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彼女の姿は学園になかった。
階段から落ちて以来、婚約者であるレティシアは姿を現していない。
国王である、父からはレティシアの元に行くなと言われた。
どうなっているのかもわからない。
誰も彼女のことを口にさえすることがなかった。
あの日、レティシアと親友であるミランダが揉み合っていると、側近であるアレックスから聞かされ急い駆けつけた。
2階の階段踊り場で叫ぶミランダと、戸惑いを見せているレティシアの姿。
ミランダが、3階から降りてきた僕を見つけてレティシアの手を振り払った瞬間、二人は大勢を崩し下へと落ちていく。
近くにいたミランダは、なんとか引き寄せることはできたが、レティシアの手には届かなかった。
彼女の白い手が宙を切る。
伸ばされた細い指が僕を求めていた。
彼女の目が僕を見る。
哀しみを含んだ、諦めに似た色を湛えていた。
涙が溢れている。
静かに眼は閉じられた。全てを拒否するように。
そして、レティシアは落ちていった。
ほんの数秒の出来事だった。
僕は救えなかった。
彼女の手を掴めなかった。
見ているしかなかった。
身体が動かなかった。
どうしてだ。彼女は僕の婚約者だと言うに何もできないなんてー。
床に広がる金の髪。彼女の周りには真っ赤な液体がゆっくりと広がっていった。
誰も見ているだけで近づこうともしない。
見ているだけ。手を差し伸べて介抱することもない、
ただ、見ているだけのギャラリー。
一人横たわるレティシアの姿がそこにあった。
レティシアの学園内での噂はあまり良くない。
だからなのか、誰も手を差し伸べなかった。動こうともしない。無言で冷たい目で見下ろしているだけだった。
僕にくっついているミランダは元は平民だ。
約二年前、『癒しの力』の発現により神殿から『聖女』として認められ、貴族籍を得るためにアンダスター公爵の養女となった。
聖女として振る舞う為に厳しい淑女教育が必要となり、その教育の一端として、王族である僕に白羽の矢が立ったのだ。
もと平民だからと言われないよう行動するのに、僕が手助けをすることになった。つまり後ろ盾ともいえよう。
婚約者であるレティシアがそれが気に入らないからとミランダを虐めているという噂が広まり始めた。
レティシアがするはずはない。
だが、確信が持てなかった。
生徒会の会長としての仕事と、ミランダの教育の補助で忙しく、レティシアとはまともに顔を合わせていなかったから。
僕にとってミランダは妹のように思っている。
聖女であることを驕らず、勉強やマナーにも必死に取り組んでいた。時折、勉強に疲れて甘えてくることはあったが、それは妹として可愛く思っていた。
淑女として一流の公爵令嬢になるように協力していた。
だから、ミランダと僕が恋人だと学園内で噂がたっていることには気づいていなかった。
しばらくして気づいた時には、学園公認になっているのに驚く。
でも、レティシアなら僕がなにも言わなくてもわかってくれていると思っていた。
そして、レティシアがミランダを虐めているのだと噂で聞いて、嫉妬してくれているようで嬉しかった。
レティシアの噂はますます広がる。
レティシアに確認しようにも、ミランダに請われ勉強やマナーを教える日々。
逢いに行きたくとも、時間が取れない。
予習に復習、生徒会の仕事、ミランダの事、父から回された執務。手紙を書くにも疲れて寝落ちしていることが幾度となくあった。
アレックスに頼もうにも、あいつはミランダに心酔しているのか、レティシアを目の敵のようにするようになり、頼むことさえできなかった。
学園内で、一人で佇むレティシアを幾度も目にしていたが何もしなかった。
今更のように助ける事ができなかった後悔だけが増す。
あの出来事の後、父に呼び出された。
「なぜ、レティシアを助けなかったのか?」
「なぜ、レティシアを護らなかったのか」
と。
何も答えられなかった。
どう、答えてもいいわけにしかならなかったから。
責められても仕方ない。
父はそんな僕にため息をついた。
「彼女には逢いに行かなくていい」
「そんな・・・」
僕はレティシアのその後を知ることさえ許されなかった。
レティシアは大丈夫なのだろうか?
どうすることもできなくて悶々とした日々を送る。
あれから三ヶ月経った頃、レティシアから花が贈られてきた。
赤い薔薇が一本。
手紙は添えられていない。
一輪の薔薇だけ。
それだけでも、僕は嬉しかった。
赤い薔薇の花言葉は「あなたを愛しています」だからー。




