お嬢さまと悪魔界
タコワの術の効果が切れ、サクラコたちは正気に戻った。
戦闘の終了。体調の確認を行う一行。
不幸にも増幅効果の切れるタイミングに若干のラグがあり、何人かはお互いに気まずい思いをしたようだ。
「……これでよろしいですわ」
ハンカチを使い、ミザリーの鎧の留め具を代用してやるサクラコ。
「ありがとよ……」
感情増幅の効果が最後に切れた女が礼を言う。
「……とうとう、くたばったか」
スミスが元町長の頭を見下ろしている。
「最期まで嫌な奴でしたね」
兵士が呟く。
「そういや、こいつをやったのは誰なんだ? 俺は途中であいつの術にはまって、さっぱり憶えてないんだよな」
「私も正気を失っていましたが、武器を失ってしまってますし、違いますね」
当のマリオンは首を傾げる男たちをしり目に、同族の遺骸を寝かしなおしてやっている。
「本当に、トキヤさんにそっくりですわ」
覗き込むサクラコ。寝かされた女装少年。本人に瓜二つだったが、破壊され、穴の開いた胸が彼の正体を物語っている。
「これで国は返してもらえるのでしょうか?」
王女がすっかり荒れ果てた玉座の間を見渡す。
『うーん、残念! まだだよ。彼らは“中ボス”さ』
おどけた声が空間に響く。
「この声は、ヤークさん!」
声の主を探すメアリー。
『タコワくんはボスじゃないよ。
彼は以前に物品や研究素材の取引で知り合った仲だったんだけど、
他人への恨みひとつで街を作り上げた、なかなかの手腕を持った男でね。
私の研究の手伝いをしてもらってたんだ。いやあ、残念。
けっこう、彼の事は気に入ってたんだけどね。最後に面白いものを見せてくれたし。
まさか感情がプログラムを書き換えるなんて、思いもしなかったよ』
くぐもった笑い声が続く。見上げるマリオン。
「てめえ、どこに居やがる!?」
周囲を睨むスミス。
「恐らくヤークさんは、ここには居らっしゃりませんわ。どこからか、声だけお届けになっているかと存じます」
声の感じからして、“放送”のような音声。サクラコには馴染みのあるものだ。
『正解! 私はここには居ない。サクラコくんって結構、こういうのに詳しいんだね。きみの出身世界に興味が沸いちゃうな……』
出所不明の声から身を引くサクラコ。
『ところで王子クン、お城の地下牢を覚えているかい?』
「地下牢……?」
『うん、そこにね、緊急脱出用の秘密の通路があるんだけど、その通路の途中にいい感じの部屋があってね。
多分、籠城や避難に使うスペースだと思うんだけど、
お城で生活してたときはそこを拝借して、研究所代わりに使わせてもらっててさ。
そこに私の研究の“試作品”があるんだよ。それが今回の“ボス”だよ。
それを破壊すれば国は返却します! やったあ、簡単だね! じゃ、ヨロシクね!』
ぶつんという音と共に消える声。
「相変わらず、一方的なかたですね」
メアリーがため息をつく。
「さっきのが“中ボス”ってんなら、まだまだあたしの出番はありそうだな」
ストレッチをする女戦士。
「できれば私は、お城のかたから武器をお借りしたいですね」
武器を失った兵士が言う。
「そうだな。用意させるよ。あんたも結構な腕前だしな。あてにしてるぜ」
王子が兵士を褒め、彼は兜の上から頭を掻いた。
「以前にスミスさんと戦ったときは、完全に八百長でしたけどね」
スミスがスパイとして、タコワの町に居た時の話だ。その時は兵士が白星を挙げていた。
「ミザリー、盾はいいのか?」
女戦士に尋ねる。
「うーん。慣れない装備は使わないほうが良いな。あたしはいいや」
「そうか。それじゃ、準備をしたら地下通路へ行こう」
* * * *
* * * *
