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あなたにバラの花束を  作者: ななこ
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追憶 1

追憶 1




「あの、付き合ってください」


 大学一年生の春。

 

 友達を作ることに失敗した僕。

 一人で本を読んで空きコマの時間を潰そうと、誰もいないだろうと踏んだ噴水のベンチに座っていたのだ。


 それなのに突然、真正面から声がして胸が高鳴った。

 けれど僕は瞬時に悟った。


 きっと投げかけられた言葉は僕へ、ではなく、誰かへ、だ。


 僕は小・中・高とクラスで浮くことはない、注目される人間でもない、その他大勢の中の一人だった。

 その場の雰囲気に溶け込み、自己主張をあまりしない、そんな人間だったのだ。

 

 今もそうで、空気のような存在になっているはずだ。

 そのため自分のことなど注目して見ている人などいないと知っていた。

 

 だから、きっとこの噴水広場で告白タイムをしている輩がいるのだろうと思った。

 迷惑なやつらめ。

 

 小さなため息をついて、ページをめくろうとしたその時だった。


「意味わかんないんだけど。なんで無視すんのよ!」


 急に側頭部に鈍器か何か(きっと辞書か教科書の入った鞄)で殴られ、勢いにつられるように僕はベンチから吹っ飛んだ。


「……痛い」


 殴られたところを抑えながら起き上がれば、


「無視するとか本当にありえないんだから! もう怒った! 今ここで返事を聞かせて。わたしのこと嫌い? それとも好き? 二択で答えるならどっち?」

 

 春の陽だまりの中、人のいない噴水広場で。

 知らない女の人から困った選択を迫られた。


「は? そんなこと急にいわれても、わからないよ。だって、僕は君と今日初めて会ったんだし……しかもたった今、ここで」

 

 急に好きか嫌いか答えろなんて、わからない以外の回答の仕方がわからない、だ。

 

 しどろもどろに答えれば、彼女は一瞬だけ傷ついたような表情をした。


 まずかったか?


 でも好きでもないのに好きと答えるのは彼女に失礼な気がしたから、正直に答えたのに。

 すると急に、彼女の表情があくどい笑みに変わった。

 まるで悪代官だ。


「ははーん。なるほどね」

「え、何が」


「それはもう、わたしのことを好きになりかけだね」


「は?」


「恥ずかしがらなくてもいいよ。絶対にそうだから」となぜか嬉しそうに笑っている。


 ちょっと待て。なんだその解釈は!?


 私の事を好きにならないなんてありえないでしょ。という何とも高慢な態度でこちらを見下ろしてくる。

 何なんだ、この女は!?

 近づかない方がいいと、頭の中で警鐘が鳴り響く。


 その時。


「ハイ時間切れ。じゃあ来週デートね」


「は?」

「え? だって、もうわたしたちは付き合ってるよね?」

「え? いや、違うでしょ」

「は? 何言ってんの。違くないよ、そうだよ?」


 何を言っているの、と心底理解できないとでもいうような表情で首を傾げた彼女。

 僕は彼女の方が到底理解できない。

 

 それなのに「公園でデートして、お弁当作っていこー。そのあとはどこ行こうかなー?」と何気にデートの計画を立て始めていた。


 訳がわからない……。 

 

 そんなこんなで断り切れず、強引な彼女に巻き込まれるかのように、僕は待ち合わせ場所として指定された、大学の噴水広場に立って彼女を待っていた。


「お待たせ!」


 元気よく登場した彼女の全身を初めて見た。


「ちっさ!」


 彼女の身長は僕の肩に到達していない。

 想像していたよりも小柄だったらしい。態度からしてもっと大柄だと思った。(失礼)

