4話
学園内にてエセルとアレクセイたちの噂は有名だった。
ただでさえ目立つ者たちが集まっていれば噂が立つのも当たり前だが、『男爵令嬢が高位貴族の令息たちを誑かしている』『王太子殿下を篭絡して王妃の座を狙っている』『学園の裏庭で仲睦まじく昼食を食べている姿を見掛けた』『贈られた高価な装飾品を見せびらかしていた』等、悪評ならば聞かずとも耳に入るような有様だった。
エセルとアレクセイの仲が収拾のつかない規模で取り沙汰されている以上、秘密裏の解決は困難。
そう断じ、セフォレッタは次なる行動に出た。
「ごきげんよう、皆様。良いお天気ですわね」
麗しの美姫の名に相応しい微笑みを浮かべて現れたセフォレッタの姿に、学園の裏庭に集って昼食を食べていた面々がにわかに表情を固まらせた。
学園の中庭と同様、裏庭にもお茶会用のテーブルや散策用のベンチが併設されている。基本的に誰でも利用できるものだが、最近では専ら王太子たちが占有しており、彼ら以外にこの場所を訪れる者もいなくなったらしい。それをいいことに天気の良い日はランチボックスを持ち寄り、男爵令嬢を取り囲んで仲睦まじく昼食を食べているのだとか。
これまでは右から左に聞き流していた噂だったが、実際にこの目で見てみようと思い立ち、王太子一行以外はめっきり近寄らなくなってしまった裏庭に足を運んでみた次第だ。
エセルの隣にはアレクセイが座り、それを囲むようにして3人の子息が鎮座している。
目を丸くするエセルにセフォレッタが優雅に微笑みかけると、我に返ったらしいアレクセイが勢いよく立ち上がった。他の3人も立ち上がり、アレクセイとエセルを守るように展開する。その顔触れはセフォレッタも知っている面々だ。
左側から名門ロインズ公爵家の三男。顔は良いが節操なし。清廉潔白と名高いコルネード侯爵家の嫡男。頭は良いが想像力が欠如気味。騎士団を所有しているカリオン伯爵家の嫡男。直情型の脳筋。
要するにアレクセイにぴったりな忠実な友人たちである。
「何をしに来た!? この機に及んでまだエセルを傷付けるつもりか!」
「まぁ殿下、おっしゃっている意味がわかりませんわ。たまたま近くを通りかかったところ、皆様のお姿が見えましたのでご挨拶に伺っただけです。婚約者として当然の務めですわ」
「白々しい女だな! これまで私が誰とどこで食事をしようが一度も興味を示さなかったくせに、何を今更……!」
事実である。正直、アレクセイが誰とどこで食事をしようが興味はない。
しかし、この状況において問題はそこではないのだ。
「心外ですわ。殿下こそ、私がこれまで昼食にお誘いしても何かと理由を付けてお断りされていたのではありませんか。本当にお忙しいと思っておりましたが……近頃はゆっくりお食事をする時間ができたようで安心しましたわ。……他の皆様も婚約者の方々が心配しておりましてよ? ここ数ヶ月、お食事もご一緒にできないほど忙しいようだ、と」
その言葉に男性陣の言葉が詰まった。明らかに目が泳いでいる。
全員、婚約者がいる身の上にも関わらず、この体たらくである。
セフォレッタの冷ややかな眼差しに気づいているのかいないのか、アレクセイがいち早く立ち直る。
「私たちは多忙なんだ。今も昼食をしながらこの国の将来に関して意見交換をしている。国の未来を憂いている私たちに暇な時間などないんだ」
「殊勝なお心掛け、感服いたしますわ。でも、このような人目につく場所での意見交換は些か不用心ですわ。どこで誰が聞いているかわかりませんもの」
国の将来に関する意見交換ならば国王や大臣たちと論じるべきだと思うが、そんなわかりきったことを言っても仕方がない。相手はアレクセイである。
更に言い募ろうとするアレクセイを無視し、セフォレッタはエセルに視線を向けた。
