お嬢さまと夜の店
開け放たれた扉。
頬を染めて仁王立ちするは牡丹色の髪の少女ユクシア。
部屋の中は座り心地の良さそうなソファとガラスのテーブルがいくつも並び、床は白黒のチェック模様だ。
壁際の棚には悪趣味な壺や花瓶が並び、菖蒲色の照明が妖しくそれらを照らしている。
奥の席に人影ふたつ。少年アレスと女装少年トキヤが居た。
「ち、ちょっと! ア、アンタたち、何やってるの!? 男同士でしょ!?」
魔法使いの娘は動揺が隠せない。
「パパ、侵入者だよ」
トキヤが冷たく言う。部屋の照明が通常色に変わった。
さらに奥の部屋から人影みっつ。
太った悪趣味サングラス男タコワと、ぼろをまとったジョン。それといつかの夜に屋敷でスミスにのされた大男。
「フゥーン。やっぱりアンタたちだったネ。異国の小娘と、魔法使いの小娘。それに教会の小娘。どいつもこいつも小娘小娘! しかも、ソレフガルドくんのお知り合いばかり……」
タコワは頬を歪めて鼻を鳴らす。
「アレス、何やってるの!」
ユクシアが勇者に呼びかける。
だが彼はソファの上で正座をしたまま、天井のライトを眺めるばかりで反応をしない。
「勇者に話しかけても無駄だヨ! 装置で正気を失わせているからね!」
アレスの頭には何やらサークレットのようなものが取り付けられている。
「アレスさんに何をなさるつもりですの!?」
お嬢さまは激しい非難を込めて訊ねる。
「彼にはネ、私の新しいお人形さんになってもらうのサ! 古代魔導の技術の粋を集めた装置でマインドコントロールして、最強の兵隊になってもらうヨ!」
「させるもんですか!」
ユクシアがアレスの頭に取り付けられた装置を引っ張る。
「ノンノン! 今乱暴に外しちゃダメ! 彼、帰ってこれなくなるヨ!?」
魔法使いの娘の動きが止まる。
「ほらあ。これが取り外すための、カ、ギ!」
顔の横で鍵を振るタコワ。
「なんて卑劣な!」
叫ぶマリア。
「卑劣? 不法侵入者相手に卑劣も何も無いネェ……」
タコワはサングラスを投げ捨てる。醜くゆがんだ、傷のある顔。
「ジョン、タバコ」
「ワン!」
ジョンがタコワの口に葉巻を咥えさせる。
「あ~。やっぱヤメタ。火はナシにしヨ」
タコワは葉巻を吐き捨てると、指を鳴らした。どこからか空気の洩れるような音が聞こえてくる。
「今ネ。この部屋にガスを撒いたカラ。そんな濃くは無いからネ、身体に大した影響はないと思うケド、火や電気はダメだからネ?」
魔法使いに向かって手を振るタコワ。
そしてため息をつくと……。
「おい、野郎ども! この小娘たちを血祭りにあげろ!」
悪趣味オヤジがヤクザに変わる。
「よく聞け小娘ども! 抵抗すれば勇者の脳みそは腑抜けのまま戻って来ねえぞ! オレを楽しませろ!」
肩を弾ませ驚くユクシアとマリア。
「まずはテメエからだ、城下の教会の女。前へ出ろ」
上を向けた中指を動かし、こっちにこいとジェスチャーする。従うマリア。
「おい、でくの坊。あの女を嬲れ」
大男に命じるタコワ。
「オイがやっていいんですか? うれしいなあ」
ベルトを外しながらマリアに近づく。
「へっへっへ……最近ごぶさただったからなあ……いでぇ!」
大男が頭を押さえる、床に転がるガラスの灰皿。
「誰が犯せつった。テメエが楽しんでるところを見てオレが嬉しいわけないだろ。殴るなりなんなりして痛めつけろ!」
「す、すんません……」
親分に叱りつけられて小さくなる大男。
「じゃ、じゃあこっちのこんぼうで」
前回はつっかえて持ち込めなかった彼の獲物、巨大なこんぼう。
前回とは違って、何やら装置が取り付けられている。金属バットにコイルを巻いたような様相だ。
「おう。それを試せ。魔導加熱装置付きのこんぼうだ。教会の女、しっかり味わえ」
大男がこんぼうを握ると、コイルが赤く光り出す。
「では、いきまあす」
熱されたこんぼうを振り上げる大男。
「肩を狙え。頭は死ぬ」
ヤクザの口が笑う。
「アイアイサー!」
修道女に向かって振り下ろされる。
「マリアさん!」
叫ぶサクラコ。
「だめよサクラコ!」
お嬢さまは飛び出しそうになるが、ユクシアに腕を掴まれ、つんのめる。
――――!
