お嬢さまと旅立ち
わたくしは、甘く存じていたに違いありません。
かつてこちらの世界にお邪魔したとき、多くの素敵な友人との出会いや、胸の躍る出来事を体験いたしました。
ですがそれと同時に、恐ろしさも隣り合っていたはずなのです。
幾度も命を危険に晒したはずなのです。それは、理解できていたはずなのです。
現世での倦んだ生活がその危険を遠ざけ、良い面だけを彩ったまま、わたくしの心に残ってしまったのでしょう。
わたくしの友人たちは、この世界では名だたる力の持ち主なのです。
身を弁えさえすれば、自分は大丈夫だと高をくくっていた。あるいは彼らのお力を自分の物として誤解していた部分があったに違いありません。
トキヤさんはお亡くなりになりました。
「父を赦して」との最期のお言葉は、看取っていたはずのわたくしの耳を素通りいたしました。
悪逆非道の男を憎むあまり、友人の願いはないがしろにされました。
わたくしの心には、町長に対する憎しみ以外にも、きっと、上手く行かない現世でのくらしを重ねていた部分があったかと存じます。
タコワ町長は一命をとりとめ、わたくしも手を朱に染める結末とはなりませんでした。
スミスさんがいらっしゃらなければ、わたくしは畜生道に堕ちていたかと存じます……。
* * * *
* * * *
王城。謁見の間。
「そうか、それはつらい事じゃったの……。ワシもおぬしたちが隣町へ行くことを知っておったのだから、止めておけば良かったのじゃ」
「そんな、国王さまをお悪くおっしゃるかたはいらっしゃりませんわ」
「いや、タコワはワシに恨みを持っておったからの。それに、そこの彼を町にやったのもワシなんじゃよ」
ソレフガルドはサクラコの横でかしこまっている男、スミスを見やる。
「スミスさんを?」
「そうじゃ。タコワの町はここ数か月で異常な発展をしておっての。
ただ豊かになるだけならなんら問題は無いのじゃが、発展に伴い町長のやり口に苦情が出始めての。
そのうえ、あの魔導技術のことじゃ。あれは本来、今の時代には無い代物での。
どこかの古代遺跡から発掘した品や技術が使われておる。古代技術は遠い昔に滅んだ文明の技術じゃ。
それも、技術そのものが抱えていた問題で自滅した文明の。あの力を復活させれば、ワシらも同じ道を辿るやもしれん。
スミスにはタコワの町を調査させ、技術の出どころを調べさせておったんじゃよ」
「そういうことだ。俺は名前と身分を隠して、タコワ町長のところにスパイしていたのさ。さすがに、サクラコたちが来た時にはびっくりしたけどな」
「兵士には連絡役を任せておったのじゃよ。あやつにはサクラコたちと町長を接触させないようにきつく言っておったんじゃが……」
ため息をつく国王。
「あの、国王さま。タコワ町長はどうなさっていらっしゃるのでしょうか」
「タコワは今、牢獄じゃな。スミスに調査させていたぶんだけでも、うしろ暗い話がわんさかでてきおる。
表向きは巧くやっておったようじゃが、
裏では古代技術を横流ししていたと思われるブローカーや、盗掘のプロなんかとも繋がりがあったようじゃ。
とはいえ、それだけでは長く牢に留めておくことはできんがの」
「そうですの……」
今回の件では、タコワの記憶の消去は行われなかった。
聞きださなければならないことが多くあったうえに、本来、他人の記憶を消す魔術は違法扱いなのだ。
「ヤツが牢屋から出てきたら、サクラコはこちらの世界をうかつに出歩くことはできなくなるじゃろうな……。
いくら法や護衛で守ろうとも、その気になれば一般人ひとりをどうにかするなど容易いじゃろう」
国王はため息をつく。
うつくむお嬢さま。
サクラコは胸がブルーに染みていくのを感じた。勇者すら洗脳できる技術と、魔導や知略にも長けたタコワの実力。
