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舞を送り出して、僕は自宅に帰ってきた。
朝、「昨日はごめん」と謝ったけれど、舞は昨日の事なんて覚えてなくて、ただ首を傾げただけだった。
深くため息をついてソファに腰かける。
なんだか疲れた。
特に何をしたわけではないのに。
今日は仕事が休みでよかった。
ぼんやりしながら、僕はゲームに手を伸ばす。
何も考えたくなかった。
やる気も起きなかった。
ただ、体がだるくて、ぼんやりと時間が流れるのを感じていたかった。
だから電源をつけて、ハイゼルたちの旅の続きをすることにした。
ハイゼルたちはビリーズにやってきた。
ここは水路が張り巡らされた街であり、王都――ローザンヌの手前の街。
清流だった水路は、今黒ずんだ水が流れている。
水路から視線を上げれば、遥か向こうに城が見えた。
そこがこの旅の目的地、ローザンアヴィリア城。
けれどローザンアヴィリア城には結界が張られているという。
それを破るためには、結界を形作っている柱を壊す必要があった。
五つの内、一つを壊せば力の均衡が崩れて結界を壊しやすくなるらしい。
そのためハイゼルたちは一番近くにある柱を壊すことに。
訪れたのはこの国最大規模の植物公園。
その中心から青白い光の柱が立っているのが見えた。きっとそれが柱だろう。
『柱を壊しに来た奴らだな?』
一人の精悍な男が大剣を携えて歩いてきた。
花園に立っても違和感のない、むしろふさわしい美しさ。
けれどその内側からあふれ出てくる禍々しい気によって、周囲の花々が萎れていく。
ハイゼルは睨むように目を細めた。
『僕たちはあなたに用はない。あるのは柱だ!』
『俺はロミリオ。あの柱を守る番人だから、俺はお前らに用がある』
にやりと笑った瞬間に、ロミリオの周囲に黒い風が巻き起こる。
『ここは通さないぜ?』
身の丈ほどある大剣を構えるのと同時に、ハイゼルたちもそれぞれの武器を構え臨戦態勢をとった。
『そう来なくっちゃな……!』
激しい一戦だった。両者は一歩も譲ることなく、剣戟が響き続けた。
実はゲームを初めて開始早々、僕祐一はハイゼルがレベル99にしても、戦闘経験が乏しかったため、ロミリオ戦では何度か死んでしまった。
『く……』
『ハイゼルだったかな? お前はここで終わりだ……! 大人しく天へ帰りな!』
『ハイゼル!』
イザベラの声が頭に響く。
姫の悲しそうな表情が頭に浮かぶ。
僕はここで死ぬわけにはいかない……! 世界を、人々を……姫を、救うと誓った!
『うおおおおおおお! 姫を、救うんだああああ!!』
『何!?』
ハイゼルは聖剣にありったけの力を込めて振り抜いた。
周囲にある花々が一斉に散った。
防ぎようのない斬撃波がロミリオの前身を切り裂くように駆け抜け、結界の柱も同時に壊してゆく。
花びらも、柱の青白い光の結晶も、辺り一面に飛び散る。
それらは雪のように降り注ぎ、まさに幻の世界の中に立っているような光景だった。
『あああああっ!』
ロミリオの残像が消えてゆく。
ああ、僕は勝ったのか……?
