お嬢さまとスケコマシ
サクラコはせんと同じ兵士を伴い、城下町をぶらつき始めた。
初めて目にしたときと変わらず、街は賑わっていた。城から続く大通りは街の広場まで続いており、露店街となっている。
「安いよ! 安いよ! うちの薬草はたったの七ゴールドで効き目ばっちり!」
「おお! わたしのともだち! お待ちしておりました。 売っている物を見ますか?」
「ソレフガルド名物ガントゥーザの盾、本日入荷! 先着五名様にはお好きな模様の描けるサービス!」
「どうだ坊主、ワシの……」
様々な店が呼び込みを行っているようだ。
「サクラコさん、お金については王さまが自由にしていいとおっしゃっているので、欲しいものがあればなんでも申し付けてくださいね」
あとをついてくる兵士が言う。
「まあ、ありがとう存じます。国王さまには何から何までしていただいて」
「気になさらないで良いですよ。あの人、自分もサクラコさんみたいな娘が欲しかったって言ってましたよ。お屋敷のひとつくらいなら、ねだればもらえるんじゃないですか?」
兵士が冗談を言って笑う。
「まあ! 考えておきますわ」
「ははは! サクラコさんも冗談を言うんですね。この世界に馴染んでくれたみたいで嬉しいです」
サクラコは冗談を言ったつもりはなかった。
「考えておく」というのはお嬢さま流の「ノー」の返事である。
しかも、あの王さまならやりかねないと考えたゆえの本気の返答であった。
露店街を抜けると広場に出る。
広場には食べ物を売る露店の他に、休憩用のベンチや、ちょっとした公園のようなスペースがあり、婦人や子供が余暇の消費に勤しんでいる。
広場を囲うように立ち並ぶのは酒場や、彩とりどりの野菜や果物を積んだ八百屋、それに仕事の手配を行う冒険者ギルドなどだ。
酒場はまだ昼間だというのに客が多く入っており、他よりもひときわ騒がしくなっている。
「にぎやかなこと」
サクラコが酒場を見て言う。
「何か食べていくんですか?」
兵士が訊ねる。
「できれば、もう少々、落ち着いたところだと嬉しいのですが」
お嬢さまとて腹は減る。
「それなら、この路地を入った裏手にいい感じのテラスカフェがあります」
「お紅茶はありますの?」
「ええ、ええ。国中のお茶が試せますよ」
「それは素敵ですわ」
広場を抜け、路地に入る。とたんに街の喧騒はフィルターを掛けられたように静かになり、空気は少し埃っぽくなった。
「静かで落ち着きますわ」
「昼間ならそうなんですけどね。夜になると、女性がひとりで歩くには少し危険ですね」
「まあ、恐ろしい」
「私がついているので大丈夫ですよ!」
兵士が胸を叩く。
「心強いですわ」
路地を抜けて裏通りに入ると、眩しい光がサクラコの視界いっぱいに広がった。
「川が流れてるんですよ。結構なもんでしょう?」
「とてもお綺麗ですわね」
輝く川沿いのテラスカフェは人がまばらで、少し気取った感じの女性や、貴族風の男性が景色を楽しみながらお茶をしている。
ヨーロッパのおしゃれ映画のような図柄だ。
サクラコは適当な席に座り、カフェのボーイを見つけると、目配せをした。ボーイはそれを敏感に察知し、にこやかに彼女のもとへ歩み寄ってくる。
「こちらでお食事ですか?」
「ええ。お紅茶をいただけるかしら」
「茶葉は何に致しましょう? アッサラーム、カミハルムイ、レイドック、それにロンダルキアがございますが」
サクラコは窮した。やはり異世界というだけあって、茶葉の名前がさっぱり分からないのである。
「……そう、ですわね」
彼女は元居た世界ではセイロンのディンブーラを好んでいた。ルビーのような透き通った赤に、穏やかな風味。
自分で紅茶を入れ始めたばかりの頃に、長く出し過ぎて苦みが目立ってしまったのを今でも思い出す。
思いのほかその苦みが気に入って、他人様に出す場合はそうはいかないが、自室で学業の間に飲むときはわざとそうやって飲んでいる。
サクラコはしばし考え込むようにして、兵士の助力を待ってみたが「僕って紅茶わかんないんですよねー。ミルクをいっぱい入れるから、どれも同じ味にしか思えなくって」とひとりごちたのを聞いたため、諦めた。
「……ロンダルキアでお願いいたします」
別に茶葉の風味について尋ねてみても良かったのだが、せっかくの異世界のカフェということで、何も知らないまま飲んでみるのもオツだと考えた。
お嬢さまがどこであってもお嬢さまであるように、お紅茶はお紅茶に違いない。
「かしこまりました。お連れのかたは?」
兵士に尋ねる店員。兵士は首を振る。
「私はいただけませんよ。職務中です」
「そうおっしゃらずに。あなたひとりだけ立たすわけにはまいりませんわ」
イスを勧めるサクラコ。
「いや、ホントに。王さまがやきもち妬いちゃいますから。あ……サクラコさんと相席するのにふさわしいかたが向こうからやってきますよ」
兵士が指さす。
――どなたかしら?