仮にサクラコが身を隠したとしても、常に不安は付きまとい、関係者に迷惑を掛け続けることだろう。
つまるところ、元の世界へ追い返されるという事を意味している。
失意の帰還。俗世にとっても、異世界にとっても、お嬢さまは異邦人に過ぎないのか。
「サクラコの心中はよく分かる。無理にこちらにいたとしても心は休まらぬじゃろう。なあに、心配召されるな。ワシらのほうからおぬしの世界へ遊びに行くからの……」
にっこりと笑う王さま。しかしすぐに眉は下がり、眉間にしわが寄せられる。
「と、言いたいところなのじゃが……」
突如、席を立ち、膝をつき、頭を下げる国王。こちらでいうところの「土下座」スタイルである。
「お、王さま! 何をなさっていらっしゃるの!? お顔をあげてくださいまし!」
慌てるサクラコ。スミスも眉をあげ言葉を失う。
「……すまぬ! サクラコ! お主を元の世界に返してやれなくなったのじゃ!」
彼は額をぴったり絨毯に付けていた、頭頂部がこちらに向く格好。彼の頭には王冠が見当たらない。
「王さま。お顔をあげてくださいまし。ゆっくりとご事情をお話になって」
かがみ込み、王の背中に手をやるサクラコ。
「うう、サクラコは優しいのう。じつはの、ワシの頭にあった王冠なんじゃが……」
「あれは、魔力を増幅するための魔法のアイテムなんだ」
スミスが口を挟む。
「そ、そうなんじゃ。さすが盗賊。お宝には詳しいの」
「しかも、結界や異次元に働きかける力に有用な効果を持つものだ。
国王というのは、単に国を治める存在じゃない。
邪悪なる存在が開いた大地の亀裂に対して、聖なる存在が用意したカウンター。冠はその中のひとつだと言われている」
「お、お主なぜそこまで……」
驚く国王。
「盗賊稼業は情報が命でございます」
疾風のスミスが笑う。
「ま、まあよい。つまり、その冠が無ければ、ゲートも開けない。その上、亀裂から奔出する負の力が強まり、魔物がさらに狂暴化するのじゃ。第二、第三の魔王が生まれるのも時間の問題じゃろう……」
「まあ! それでは世界は……」
「あ、いや。今のところは大丈夫なのじゃ。ワシだけではないんじゃよ。
この世界にあるいくつかの大国の国王や女王が同じ役目を担っておる。
ワシひとりが欠けたからといって、すぐに世界が滅びるというわけではない。
魔王が生まれたとて、力を蓄えなければ、前よりも強力ということは無いじゃろう。早期に察知すればすぐに片が付く」
「そうですの」
胸を撫で下ろすサクラコ。
「じゃが、この国のある大陸の結界は弱まってしまうし、何より王冠が悪用されれば、どういった事態を引き起こすか分からん。一刻も早く王冠を見つけねば……」
腕を組み首を傾げる王さま。
「王冠はどこへいってしまったのでしょうね……」
サクラコも真似をする。
「うーむ。便所に流したのでなければ、誰かが持ち去ったとしか考えられんのじゃ。酔って寝た時点ではまだあったからの。部屋の中や通った場所すべての家具をどかしてまで調べたんじゃよ」
「……もしかして」
サクラコが口を開く。
「そう。サクラコも知っての通り、そういうことをしそうな男には心当たりがある。
ちょうどスミスに調査を依頼していたところじゃったから、兵士に伝言をさせてついでに調べてもらったのじゃが……」
「王冠は見つからなかった」
両手をあげるスミス。
「……だが、タコワは頻繁に怪しい連中と取引を繰り返していたからな。
王冠を盗んだとしても手元には置かないで、バックについてる連中に流した可能性が高い。
万が一にも王冠の力が解明されてしまったら、ほかの王族が居てもこの世界はえらいことになっちまうかもしれない」
「うむ。だから、なんとかタコワに口を割らせようとしてるんじゃがの、だんまりじゃ。そもそも盗ってない可能性も……」