地下牢。カビと石の臭いの充満する空間。
鉄格子で区切られた部屋がいくつも並ぶ。現在は利用者はひとりも居ない。
「地下牢に入るのは初めてです。小さい頃に入ろうとして、見張りのかたに止められてしまって」
王女の顔色は悪いが語る声は楽しげだ。
「俺も初めてだな。隠し通路があるなんて話も、聞いたことがなかった」
「うちのお城にも、そういうのあるんですよねえ」
さらっと機密事項をばらす兵士。
「みなさん。この牢、風の流れがあります」
マリオンが牢のひとつを指さす。
スミスは牢に入ると、石の壁を探った。重い音と共に裏返る石壁。
「よくあるどんでん返しだな」
盗賊の知識。
「ふふ。なんだか冒険してるみたいで、楽しい」
声を弾ませるメアリー。
だが、サクラコが彼女から預けられる体重は徐々に増えていた。その足取りも声に反している。
暗く長い石の階段。最後尾の者が扉を閉めると完全な黒へと落ちる。魔法の灯りに頼り、一行は闇をかき分け下って行く。
階段の先には木の扉。開けば石の空間。ソレフガルド城に開かれたゲートの部屋が思い出された。
なぜならば……。
部屋の中央には楕円状の大きな姿見のようなものが置かれていた。
しかし、フレームには鏡の代わりに黒い渦が収まっている。
「異世界へのゲートに見えますわ……」
ゲートの利用回数ナンバーワンの娘が言う。
「魔王が開いたものにそっくりですね」
腰の剣に手を掛け、後ずさる兵士。
「これを破壊しろってことか?」
女戦士はさっそく剣を抜いている。
『そのとおり! それは異世界と繋がっているゲートだよ。そのゲートの破壊が国の返還の条件だ。ただし。あくまで“ゲート”の破壊。装置は破壊しても、しなくても構わない』
ヤークの放送。
「どういうことだ?」
スミスが訊ねる。
『せっかくだから装置の説明をするね。難しい理屈は省くけど、装置はあくまでゲートを開いたり閉じたりするためのものだ。装置の頭頂部を見てみてよ』
フレームの天辺。姿見の頂上には装飾よろしく、王冠が乗っている。
「これは、ソレフガルドの王冠か!?」
『ピンポーン! 王冠はね、魔力の増幅の他に、異世界への干渉に役立つ機能を持ってるからね。それを装置に組み込むことで、特殊な結界を張ったり、次元の壁に穴を開けたりすることができるんだ』
「そんな事の為に、ソレフガルドを危険に晒したのですか?」
王女が怒る。
『うーん。素敵な怒りの感情だね。人は理解の範疇を越えたときに感情に頼る。大切な人の死、不愉快な出来事、思いがけない贈り物もそうだ。怒らせてばかりじゃ悪い。その王冠はあげるよ。サプライズプレゼントってヤツだね!』
奪った本人は楽しげだ。
「せっかくなんで、返してもらいましょう」
兵士がおそるおそる装置に近づく。
『あっ、ちょっとまって! 危ないよ!』
ヤークの警告、兵士がびくりと肩を弾ませ立ち止まる。
「ひえ。やっぱり、近づいたらどこかに飛ばされてしまうんでしょうか?」
『残念だけど、それでどこかに行くことはできないよ。私の実験はまだ研究途上でね。ゲートを開くことができても、こちら側に来るだけの、一方通行なんだよ』
「じゃあ、遠慮なく」
手を伸ばす兵士。
『あ~~っ! ダメダメ! 装置が壊れちゃうよ!』
「だったら、それで済んで終わりじゃねえのか?」
スミスが問う。
『私が指定したのは“ゲート”の破壊だよ。さっきも言ったけど、装置は“ゲートの開閉に使うもの”だ。
ゲートそのものは既に安定期に入っている。装置を壊してもゲートは閉じないよ。
それどころか、ゲートを閉じるための手段を失うことになるかもね』
「やっぱりそういうことか。それで、ゲートを閉じる方法は?」