こちらに来てまだ数日のサクラコ。知り合いらしい知り合いは片手で数えるほどだ。
「あ! サクラコじゃん! やっほー!」
遠くで手を振る少女。牡丹色のショートヘアに、ゴムまりの弾むような声。ユクシアだ。
先日あった時とは打って変わって、いかにも魔法使いという出で立ち。
鉄紺色のローブと三角帽子を被っている。さらに背中には大きな深緑の宝珠の付いた杖を背負っている。
ユクシアは駆け寄ると、さも待ち合わせていたかのようにイスに座った。
「ユッカさん、ごきげんよう」
「ごきげんよう。やっぱり堅苦しいわね」
苦笑いをするユッカ。
「じゃあ、女性のお話を立ち聞きするのも何ですし、私はしばらく外してますね」
兵士は一方的にそう言うと、どこかへ歩いて行ってしまった。
「サクラコ、お茶してるの? 店員さん! 私、ストロベリーティね!」
こちらの世界にもイチゴがあるようだ。サクラコは少し後悔をした。
そういった変わり種もあるのなら、他にどんなメニューがあるのか尋ねておけばよかった。
「さっきね、お断りしてきたんだ」
「あら、もう行ってきなさったの?」
「うん。早いほうが良いでしょ。そのほうが出発も早くできるし」
「寂しくなりますわ」
本心。出会った頃のサクラコのちょっと軽蔑した態度や、ユクシアのバカにしたような態度は、ふたりの間からすっかり過ぎ去っている。
「……と、言いたいところなんだけど。出発はもっとあとになりそうなのよね」
「あら、何故ですの?」
「いやあ、帰って来るらしいのよ」
ユッカは股の間に手を挟み、はにかんだ。
「それは、よろしいですわね」
「うん……まずは謝らなくっちゃね」
――コトリ。
「ごゆっくり」
テーブルの上に茶が置かれる。カフェは一流らしく、ふたりの茶は同じタイミングで供された。
「……?」
だが、サクラコは絶句していた。
ユクシアの正面に置かれているカップには、鮮やかな紅緋の液体。わかりやすく、半分に切られたイチゴが浮いている。
しかし、これは何であろう?
サクラコのカップには真逆の天色が満たされている。しかも湯気は立っておらず、熱気も感じられない。
「やっぱりこれよねえ」
紅茶を啜るユッカ。
サクラコもカップを持ち上げる。やはり冷たい。
――色味からして冷製でいただくハーブティか何かかしら?
「サクラコ、あんた変わったの飲むのねえ。私にはそれ、刺激が強すぎて」
――きっと、ミントのお茶ですわ。よくそうおっしゃるかたがいらっしゃります。中には歯磨き粉のような味がするとおっしゃるかたも。
白いカップに満たされた青が、さくら色の唇に、音も無く吸い込まれる。
液体は若い舌の上を通り、乾いた喉へと流ていく。
「ブリザードティ飲む人なんて初めて見たわ」
サクラコの胃に割れるような衝撃が走った。強烈なメンソールの香りが食道をかけのぼり、鼻や目を貫く。
あまりの冷たさに、血液が凝固してしまったのではないかと錯覚し、お嬢様はむせかえってしまった!
