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盤上の街スーパウロ  作者: TAMI


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第29話 王の過去・後編

――言葉では救えない。

――理屈では止まらない。


ならば、“読み”で支配する。

導くのをやめ、操る側に回る。

それが〈マルア〉の始まりだった。


アキヤマは、盤で鍛えた読みをそのまま街に向けた。


最初に手をつけたのは市場だった。

揉め事の芯が面子か金か、息継ぎ一つで見抜く。

「朝の一時間を寄こせ。運搬は手伝う」

落としどころを先に置けば、相手はそこへ入る。


港でも同じだった。

現場では止めず、あとで一人ずつ呼び出す。

順番をつけ、顔を立て、引き際を先に作る。

古株がうつむく瞬間、若い者の拳が緩む。

その一拍で、場の手番が自分に変わる。


賄賂も使う。

だが渡すのは金より「形」だった。

役人には言質ではなく、手柄を。

「あなたが止めた、という形にする」

三手先で借りを作り、五手先で返させる。


ギャングに対しても、脅さない。

表の頭、金を預かる手、刃を握る腕――誰が誰を見て喋るか。

その関係を“盤”に見立てて詰み筋を置く。


「ここを通せば安全だ。通らなければ、たまたま警察が来る」

翌週、本当に来る。来させる。

一度通れば、次からは自分で並ぶようになる。


こうして街に、もう一度“筋”が戻った。

血より筋を通す。

貸し借りの順を整え、面子の高さを合わせれば、刃は収まる。


小さな礼が筋になり、筋が道になる。

彼が答案に書いていた「丸ア(良い)」という印が、いつしか裏口の合図になった。

そして呼び名も変わった。――〈マルア〉


アキヤマは中心に座らなかった。

初手と終局だけ読む。

読めば、流れは勝手に集まる。


殺しも麻薬も、読みで制した。

「やるな」ではなく「ここだけ細く通せ。他は潰す」。

倉庫を一つ燃やし、もう一つは見逃す。

通り道を一本に絞れば、毒は薄まる。

裏切り者には、事故が起きる。


拳より速く、声より静かに、命の行き先が決まった。


半端な悪は淘汰され、銃声は減った。

「先生のところを通せば揉めない」

それは褒め言葉のようでいて、実は“許可証”の宣告だった。


守りの網と支配の網。

手触りは、いつの間にか同じになっていた。


掲げた掟は三つ。

「子どもに手を出さない」「殺さない」「麻薬を扱わない」

だが、街の底ではすぐ注釈が生まれた。


(間接は除く)(事故でよし)(細く通すための管理はする)


誰も紙には書かない。

けれど、みんなそう“読む”。


一人の死で十人が帰る夜が増えた。

その計算は口にしない。ただ、選ぶ。

胸の奥にだけ刻む。


昼は黒板に「読むのは守るためだ」と書き、

夜は同じ言葉で静けさを買う。


(正しい。……正しくさせる)

そう繰り返し、手を止めなかった。


気づけば、マルアは極悪の器になっていた。

麻薬も殺しも、秩序の名で流れる。

糸は太く、網は広い。


アキヤマの手が届かない場所が増えた。

止められるはずのものが、止まらない。


それでも街は静かだった。

静かすぎた。

人は顔を上げず、道は“許可”でできていた。


十年が過ぎ、彼の作った秩序はもはや誰のものでもなかった。

化け物は自分の名を持ち、自分の意志で歩く。


それでもアキヤマは、盤の前に座り続けた。

(ここまで来たなら、最後まで責任を取る)


そんなある日、将棋協会の戸が叩かれた。


若い男が立っていた。

名札、録音機、ノート。

子どもたちに目を配り、必要なことだけを丁寧に尋ねる目。


「将棋協会のこと、取材させてください」


椅子を差し出す。

男は頭を下げた。


「記者のタツヤです」


盤を見る目がまっすぐだった。

受けで勝てる目。


その瞬間、アキヤマの中で、

長く止まっていた“何か”が、ほんの少しだけ動いた。

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