『王子クンって、バカ? それを考えてゲートを閉じるのが今回の“ボス”の攻略だよ? 答えを教えるわけないじゃないか』
魔導技師の笑い声が響く。舌打ちするスミス。
「ところで、このゲートはどちらに繋がっておりますの?」
サクラコが質問する。
『ゲートを開くために必要なものは、膨大なエネルギーと、次元を制御するための王冠、それに座標を指定するための魂の関連付けだ。……これを見て』
突然のライトアップ。壁際に別の装置が浮かび上がる。
それにはいくつものコードや管が生えており、先端が鏡のフレームへと接続されている。
そして、装置には囚われた生物が一体。黒いコウモリの翼を背中から生やした、燃える緋色の肉体を持った生物。
「あいつは……」
かつてスミスに重傷を負わせた異界の生物。ヤギの頭は瞳を閉じている。
「ああ、悪魔さん!」
盗賊の動揺を遮り、サクラコの叫びが響く。
「さん?」「ん?」『え?』
親しみを込めた呼び方に首を傾げる一同。
『……それでまあ。彼を繋いで、彼の世界へと座標の関連付けを行ったんだ。悪魔は不思議なものでね。自分の世界と別の世界をひとりで行き来できるらしいんだよ。それで、彼にちょっと手伝ってもらったのさ』
「つまりこれは、悪魔の世界に繋がっているという事ですか」
兵士が仲間たちのうしろへと逃げ帰る。
『うん、そういうこと。だから、これを閉じなければ、お城はずっと悪魔界と繋がったままってワケだね。ちなみに、彼を装置から引っぺがすだけじゃ、ゲートは閉じないよ。ゲートを閉じるには装置を起動しなくちゃいけない』
「なんだよ、壊すほうなら得意だったのによ。それで、どうやったらゲートは閉じるんだ?」
ミザリーが不満そうに剣を収める。
「やっぱり、教えてもらえないのでしょうね」
呟く王女。薄暗い地下室に溶けるような顔色。額には汗。
『しょうがないなあ。ヒントを教えてあげよう。
私はね、実験の為にこの世界の人間や魔物を装置に繋いだことがあるんだけど、どれもこれもゲートは開かなかった。
色々調べてて分かったんだけど、正確には“開かなかった”のではなくて、“まったく同じ場所に開いた”ために、無いも同じ形になっていただけだったんだ』
「どういうことだよ?」
女戦士は兜を脱いで頭を掻きむしった。
「つまり……、この世界のかたを装置に繋ぎ直して起動すれば、ゲートは実質閉じたことになる……という事ですのね」
お嬢さまの推測。彼女の清楚な顔からは既に怒りがはみ出している。
「ヤークさんが、わたくしたちに何をさせたいのかわかりましたわ。わたくしたちの内の誰かを生贄に捧げ、ゲートを閉じろとおっしゃるのですね!」
『せいか~い! サクラコくんは本当、勘がイイネ! 助手になってみない?』
科学者が勧誘する。
「……ヤークさんにとって不本意な結果を招くかもしれませんが。それでもよろしくって?」
サクラコの拒絶。
『おー、怖いね! 遠慮しとくよ! ……それでね、装置につなぐのは誰でも良いってワケじゃない。
魔力などのエネルギーを膨大に持ち、この世界で生まれた魂をもつ者であること。
必要エネルギー量は私にも具体的には分からないけど、そこの悪魔クンのエネルギーなら足りたね。
それでも本人はエネルギーを使い果たして仮死状態になってる。
まあ、悪魔には死が無いからね。これが人間なら、まず死んじゃうだろーね。ふふっ』
沈黙する一同。魔導技師の出した問題。答えは身内に命を賭けさせること。
「で、誰が行くんだよ? あたいの魔力でも足りるってんなら、やってやってもいいぜ。度胸試しは嫌いじゃない」
遊びに興じるかのような発言。しかし彼女の顔は真剣そのものだ。