「国王さま! ご報告です」
兵士が駆けてくる。ちなみに、サクラコのお付きの兵士とは別の人物である。
「申せ」
「タコワが口を割りました。やはり、盗っていないそうです!」
敬礼して話す兵士。
「ばかもん! それは口を割ったとは言わんじゃろ!」
王さまは顔を赤くしてこぶしを振り上げる。
「それが……“私は盗ってなぁイけど、大臣クンなら何か知ってるかもネ?”と」
タコワの口真似をしながら報告する兵士。
「あの町長の事だ、こちらを混乱させたいだけじゃないのか?」
スミスが言う。
「わたくしも、そう存じますわ」
呆れるふたり。
だが国王は何やら渋い顔だ。
「あー……大臣。なるほど大臣……」
「国王、何か心当たりでも?」
スミスが訊ねる。
「うむ。大臣はの、王冠が無くなった日から行方不明なのじゃ! わっはっはっは!」
ソレフガルドの笑いには水気がない。
「しかも、ワシに最新の魔導技術の事を教えてくれたのも大臣じゃ!
サクラコに出した手紙、あったじゃろう? あれは大臣が用意してくれたものなんじゃよ!
特別なツテで手に入れたといっとったが……わっはっはっは!」
額を押さえるスミス。
「と、ともかく! 手掛かりができたの!
タコワがこのことを知ってることを照らし合わせれば、次にやることは簡単じゃ。
恐らくタコワの町の技術も出どころは同じ。それを調べれば王冠の行方も分かるというものじゃの! わっはっはっは……」
「王さま、ご自分をしっかり持ってくださいまし」
「う、うむ! 今、兵たちにタコワの身辺を家宅捜索させておるから、そのうちに結果が出るじゃろう。スミスにはまた任務を与えるので、それまではゆっくり身体を休めておいてくれ」
「かしこまりました」
「ふう。では、下がって良いぞ……」
笑い終えた国王はすっかり老け込んで見えた。
* * * *
* * * *
謁見の間をあとにし、部屋に帰ろうとするサクラコ。
「それでは、わたくしは部屋に戻りますわ」
「ありゃ。久しぶりに会えたんだ、どこか出かけないか?」
誘うスミス。
「いつぞやのお約束のことですの? 今のわたくしではご期待に応えられないかと存じますわ」
顔を背けるサクラコ。
「気晴らしも必要だろ? そんな顔はキミには似合わないぜ」
スケコマシがウインクする。
「でも、トキヤさんの事、忘れ難くって」
「……うん。俺もつらいよ。下手を打ったのは、あの場に居た誰だって同じだしな」
師匠と慕った少年。スミスの顔が僅かに翳る。
「でも、忘れるなんて言うもんじゃないぜ。憶えておいてやれよ。俺は忘れねえ」
「おっしゃる通りですわ。でも、タコワ町長のなさった仕打ちは、とても……」
「そうだな」
「また、気持ちの整理がつきましたら、ご一緒したいと存じますわ。
スミスさん、国王さまからの任務に向かわれるときは、ご出立前に、わたくしにお顔をお見せになってくださいね」
サクラコは怖かった。あの晩の出来事を思い出す人と一緒に居るのが。
トキヤの死から三日が経過していたが、サクラコはなるべく客室に籠り、仲間たちと顔を合わせないようにしていた。
特に、壺を振り上げた彼女を止めたスミスからは離れたかった。こちらに戻ったばかりのときには彼の姿を探したというのに。
傷心のお嬢さまは男の手を握った。相手の顔を見つめ、ぎこちなく笑う。
「では、また」
「お、おう。ゆっくり休みなよ」
スミスは頭を掻き掻き、お嬢さまの背を見送る。
サクラコは客室へ戻り、ベッドへ背を預けた。
お嬢さまは今度の一件で消沈すると共に、こちらへ戻って来れたことを、はしたないまでに喜んでいたということを痛感した。
現世で手酷い仕打ちを受けながらも、ずっと維持してきた、毅然としながらもゆったりとしたお嬢さまらしい行動。彼女の本来のスタイル。
