1、レティシア視点
アルファポリスで掲載していたものを改編したものとなっております。ストーリー的には変わっておりません。
貴方は、私の手を取ってはくれなかった。
差し出した私の右手は空を切り、求めるものにかすりもしない。
貴方はあの人の手を取り、引き寄せた。
迷うことない行動。
行き場を失った手の先には抱きしめ合う二人の姿が映る。
婚約者は私なのにー。
どうして、私ではないのか。
小さくなっていく、二人の姿ー。
見たく、ない。
あの方の胸元にいるのは私ではないのだから。
涙が溢れる。
二人の姿を見ていたくなくて私はゆっくりと目を閉じた。
忘れてしまいたくてー。
次の瞬間、衝撃がくる。頭や身体中に激痛が走り、息ができない。
苦しい。痛い。
身体なのか心がなのかわからなかった。
だけど、もういいやと思う。
楽になりたいとー。
目が覚めると、見知った天蓋だった。
私の部屋の私のベッド。
身体を動かそうとしたが、できない身体中が痛い。
どうしたのだろう。私はなぜ寝ているの?
「お嬢様!!」
メイドのリサが叫んだ。
慌てたような声がうるさくて聞こえ、頭に響いた。
少し小さな声がいい。
静かにしてほしい。
言葉がスムーズにでず、やっと呼べたのは彼女の名前だけだった。
「・・・リ、サ?」
「旦那様を呼んできますね」
彼女は慌てて部屋を飛び出していく。
なぜそんなに泣きそうな顔をしていただろう。
私は痛む身体をゆっくりと起した。他人の身体にでも入ったように重い。
ふらりとする。
そっと、痛い頭に手をやると、布が巻かれていた。腕にも巻いてある。
なぜ包帯が巻かれてるの?怪我?
記憶がなかった。
何があったのか、思い出そうにも思い出せない。
自分の手を見る。
なんだろう?
違和感がある。
それが何かはわからない。
「レティシア」
お父様とお母様が入ってきた。
顔を真っ赤にして、目を腫らして。
泣いていたのだろうか?
「おとう、さま・・・?おかあさ・・・ま?」
二人とも白髪が増えていた。目尻の皺が深くなっている。憔悴していた。
昨日まではそんなことなかったのに。
二人は私を抱きしめてくれた。
暖かな温もりが嬉しい。
「やっと目が覚めたのだな」
やっと、目が覚める・・・?
「良かった。良かった・・・。神よ、感謝します・・・」
私を抱きしめる腕が強まる。泣いている?私の知っているお父様が小さく感じた。泣いているせいなのか?
私のせい?
わけがわからず尋ねた。
「お父様・・・。私、何かあったのですか?」
「レティシア?」
違う世界にきたように感じた。
私は何かを忘れている気がするが思い出せない。
「覚えていないのか?」
「・・・何を、ですか?」
お父様は私の顔を見て、目を見開いて震えた。
眉を寄せ、悔しそう?悲しそうに?なんとも言えない表情をしていた。
「学園の階段から落ちたんだ。頭・・・頭を強く打って、出血もあって・・・。二ヶ月の間、目を覚さなかったんだ・・・」
二ヶ月。
そんなに眠っていたのか。
それでなんだ。
改めて爪を見た。
どおりで、少し長いと思ったの。
違和感はそれかな?
私は違和感の正体がわかり微笑んだ。
だが、お父様の表情は硬いまま。
「学園から連絡を受けて行ったら、お前はすでに救護室に運ばれていた。レティシア、あの時何があったんだ?」
何があったか?
なんだろう・・・?
「・・・わから、ない・・・」
「・・・!?」
お父様もお母様も、驚いたように私を見た。
本当にわからない。
困っているお母様に触れようと手を伸ばして、止めた。
伸ばした指の先を見る。
違和感がやはりあった。
爪じゃない?
数度、手を握っては開きを繰り返した。
物足りない。何が?
何かを掴みたかったの?
触りたかったのかしら?
やはり、違和感がある。
なんだろう・・・。
「お嬢様?」
リサが尋ねてきたが、ぼぅっとしてしまう。
あまり考える事ができない。
考えようとすると頭が痛い・・・。
お母様は青い顔をして、言った。
「リサ。お医者様はまだ?」
「見てきます」
リサは、飛び出るように部屋を出ていった。
お医者様から、頭を強く打ったことによる、記憶障害だろうと言われた。
私は、階段から落ちた理由を何一つ覚えていない。いや、、このニ年ほどの記憶も曖昧だった。
特にとある方のことを覚えていことに気づく。
婚約者である、ロベルト王太子殿下についてのことが思い出せなかった。
顔も声もー。
好きだという気持ちさえ思い出せなかった。
ずっと、好きだったはず。好きという気持ちは覚えているが他人事のように感じる。
毎年、あの方の肖像画を買い、コレクションするほど、傾倒していたと言うのに。
今は、壁にかかる今年の肖像画を見ても知らない人物を見ているようで、心動かされなかった。
今までの「好き」と言う気持ちが嘘のようだった。なぜ好きだったのかもわからなかった。
知らない人・・・。
以前のあの方は好きなのに、今の殿下はどうでも良く感じるのは何故?
私の何が変わったのか?
首を傾げ考えたが頭が痛くなるだけだったので、考えることをやめた。
静養のため学園は退学する。
出血をしたわりに傷は深くはなかったものの、私は以前の私ではなくなった為、学園に通えなかった。
そして、こんな私には王太子妃教育は無理だと悟る。
動けるようになってからお父様の執務室を訪ねた。
「お父様。ロベルト殿下との婚約を解消してください」
「レティシア?どうしてだ。殿下のことが好きだったのだろう」
「そうですね・・・。でも、思い出せませんの。殿下のお顔もお声も。あれだけ好きだったのに。何一つ思い出せないのです。むしろ、殿下に関わるものが一つずつ欠けていっている気がします。そんな者が王太子殿下を支えることなど無理ですわ」
ゆるゆると、私の記憶は低下している気がした。特に殿下に対してだけが。
お父様も理解したのか、ゆっくりと頷いた。
「・・・わかった。わたしから陛下にお願いする。レティシア、領地に帰りゆっくりと療養しよう」
「ありがとうございます」
私は、微笑んだ。
なぜか、ほっとした。