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盤上の街スーパウロ  作者: TAMI


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第27話 闇と影

朝の光が、街の埃を薄く洗っていった。

ソンダイの命とタツヤの読みが、スーパウロの時間を少しだけ延ばした。


しばらくし、タツヤは刑務所の門をくぐった。

鉄と湿気の匂い。天井灯の白が床をまっすぐ照らす。

受付のペンが紙を擦る音、奥で看守が一度だけ咳をする音。世界が小さく区切られている。


面会室は外より少し冷たい。

ガラスの向こうにはかつての王アキヤマ。

鎖はあるが、背筋は崩れない。

白くなった髪、澄んだ目だけが昔のままだ。


「……来たか」


声は低いが、掠れはない。

タツヤは椅子を引き、無言で座る。椅子脚が床を擦り、細い音が切れた。


「街は」


「俺が見ていた区域は、最後まで死者ゼロだ。読めた範囲は守り切った」


わずかな頷き。

アキヤマの視線が、見えない盤面をなぞる。


「それでいい。お前は、俺の“光”の部分だ。理で人を守る。筋で通す」


タツヤは目を逸らさない。


「ただ、その外側で――仲間が死んだ。南区だ」


短い沈黙。アキヤマの瞼が静かに落ちる。

重さは受け止めるが、声には混ぜない。

(……この人のやり方だ)


「……コーヘイ・ジエゴ。あれは、俺の“闇”だ」


空気が固くなる。タツヤの目が細くなる。


「力だけの男じゃない。読みの天才だ。十手先を“最小の傷”でつないでいく。

味方を切る順番、敵を泳がせる距離、全部が計算の上だった

 昔、俺は必要悪で押さえる方法を隠さなかった。『理が届かない場所は汚す』――そう教えたのは、俺だ。

 コーヘイは、読みの先に善悪を置かなかった。置く理由を、俺が与えなかった」


(闇の種は、師が蒔いた――か)

タツヤは拳を握り、ゆるめる。血が静かに巡り直す。


「俺は闇には堕ちない。だが、影は使う。

 記録に残らない合図や裏道、圧力は使う。殺しと麻薬はやらない。境目は俺が決める」


ガラス越しに、アキヤマの口元がわずかに弛む。


「影は光の下でしか生まれない。……お前なら扱える」


視線が絡む。

アキヤマは声を落として、簡潔に告げた。


「マルアの“古い繋がり”はまだ生きている。必要なら借りろ。ただし代償は払え。相手は皆、マルアの残党だ」


「……覚えた」


短い返事。目を閉じて、要点だけを刻む。

(影は使う。闇は拒む)


鎖が小さく触れ合い、それきり動かない。

アキヤマは立たない。ただ、見ている。


「タツヤ。お前は俺の光だ。街は今、光と闇で引き裂かれている」


そこで言葉は止まる。

背を押す言葉は来ない。肯定も否定もない。

ただ、見守る距離だけが残る。


タツヤは席を立たず、目で促す。

目の奥にあの日と同じ決意を見たのかもしれない。

アキヤマは視線を外さず、ぽつりと呟いた。


「……ここからは昔話だ」


アキヤマの声が、少し低くなる。


「俺が“必要悪”に手を伸ばした頃のことだ。

 救えた命と、目をつぶった罪を天秤にかけて、重い方を選んだつもりだった。

 だが、一度許すと、際限が無くなる。証拠を伏せた夜、脅しを借りた朝。

 『秩序のため』という言葉は、都合よく伸びる。

 ――最初の冬から話そう。俺が最初に踏み越えた、その一歩からだ」


「聞く」


タツヤの声は低く、揺れない。


面会室の空気がわずかに沈む。

遠くで時計がひと目盛り進む音がした。


言葉は、過去へ沈みはじめる。

光は冷たく、影は濃い。どちらも、ここにある。

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