うすぼんやりと見える姿に目を凝らせば、そこに現れたのは、神と見まがうほどの麗しい青年だった。
『ああ……やっと悪夢から解放されたよ』
『あなたは……!』
ハイゼルはハッとしたように片膝をつく。
『ああ。俺はこの国の王子。俺の妹が――エミールが今捕まっているんだろ? なあ、ハイゼル』
ハイゼルは『はい』と頷いた。
『そうか』と城の方へ目線を向けた彼の瞳には、苦い色が浮かんでいた。
絶望か、後悔か。
それとも諦めか。
『俺は……何も守れなかった……。俺は……次期国王ともなろう者が……こんなことをしてしまうとは』
自嘲気味に笑う彼は、自分を責めているのだ。
当たり前かもしれない。
国を守るものが、この国を脅かす存在に手を貸してしまっていたのだ。
許しを乞うても、許されることではないのかもしれない。
けれど、王子と言えど魔物と成り果ててしまえば、大魔王の強大な勢力には、抗えることなどできなかったのだろう。
『襲撃を受けた時、俺は王を守ろうとしたがこの有り様だ。……本当にすまない』
ぐっと拳を握るロミリオは、ゆっくりと何かを消化してゆく。
それは。自責の念か。
それとも迷いか。
決心したようにハイゼルの肩を掴んだ。
何もかもを託すように。
意志も、希望も、全部。
『俺はもう死んでいる……。だから、もう行かなければならない』
どこへ、とは聞かなかった。
『だから、だからどうかお願いだ。もう、お前しかいない。姫と、国王と、この国。そして人々を――』
ロミリオの体は、さらさらと光の粉のようになって空気へ溶けてゆく。
『救ってくれ』
重い一言をハイゼルへ。
ロミリオの涙か、ハイゼルの涙か。
ひんやりとつめたいものが頬に一筋流れた。
しばらくハイゼルはその場から動けないでいた。
『さあ、ハイゼル。結界の不安定な今のうちに行くわよ』
『ああ』
ハイゼルは立ち上がり、魔王の待ち受ける王都――ローザンヌへ向かった。
闇のように黒々としたバラが咲き誇る王都――ローザンヌ。
昼間なのに、暗く、音のない世界だった。
茨に包まれた城周辺には魔物がうじゃうじゃ存在しており、ハイゼルたちはなぎ倒しながら城内へ進む。内部へ入っても同様に魔物が現れるが、何か、ハイゼルには引っかかっていた。
けれどそれが何かわからないまま、城の最奥へたどり着く。
真っ黒な絨毯が敷かれ、黒光りする玉座に鎮座していたのは、威厳を醸し出す魔王。
血色の悪い肌は荒れ果てるが、それが硬く鱗のように。
重たそうな装飾の施された服は、黒ずみ。
憎悪のエネルギーがすべてを支配していた。
『誰だ? 貴様は?』
『僕はハイゼルだ。魔王、あなたを倒して姫と、この国を救う!』
『何……? 姫を救うだと……?』
眉間に深く皴を刻んでいたが、いきなり大声で笑い出した。
『あっはっはっは!』
『な、なんだよ!?』
『姫を救うだと? ぬかせ! 儂が姫を守っているのだ! 邪魔者は排除するのみ!』
どういう意味だ?
そう問う間もなく、魔王は血よりも深い色の剣で斬りかかってきた。
この時も僕は何度か死んでしまう。
「あああああ! なんでレベル99なのに倒せないんだよ! 最終形態まで行くのに! やられてまた一からかよ!」
最終のボスというのはこれほどまで強いのか、と唸り、そして三回ほど姿を変えて戦わないといけないのに少し腹を立てた。
一回で十分だろうと思うが、そういうわけにはいかないらしい。
本当に自棄を起こすところだった。
何回かの対戦の末、魔王をやっとのことで倒した。
「よっしゃああああ!」
これでエンディングか。大変だった……。
エミール姫のところへ行き、そして、知るのだ。
何もかもを。
「嘘、だろ……?」
僕には、何かが繋がってしまって。
その予感を振り払いたかったが、僕の手は小刻みに震え続けた。
その時、
ジャカジャカジャカジャーン、ジャカジャカジャカジャーン。
けたたましい音楽が鳴り響いて、僕は我に返った。
なぜかその音楽が不吉に聞こえて。
ますます嫌な予感がした。
「はい、田鍋です」
『デイサービスゆめの大谷ですが、今お時間大丈夫でしょうか!?』
何かあったのだろうか?
かなり焦っているのが声の調子でわかる。
胸のざわめきが、一層大きくなる。
いやだ。
聞きたくない。
だめだ。
聞くな、聞くな、聞くな……。
そう思っていることとは反対に口は動く。
「はい、大丈夫です」
『落ち着いてきいてください。――――――』
「え?」
何を言われたのか全く理解できず、僕は呆然と立ち尽くす。
絶望の入り口に立ったような心境。
心もとなくて、足がふらつく。
「え? 今、なんて言いました?」
スタッフの方も、一旦深呼吸をして、もう一度。
今度ははっきりと聞き取れた。
『田鍋舞さんが、行方不明になりました』