「ぼ、僕だって!」
うわずった声で兵士が言う。
「魔力はともかく、機械人形である私には務まらないでしょうね。……お試しになりますか?」
マリオンも進み出る。
「魔力なら、ユッカさんがあっという間に解決できそうな気がいたしますが……」
サクラコの提案。信頼する友人なら。
「たしかに。お嬢でだめなら誰でもだめだろうな」
ミザリーが言う。
「みなさん、ありがとうございます。ですが、これはレインパージ王国を奪還するための挑戦です。
他国のかた、それもソレフガルド国王の姪であるユーイステアさんを危険に晒すなんて、できません。
仮にそれが一番リスクが低いとしてもです」
王女が言う。
「俺も同感だ。自国の問題は、自国の人間でケリをつけなきゃならねえ」
王子が言う。
「やはり、ヤークさんは始めから王子か王女、どちらかを捧げさせるおつもりだったのですね……」
袴を強く握るサクラコ。異界人でノー魔力の娘。ほかのふたりとセットで呼び出しておきながら、完全に論外。
『そりゃねー。それで、きみたちがどっちを生贄にするかで揉めたり、どこからか魔力の多い人間を王族の権限で呼んで繋いだり、そういうのを見るのが楽しみでさ!』
嬌声は本音を隠さない。
「つくづく性格の悪いやろうだ。……くたばっちまえ」
王子のため息と悪態。
『口とマナーが悪い王子に言われたくないね』
「ここで俺が繋がれて死ねば、あんたの復讐も終わりだ。それ以外に答えはねえ。元はと言えば、俺があんたに恨みを買ったのが原因なんだからな……」
この世界のルール。力。古代魔導技師はその頂点である。
『潔いのは嫌いじゃないよ。きみも少しは王らしくなったじゃないか。玉座に座ることはないだろうけどね』
「始めから、勝ち目なんてないことは分かってたんだ。メアリーとサクラコが無事で、国も戻してくれるって言うなら、それでいい」
『ひゅー。カッコイイね。でも、いいのかい? あっちでそのふたりが揉めてるけど……』
振り向くスミス。
「サクラコさん、放してください!」
「おやめになって! まだ相談もなさってませんわ! 他に方法があるかもしれなくってよ!」
ひとり勝手に装置のほうへ向かおうとするメアリー。それを止めるサクラコ。
「おい! なにやってんだメアリー! 装置には俺が繋がれる!」
妹を押し戻す兄。
「レイお兄さま。私はもう長くはないのです。それならば私が行くべきなのです!」
「だめだ。おまえが行っても復讐は終わらねえ。あいつはまた何か仕掛けてくる。それに、おまえの身体だと、装置は正常に動かないんじゃないのか?」
抵抗を止める娘。体内を魔力が異常な形で流れる病。魔力を行使しても、行使されても。
「おい、ヤーク!」
『なあに?』
「メアリーの身体の事は知っているんだろう? こいつを繋いでも装置は正常に動くのか!? 動かないだろう!? それで無駄死にさせて笑おうって魂胆なんだろう!?」
『あー……。まあ、そうなったら面白いけど。
実際に動くかどうかは試してみないと分からないよ。やったことないし。
それに、体内での流れがめちゃめちゃといっても、魔法自体は正常に発動してるでしょ?
治療魔法だって、それ自体はちゃんと効いてたと思うけど?』
「ほら! お兄さま、やはり私が行きます!」
『怨敵の言葉をダシに妹を救おうとするなんて、ほんと余裕が無いねえ。
せっかくだから、もうひとつ助言をしてあげよう。王子クンの魔力は一般人よりもかなり多い。
だけど、王女の魔力と比べたら、取るに足らない程度のものだ。
じっさい、そこの悪魔よりも大分少ないんじゃないの?
王女は正常に魔力が行使できないだけで、あの、えーっとなんていったっけ?
