お嬢さまと王子さま
古代魔導技師ヤークのゲームに勝利し、レインパージ王国を取り戻したわたくしたち。
ご吉報は、お喜びになったお城のかたがたが、すぐに国中へとお届けになりました。
しかし、国民の皆さまは国の乗っ取りにお気づきになられてなかったご様子。
それに伴い、これまでお隠しになっていた国王さまと王妃さまの訃報が公表され、王女であるメアリーさんが床に伏せられたことも合わさり、助かったはずの国は深い悲しみの色に包まれたのです。
再び病床に伏したメアリーさん。以前とは違った点がふたつ。
ひとつは、彼女のお身体は回復に向かわれているという事。徐々に、ゆっくりではございますが、おみ肌を覆っていたアザは消えていっております。
もうひとつ。それは、兄であるスミスさんが付きっきりではなくなったこと。
ご本人は寝ずの看病をなさりたいようでしたが、悪魔さんが「ナオルマデミトドケル、コンゴトモヨロシク」とメアリーさんにおっしゃり、部屋から離れようとなさらないのです。
これにはスミスさんもたいへんお困りのご様子。ですが、かつて彼に憑りついていたほうの悪魔は、わたくしの目から見たところ、すっかり消えてなくなったかと存じます。
ときおり、メアリーさんのお部屋から、か細い笑い声と、お腹に響く様な黒い笑いが聞こてきます。
どうやら彼女には、わたくしと共通のご友人が増えたかと存じます。
ゲートの開閉装置に取り付けられていた王冠。ソレフガルド国王の王冠は回収されました。
ですが、国王がレインパージ王国の状況を慮られ、結局、王冠の結界の力はレインパージ王国で使うご決定を下されました。
まだまだ問題は山積み。……わたくしとスミスさんは、レインパージのお城にて、古代魔導技師ヤークからの連絡を待ちます。
* * * *
* * * *
レインパージ王国が解放されてから数日。日差しは柔らかく、ときおり風が春の暖かい香りを運ぶ。
魔導技師の不穏な企みさえなければ、お花見日和と言うところだろう。
連絡待ちであるサクラコたちは、春に気付かず、いまだ冬の中で城にこもっていた。
そんな王城、王女の部屋の前で所在無さげにしている男がひとり。
「あら。スミスさん。メアリーさんのお見舞いですの?」
サクラコが部屋から出てくる。
「いや、そういうワケじゃないんだが……メアリーは元気か?」
「ええ。日増しに良くなっていらっしゃるかと存じますわ」
サクラコの手には空になった食器の乗ったトレイ。彼女は王女の看病を買って出ていた。
「そ、そうか。なら良いんだ」
スミスはちらと部屋の中を覗き込む。
「遠慮なさらずに、お部屋に入ればよろしいのに」
「“あいつ”は居るか?」
「悪魔さん? あのかたは朝から出てますの。メアリーさんの具合がよろしいから、今日は外に悪い出来事を探しに行くって、おっしゃってましたわ。悪魔さんにご用事ですの?」
「まさか。ただ何となく気になっただけだよ……」
スミスはばつの悪そうな顔をする。かつて戦い、命のやり取りをした相手。今は妹の命の恩人。
しかもスミスは協力を拒否した身だ。いろいろ思うところがあるようで、彼は赤い悪魔不在の時のみに妹の看病に訪れていた。
「フウ、ソトハヘイワ。フノエネルギー、スクナイ」
ふたりの前にヤギ頭が現れる。
「あら、悪魔さん。おかえりなさいませ」
「タダイマ。タイクツダカラ、オウジョト、オシャベリスル」
そういうと悪魔は身を縮めて扉を潜って行った。
彼は城の住人であるかのように、普段からごく自然に城内を闊歩していた。
かつてサクラコがおしゃべりをしていた時期もあってか、城の者はそれを当然の風景のように受け入れている。
悪魔がメアリーの助命に手を貸した事は特に知らされていなかったが、ときおり他の城の者もやりとりをするくらいには仲良くなってしまっていた。
「ソトハイイテンキ、オマエタチモ、タマニハヒノヒカリヲ、アビルトイイゾ。ハルノヨウキ、オレノコキョウニハ、ナイモノダ」
悪魔は振り返ると、サクラコたちにそう提言した。スミスは目を丸くしている。
「……せっかくですので、わたくしもお散歩してこようかしら」
サクラコがひとりごつ。数秒の間、静かに佇んで、それから歩き出す。
スミスは談笑の始まる部屋と、恋人の背中を見比べる。彼はさくら色の後姿を追った。
王城外周。堀の脇には豊かな庭。現世でも見覚えのある、春の花々。
