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「お先に失礼します」
ここはバラが有名な町。薔薇市。町のあちこちで100万本のバラが咲く。
今ちょうど5月だから、会社の前に植えられているバラが咲いていた。
夕日を受けて、色を増したバラは生命を燃やすかのように生き生きと花を咲かせている。
僕はこれから舞が利用しているデイサービスに迎えに行く。
舞を日中一人だけでお留守番させるのは何かと不安だったし、彼女を見てくれる人もいなかったので、日中、認知症対応のデイサービスを利用しているのだ。
僕は彼女をデイサービスに送った後出勤し、デイサービスが終わった頃に迎えに行くという日々を送っている。
僕はなるべく残業をしないように仕事効率を上げたし、それに僕の事情を慮てくれた上司が仕事の量を調節してくれたので、僕はこのような日常を送ることができているのだ。
本当に多くの人の協力と気づかいに感謝する。
僕は車のエンジンをかけて、出発した。
舞を迎えにいった帰りの車の中。
「着実にレベル上げをしてきたね」
そうニヒルに笑う舞。
一瞬何のことかと首を捻ったが、そうだ。旅の話だ。
「がっつり経験値を獲得してきたぜ」と僕はブイサインをみせた。
「でもまだまだだね」
「え? なんで?」
「だって、イザベラは5レベじゃん!」
「はあ!? それ、全然レベル上がってないじゃん!」
「うん。イザベラははっきり言ってしょぼいよね」
しょぼいって……。
うーん。もっと上がってもいいはずだけどね。今日は自分的にいい働きをしたと思ったからさ。
でもま、彼女から見たらそんなにも上がってないのか。
レベルの上がる基準がわかなんないなあ……!
「ところで今日はどんなことをしたの?」
「回復系の薬草を探しに行ってた」
「は?」
屈託なく笑う彼女。どうやら本気でそう思っているらしい。
うーん……? それはどこかに行ったってことなのかな、舞さん?
「イザベラが弱いから必要なのよねえ」
「あー……僕のためですか」
「そうよ」
「どうもありがとうございます」
「本当に、100マネーかかったんだからね!」
うーん? それは探しに行ったのではなくて、君の中では何か買ったってことなのかな? 結局何をしたんだろうか?
理解に苦しんでいれば、舞は「ボールでモンスターに攻撃した」だの、「敵の魔法で時間が止まった」だの僕の理解の範疇を越えた内容を滔々と語っていた。
まだまだ僕には想像力が足りないみたいだ。
あのゲーム……時間があったらやろうかな。
そんなことを考えながら。
まあ、舞が楽しかったのならいいか、と僕はゆっくりとハンドルを切った。
マンションに帰宅した僕は、夕食の準備を始めて二人でご飯を食べた。
僕は食器を片付けた後、ソファでくつろいでいる彼女に声をかける。
「おーい、お風呂に入るぞ」
その場から動かない彼女を何とかして立たせ、脱衣所で服を脱がそうとしたら。
「装備を外すなあああああ!」
思いっきり頭を殴られてしまった。
「いってえ……!」
これは装備じゃねええええ!!
つーか、グーパンチは痛い。容赦がないから本当に痛い。
レベル99の舞が、レベル5の俺を殴ったら、確実に俺は瀕死状態になるからね!?
顔をしかめて、痛みと怒りを我慢する。
怒っちゃダメだ、怒っちゃダメだ、怒っちゃダメだ……。
確か文献で読んだことがある。興奮しているときは、言い返したり否定しない方がいい、と。余計に興奮させてしまい、状態が悪化してしまうと。
感情を鎮めるように深く息を吸った。
「イザベラ、この装備を外してしまえば、HPが200UPしていたのが0になるでしょ。それに、限界突破してるんだから、余計にやめてよ!」
そんなの知らねえよおおおお!
なんだか無性に泣きたくなった。
そのレースのブラジャーがHPを余計にプラスしてくれる装備ですか!?
そのぺらっぺらのTシャツは限界突破効果のある甲冑ですか!?
つーか、限界突破ってなんだよおおおお!
設定がよく分からなさ過ぎて、言いたいことは山ほどあったが、とりあえず僕は小さく息をつく。
とにかく風呂に入りたくなるようなことを言って、誘導せねば!
「勇者よ、それでは聖なる泉に入り、傷を癒すことができない……」
「何!?」
「ここは魔物が出ないから、どうか装備をとり、ボス戦に挑む前に傷を癒してほしい……」
我ながらいいことを言ったぞ!
