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ウィーク  作者: 宇佐見きゅう
遡流の日曜日
26/26

新しい一週間の始まり


 次の日の日曜日。

 僕はいつものようにフライパンで叩き起こされた。物理的に痛む頭を抱えて欠伸を交えながら一階に降りていく。今日はサッカー部の練習がある。中学校のグラウンドで一日中ボールを追いかける暑苦しい日だ。青春ってほとんどが努力を要することで、努力というのはつまるところ暑苦しいものだから、青春って暑苦しくて嫌な思い出になりやすいと思うのだけど、世間体には良いイメージしかないのがすごい。誰かがイメージコントロールしているに違いない。先週は一度も部活に行けなかったから、身体が鈍っていないか少しだけ心配であった。

 僕は洗面所で顔を洗って、トイレで小用を済ませ、リビングに行った。

 リビングでは今日も早起きの父がブラックコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。食卓には三人分の朝ご飯と、今日の僕のお弁当のおにぎりが三つ並んでいる。朝ご飯のメニューは、豆腐とねぎのみそ汁と納豆。僕の茶碗と箸があるところ、すなわち僕の席には、納豆掛けご飯が置かれてあった。

 すでに完成された納豆掛けご飯があった。

 茶碗に盛られた白米の上に、よくよく練られた大粒納豆が掛けられていた。僕はそれを見て、何となく嫌な気分になる。いやあ……、何だろうね、この感覚。納豆ってのは自分で掻き混ぜてご飯に掛けるものであって、始めからご飯に掛けられてあると、何かこう、納豆の嫌なところ、ねばねばしてたり、匂いが強かったりというところが妙に気になってきて、食べる気が失せてしまうものだ。これをわざわざやってくれた人は、純粋な優しさでやったのか、それとも食欲減退の効果を知ってやったのか。そこが気になる。

 こんなことを仕出かす容疑者は一人しかおらず、その第一容疑者である母がリビングにもキッチンにも見当たらなかったので、父に尋ねた。

「父さん。お母さんは?」

「散歩」父は途中でコーヒーをすする。「って、言って出かけた」

「散歩か」椅子を傾けて玄関の方を覗くと、ケージの中でコリー犬のカチューシャが熟睡中だった。おや? と僕は思う。てっきりカチューシャの散歩に出かけたのかと思ったのに一人で出かけたのか。

「先に食べてていいのかな」

「いや、すぐ戻るって言ってたから待とう」

「じゃあ納豆掻き混ぜていったのは何なんだよ……」

 僕はカチューシャを呼び、完成された納豆掛けご飯をその鼻先に近づけてやる。すると、カチューシャは飛び跳ねて逃げていった。あちゃあ、犬は嗅覚が鋭いって言うもんな。悪いことをした。僕も納豆掛けご飯の匂いを嗅いでみたら、ヅンッ! と強烈な痛みが鼻に走った。鼻腔を貫き、涙腺を緩める激臭。からしの匂いだった。匂いからして尋常じゃない量のからしが混ぜられている。

 父が新聞に目を通しつつ、何ともなしに呟いた。

「あ、母さんそれにわさびも入れてたぞ」

「何で止めてくれなかったマイファザー!」

 僕は泣き叫んだ。からしとわさびが目に染みたから。

真の敵を見つけた気がした。まさに手酷い裏切りである。いや、最初から父は向こう側の人間だった。父が甘やかすから母が付け上がるという構造だったのだ。

いつか父をぶん殴ろう。そう決意する僕であった。

 そんな話をしていたら、母が散歩から帰ってきた。家に上がるなり、母はリビングのテレビを付け、リモコンをいじってチャンネルを回す。

「おかえり。どうした母さん」父がテレビにかぶり付いている母に尋ねた。

「うん。ちょっと」母は朝ドラマを眺めながら小声で言った。

 朝ドラマの画面が突然切り替わり、速報ニュースが入る。ニュースキャスターのお姉さんが原稿に目を通しながら聞き取りにくい早口で何かを伝える。音量が小さくて内容が聞こえてこなかった。