ソレフガルドとは違ってサクラの木は無かったが、サクラコは満開のそれを頭で想い描いた。
スミスは何も言わず、彼女のあとをついている。
庭は永らく手入れをされていないのか、雑草や様々な花が入り乱れ、領地を主張しあっていた。
サクラコは新しく花を見かけるたびに、花へと向き直り、細部までじっと眺めている。
鮮やかな橙を誇るマリーゴールド。
サクラコは風に揺れるそれを優しく見つめる。伏し目がちな横顔。視線で花と、何か言葉を交わすかのように。
「サクラコ」
スミスが口を開く。春の風。いつか塔の上で身体に受けたような。
「はい……」
返事をするサクラコ。スミスのほうは向かず、わずかに眉をひそめる。それはマリーゴールドの香りのせいか。
「こうやって、ふたりで歩くの、久しぶりだな」
「おっしゃる通りですわ。一年と、半年以上……」
「助けるのが遅くなって、すまなかった」
頭を下げるスミス。サクラコは堀の水を見る。何かの魚の鱗が、陽の光を反射する。
「スミスさんがご奮闘なさっていたことは、ユッカさんから聞いておりますわ……」
「あいつが……」
また、ばつの悪そうな顔。
「わたくしを救っていただいて、ありがとう存じますわ」
いつものお嬢さま口調。恋人へ向けるには少し不釣り合いなそれ。
「いや、俺は……」
殺された家族や妹の為に盲目になっていた男。
サクラコは少し歩く。
「スミスさんもおつらい目に遭われて。……お痛み入りますわ」
「全部、俺が招いたことだ。……メアリーを救ってくれて、感謝してる」
少しマリーゴールドの香り。顔を背けるお嬢さま。ふたりの視線が合う。
「メアリーさんは、わたくしの親友ですわ。一年以上も一緒に過ごしましたもの。……読み書きを教わって、……一緒にお料理をして、……いたずらも致しましたの!」
花咲く表情。
「ふたりが少し似ていて、驚いたよ。長く一緒に居たらそうなるのも頷ける」
スミスも頬を緩める。
「……スミスさんは、わたくしにメアリーさんの面影を、重ねていらしたの?」
舞い戻る冬の空気。ふたりの糸を断ち切りかねない質問。
それでも笑顔。彼女に咲くのはワスレナグサ。
「まさか! 俺はそういうつもりで、きみと付き合ってた訳じゃ」
「お助けいただいたときも、わたくしのこと、ほったらかしになさいませんでしたか?」
詰問。
「すまん……。否定はしない……。あの時の俺は何も見えてなかった」
頭を垂れるスミス。
「ふふ。冗談ですわ。それでも、スミスさんはちゃんと助けてくれましたの」
サクラコは別の花を見つける。
淡藤色のライラック。
――それでも。
「それでも、わたくしたち、長く離れ過ぎましたわ……」
お嬢さまが花へと問いかける。
恋人たちのあいだを流れる沈黙。
「サクラコ、俺は……」
近づき手を伸ばすスミス。
――雷鳴。点滅する視界。とつじょ訪れた、春の嵐。
吹きすさぶ風と地を打つ雨の音が、ふたりに話すことを許さない。
「まあ。酷い雨!」
雨がふたりの服を濡らし始める。
「勘弁してくれよ! 早く城に戻ろう」
サクラコはスミスに引かれ走る。ブーツが泥を跳ね、袴の裾を汚した。
聞き逃した答えを置き去りに、城へと駆けこむ。
* * * *
* * * *
薄暗い王子の部屋。窓を激しい雨が打つ。
「まったく、何が“イイテンキ”だ」
スミスがサクラコにタオルを渡す。
「悪魔さんのおっしゃることですから」
冗談を言うサクラコ。白いタオルが雨を受けて艶やかに光る黒髪を包む。
「あいつ、ちょっと妙じゃないか? 悪魔ってのに、俺たちの味方をしてさ……」
「悪魔さんたちも、好き好んで悪意のある事をなさっているわけでは、ないそうですわ。あのかたたちも、いろいろとご苦労をなさってますの」
お嬢さまの理解。
「俺は一度殺されかけたんだぞ。サクラコだって、そんな目に遭ったことがあるって聞いたけど?」
スミスの言うことは事実だ。
「事情や立場、それにご契約の事がございますから……」
「やけにあいつの肩を持つな。サクラコ、悪魔と何か契約してるんじゃないだろうな。それに、罠かもしれない。魔王や、ヤークにだって従っていた奴だぞ?」
「わたくし、契約なんてしておりませんわ。あれは、メアリーさんが悪魔さんを装置から解放なさったことへのお礼ですの。悪魔さんも先の雇い主にはうんざりしていらっしゃったようですわ」
――でも、きみも悪魔にすがってたじゃないか。スミスは言いかけたが飲み込んだようだった。