どうだ! 絶対にこれだ! 次もこの手を使おう!
ちらり、と舞を見れば。
ふっとほほ笑んだ気がした。
「ボス戦はまだ行かないよ。よって、傷はまだ癒さなくてもいい」
はあ?
「まだ、イザベラのレベル上げが課題だからね」
え!? まだ!? まだレベル上げすんの!?
まあ、確かにボス戦控えているのなら、仕方ないのかもしれないけどなあ……。
どうやら俺のレベル上げは相当舞にとって引っかかっているらしい。
どうやったら一気にレベルがあがるのかなあ!? 裏技とかないんかーい!
頭の中でフル回転させて考えた提案ももはや舞には通用しなかった。
はあ。なんてこった。
とにかく僕は舞をあの手この手でなんとか風呂に入れて、ベッドに寝かした。
疲れたのか、舞はすぐに眠りについた。
むにゃむにゃ、と口を動かしている。
何か食べる夢を見ているのだろうか?
眠ってるときは相変わらずかわいいのになあ……。
その健やかな眠りを眺めて、さらさらの髪の毛をゆっくりと撫でる。
「イザベラ……頼りにしてる……弱いけど」
うるせえ! 最後の一言はいらねえよ!
「この!」
弱くデコピンをしたら、「デス」とボソッと呟いた。
デスってなんだ?
僕はそう思い、ネットで調べてみれば。それは「死」の呪文だった。
おいおい、僕を殺すなあああ!
僕は舞の仲間じゃないんかーい!
一体どうなってんだよ、と僕は息の根を止められたように、パタリと仰向けに倒れた。
「はあ……」
この一日で相当疲れた。全く、想像が追い付かないのだ。
舞には見えている世界が僕には見えない。
僕たちは同じ世界にいるはずなのに、違う世界を見ている。
決して交わることのないパラレルワールドにいるかのようで。
もしかしたら、本当に意識だけが別の世界に行ってしまったのだろうか?
そしたら、体だけが置いてけぼりで、もう戻ってこないのだろうか?
背筋に冷たいものが奔った。
僕はじっと天井を眺めていたが、決心したように起き上がる。
そう。
舞の好きなロールプレイングゲームをしようと思ったのだ。
そしたら彼女の世界が、少しでも分かるかもしれないから。
ポータブルの電源を入れ、操作する。
すると、タイトル画面に、「強くてニューゲーム」というものがあった。
「なんだこれ? 強くてニューゲームって、最初っから強いのかな?」
よくわからなかったが、それで始めることにした。
初めから強ければ、ストーリーをどんどん先に進めることができるのではないのかと思ったからだ。
初心者にはありがたい機能だ、と思いながら僕はスタートボタンを押した。
すると壮大なオープニングが流れた。登場人物たちが激しく火花を散らして戦うシーンや見た事のない街の映像が映し出されて、思わずうなる。
「きれいなCGだな……」
オープニングが終わり、この物語は勇者が慈愛の泉という場所で、エミール姫の声を聴いて目覚めるというところから始まった。
どうやらこの世界は大魔王――ヴァイッシュヴァーンに支配され、魔物がはびこる世界になってしまったらしい。
エミール姫は抵抗虚しく、魔王に捕まってしまう。そこで、姫が力を使って、勇者へ呼びかける。姫の呼びかけに勇者――ハイゼルが応じ、世界を救うべく彼は旅に出るのだった。
プロローグを進めていくうちに、疑問がよぎる。
ちょ、ちょっと待て。
このゲーム、姫を救いにいく話じゃないかったのか? これじゃ、世界を救う話じゃないか!
内心突っ込みながら操作していれば、勇者ハイゼルは道中で魔物に囲まれてしまった。
「おい、マジか! いきなり敵出て来たぞ!」
僕はチュートリアルを見ながら操作するが、ハイゼルのレベルが尋常じゃないことに気が付いてしまった。
主人公のレベルが99だったのだ!
マジかよ。
初めからレベル99かよ!? これが強くてニューゲームか!?
いろいろなことに感心しながらも、一撃で敵を倒していく。敵を一撃で倒すとか、半端ねえな! すげえぞ、おい!