「あっはっは!」
笑うユクシア。
「知らずに頼んだでしょ? だめよ、ちゃんと聞いとかなきゃ。この城下町にはいろんな人種が居るからね。好みもめちゃくちゃで、変な食べ物とか多いのよ」
笑いながらもユクシアはサクラコの背中をさすってやる。
「大丈夫? 落ち着いた?」
「え、ええ。ありがとうございます」
とは言ったものの、サクラコの身体の中のあちこちがひんやりしていた。ハッカ油をそのまま飲み込んだような、酷い味わいのお茶であった。
「どうしたんだい? お嬢ちゃんたち。助けが必要かい?」
何者かが声を掛けてきた。
「やや! この前のお嬢ちゃんじゃないか。奇遇だね」
見覚えのない若い男が横のテーブルにつく。
背が高く、足も長く体つきはがっしりとしている。
短く切った赤茶の癖毛は涼し気で、顔立ちも少々男臭さがあるが整っている。昭和のプレイボーイといったところだ。
「……? どちら様でしょうか?」
涙目ながらに返事をするサクラコ。呼吸をするとまだスースーする。
「あらら。俺って印象薄いのかね? ほら、この前、街で声を掛けただろう?」
なんとか思い出そうとしてみるサクラコ。
……そうだ。この人は「城下で有名なスケコマシ」の……あらいやだ。
「えー? サクラコ、こいつの知り合いなの? こいつ、城下で有名なスットコドッコイよ。やめときなよー」
「スットコドッコイとは酷いなあ……」
「友人ならともかく、お知り合いをやめるのは、残念ながらできませんわね」
口に袖するサクラコ。笑うとまたむせてしまいそうだ。
「お嬢ちゃん、サクラコちゃんって言うんだ。花のような良い名前じゃないか。ところで、また出逢えたんだ。なかなか運命的だと思わないかい?」
サクラコを見つめる男。
「ガンガンに行くわね」
つぶやくユクシア。男へ冷ややかな目を向ける。
「さあ……。……どうでしょう。わかりかねますわ」
サクラコはたっぷりと間を空けてから返答した。
「おっとこれは失礼。名乗りもしないで事に移るのはマナー違反だったな。俺の名前は“スミス”ってんだ。よろしくな、サクラコちゃん」
手を差し出すスミス。
「皇木桜子と申します」
手を握る代わりに座ったまま会釈をする。
「……。自己紹介も終わったところで……。サクラコちゃん、その名前と、その服装。見たところ異世界か異国から来たんだろ? ウワサになってるぜ」
「ええ、よその世界から参りました」
サクラコはウワサになっているのは知らなかった。
元の世界でも和装は注目を集めやすい。自分に向けられる目はそれと同質のものだと取り違えていた。
「やっぱりねえ。そのお召し物、とてもよく似合ってるぜ。
このむさ苦しい街に咲く一輪の花といったトコロだな。
どうだい? これから暇なら、俺と異世界での思い出づくりでもしない? 綺麗な景色ならいくらでも案内できるぜ?」
「……さあ、どうでしょう。機会がございましたら」
ほほえむサクラコ。
「ありゃ、残念。振られちまった」
「なんでよ? 機会があればって言ってるじゃない?」
「はーあ。これだからお子様は。こういう返事はノーってことなの。彼女、随分と断り慣れてるぜ」
肩を竦めるスミス。
「だれがお子様よ! 私だってこう見えて、けっこう声を掛けられるんだから!」
テーブルを叩くユクシア。飲み残された青い液体が跳ねる。
「声を掛けられるって、ギルド会員や魔王の手先からだろ? 王国いちばんの魔術師、ユクシア=ユーイステアさん」
「あら、私の事、知ってるのね」
「知ってるさ。城下町中のカワイコちゃんはみんなチェックしてるからね」
「まあ、カワイコちゃんだなんて」
頬を赤らめるユクシア。
「どうだい? 俺と魔物狩りにでも行くかい?」
「なんで? 私には綺麗な景色はないの?」