あの魔術師のお嬢さんの数%程度の魔力はあるよ。同じ両親から生まれたのに、皮肉なものだね』
「私の計算でも、ヤークさまと同じような結果がでます。デーモンの魔力量で仮死状態とするなら、レインパージ王子で成功する可能性は限りなく低いでしょう。ゲートが開く前に、死にます」
魔導技師の設計した人形の分析。残酷な結果。
「くそ、じゃあ、どうしろってんだ!」
サクラコは腕を振り上げる恋人を見つめた。彼は視線に気づくが目を逸らす。
「やはり、ユクシアさんを呼んできましょう」
兵士の提案。
「それはいけませんわ!」
反対するメアリー。
『うんうん。たっぷり悩んで、言い争ってね。……あっ、見て見てみんな! お客さんだよ!』
――お客さん。
黒い渦の中から、何者かが現れる。緋色のボディ。黒き翼。ヤギの頭。敵を貫く三又。
「オイ、コノセカイノ、タントウ、ドコダ? アクマオウサマガ、オイカリダゾ」
赤いデーモンはゲートから這い出ると周囲を見回した。
「デ、デーモン! やっぱり出て来た!」
兵士が震えあがる。
「よっ、待ってました!」
女戦士は嬉々として剣を抜く。
「人間でないなら、私も」
マリオンが手のひらを向ける。
『もたもたしてると、どんどん出てくるかもねえ』
ヤークが笑う。
「ム、オレノナカマ、ネテル。ナンダコレ、コワシテオコスカ?」
赤いデーモンが繋がれた同胞を見つける。
「マズい! 装置を壊されたらおしまいだ!」
スミスが針を投げる。ノーダメージ、毒麻痺無効。
「ン? ナニカ、ササッタ? オオ、ニンゲンタクサン。コイツラヲコロシテ、カワリニ、エネルギーアツメル。コイツバカリ、アクマオウサマニ、オコラレルノハ、カワイソウダシナ」
仲間想いのデーモン。業務上の殺意。
サクラコは複雑な気持ちになる。「斬ってしまっても、お亡くなりになるわけではございませんから」と割り切る。
「スミス! ここはあたいに預けてくれ。乱戦になると装置が危ない。それに、どっちが装置に掛かるにしろ、余計な消耗はするべきじゃないだろ?」
女戦士が兜を結び直す。
「……すまない」
頭を下げるスミス。
「おい、デーモン! あたいと勝負だ!」
ミザリーは悪魔に声を掛ける。
「イイゾ。ニンゲンフゼイガ、オレタチアクマニ、カテルトオモウナヨ」
悪魔が応じるとミザリーは装置から離れた。
「フム、ニンゲンノ、オンナ? オマエモ、アカイナ。ソレニフクモキテナイ……」
「一応、着てるわ! それに“オンナ?”ってなんだよ!?」
鉄水着の戦士がしかめっ面をする。
「オレ、コノセカイノ、ニンゲン、クワシクナイ。マエノタントウセカイ、オンナ、キンニクナイシ、フクキテタ」
悪魔が槍を構える。
「ぶっ殺してやる!」
ミザリーが赤面する。
「ショウブ!」
駆けだす悪魔。ミザリーの真空波。赤い身体から紫の体液が噴き出す。
「……!? ナニヲシタ!?」
次いで突き。剣の刀身よりも分厚い肉体。胸に差し込まれた剣。衝撃が背中を噴火させる。
「グオ……」
デーモンの身体が揺らぐ。ミザリーは巨体を蹴り、距離をとる。すでに放たれたる真空の刃。
しかし、今度は敵の身体に届かず、黒い壁に遮られる。
「コイツ、メチャツヨイ。ブキデ、タチムカウノハ、キケン」
空間ごと障壁に亀裂を入れ続けるミザリー。対する悪魔は赤黒い魔力の球体を多数生成した。
「クラエ!」
女戦士に向かって飛ぶ球体。それは曲がるわけでも、追尾するわけでもなく、芸の無いストレート。
「そんな見え見えの攻撃があたいに……ああ、くそっ!」
回避しないミザリー。全弾命中。
「ぐわっ!」
被弾する彼女の背後には、ゲートの装置群。
「アタッタ。オレ、ツヨイ」
立て続けに魔力球をお見舞いするデーモン。
「いてて、ちくしょー! 人が避けれないからって、好き勝手しやがって!」
魔力に対する高抵抗と筋肉の鎧。普通なら死亡か大けがの投球の連打をアザで済ませる。
「オマエ、カタスギル……。コレナラドウダ?」
ヤギ頭の口が裂ける。渦巻く滅紫の波動。
「いいっ!? あたいでもそれを喰らったら、ただじゃ済まねえぞ!」