「お母さん、音ちょっと上げて」

 母がテレビの音量を上げる。また画面が切り替わり、今度は中継映像が映し出される。テレビに見慣れた建物が映り込んでいた。僕の中学校の校舎だった。ヘリでの撮影なのか、斜め上からの角度だ。

「……っえ?」僕は思わず声を上げる。父さんも呆気に取られていた。

 母は唇の前に人差し指を立てて見せ、テレビに向き直る。実況中継の声が聞こえてくる。やたらと早口だったが、その言葉の中に「未知の物質」や「異星人」や「地球外生命体からのメッセージ」や「未確認飛行物体」と聞き慣れない単語を拾う。

 ここまで材料が揃えば、何が起きているか推察できた。

 カメラが動き、中学校の校舎から青空を映すようになる。青空の真ん中に、変てこな物体が浮遊していた。同心円状のドーナッツが三重に重なって、球形になった発光体である。ジャイロゴマというおもちゃに似ているが、全体のサイズと、各リングの間に接合部分が見当たらない点と、飛行している点が違う。

 母がテレビをミュートにし、こっちに振り向いた。

「外、歩いてたらあれが見えた。学校のグラウンドに着地するみたいね」

「……お母さん、あれって、もしかして」僕はげんなりと言う。「UFO、だよね」

「侵略者ね」母は僕の方に微笑んだ。「部活、あるのよね。フライパンいる?」

「フライパンで撃退しろってことですか、マイマザー……」

 どこまで本気か分からない発言に、僕は引いた。まあ、この母親は悪戯ならともかくジョークを言う人ではないので、どこまでも本気なんだろうけど。母にとってフライパンが万能ツールなのか、それとも宇宙人は害虫レベルの相手なのか……。

 テレビの向こうでは、数台のヘリコプターが中学校の上空を旋回し、何十台もの車両が中学校の周囲に詰め掛けている。音量が消してあるので、今いち現実味のない光景だった。

 空中のカメラが三重円のUFOにズームアップする。UFOがゆっくりとグラウンドに着陸した。と思ったら、UFOが閃光に包まれ、カメラが激しくぶれる。カメラの揺れが収まり、舞い上がった砂埃が晴れたとき、グラウンドの中央に巨大なクレーターが開いているのが見えた。あー、あれじゃ、サッカーできねえな、と僕は残念に思った。今日は自主練か体育館での筋トレメニューになるだろう。嫌だなあ。

 左右に乱れるカメラに、地上の人たちが慌てふためく様子が映し出されている。その中によく見知った小柄な少年の姿、親友君を見かけた気がして、何かの見間違いだろうと僕は自分を誤魔化した。

 いや、親友君なら行きかねないけどね。好奇心旺盛な彼ならば、宇宙人襲来の現場なんて美味しい場所に何が何でも行きかねないけどね!

「侵略者ね」母が再び呟いて、フライパンを差し出してきた。「はい」

「…………」

 僕は、押し付けられたフライパンをぼんやりと見つめる。

 こいつで料理してやれってことですかマイマザー……。

 とりあえず親友君は助けに行かなきゃなので、朝食代わりにおにぎりを食べて、スポーツウェアに着替えてから、ランニングシューズを履いて、僕はフライパン片手に家を出発した。

「怪我しないように」母が玄関先から言ってくる。「いってらっしゃい」

「うん。いってきます」

 僕は宇宙人と親友君の待っている中学校を目指して自転車を漕いでいった。

 それにしても、何とも退屈しない日々だろうか。

 僕を飽きさせない不断の努力をする神様をそろそろ認めてやってもいいかもしれない。まあ、一週間の始まりってのは刺激的なくらいが丁度いいしね。

 嘘だ。神だけは絶対に許さねえ。いつかフライパンで頭カチ割ってやる。ド畜生。


場所も時代も限定しない話を作ろうとしたらこうなりました(どうしてこうな《略》

8月内に完走できてよかった。

ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。もし感想をもらえたらとても喜ばしく思います。駄目だしも批判も随時お待ちしております。では、次のどこかで。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体的に読みやすくて面白かったです。 [一言] フライパンで頭をカチ割られないようにお気を付けて。
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