇帝に問い掛けた。

「・・・・・・」


「もちろんおれ自身のけじめの為というのもある。いや、一番大きな理由はそれだが、ならば別に俺一人でお前ら全員を蹴散らせば済むことなんだ。そっちの方が遥かに早くて簡単だからな。」

 凌馬はウィリックを見る。


「俺はこいつに可能性を見た。これまでにも多くの権力者を見てきたが、正直ろくなやつがいなかったよ。勿論例外の者もいたが、それは本当に稀の存在だった。そして、その一人がこいつだったわけだが。なあ、信じられるか? こいつは俺に助けを借りるために頭を下げたんだぞ。地面に額を付けてな。」

 あの日のことを語り始める凌馬。


「周りには母親や姉の親友、子どもや従者たちが居るなかでただの冒険者ごときに頭を下げたんだぞ? 悔しかっただろう、恥ずかしくもあったはずだ。まだ十五歳の少年だ。それも、これまで人の上に立つものとして一度たりともそんな事は経験も考えたことすらなかった奴がだ───。本当はプライドや見栄だってあったはずなんだ。だが、姉の願いのため、この国の人々を守るために己の感情を押し殺してこいつは頭を下げたんだよ。あんたにそんな真似が出来るか? 俺には無理だった。自分と同じ血を分けた兄弟に対してすら、意地が邪魔をしてあいつを認めることが出来ずにいつしか疎遠になってしまった。」

 凌馬は地球にいる弟の事を、そしてもう二度と会えない家族の事を思い出していた。


「今思えば随分と下らないことだったと言えるが、当時はそんな事考えられなかった。それもミウやナディ、大切な二人に出会えたから。今なら分かる・・・。人は大切な人のためならどんなにみっともなくともあがくことができる。そう気づかされたよ。」

「凌馬さん───。」

 そんな凌馬の事を見つめて呟くナディ。


「ウィリック、俺はお前を心から尊敬するよ。例え他の誰がなんと言おうとも、俺はお前を認めている。だから、胸を張って前だけを見続けていろ。決して立ち止まるな! お前がこいつのように堕ちたときは、俺が責任を持ってお前を殺してやる!」

 それは凌馬の誓いの言葉であった。


「それを聞いて安心したよ。ならば俺はなんの迷いもなく突き進める。」

 ウィリックは笑いながらそう答えた。


「ふっ、全くたいした玉だよお前は。そう言えばお前にもらう報酬を決めていなかったな。ウィリック、俺の友になってくれるか? この命が尽きるまで、再びお前の前に道を阻むものが現れたのなら俺が全力で蹴散らしてやろう。」

「ああ、勿論だ凌馬。我が友よ。」

 凌馬はこの世界で初めて親友を得たのだった。


「皇帝よ、お前にウィリックと同じことが出来るか? 己のプライドを捨て去る覚悟が?」

「・・・ふん、下らんな。自分一人では何も出来ないから他者に頼る。それだけのことだ。」


「そうかな? 所詮人間など一人では何も出来ない生物だ。それは皇帝、あんたも例外ではない。あんた一人が国を動かしている気になっているようだが、それはあんたの命令を聞いて動いているものが居てこそ成り立っている。確かにあんたは皇帝の資質だけを見るならウィリックよりも遥かに上だろう。自分一人で決断し命令を下す。若くしてこの国をまとめてきたんだ、さぞ統治能力も高いことだろうよ。だが、今この国の危機にお前の隣には誰がいる? 命を賭してまでお前の暴走を諌めようとしたものは居たのか? 誰も───誰ひとりいない。あんたは今裸の王さまなんだよ!」

 凌馬の言葉が謁見の間に響いていた。


 皇帝はただ黙って手のひらにあるシンディのペンダントを見つめていた。

 シュッ!

 やがて皇帝はウィリックに向けて、シンディのペンダントを投げ返していた。


 ペンダントを掴み取るウィリック。その顔に浮かぶのは諦めの表情であった。

 姉さんのペンダントでも止められなかった。もう本当にこれで残された選択は一つだけ。

 戦いを見守っていたものたちも同じ表情をしていた。

 ただ、凌馬だけが皇帝の目に静かに視線を向けていた───。


「戯れ言は終わったか? どんな言葉を並べ立てようとも、ワシは止まらんぞ。皇帝としての決断とはそれほど軽いものではない。それでも止めたければワシを殺してみせろ! お前の覚悟が本物だというのなら行動で示せ!」

 皇帝の体を再び闘気が纏っていた。


「姉さんの想いを知ってなお止まれないのですね。貴方はもう父上ではない。父上の顔をしたただの破壊者だ! 父上の名誉と姉さんの為にもあんたを倒す! いくぞ、ムーランス七世!」

 ウィリックは父親ではなく、皇帝として、倒すべき敵として相手を認識する。


 ガァーン、ガァーン──────!

 再び謁見の間に剣撃が鳴り始める。

 先程の時間で体力をわずかに取り戻したウィリックは、最後の勝負に出る。


 防御を無視して、相手を倒すことのみに集中する。

 皇帝は先程よりも防御主体に立ち回っており、体力が尽きる前にウィリックの攻撃が届かなければ彼の勝機は皆無であった。


「どうした! 口だけは随分と達者になったようだがその程度か? やはりシンディのことを理解しているのはお前ではなくワシということだな。敗者には語るべき正義も、未来も全てが許されぬ。敗者の戯言などそこらの石ころよりも価値などないわ!」


「うおおおおぉぉぉぉ!」

 ウィリックは姉のため、この国の未来のため、そして、帰ると約束したリリアの為にも負けられなかった。


「くっ、それだけか! お前の想いは? そんなものでは貴様が仮に勝ったところで、いつかワシと同じくこの国を破滅に導く。シンディのくだらない(・・・・・)願いなど所詮現実を知らない子どもの見る夢だ。」

「言うなぁーーーー!」


 ウィリックは皇帝の言葉で怒りに支配され、無我夢中に剣を振るっていた。

 同時に、皇帝の剣もウィリックの体を斬り付けようと襲いかかる。

 それぞれの剣が、相手の命を奪うように急所を狙う軌道を走っていた。


 それでも僅にウィリックの剣が遅れていた。コンマ何秒という違いだが、それが勝敗を分ける大きな差となるのだ。

 どれ程強い想いをもっていても、現実を、力量差を覆すなど容易に出来るはずがない。

「おおおおおぉーーーー!」

 それでもウィリックは諦めない。例え刺し違えてでも止めなくてはならないのだから──────。


 そして、ウィリックの体に剣が届くと思われた一瞬、皇帝の剣はその動きを止めていた。

 ザシュッ! ブシューーー!

 次の瞬間、ウィリックの剣が皇帝の体を斬りつけていた──────。

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