ミザリー絶体絶命のピンチ。
「くそ、俺の短剣でいけるか!?」
スミスが魔法銀に魔力を込める。
「ミザリーさん! 避けてくださいまし!」
サクラコが叫ぶ。
「んなこと言ったって装置がよう!」
声のするうしろへと振り返るミザリー。
ゲートの前にはマリオン。内蔵された魔法銀からユクシアの防御障壁を展開している。
いっぽう、座標用の装置の前にはサクラコ。彼女の手にはペンダントが握られている。
「カタスギルオンナトケテナクナレ!」
解き放たれる悪魔の邪悪な放水。女戦士は間一髪それをかわす。
紫の放水は魔法の壁に衝突する。
「メンドクサイ! コノママゼンブ、フキトバス!」
悪魔の身体から赤黒いオーラが燃え滾る。瘴気の水圧が一気に増す。
「力比べですわ。ユッカさんの魔法と、どちらが上かしら?」
不敵な笑みを浮かべるお嬢さま。
「計算するまでもありませんね」
マリオンも口元を釣り上げる。
「結果の出る前にあたいがぶった斬ってやるよ!」
膨れ上がる筋肉。サクラコの結んだハンカチが悲鳴をあげる。
一刀両断。まっぷたつになった悪魔の身体から瘴気が昇る。
「アアン……オレモ、アクマオウサマニ、シカラレル……」
消滅する悪魔。
「ふう、ちょっとビビったぜ……」
汗を拭うミザリー。
「恩に着るよ。俺じゃ、ああはいかない」
かつて悪魔に苦戦したスミスが言う。
――後方、座標装置から、ものものしい金属音。
一同、息を呑んで注目する。
「メアリー!」
静寂を切り裂く叫び。
「隙あり、ですわ。お兄さま」
自ら進んで繋がれた娘。
両手をまっすぐに伸ばし、磔のスタイル。
横に佇む悪魔。彼は装置から解放されて彼女を見守っている。
「コウタイシテモラエルノ、タスカル。ソレニツナガレテルト、シゴトデキナイ」
「やめろ! メアリー!」
駆け寄る兄。
「サクラコさん! 装置を起動してください!」
叫ぶ王女。座標装置の傍に立つサクラコ、目の前には大きなレバー。
「やめてくれ! サクラコ!」
妹を想う恋人の頼み。
「さあ、サクラコさん!」
兄を想う友人の頼み。
「メアリー。まだ他に方法があるかもしれないだろ!」
「もたもたしていると、また悪魔が出てきます」
「だったら、また倒せばいい!」
「もう、遅すぎるのです」
メアリーは天井を見上げた。身体のアザ。それは肌を隠すドレスを越え、顎の下まで侵食していた。
「レイお兄さま。サクラコさんを、嫌いにならないでくださいね」
レバーが動かされる音。震えるお嬢さまの両腕は確かな感触を受けた。
装置が目覚め始める。唸りと振動。磔の娘がうめき声をあげる。
「メアリー! ああ、ちくしょう!」
装置の前で崩れ落ちる王子。
ゲートのフレームが光り、電流を走らせる。渦が一度消え、再び生まれる。
黒の渦は一度動きを止め、逆巻きに回り始めてから次第に薄くなり、完全に見えなくなった。
「ゲート、消失確認」
マリオンが呟く。
* * * *
* * * *
装置から解放され、横たわる王女。
魔力の通電の影響か、彼女の身体を覆っていた濃色のアザは、今や無残にも、その若く美しい顔を覆いつくしている。
「お兄さま……。これで国は救われます……」
「……」
妹の横にひざまずく兄。
「そんな顔、似合いませんよ。……笑ってください。哀しい顔をされると、あの人がお喜びになりますから……」
兄の頬に手をやるメアリー。
『もう充分喜んだから、気にしないでいいよ。今回のゲームも、きみたちの勝ちだ。やっぱり通信じゃなくて、生で見に行くべきだったよ。臨場感がない』
ゲームの主催者の声。一同の耳を素通りする。
『最後のゲームの連絡だ。スミスくんとサクラコくん。あとでふたりだけで来てもらう。そこでたっぷりスミスくんを苦しませて、オシマイだ。私にも情はある。妹の葬式をするだけの時間は取ってあげるよ。それじゃ、またね』
一方的な通告。途切れる放送。
「勝手な野郎だな!」
ミザリーが床に愛剣を叩きつけた。薄暗い広間に響く金属音。
「なんとか、治療できないんですか? ユクシアさんの治癒魔法とかで……」
