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盤上の街スーパウロ  作者: TAMI


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17/24

第17話 静かな盤の上で

マルア崩壊から、数年が経った。

スーパウロの街は、ようやく落ち着きを取り戻していた。


警察も政府も、ようやく本来の仕事をするようになった。

腐敗はまだ残っている。

だが、もう人々は目を伏せて歩かない。

通報すれば警察が動き、事件が起きれば、正しい手続きで終わる。

――そんな“普通”が戻ってきたことが、何よりの変化だった。


かつて暴力と恐怖で支配されていた街が、

いまは少しずつ、選ぶことのできる街になっていた。



スーパウロ将棋協会。


扉を開けると、駒を打つ音と、子どもたちの笑い声が響く。

昼下がりの光が盤面を照らし、木の香りが穏やかに漂っていた。


「そこ、焦って銀を出すと取られるぞ。ほら、こうだ。」

タツヤが指すと、少年が悔しそうに眉を寄せる。

「うわー、また負けた!」

「いいんだ、それも経験だ。負けた分だけ、読む目が育つ。」


教室のあちこちで笑いが起こる。

子どもたちの指先が、夢中で駒をつまんでいた。


タツヤは協会の新会長として、

街の子どもたちに将棋を通じて“考える力”を教えていた。

若くして会長に選ばれたのは、誰よりも将棋に情熱を注ぎ、かつて“王”アキヤマを超えた唯一の男として、人々に認められたからだった。

かつてアキヤマが使っていた理事長室は、

今では子どもたちが自由に集まる図書室になっている。


窓の外から、ボールを蹴る音が聞こえた。

青空の下で、少年たちが笑いながら走り回っている。

その中に、ひときわ声の通る少年がいた。


「先生ー! 試合終わったら行きますからねー!」

ルアンだった。


タツヤは笑って、窓の外に手を振る。

「おう、今日も元気だな。」

「当たり前っす! 将棋でもサッカーでも、負けませんから!」


夕方、汗を光らせたルアンが協会にやって来る。

「先生、今日もお願いします!」

「よし、勝負だ。」


盤を挟み、二人の真剣な眼差しが交わる。

駒が打たれるたびに、空気が少しずつ張りつめていく。


――この街は変わった。

かつて命を奪い合った者たちがいたこの場所で、

今は若者たちが“未来を読む”ために盤を囲んでいる。


だが、闇が完全に消えたわけではない。

裏路地では今も、誰かが何かを取引している。

暴力の火は小さくなっただけで、

いつまた燃え上がるかは誰にもわからなかった。


タツヤはそんな現実を知りながら、

静かに駒を進めた。


――たとえ街の形が変わっても、

 人の心には、まだ“次の手”が潜んでいる。


子どもたちが次々と盤を抱えて集まる。

タツヤはその輪の中で笑い、ゆっくりと告げた。


「考えるってのは、誰かを倒すことじゃない。

 誰かと一緒に、生き残る方法を探すことだ。」


外では夕陽が沈み、街の灯がともる。

駒音がひとつ響き、子どもたちの笑い声が重なった。


それは――

かつて“王”を討ち、“玉”として生きることを選んだ男が、

次の世代へ“思考の火”を渡す音だった。


そしてタツヤの瞳には、

あの日の戦いよりも強い光が宿っていた。



だがその静けさの奥で――

まだ見ぬ“乱れ”が、ゆっくりと形を取り始めていた。

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