9-10 もう1度伝えれるなら
スマートフォンでインタビュワーから送られてきたメッセージを見ていると、リアルタイムでまた話を聞きたいというメッセージが届いた。僕はインタビュワーにどのような返信をするべきか考えていた。
時空の門番の話によると、2日後に何かあるとのことだった。2日後に即人生が終わるのか、それとも決めた後にも猶予があるのか。それによっても異なってくる。自分は、今までの話を総括して、彼にメッセージを送った。
「連絡ありがとうございます。書かれている文章に記されている通りですが、この返信を書いている2日後にどちらかの世界を選んで欲しいと伝えられています。現状ではどのような選択をするかは決めきれておりませんが、もしかしたらインタビュー可能なタイミングではこの世界のものではなくなっているかもしれませんが、もし伝えられるタイミングがありそうでしたら追って連絡いたします。もし連絡がなければ、タイミングがなかったと思っていただけると幸いです」
自分はそうDMを送った。2日後以降に何が起きるのか今でもよくわかっていない。それなのにも関わらず、自分は妙に落ち着いていた。
凪ちゃんもメッセージを送ったようだったが、今のところ返信は返ってきていないようだった。
「もしかしたらまた映画になるかも?」
本郷はそういった。大ごとにしたいわけではないという心理と、自分が今まで生きてきたという証拠を何らかの形で残したいという心理が脳内で循環しているが、フィクションっぽい作品で遺せるのであればそれもありかもしれないと自分は考えるようになっていた。
ふと『時空のおっさん』映画の感想を見てみる。話としてはまとまっていて面白かったという意見が多かったが、「『なぎ』さん(僕のハンドルネーム)にインタビューをとったと書いてある割に、彼の世界観とは違うように感じた」というコメントも多かった。自分としては映画は映画で楽しめたと思っている。確かに自分の体験とは違う世界観ではあったものの、独自の展開やストーリーは当事者の自分からしてもオチを予測できず、脚本家の腕は確かだなと感じた記憶がある。
自分の話をベースとした作品が残ってくれると嬉しいと思ったりする。客観的に見れば自分の話自体も創作っぽく見えるということも言って終えば事実だ。それでも、このような体験をした人、少なくともこのような体験をしたと主張する人が存在することを伝えられればなと思う.
僕は人々が本気で納得するとは思っていない。だからこそ作品という形で残って欲しいと思っているのかもしれない。自分は自分の本当の気持ちがなんなのか今ひとつ自分でもよくわからなくなっていた。




