2話
「エセルに何をした!!!」
憤怒の形相で怒鳴り込んできたアレクセイの姿にセフォレッタはげんなりとした。
ここは学園の中庭。広い芝生に美しい花々が植えられた花壇が配置され、その間に等間隔に並べられたパラソル付きの小テーブルでは友人や婚約者同士で過ごしている者が多くおり、セフォレッタも午後のティータイムを楽しんでいる最中だった。
本来ならば婚約者であるアレクセイを誘うべきなのだろうが、生憎彼がこの手の誘いに乗ってきたことは一度もない。王家主催で月に一度は2人だけのお茶会が開かれているが、その時も会話が弾んだことがなく、耐えられなくなったアレクセイがそそくさと退席するまでが一連の流れだった。
正直、面倒だと思いながらも繊細な造りのカップをソーサーに置き、セフォレッタは立ち上がって優雅に礼をした。
「ごきげんよう、殿下。久々にお会いしましたのに随分なお言葉ですわね。どうされましたの?」
「しらばっくれるな! 昨日、お前がエセルを床に這いつくばらせ、謝罪を要求している姿を目撃した者がいる! エセルはショックのあまり朝からずっと怯えているんだ! 男爵位の彼女が逆らえないのをいいことにか弱き者を虐げるなど、貴族の風上にもおけない!」
鼻息荒くまくし立て、アレクセイは今にもセフォレッタに掴みかからんとする。実際、人目がなければ掴みかかられていたかもしれない。そう思えるほどの剣幕だった。
エセルが床に這いつくばって頭を下げていたのは事実である。しかしながらセフォレッタが強要したわけではなく、彼女が自主的にそうしていたのだが、それを誰かに見られていたのだろう。
確かに事情を知らない者から見れば、セフォレッタが婚約者に媚びを売る女を糾弾していたように見えなくもない。
迂闊だったと後悔するも時すでに遅し。アレクセイは怒り狂っている。
黙っていれば金髪碧眼の見目麗しい王子様だが、内面は短気で感情的。こうなると人の話を聞かない上に手がつけられない。面倒な男である。
「お前は知らないだろうが、エセルは優秀なんだ。懸命に努力し、素晴らしい成績を維持している。私もその姿に感銘を受け、王太子としてもっと努力をしなければと思っているのに……お前は感銘を受けるどころか、彼女に対して卑劣な行いを……!」
言いがかりもいいところだ。そもそも元凶はこの男だろうに。
昨日のエセルの言い分を思い出して冷めた眼差しをするセフォレッタに気づかず、アレクセイは更にまくし立てる。
「近頃エセルの私物が紛失したり教本が破られて捨てられていたりしているが、彼女への嫌がらせはお前の差し金だったんだな! 悪辣な奴め! 今すぐに辞めるんだ! これ以上、エセルを傷つけることは王太子たる私が許さない! この意味がわからないとは言わせないぞ!」
「お言葉ですが、殿下……」
「エセルは私が守る!!」
人の話を聞け。
思わずそんな言葉が口をつきそうになり、開きかけた唇を笑みの形で固める。
肩を怒らせながら去っていく背中を見つめ、セフォレッタは脱力しそうになるのを何とか堪えた。
――どうやら、昨日のエセルの話は真実らしい。
周囲から注がれる好奇の眼差しを感じつつ、心底馬鹿らしい展開に頭を抱えたくなったセフォレッタだった。
「……セフォレッタ様!」
エセルがセフォレッタを呼び止めたのは、その日の全ての講義が終わった後だった。
学園の馬車乗り場へと向かうセフォレッタを細い声が呼び留める。振り返ると長い廊下を小走りでやってくるエセルの姿があった。
彼女はセフォレッタの前まで来ると昨日同様に床に這いつくばろうとし――寸前で思い留まった。代わりに深々と腰を折って謝罪の姿勢を取る。
「呼び留めてしまい申し訳ございません……! しかし、昨日の件があらぬことを加えて広がっていると知り、居ても立っても居られず……」
「私もそのことでお話があるの。でも、ここで話せる内容ではないわ。どこに人の目があるかわからないんですもの」
普段使われていないは講義室ですら人の目からは逃れられなかったのだ。いくら人気がないとはいえ、この件は廊下で話す内容ではない。
エセルも理解しているのか青褪めた顔で頷く。
「貴女様のお立場を悪くするつもりは一切ございません。でも、今回の件は私のせいです……私が軽率にセフォレッタ様と接触してしまったから……」
「落ち着きなさい。全ての元凶はあのバ……殿下のせいよ。悲観的になるのはおよしなさい。戦う前から気持ちで負けてはだめ」
サッと周囲に視線を走らせ、セフォレッタはエセルの耳元で囁いた。
「……明日、男爵家へ迎えを送るわ。我が家へいらっしゃい。話はそこでしましょう」
「えっ!? で、でも……」
「ここでは人目がありすぎるわ。これ以上、状況が悪化する前に今後のことを話し合いたいの。いいわね?」
「は、はい……」
「安心なさい。悪いようにはしないわ」
先ほどより更に青い顔をするエセルが流石に気の毒になり、セフォンッタは慰めるように小さく震える肩を優しく叩いた。