「そっちのほうが好きそうだからさ。俺、けっこう近所の魔物出没ポイント知ってるぜ? 何だったら、このあたりでは珍しいサプライズも……おっと、あれはダメになったんだっけな」
「サプライズって?」
「オークの集落さ。呪術師付きで、ちょっとしたもんだぜ。でも残念ながら、何者かに焼かれちまったみたいでさ。今朝見て来たけど、かなり酷い有様だったぜ。まるで太ったドラゴンが火を吐きながら踏み荒らしたみたいな……」
「スミス、はい、あーん」
ユクシアはスミスの口にカップを近づけた。
「なんだい? 飲み残しは勘弁してくれよ?」
顔を背けるスミス。
「サクラコのやつよ。良いじゃないの、ほらグイっと」
「サクラコちゃんのか。まあ、女性の勧めを断るのもなんだしなあ」
――グイッ。
「あ、サクラコ。イヤリングつけてくれたんだ。似合ってるじゃない。いっそう綺麗になったわね」
サクラコの耳に光る薄紫の飾り。
「ありがとうございます。ユッカさんもお綺麗でございますわよ。なんだか先日お会いした時よりも、生き生きしていらっしゃるわ」
「そーなのよ。ああいう堅苦しい服は合わなくって。私にはこれが一番ね」
「そのお姿でお断りに?」
「そうそう。まあ、私にとってはこれが正装みたいなもんだし。それに、聞き入れて貰えない時に、“お土産”でも渡そうかと思ってね」
歯の隙間で笑うユクシア。
「まあ。ユッカさんは、少々お元気が過ぎますわ」
「へえ、素敵なイヤリングだね」
スミスがふたりの間に戻ってくる。彼の歯はがちがちと震えていた。
「あら、生きてたの? てっきり凍死したものかと」
「おかげさまで気分爽快よ。そのイヤリング、きみがあげたんだ?」
「そうよ。あれには私の癒しの呪文と友情が籠ってるのよ」
「乙女同士の友情。良いねえ。俺もあやかりたいもんだぜ」
腕を組み、何やら思いを馳せるスミス。
「欲しいの?」
「ん? まあ、そうだな」
「じゃ、手だして」
言われるまま手を差し出すスミス。
ユクシアはシルバーの指輪と取り出すと、スミスの薬指にはめた。
「お、おいおい? いきなりプロポーズかい? さすがの俺でもまいっちゃうね!」
「別に。そんなんじゃないわ。何だったらもう一個つけてあげようか?」
「エンゲージリングはひとつで充分だろう? ところで、この指輪には何が込められてるんだい? 愛? 魅了の魔法? それともちょいとアブナイ拘束魔法だったり?」
指輪を眺めながらユクシアに質問するスミス。
「爆発魔法よ」
「そ、そいつはカゲキだな……。これを使えば敵をドカーンってワケだ」
彼の顔が引きつる。
「そんなワケないじゃない。爆発するのは指輪よ」
「だよねー?」
スミスは指輪をそっと外し、ユクシアに返した。
「あらら、フラれちゃったわね」
「ふふ、よろしいのではなくって? ユッカさんには本命のかたがいらっしゃるのですから」
「本命いるの? トホホ。俺は遊ばれたってワケね。まったく、今日日の若い娘さんは怖いね。そんな危険物、何のために持ち歩いてるのやら……」
「まあ、大した使い道はないわね。自爆かドロボウ避けってトコロね」
「ドロボウ避けねえ……」
考え込むスミス。
「ま、いいや。何か食べ物頼まないかい? 俺、胃が痛くってさ。何か食べ物入れないとダメそうだ。サクラコちゃんも、アレは飲めなかったんだろ? 代わりの飲み物頼みなよ。俺がおごるからさ!」
ウインクするスミス。
「あら、サクラコばっかり贔屓するの?」
「おっとこれは失礼。ユクシア嬢も好きなものを頼むと良い」
「本当? 店員さーん! ケーキ全種類持って来て!」
おてんば娘は舌なめずりをしながらローブの袖をまくる。
「ちょっとお!? それはカンベンしてくれよお!」
「ふふふ。ユッカさん、全部食べたらドラゴンみたいになってしまわれますわよ」
「ぐ……や、やっぱりやめとくわ……」
「はは。有名な、はねかえり娘もサクラコちゃんには敵わないんだな」