しかし、こちらの世界に来た解放感からか、それともタコワ町長の不快な態度からか、サクラコのそれを随分と小市民的な方向へと曲げてしまっていた。
そして、今もまた客室に逃げ帰ったところだ。
お嬢さまは今一度、思い出す。自分の本来の目的、皇木家の長女として恥じないおんなになること。
じつの父に殺人兵器にされながらも、その父の身を案じ続けた少年。彼は最後まで息子であり続けた。
目の前で起こる凄惨な出来事に飛び出さず、冷静に機を待っていた盗賊。彼は王の斥候を務め切った。
そして、王への恨みを晴らすという目的のために突っ走った、悪趣味な男さえも。
真の己を持つ者たち。性の善悪はあれども、彼らはしっかりと芯を通し続けていた。
「わたくしは逃げていた。逃げる為にここに来たのですわ……」
人は自分からは逃げられない。たとえ七度逃げたとしても、逆転の目は出て来やしない。
スメラギサクラコはどちらの世界でも、お嬢さまで、こどもで、力の無い異邦人である。
その事実から逃げていても、いつかは現実に倒される日が来るだけだ。
レベルアップしなければならない。恐怖に身を引いたり、怒りで突発的な行動をするのはおしまいだ。
お嬢さまは淑女に。こどもはおとなに。郷に入れば郷に従え。やまとなでしこになるのだ。
「……よしっ!」
サクラコは両の頬をぴしゃりと叩くと、弾みをつけてベッドから起き上がった。
* * * *
* * * *
国いちばんのスケコマシ、疾風のスミスは困惑していた。
傷心のあまり彼の申し出を無為にした娘は、十分も経たないうちに自分を追いかけてきて手のひらを返し、返した手でそのまま自分の手を握り、「街へ繰り出そう」と言い出したからだ。
現在、彼とサクラコは手を繋いで城下町をうろついている。
軟派者である彼としては、若くて綺麗な女性、それも何度アタックをしてもなびかなかった相手のほうからやってくるというのは、僥倖にも僥倖のはずだ。
だが、スミスは浮かない顔をしていた。
彼女と視線を合わせるときだけは相応しい顔を繕ってはいたが。
……嫌な予感がする。
これは男の勘や軟派者の知恵からくるものではなく、サクラコの友人としての経験からくるものである。
サクラコが能動的に何かしたときというのは、大抵厄介ごとが付いて回るのだ。
タコワの町での夜は二度ともそうだし、彼女が透明化で通りを騒がした時もそうだ。
今度もきっとこのお嬢さまは何かを企んでいるに違いないと読んでいた。
「スミスさん、これから川沿いのカフェでお昼にいたしませんか?」
「あ、ああ。いいね」
ふたりはテラスカフェで軽食をとる。
「こうしてお茶をするのも久しぶりだな」
「そうですわね。初めてご一緒したときは、スミスさんのこと、あまり良く存じてなくって」
ほほえむサクラコ。
「ん? それって、俺の事を良く知らなかったってこと? それとも、嫌いだったってこと?」
「両方ですの」
「うへえ。はっきり言ってくれるね。……でも、今はそうじゃないってことだ?」
渋い顔の後、歯を見せて笑うスミス。
「ええ。スミスさんの事は、頼りになって、毅然としていらして、筋の通った殿方だと存じておりますわ」
「お、おう。ありがとな。俺もサクラコちゃんは立派な女性だと思うよ」
「……ありがとう存じますわ」
礼を言い、紅茶のカップを口へ近づけるサクラコ。わずかに香りをかぐ仕草を見せ、カップを傾ける。
「サクラコちゃんの“それ”は生まれつきなのかい? お家柄のせいで? それとも、そっちの世界の子はみんなそうなの?」
「わたくしだけではございませんが、あまり多くはいらっしゃらないと存じますわ」
「やっぱりねえ。気品を感じるよ」
そう言いながらも苦笑いするスミス。