 すると風船のように頬を膨らませているではないか。


「開口一番がそれ!? 他に何かあるでしょ! かわいいね、とか! かわいいね、とか! かわいいね、とかー!」


「……かわいいねしか言ってないじゃん」


「もー! いいよ!」


 ふん、とそっぽを向いてしまった。

 困った。なんだ、この我儘娘は。


 何か言わねば、と彼女を観察する。

 彼女のワンピースは大輪の花があちこちに咲いている、まさに春を着ているみたいだった。

 春っぽいね、というなんとも単純な単語しか思いつかなくて、それではもっと不機嫌になってしまいそうだと直感したので。


「……かわいいよ」


 一応要望にお応えしてみれば。

 彼女は顔を真っ赤にしてこちらを振り向いた。

 ぽかんと口が開いている。なんとも間抜け。


「え、何、その反応。だって君が言えって言ったんじゃん」


「君、じゃなくて……日浦舞。告白した時にそう名乗ったでしょ……!」

 

 ぼそっと自身の名前を言った彼女に、そうだったっけ。と思い出そうとしてみても思い出せないので「なんて呼べばいい?」なんて聞いてみても、「何でもいいよ」と俯くだけ。

 

 おい。ネーミングセンスのない僕に、なんでもいいよ、が一番困るんだよ。


「舞ちゃん、まーちゃん、まっちゃん、マイマイ、マーイン」

「ちょっと、変なあだ名にしないでよ! 何よ、最後のマーインって! わたしは外国人か!」

「ごめんごめん。だって、何でもいいよって言うから……」

「変なあだ名にしないでよ。もう、舞でいいし」

「じゃあ、何でもいいって言うなよ」

 

 ため息交じりに突っ込むと、彼女はむすっとしたまま歩き出す。

 

 子供か。

 でもなんだか、かわいいな。

 いきなり照れたり、元気になったり。見ていて飽きない。

 ただ会話をしているだけでも心が弾むというか、一緒にいるだけで楽しくなってしまう。

 

 先ほどまではなんだこいつって思ってたのに。

 もう、彼女の虜になり始めている。

 

 一体どんな魔法を使ったんだ?


「じゃあ、舞」


 呼んだ瞬間。


 彼女が驚くようにして振り返る。

 そして嬉しそうにはにかむ彼女の笑顔がやけに印象的だった。

 彼女の笑顔は朝焼けの光がすっと辺りを照らしていくような。

 そんな笑顔だった。


 グサッとキューピットが矢で僕の心臓を突き刺したかのような衝撃に襲われた。


「うふふふ」と口元をゆるゆるにした舞が目的地の方向へ指を差す。

「じゃあ、祐一? いこっ」

「う、うん……そうだね」

 

 な、なんだ、なんだ。この関係。

 まるで彼氏と彼女じゃないか。

 いや、付き合っているんだっけ?

 そうだよ、付き合ってるんだよ。

 自分のことなのによく分からなくなってきた。

 

 でもそんなことよりも、僕は重要なことに気が付いてしまった。

 

 くるくるかわる表情に。

 人懐っこい笑みに。

 かなり強引なところに。

 

 彼女に恋をしているということを。




 大学から徒歩で移動して目的地に到着した。


「ついたね!」

「森林公園だ」

「ひっろー! すっごーい」


 僕らは初めてこの公園を訪れたので、とりあえず公園内をひたすら歩くことに。

 会話が無くて気まずくなるかと思いきや、彼女から色んな話題が出てきて会話が途切れることはなかった。

 

 彼女の将来の夢は学校の理科の先生になることらしい。

 うん。きっとなれる。

 明るくて面白い先生になれそうだ。可愛いから人気がでそうだな。

 

 他にも彼女は今どこに住んでいるか、とか。

 受けている授業で同じものはないか、とか。

 部活は何に入っているのか、とか。

 誕生日や、血液型、好きな音楽とか。

 いろんなことを聞いた。


「苦手なことは?」

 僕はぼんやりと周りの風景を堪能しながら聞く。


「うーん……苦手なことは部屋の中でじっとしてることかな?」

「あはは。確かにそうじゃないかなって思った。僕はその逆だな……」


「ふふふ。確かに。祐一ってよく本を読んでるよね」

「うん。そう、一人で。って、え? よく知ってるね?」


「え?」

 ちょっとびっくりした表情で、舞が目線をずらした。


「まあ、よく目で探したりするから、かな?」

「え? 僕を?」

「そ、そうよ! 祐一以外に誰がいるのよ!?」


 ばしばし、と恥ずかしそうに肩を叩かれる。

 叩かれるのはいいのだが、結構痛い。

 小柄なくせに力は強い。

 

