表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盤上の街スーパウロ  作者: TAMI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/22

第7話 悪を読む

協会の一角で、タツヤとアキヤマは盤を挟んでいた。

タツヤは覚えたての戦法を試していた。

角道を開け、銀を繰り出し、勢いよく攻め込む。


だが、アキヤマは一手も乱れない。

受けるのでもなく、流すのでもなく、ただ当然のように最善手を指す。

気づけば盤上の流れは、静かにタツヤの手を封じていた。


「……参りました」

頭を下げるタツヤに、アキヤマは柔らかく微笑んだ。


「悪くない。形は見えている。

 あとは焦らないことだ。相手を読む前に、自分を読め。」


その言葉が妙に胸に残った。

勝てなかった悔しさよりも、何かを掴んだ手応えがあった。


外へ出ると、日はすっかり沈んでいた。

街のネオンが灯り、車のクラクションが響く。

だが、タツヤの耳にはまだ、盤上の駒音が残っていた。


スーパウロの夜は、奇妙な均衡を保っていた。

誰もが少しずつ嘘をつき、少しずつ罪を犯す。

路地裏での喧嘩、スリ、ひったくり──そんな小さな悪は、日常の一部として流されていく。

だが、ある境界を越えた者だけは、必ず消えた。


その境界の名を、人々は「マルア」と呼んでいた。


ある夜、タツヤは取材帰りに、白い粉を手にした男を見た。

震える手で袋を握り、壁にもたれ、ゆっくりと崩れ落ちていく。

通報したが、警察の声は冷たかった。


「その区域は……“処理済み”です。問題ありません。」

「問題ない? 人が倒れてるんだぞ!」

「繰り返します。問題ありません。」


通信が切れた。

すぐに黒塗りの車が止まり、無言の男たちが現れ、倒れた男を運び去る。

道端の人々は視線を逸らし、屋台の音楽だけが続いていた。


翌日、街はいつも通りだった。

だが午後、別の噂が流れた。

新しいギャング組織が倉庫街を拠点にし、マルアの縄張りに手を出したという。

その夜、銃声が二度響いた。

翌朝、倉庫は焼け落ち、関係者は全員行方不明。

地元の人々は短く言った。

「線を越えた」


タツヤは理解した。

この街では、暴力は放置されているわけではない。

むしろ、暴力が管理されている。

小さな悪は許される。だが、力を持とうとした瞬間に、容赦なく叩き潰される。


その秩序の上で、街は平和を保っているのだ。


編集部に戻り、タツヤは事件の記事を提案した。

編集長はタバコをもみ消し、短く言った。


「やめとけ。書くな。お前、まだ“線”を知らないな。」

「線?」

「マルアの名前を出すな。

 警察も政治も、あいつらの“読み”の中にいる。

 この街では、記事より命の方が軽い。」


タツヤは言葉を失った。

それでも、何かを伝えなければという衝動が残った。


夜、協会の前を通ると、ガラス越しにアキヤマが盤を見つめていた。

指先が駒を置く。音が響く。

その一手は、まるで街全体を指しているようだった。


――守るための一手か、それとも支配の一手か。


タツヤは拳を握り、静かに呟いた。

「この街は、誰かが読んでる」


そしてその“誰か”が、

自分の尊敬する人と重なっていくことを、まだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