兵士が口を挟む。
「有用な薬草を探しましょう」
提案するマリオン。
「みなさん。ありがとうございます。……これで良いんです。私は王女としての務めを果たせました」
メアリーがほほえむ。仲間へ、死へ。
「オマエ、オウジョダッタノカ。ケダカイニンゲン。ダカラコンナニ、カナシミノエネルギー、アフレテル。コレヲモチカエレバ、アクマオウサマ、ヨロコブ。カンシャスル」
悪魔が礼を言った。
「アクマノシゴト、ケイヤクハゼッタイ。ジユウニシテモラッタウエニ、サキニ、コレダケノホウシュウモラッタラ、ナンデモ、イウコトキク。オマエハ、ナニヲノゾム?」
「私は、何も要りません……」
目を閉じるメアリー。苦しそうにあえぐ。
「悪魔さん! メアリーさんを助けてください!」
悪魔にすがるお嬢さま。
「オオ。イカイノムスメ、サクラコ。ヒサシブリ」
「メアリーさんは、わたくしの大切な友達なんですの。なんとかお助けいただけませんか?」
「悪魔に言ったって無駄だろ……」
吐き捨てるスミス。
「イカイノムスメ、オレノトモダチ。オウジョニ、ネガイナイナラ、オマエノネガイ、カナエタイ。
デモ、オウジョ、マリョクノナガレ、メチャメチャ。ジブンノマリョクデ、シニムカッテイル。
マホウデカイフクシテモ、イミガナイ。アクマハマリョクニ、ビンカン。ワカル。
カイフクスルト、スグキズツク。ゴウモンニナル。フノエネルギー、メッチャデルカラ、オレハカマワナイガ……」
「……他に何か、何か方法はありませんの?」
再び悪魔にすがり付く。悪魔は首を傾げ、ヤギのヒゲを撫でる。
「やめろ! 悪魔の力なんて借りるな。ろくなことにはならねえ!」
恋人の怒鳴り声。
「スミスさん。わたくしは絶対、諦めませんわ!」
お嬢さまはスミスを睨む。
「あたいも反対だな。だってデーモンだぜ?」
「わ、私もやめたほうがいいと思います……」
ミザリーと兵士も反対する。
「……アクマガ、“悪魔”トヨバレルユエン。“魔”ガサシタニンゲン、ジブンデ“悪い”ケッカマネク。
コレ、アクマノセイデハナイ。
フツウ、ヒトノココロノ“悪意”ヤ“魔”ニサソワレ、ケイヤクニクルカラ、ソウオモワレル。コノ、コムスメタチニハ、ソレガナイ」
悪魔の反論。
「なるほど、人の心次第なのですね」
マリオンは何やらメモを取った。
「チョクセツナオシテヤルノハ、ムリ。デモ、オウジョノマリョク、ケセバ、シンコウハ、トマル」
そう言うと悪魔は、自分の手のひらに爪を立て抉った。
溢れる紫の血液。悪魔の身体が赤く光り始める。血液が蒸発し、紅紫の霧に変わった。
「スバヤイニンゲン、コレニオボエハナイカ?」
「魔法を打ち消す霧……」
「セイカクニハ、マリョクヲショウシツサセル、キリダ。オウジョ、オレノチ、ノメ」
悪魔の手のひらがメアリーの口に押し当てられる。
「おい! そんなこと!」
スミスが悪魔の腕に掴みかかろうとする。
「マリオンさん!」
サクラコが声をあげる。
「サクラコ! てめえ! 放せ!」
機械人形に羽交い絞めにされるスミス。
「メアリーさん。口に入ったものをお飲みになって! それを飲めば、あなたは生きられますわ!」
お嬢さまの声に反応して、王女の喉が動く。
「コノオウジョ、ウソツキダ。ホントウハ、イキタガッテル。
……カナシイウソ。タメシタコトガナイカラ、リョウガワカラナイ、モットノメ」
悪魔の勧め。飲み下され続ける悪魔の血。悪魔の身体が赤く光る。それに呼応して王女の身体も赤く染まる。
「ヨシ。コレデオウジョ、シバラクノキカン、ノーマリョク。マリョクニヨルダメージモ、チリョウモ、シンタイソウサモ、イッサイキカナイ」
「まことに、まことにありがとう存じますわ!」
悪魔に礼を言うサクラコ。
「アトハ、オウジョノ、イキルイシシダイ」
心なしか呼吸が楽そうになるメアリー。しかしすぐに眉間にしわが寄った。
「すっぱい……」
そうつぶやくと、安らかな寝息を立て始めた。
「アクマハ、エイギョウドリョク、シタ!」
ヤギの口が笑ったように大きく裂けた。
* * * *
* * * *