「でも、他人行儀な感じがするかなあ。俺としてはもっと打ち解けてくれたほうが嬉しいんだけどな」
「そうですの。では、努力いたしますわ」
「ほんとに? 無理はしなくていいけどさ」
「場所や相手を弁えるのも淑女のたしなみですわ」
「なるほど。じゃあ、俺はちょっとランクアップしたわけだ」
「そう、なりますわね」
再びほほえむサクラコ。
いつものように否定されない。
……もうだめだ。スミスは堪らず訊ねることにした。
「サクラコちゃん、もしかして、俺に何か頼みがある?」
「え、頼みがあるかですって?」
きょとんとするサクラコ。
それから、少し頬に紅が差し、ちょっと節目になる。
「やはり、スミスさんの目は、わたくしをそういう風にお映しになっていらしたのね」
わずかなため息とともに吐き出される声。昼食時の喧騒がかき消す。
「それは……半分ご正解で、半分お間違い。スミスさんには、ただわたくしの個人的なお話を聞いて欲しいだけですの」
サクラコはまっすぐに相手の顔を見つめている。
スミスも見つめ返すが、視線を外さないようにするのに難儀した。
……ツイていない。おいしいシチュエーションのはずなのに、完全に手玉にとられている気がするぜ。
「いいよ。サクラコちゃんの話なら、なんだって聞くさ。ここで話すかい? それとも、静かな場所に行くかい?」
「そうですわね……。静かなところが好ましいですわ。ここだとちょっと落ち着かなくって」
「オーケー。それじゃあ、良い所に案内するよ」
* * * *
* * * *
スミスがサクラコを連れて来たのは、城下町の居住区画にある警備用の塔のひとつだった。
彼はここの担当の兵士と顔見知りのようで、スミスがサクラコを連れて来たのを見つけると、ちょっとした駄賃と引き換えに職務放棄をしてくれた。
「まあ。お悪いかたね」
石造りの螺旋階段を登りながら笑うサクラコ。
「だよなー? でも、ここなら邪魔も入らないし、それに景色も良い」
ふたりが階段を登りきると、休憩用のテーブルとイスのある部屋に出た。
扉から外へ出れば、暖かい日差しが歓迎し、風はふたりの髪をさらう。
城よりは高くはないが、居住区から商店街、街の外の森までが一望できた。
街を行く人々は豆粒のようで、流れる川は陽の光をたっぷりと受けて、光の筋になっている。
「素敵な景色ですことね」
髪を押さえ、街を眺めながら言う。
「そうだろう。でもちょっと、今日は風が強いな」
ふたりはしばらく景色を眺めていたが、部屋の中へと引き返した。
静かな空間。向かい合って座るふたり。
「それで、お話ってなんだい?」
「わたくしの、ごく個人的なお話ですの。向こうの世界での生活についての」
「へえ、それは興味があるな。俺のほうからずけずけ聞くのもマナー違反だから控えてたんだ」
「スミスさんのお喜びになるようなお話ができるかはわかりませんわ」
少し困った顔をするサクラコ。
「うん。いいよ。話してごらん」
……。
サクラコは自分の家柄や、生い立ちについてかいつまんで話をした。
それについてはスミスは「どこも同じなんだな」という反応だったが、現世の社会的な成り立ちについては、ユクシアと同様に「窮屈そうだ」というコメントを出した。
サクラコの本題はここからである。彼女は自身の抱える苦しみを誰かに聞いてもらいたかったのだ。
スミスは、大学での活動についてはいまいちピンと来ていないようであったが、サクラコが妬まれやっかまれて嫌がらせを受けているということは理解をし、学友たちにイヤな奴だと言った。
そのストレスがピークに達していたときに舞い込んだ招待状。それにどんなに救われたか。
そして、タコワ町長に対してとった行動が、ある種の八つ当たりのようなものだったのではということまで話して聞かせた。
「……なるほどね。そう言う代替行為は誰だってやってるもんさ」