サクラコはその顔を心の中で読みあげる。
「スミスさんがおっしゃりたいことは、分かりますわ。悪魔の力に頼るようなおんなは、お嫌ですわよね……」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
声を荒げるスミス。
「では、何がお気に召しませんの?」
サクラコは服の濡れをふき取る手を止め、男の顔を見つめた。
雨で冷えてしまい、彼女の身体は震え始めている。
「……」
スミスは自分の頭を乱暴にタオルで拭くと、ベッドに腰を落とした。
しばしの沈黙。
「……俺は、妹の、メアリーの病気を治す手立てを探すために、国を出たんだ。この世界では、魔法無しに生きるのは難しい。使えないだけならまだしも、受けるほうもだめというのは、致命的だからな」
床に視線を落とし、ぽつり、ぽつりと、語り始める。
「文字通り、草の根を分けて探したよ。万能薬と謳われる薬草をいくつも調べた。
だけど、どれも草自体が特殊な魔力を持っていて、あいつを治してやるには役に立たない。
不老不死だとか、死者復活の秘宝だとか、そういうものの噂を聞きつけては秘境の探索や遺跡の盗掘を繰り返した。
だけど、どれも魔法の込められた品か、ニセモノだったんだ」
「それで、盗賊をなさってたの?」
「ああ。何年駆けずり回っても、光明は見えてこなかった。
どこに行っても魔法、魔法。魔力、魔力。そのうち俺は半分諦めて、ソレフガルドの城下町に居座った。
大国の城下町なら情報が入りやすいからな。それに……帰れるわけがないだろ。
絶対助けるからと大見得を切って飛び出したのに、このザマだ。
メアリーは魔法を使わなくても、徐々に身体が弱ってたんだ。だから、外にも出かけられなくなった。
好き勝手に放蕩していた俺が、どんな顔をして帰ればいいんだ?」
兄は自嘲気味に笑う。
「メアリーさんは、お待ちになってましたわ。たとえ病を治す術が見つからなくても、あなたがお帰りになるだけで充分だと、仰っておりましたの」
「そうか……。だが、俺が余計な事をやっちまって、おやじもおふくろも死んじまった……。あいつをひとりぼっちにしちまった」
サクラコは肩を落とす男の横に腰かけた。
「大丈夫ですわ。わたくしが、ついておりましたもの」
「……そうだったな。また忘れてた。俺はあいつのことになると、すぐに他が見えなくなっちまう」
「それは、美しい兄妹愛だと存じますわ」
お嬢さまの肯定。
「皮肉か? 俺は助けられなかっただろうが! ベティとマリオン抜きだったら、おまえたちを見つけられもしなかった!
ゲートを閉じるときも、俺の魔力じゃ力不足だったろう!? 結局、メアリーを死なせかけた上に、悪魔とおまえに助けられちまった!」
声を荒げるスミス。風が窓を揺らす。
「誰かにお頼りになることは、恥ずかしいことでは、ございませんわ。
魔力の無いわたくしなんて、こちらに来てから、ずっと、みなさまに助けられっぱなしですの!
……もちろん、スミスさんにもたくさんお助けいただきましたわ。
あなたが居なければ、わたくしはきっと、生きてはいないかと存じますの」
サクラコはほほえみ、ゆっくりと語り掛けた。
「……ありがとう。でも、だめなんだ。腹が立っちまう。俺は兄としてずっとメアリーを守ってきた。
それなのに、肝心なときには役に立たねえで、他のヤツに助けられちまって。
嫉妬してるんだ。悪魔にも、おまえにも。……情けねえ」
自嘲を繰り返す男。片手で目を覆う。
「嫉妬……」
サクラコはマリーゴールドの香りを思い出す。
お嬢さまは男の背中に手をやる。スミスは逃げるように前かがみに丸まった。体躯の良いはずの恋人が小さく見えた。
追いかけ、彼の背中に額を押し当てる。
「……さっきも、嘘をついた。おまえの言う通り、重ね合わせてたんだ。理由は違っても、どっちも魔法の使えない身体だ。おまえを助けることで、いつまで経ってもメアリーを救えない自分への、慰めにしてたんだ」
「では、わたくしのことは、もう愛してらっしゃらないの?」
サクラコの額に伝わる暖かい熱、熱源は少しこわばったように感じた。
「それは、さっきも違うって言ったろ」
聞き逃した答え。ようやく捕まえる。
「よかった……。まだ、わたくしのことを愛していていただけるのね」
お嬢さまはやわらかく息を吐く。
「愛想が尽きたのは、そっちのほうじゃないのか?