それぞれ追加の品を頼み、和気あいあいと午後を楽しむ。
サクラコは充足していた。元の世界で、友人とお茶会をしたときのことを思い出す。
こういった席に男性を交えたのはこれが初めてだったが、向こうでも同じように楽しめるのだろうかと考えた。
* * * *
* * * *
日が落ち始め、そろそろお茶会はお開きという頃、事件は起こった。
「ちょっと! やめてください!」
路地のほうから女性の悲鳴が飛び込んできた。
「何かしら?」
ユクシアが覗き込む。
「ネエちゃんのほうからぶつかって来たんだろう? なあに、別に乱暴しようってわけじゃねえんだ。ちょっと治療費を恵んでくれれば、それでいいんだ」
壁に手をつく髭面の大男。それを見上げるのは、すっかり竦み上がった若い女性。
「そんな、謝ったじゃないですか……。それに、大したケガをしてるようには見えませんけど……」
「ん~~、そうなんだよな。身体のほうはぜーんぜん平気。
だがよ、心がちょびーっとばかし傷ついたワケよ。俺って繊細なのよ。
だから、治療費が欲しいな~って。あ、そうだ。何だったら、これからネエちゃんが一晩かけて、じっくり癒してくれてもいいんだゼ?」
どうやら因縁をつけて金銭やらを要求しているようだ。震える手でお金の入った小袋を差し出す娘。男がそれを受け取る。
だが、男は袋の中身も確認せず、まだ足りないと言わんばかりに壁に手を付けたまま娘に顔を向けていた。
「私、ああいうの嫌いなのよね。ぶっ飛ばしてくるわ」
杖を手に立ち上がるユクシア。
「まあまあ、ちょいとここは俺に任せときな」
いきりたつ魔法使いを抑え、立ち上がる青年。
「よう、旦那。お嬢さん嫌がってるじゃねえか、よしなよ」
「お? なんだい、ニイちゃん。ちょっとした事故なんだよ。なあ、ネエちゃん?」
娘を睨む大男。
「そ、そうです。私は大丈夫ですから。このかたが、怪我をされて……」
「そーいうこと。部外者はひっこんでな」
笑う男。
「ん~。見過ごせないね。旦那。ネエちゃんから巻き上げたモン、返してやんなよ。ケガしてんだったら、ほら」
スミスは男に向かって“葉っぱ”を投げる。葉っぱは男の足元に落ちた。
「これ一枚で手を打てってか? 薬草の値段、知ってるか? 十ゴールドだぜ?」
薬草を拾い上げる男。
「いや、それセール品だから七ゴールドだ」
「舐めてんのかテメエ!」
大男がこぶしを振り上げる。腕が風を切り轟音と共にスミスの顔に迫った。
スミスは顔をひょいと横にやると、口笛を吹いた。
「ナイスパンチしてるじゃないの」
何度もこぶしを突き入れる大男。そのたびにスミスはラジオ体操でもするかのように身をかわす。
大男がスミスに気を取られているうちに、ユクシアが娘の手を引き助け出した。
「ちょこまかするんじゃねえ!」
大男のハイキック。スミスはそれを潜り抜ける。
「バカめ!」
ハイキックの裏からのパンチ。不安定な姿勢から放たれた一撃だったが、それはほかのパンチの威力と遜色がない。
スミスはこぶしを睨む。……が、そのまま殴られて、派手に吹っ飛んだ。
「まあ! スミスさん!」
声をあげるサクラコ。
「あ~痛てて……」
頬を押さえるスミス。
「へっ! 避けるだけしか能の無い色男が。でしゃばるからそうなるんだよ!」
「……女性の前で暴力を振るうのは、ポリシーに反するんでね」
スミスは地面に座り込み、立ち上がろうとしない。
「ユッカさん、スミスさんをお助けしてあげていただけないかしら?」
友人に助けを求めるサクラコ。
「サクラコちゃん。ダイジョーブ」
スミスは振り返り、お嬢さまに向けてスマイルを送った。
「カッコつけてんじゃねえよ! それじゃあ、この女性たちの前で、ニヤけたツラをぼこぼこにしてやろうかね?」
こぶしを鳴らし、にじり寄る大男。