爽快感を味わいながら、次のステージへ。寂れた町を訪れたが、いきなり魔物におそわれそうになったところを、イザベラが助けてくれた。
「お、出て来たな! 魔法使いイザベラ!」
僕自身が舞の中でイザベラなので、なぜか親近感がわいてしまう。
見た目がとても愛らしい。けれど、イザベラが主人公を見る目は、まるでゴミを見るような眼差しだった。
『この世界で気を抜くなんて、命取りな事。あんた、死ぬ気?』
強気な女の子だった。
ハイゼルとの会話が続く。
『あんたが伝説の勇者か……』
吐き捨てるように呟いた彼女は『私はイザベラ。この国きっての魔法使い』と面倒臭そうに自己紹介をした。
『魔法使いのイザベラ……?』
『そ、私はエミール姫から頼まれてあんたを探しに来たわけ。でもとんだ貧乏くじだわ。あんた、勇者やめなよ』
『は!? なんでそんなこと言われないといけないんだ? 僕は姫に誓ったんだ! 魔王を倒して、この世界を救うって!』
ハイゼルは絶対に救うのだと、真摯なまなざしでイザベラを見つめる。けれど、イザベラはそれを鼻で嗤った。
『っは。魔王も、その手下もどれほどの者か知らないからそんなこと言えるのよ! あんたみたいなひよっこ勇者なんて期待に応えられず死ぬのがオチなのよ!』
イザベラってこんなにも上から目線なんだ……。
僕は想像していたイザベルとはかけ離れていて、少し戸惑いを感じたが、話はどんどん進んでいく。
『旅を続けたいなら、そして勇者として認めてほしいのなら、この辺りを支配している魔王の手下――ジェネポーロを倒して、自分が伝説の勇者だと証明してみなさいよ!』
ということで、勇者ハイゼルはジェネポーロを倒すべく、ジェネポーロがいるという古びた館へ向かうことに。
僕はため息をつく。
「イザベラめちゃくちゃ尖がってんな……。この人は丸くなるのか? それともずっとこんな調子なんだろうか?」
荒れ果てた荒野をひたすら歩いて、ジェネポーロの住んでいる古びた館に到着したハイゼルとイザベラ。
彼らが扉に触れた瞬間、誘われるように重々しい扉が開いた。
『ようこそ、我が城へ』
玄関ホールの先にある、二階へと伸びる螺旋階段上。そこにこちらを見下ろす影があった。
頭に角が生え、体つきは屈強。まるで上半身は牛のようだった。
そんなジェネポーロは唸るように笑う。
『久しぶりの人間だ……その血肉、楽しませてもらうぞ……!』
そう言うなりいきなり戦闘に入る。けれどさすがはレベル99。刃こぼれのしているボロ剣であっても、ジェネポーロを一撃で倒してしまった。なんという圧倒的な力の差。
『おのれえ……!』
苦々しそうに悶えるジェネポーロの姿が霧散するように消えていく。
あっけなさ過ぎて、プレーヤーである僕は何の感情も抱けなかった。
本来ならここで多少なりとも苦戦を強いられ、倒せたことに安堵するのかもしれないが。舞がやり込んでいたおかげか、ただバトルが終わったという事実だけを感じただけだった。
ハイゼルは、ふっと息をはいて剣をしまい、傍観者に徹していたイザベラに向き直った。
『どうだ? これで少しは認めてくれたか?』
無言で立ち尽くしていたイザベラが、深いため息をつく。
しばらく逡巡していた様子だったが、諦めるような表情を浮かべた。
『仕方ないわね……。途中で死んでも知らないから』
不承不承ながらもハイゼルを勇者であると認めたのだ。
このシーンを見ながら、僕は舞が言っていたことを思い起こし、ふと思う。
途中で死にまくるのは、イザベラ、君の方だよ、と。
『これからは相棒として、よろしく』
握手のためにハイゼルが手を伸ばすが、イザベラはふん、とふんぞり返った。口元に蔑みの笑みを湛えて。
『私はこの国きっての魔法使いなの。それぐらいの同じレベルになってくれなきゃ、不釣り合いよ。へっぽこ勇者の相棒なんて絶対に嫌なんだから』
どこまでも上から目線の奴だった。
ハイゼルは気にする様子もない。
こいつは鈍感なのか? それとも逆に相手にしていられないと早くも見切りをつけて、イザベラに対しての扱いを雑にしたのだろうか。
など考えていたが、後者だとハイゼルはなんて嫌な奴なんだろうかと思って笑った。
というか、またしてもイザベラのセリフに対して僕は思う。
レベルが低いのは、君の方だよ、と。
とりあえず、ここまで話を進めておいて、僕はセーブしてやめた。なんせ明日は本当に旅に出るのだから。
早めに寝ないと朝起きれない。
いい夢が見られるように、と僕は目を閉じて深い眠りに入った。