「貴女はマッシェル男爵家のエセルさんね。ええ、お名前は存じておりますわ。大変優秀な方だと評判ですもの。貴女のお名前を聞かない日はないくらいですし、殿下が貴女を頼りにされるのも納得ですわね」
「あ……」
エセルが小さく声を上げた。
傍目から見てもわかるほどに震えるその姿は、明らかにセフォレッタの存在に怯えるか弱い令嬢だった。
ちなみに本日、セフォレッタがこの場所を訪れることは事前にエセルには共有済みだ。彼女たちは各々の持つ情報を交換し、今後の行動についても取り決めを交わしている。
そのため、予定通りの流れではあるのだが、エセルの怯え方は真に迫っており、アレクセイたちをいきり立たせるには十分だった。
「白々しい真似を! お前がエセルを知らないはずがないだろう! しらばっくれるのもいい加減にしろ!」
「オルヴァーグ嬢、貴女がエセルに対して快くない感情を向ける気持ちはわかるけれど、これ以上は貴女自身の立場を悪くすると思うよ」
「ええ。いくらオルヴァーグ公爵家の令嬢とはいえ、何事も度を超すと身を亡ぼす……などということにもなりかねないと思います」
「事情はよくわかんねえけど、いじめは良くないと思うぜ!」
アレクセイの勢いに乗って取り巻き3名も口を開く。おまけに騒然とする裏庭の様子が気になったのか、ちらほらとこちらを伺う学生たちが現れ始めた。それは次第に数を増し、現在学園で一番注目を集めている王太子一行とセフォレッタが対峙している姿にざわめきが広がった。
なおもセフォレッタを糾弾しようとアレクセイが口を開いたその時だった。
「お待ちください……!」
咄嗟にエセルがセフォレッタを庇うように前に出た。
その顔は可哀想なほどに蒼褪めていたが、彼女は真っ直ぐに背筋を伸ばし、アレクセイを見据えた。
「恐れながら……セフォレッタ様のおっしゃる通りです。殿下たちは将来、この国を担うべきお方。本来ならば私は殿下たちのお傍にいていい身分ではないのです……!」
「エセル! 何度も言ったはずだろう。身分など私たちの間には関係ないと……!」
アレクセイが声を荒げるが、エセルは首を横に振った。
「いいえ、殿下。私は男爵家の人間です。皆様と同席すること自体、本来ならば許されるべきではありません。……これ以上、ご迷惑をお掛けするわけにはまいりません。これを機にどうかもう、私のことはお忘れくださ……」
「エセル、君は何も悪くない! すべてはこの女のせいなんだ! セフォレッタ、これ以上エセルを追い詰めるようならお前を許すことはできない!」
無理やり向きを変えた矛先にセフォレッタは冷ややかな笑みを浮かべた。
「お言葉ですが、私は何もしておりませんわ。私はただ、婚約者としての務めを果たしているだけです。それとも殿下は私に婚約者としての役割すらも放棄しろとおっしゃるのですか? お忘れのようですが、私と殿下はまだ婚約者同士ですわ」
「……そんなことはわかっている。だが、お前が彼女にした仕打ちは許せない」
「仕打ちも何も、私は何もしておりませんわ」
「まだそのようなことを……! どこまでも卑劣な悪女だな!」
「身に覚えのないことで責められても困りますわ。……それと殿下、もう少し周囲の目というものを気にされた方がよろしいかと存じます」
セフォレッタの言葉にアレクセイが我に返ったように周囲に視線を走らせた。遠巻きに成り行きを見守る者たちの姿にたじろぐ。
途端にそれまでの勢いを失って黙り込むアレクセイを眺め、セフォレッタは優雅に微笑んだ。
「私はこれにて失礼いたしますわ。殿下たちも楽しい昼食をお過ごしくださいませ」
堂々とした足取りでその場を後にするセフォレッタの後ろ姿を見送りながら、アレクセイたちは何も言えずに立ち尽くしていた。