「へっへっへ。薬草が必要だったのは、ニイちゃんのほうだったな」
楽しそうに笑い、大男が再びこぶしを振り上げた。
「うっ……!?」
男が急に動きを止める。額には玉のような汗。
「どうしたのかな?」
スミスは立ち上がり、男の肩に手を乗せた。
「おおんっ!? さ、触るんじゃねえ!」
スミスの手を振り払う男。
男はぶるぶると震えた。……彼の腹から何やら音が聞こえる。
「できれば、よそでやってもらえると助かるな。ここには若い女性がたくさん居るんでね」
「ちちちちちチクショー! 覚えてやがれ!」
男は内股になると、両手で尻を押さえながら退散して行った。
「まあ、スミスさん、何をなさったの?」
「ちょっと“お通じの良くなる魔法”を掛けてやったのさ。彼、ちょっと便秘みたいだったから」
「まあ! スミスさんったら!」
頬を赤らめるサクラコ。
「あっはっは! やるじゃない、アンタ!」
お腹を抱えて笑うユクシア。
……通りの方で、水っぽい音がした。
「あっはっはっは! ひー、お腹痛い!」
膝を叩くユクシア。
「……関心いたしませんわ」
眉をひそめるサクラコ。
「あの……すみません!」
スミスの元に、絡まれていた娘が駆け寄る。
「私のせいで、怪我をさせてしまって。でも、私、魔法とか全然、使えなくって……。本当に危ないところで……。ああ……貴方の薬草もあの人に取られてしまったし……。お金だって……」
「お金ってこれかい?」
スミスは小袋を取り出した。
「あ、あれ? あの人に持っていかれたものだと」
「彼、相当慌ててたみたいでね。落っことして行ったよ」
スミスは娘に小袋を握らせてやる。
「あ、ありがとうございます……。でも、お怪我のほうが……」
娘は、ぼうっとなっている。
「はー……。やっぱり、ドロボウ避け付けといたほうが良いみたいね?」
やれやれとため息を吐くユクシア。サクラコは首を傾げた。
「あの……」
娘が助けを求めるように、ユクシアのほうを見た。
「えー、私に治療しろって? 嫌よ。そんなスケベの顔に触るなんて」
今度はサクラコのほうを見た。
「えっと、ではわたくしのイヤリングで……」
サクラコが耳に手を伸ばす。それをスミスが止める。
「まあ見てなって」
そういうとスミスは娘の目を見つめた。
「お嬢さん、ちょっと手を貸してくれないかい?」
彼は娘の手を取ると、それを自分の口元のアザに当てた。
淡い光が起こる。スミスが手を離すと、彼の口からアザはすっかり消えてなくなっていた。
「ほら、魔法が使えた」
女性たちの顔に紅が差す。それぞれ理由は違ったが、ひときわ赤くなったのは、スミスの正面に居る娘だった。
「……さ、暗くなってきたことだし、ぼちぼち解散だな」
いつの間にか日は沈みかけ、あたりは暗闇が支配し始めていた。
「じゃ、俺は彼女を送ってくよ。女性の一人歩きは危ないからな」
そういうとスミスは、腕に抱き着く娘と共に夜の闇へと消えていった。
サクラコはふたりのこのあとを少しばかり想像して、また赤くなった。
「はー。今日は、面白かったわ。私たちもそろそろ帰らないとね」
背伸びをするユクシア。そこに駆けてくる足音ひとつ。
「やあ、すみませんサクラコさん。遅れてしまって!」
兵士が今更になって戻ってくる。
「遅いわよ。サクラコが髭の生えた大男に襲われたらどう責任取るつもり?」
「髭? まあ、ユクシアさんが居るから平気かと思ってまして」
兜に手を当て舌を出す兵士。ユクシアの杖が兵士の兜を鳴らした。
「さ、帰るわよ。私は一人で平気だから。アンタ、ちゃんと送ってあげるのよ?」
「も、もちろんです! 私の帰る先もお城の兵舎ですし!」
兜をさすりながら兵士が言う。
「そーいう事じゃないの! まったく、誰かと違って頼りないんだから」
ユクシアは兵士を見て溜め息をついたのであった。
* * * *
* * * *