「でも、あんまりな行動だったと思いますわ。スミスさんがいらっしゃらなかったらと思うと……」
くちびるを噛むサクラコ。
「でも、そうならなかっただろう? きみも後悔して、今こうやって話をしてくれているんだ。もう大丈夫さ!」
スミスのお嬢さまを励ます声色は明るい。
「そうだと良いのですが」
「サクラコ、またなにかやらかしそうになったら、俺が止めてやるよ」
真っ直ぐに見つめて。
「当てにしてもよろしくって? わたくし、まだまだ考えが至らないことが沢山ありますの。きっと、スミスさんにご迷惑をおかけしますわ」
「うん。いいよ。好きなだけかけるといい。それこそ男冥利に尽きるってもんだ」
スミスは机の上に置かれたサクラコの手に自分の手を重ねる。
お嬢さまははにかみ、少し目を細めてうつむいた。
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* * * *
さて、スミスは性分と友情と下心と、その場の空気でサクラコを助けると約束をしたわけだが、翌日になってさっそく、面倒なことになったと思わざるを得ない事態に陥った。
タコワの町の調査が済み、魔導技術の出どころが判明。
とある古代遺跡を根城とする「研究者」に行きつく。
その者が古代技術を解明し、タコワの町のマジカルな仕掛けや、サクラコへの手紙のようなものを作ったのだという。
王冠がそこに流れ着いた可能性は高いとし、スミスは古代遺跡への調査を命じられた。
古代遺跡への調査は移動を含め数日がかりになる。
勘の良い諸君はもうお分かりだろう。
その調査にはサクラコも参加することになった。
スミスは軟派者ではあるが、男としてああ言ってしまった手前、町長の脅威にさらされうるサクラコから目を離すことはできないと考えた。
サクラコ自身は、迷惑を掛けるからと遠慮をしたのだが、スミスから是非と申し出てきて、随分と嬉しそうであった。
とはいえ、男女ふたりきりの旅というものは問題が多い。
それに彼はスケコマシで、彼女はお嬢さまときている。ユクシアがこれには大反対した。
しかし、ユクシアがお目付け役になることは叶わなかった。
理由の一つとして、アレスの不調があった。
彼は回復には向かっていたものの、いまだ少しふわふわしたままで、ある種、保護者的な自覚のあるユクシアは彼から目を離すのが不安だったのだ。
本来なら、そんなアレスをほったらかしにして、親友の貞操を守ると息巻いて旅立つ可能性もあったのだが、王冠の消失により王城に寄り付く魔物への警戒を強めなければならず、防衛戦力として残るようにと国王からの命令も手伝い、断念せざるを得なくなった。
国王は国王で、王冠を失うミスをした手前、サクラコの出発を止めがたかった。
本来なら、ほぼ一般人のうえに国王にとっては娘のように可愛い人物を危険な場所にやるなんてありえなかった。
だが、タコワが法に則って仮釈放されたのちのことや、王冠の結界を失った城下町に魔物が襲来したさいにサクラコの身を案じなければならないリスクを考えると、町から遠ざけるのも手だと考えられたのだ。
結局、優秀なボディガード付きならばとしぶしぶの了承。
とにかく、知人達はサクラコの出立を心配した。
万全でなければと国王は貴重な魔力回復の薬をスミスに持たせ、ベティはサクラコのかんざしを真似て作った魔法銀の髪留めを用意した。
ユクシアはサクラコの持つアクセサリーにあれこれと魔法を込めてやり、兵士とアレスは「サクラコさん頑張って!」と声援を送った。
こうして、お嬢さまは新たな冒険の旅に出発することとなったのである。
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