俺はおまえを騙してたんだ。王子だってことも隠してた。助けるのも遅かった。
一瞬だが、おまえの事を忘れてた。その上、妹を助けたことを逆恨みまでして!」
窓の外、雨が強くなる。
「……なのに、なんでそんなに優しくするんだ。なんで、責めてくれないんだよ……」
嗚咽交じりの声。
「愛しているからですわ」
男の顔にも春の嵐が訪れる。日差しに温められた雨が止めどなく降る。
サクラコは子供のように泣きじゃくる恋人を抱きしめ、彼の胸に渦巻く雲が抱え続けていたものを全て吐き出させてやった。
嵐は去り、取り残された風が窓を揺らす。
「泣いちまったよ……」
少しだけ笑うスミス。色の違う自嘲。
「ふふ。楽になられましたかしら?」
「ああ、ありがとう」
そう言いつつ、恋人の胸へ顔を埋め直すスミス。雨で濡れた生地。
「サクラコちゃんには敵わないよ。いつの間にか、立派なおとなになってたんだな」
間延びした声。
「わたくし、まだ、おとなには足りませんわ。こうしておきながらも、先ほどから気になっていることがございますの……」
胸に居る男を突き放し、立ち上がる。
サクラコは長く長く息を吐く。乙女の吐息。
「スミスさんが、わたくしへ向けていられる愛は、メアリーさんへ、妹へ向けられてる物とは、本当に、別のものでございましょうか?」
噛みしめるように問う。
「そうだよ」
重なりあう視線。
「そうですの。……でしたら、それを、ご証明なさっていただけますか? わたくしが、メアリーさんとは違うということを」
サクラコは帯に手を掛ける。スミスが腰を引き寄せ、くちびるを奪う。
「……まだ、そういうのは早いと思うな。本命だからこそ、じっくり時間を掛けたいところだ」
「わたくしもさように存じますわ、でも……」
瞳を潤ませる生娘。
「妹の口にキスする奴がいるかよ」
スケコマシは歯を見せる。
「……いらっしゃらないかと存じますわ。でも、そういうことじゃ、ござませんの」
「じゃ、どういうことだい? 言ってくれなきゃ、分からないぜ」
かつての明るい調子。反してサクラコ。
「……わたくしたち、きっと、近いうちに、殺されてしまいますわ。そうでなくとも……」
未だ届かぬ次のゲームの招待。恨みの科学者は、様々な手を使ってスミスたちを苦しめた。娘たちの身は解放され、片方の王冠は返され、国も返された。
次の要求は、サクラコとスミス、たったふたりの呼び出し。
感情を重んじるヤークは、どんな手を使いスミスを苦しめようと考えているのか。
「あいつをどうにかする手があればいいんだが……」
こぶしを握るスミス。
「力では敵いませんわ」
両手を重ね、こぶしをほどいてやるサクラコ。
「そうだな。勇者でもユクシア嬢でも歯が立たないんだ。あいつは魔王まで復活させたうえに、子ども扱いをした」
「先行きは明るくないかと存じますわ……。旅立てば、ここに戻ることも、元の世界に戻ることも叶わないかと存じますの」
お嬢さまの頬を伝う熱いもの。
「サクラコちゃんだけでも……」
――口を塞がれるスミス。
……。
「……おっしゃらないで。わたくし、今さらこの世界を見捨てて逃げ帰るようなこと、絶対にいたしませんわ! あなただって、ユッカさんだって、みんな、みんな……絶対に! ……絶対に!」
お嬢さまは男の胸を掴み、首を激しく振る。
「どうせ俺も殺されるなら、きみには生きていて欲しいな……」
王子は恋人の震える肩を叩く。
次第に落ち着く娘。
ぽつりとつぶやく。
――たとえ。
サクラコは顔をあげる。
「たとえ、わたくしたちの向かう先が死だとしても、あなたとふたり。最期まで添い遂げる覚悟がございます……!」
真の通った黒い瞳。
凛とした輝きを湛えて男を貫くいた。
――衣擦れの音。袴が床に落ちた。
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