 でも、叩かれるのも痛いのも嫌ではなかった。

 そこだけ聞くと変態みたいだけど。

 

 でも、本当にそうなんだ。

 彼女と会話しているうちに。

 彼女のそばにいるだけで。

 この二人でいるっていう空気が、たまらなく幸福感に包まれる気がして。

 なんだか、いいなと思ってしまう。


「で? 祐一は? 何が苦手なの?」

「僕? うーん……料理かな。自炊したことなかったから……」

「そっかあ……料理苦手な人って多いよね。まあ、慣れれば簡単にできるようになるよ」

「うーん、僕にはできる気がしないなあ……」


 僕たちはたわいもない会話を繰り広げた。穏やかな時間が過ぎてゆく。


「食べ物に好き嫌いがない」と言えば、「面白くない、嘘だ」とか言われて嫌いなもの当てゲームみたいなことになったり。


「今夢中になっていることは特にないかな」と答えても、「絶対にあるはず! これから探そうよ」と言いだしたり。


 そもそも今夢中になっているものをこれから探すのは違う気がするな、と思うけれど、それは言わなかった。

 彼女はハンバーグが好きらしい。

 おこちゃまだな、というのは言わないでおく。

 僕もハンバーグは大好きだからだ。



 お昼頃、「そろそろお昼ごはんを食べよう! 作ってきたの」と言いながらなぜかレジャーシートを敷き始める彼女に驚いた。

「ベンチあるじゃん」と指さしても「こっちの方がいいじゃん」と座り込み、もはや聞く耳を持たない。

 まるでピクニックだな。

 まあ、たまにはいいか。

 

 朝早くから起きて準備してくれたのだろう食事たちが並び始め。

 僕のお腹がぐう、とタイミングよく鳴った。

 恥ずかしいのを隠すように、僕は笑ってごまかす。


「ふふふ。お腹減ったね」

「聞こえてた?」

「聞こえてたよ」

 

 手の込んだ昼食に、僕は一体彼女は朝の何時に起きて作ったんだろうと感心してしまった。

 それと同時に、見つけてしまった。


 その中にきちんとハンバーグが入れられているのを。

 本当に好きなんだなあ。


「何笑ってるの?」

「いや、ちゃんとハンバーグが入ってるんだなって思っただけ」


「うん、そうなの。祐一の好きなものをリサーチするの忘れてて、自分の好物を入れてみた」

「いいよ。別に。僕は何でも好きだから」


「うん。確かにそんな顔してる」

「ハンバーグが好きな顔ってどんな顔だよ」

 

 二人して笑いながら弁当を囲んだ。

 

 通り過ぎてゆく老夫婦に「まあまあ若いっていいわねえ」とほほ笑まれた。

 はい。若いのですよ、あなたたちよりも。と心の中で照れ隠し。


「いただきます」

「どうぞ、どうぞ」

 

 彼女の作った料理は、懐かしくて温かい、体にしみわたるような味がした。


 食事を食べ終えてゆっくりして、再び公園を歩き回る。

 途中ベンチに座って休憩して。

 会話が弾んで、笑って。

 温かい太陽に包まれて。

 

 本当に今日という日を堪能したと思う。

 とても、楽しかった。


 一人では絶対に味わえない時間と感覚に。

 僕は一人、ふわふわとした心地に包まれていた。


 こんなにも楽しく、色鮮やかな日があるとは知らなかった。

 だからか、僕は日常に戻るのが少しだけ寂しい。


「ねえ、また会えるよね?」

「何言ってんの? 会えるに決まってるでしょ。同じ大学だし。もう彼氏彼女の関係だし! いつでも会えるよ」

 

 そう言われたことで心底安堵してしまった僕。

 僕たちはお互いに微笑みあって、デートを終えた。

 

 それが、淡い、淡い、恋の幕開けだったのだ。




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