金属の棒がマリアの肩にめり込む。はじけるような音と共に彼女の身体が横にくの字に折れる。
よろめくマリア。彼女はうめき声ひとつあげずに、再び直立の姿勢に戻った。
「あれ? 効いてない?」
首を傾げる大男。こんぼうをチェックする。
「壊れてるのかな? ……あっちぃ!」
熱された部分に触れてしまい、ヤケドをしてしまったようだ。
「バカかテメエは! 魔法でガードしてんだろ。魔力はそのうち切れる。殴り続けろ。滅多打ちだ」
「ア、アイアイサー!」
滅多打ちにされる教会の女。
叩かれる度に身体はよろけ、服は破け、肉が爆ぜ骨が折れる音が響く。
しかし彼女はその度に怪我もなく直立に戻る。表情も変わらず、ただ普段の細目で教会の仇を見つめ続けている。
酷く悪趣味なスプラッター映画を再生しては巻き戻すような光景。
大男は次第に殴る元気をなくし、マリアの首にこんぼうを当てたまま息を切らした。室内に嫌な臭いが立ち込める。
「おいこら、こんぼうを離せ! 燃えたらガスに引火するだろが!」
「ひえっ!」
大男はマリアからこんぼうを離す。
「……乞食の味方のクセに根性あるじゃねえか。だがよ。それじゃツマンネエな。おい、交代だ。教会の女はもういい。異界の娘。前へ出ろ」
再び中指で誘導するタコワ。
「ソレフガルドのお気に入りが悶絶する姿が見てえ。他のふたりは余計なマネするんじゃねえぞ。何かしたら勇者の脳みそをスライムにしてやるからな」
前へ出るサクラコ。しかし身体はこわばり、何となく宙を歩くように足元が定まらない。
眼前で繰り広げられた暴力行為に、現世の娘の脳はとうの昔に服従の命令を出していた。
「サクラコ!」
ユクシアが彼女の腕を引く。
「お放しくださいまし。アレスさんが廃人にされてしまいますわ」
早口に言うお嬢さま。ユクシアは彼女に従い、うつむいて唇を噛んだ。
「物分かりがいいじゃねえか。そうやってソレフガルドに取り入ったのか? 大変だよなあ。勝手の分からねえ世界で生きていくってのは」
「勝手の分かる世界でも、楽に行くとは限らないと存じますわ」
睨むサクラコ。タコワは小娘の視線を鼻で笑う。
「意見が合うじゃねえか。気に入ったぜ。テメエは見たところ魔力の無い一般人以下ってトコロか。こんぼうはカンベンしてやるよ。おい!」
大男はこんぼうを脇に置く。サクラコのつっぱった肩から力が抜けた。
「おい、でくの坊。小娘の鼻を折れ」
「アイアイサー!」
振りかぶる大男。今年二十歳を迎えたばかりの娘の鼻先目掛けて、巨大なこぶしが迫る。
突如、部屋の中へと飛び込んでくる影。
体躯からして男。サクラコの横へ飛び込み、身体をひねる。彼の手にあるものが照明を反射し室内を白くする。
「あれ、オイの腕が?」
大男の肘から先が消えうせる。大男は見る見るうちに顔を真っ赤にしてうずくまった。
「誰だテメエ!? ジョンッ!」
タコワの背後から「ワン」という声と共にぼろで顔を隠した男が飛び出す。
「名乗るほどの者じゃ……うわっと!」
両者の手にした刃物がぶつかり合い、部屋中に耳障りな音を響かせた。
「あなたは……!」
サクラコが声をあげる。彼女を守るように現れた男。
手には白銀の剣を持ち、黒のベストに身を包んだ……。
「兵士さん」
お嬢様はなぜかちょっと残念そうである。
「兵士? ソレフガルドの手下か。ちょうど良い。テメエを下手人に仕立て上げてソレフガルドを強請るとするか。おい、ジョン。奴をふんじばれ」
「ワン!」
ジョンが兵士に飛び掛かる。ジョンの手にした短剣が目にもとまらぬ速度で何度も突き出される。
「おっと!」
兵士は小さな動きで剣を動かし、刺突を受けていなす。
「やるじゃねえか! ジョンはオレの雇った熟練の暗殺者だ! そいつに勝てたら代わりに雇ってやる! 城の五倍の給料でな!」
「ワウーン!」
ジョンが回し蹴りを放つ。兵士は剣の刃でそれを受け止めにかかった。
当たる直前で止められる蹴り。しかし、体勢を崩すジョン。
兵士も蹴りを繰り出す。ジョンはそれを手のひらで止めると、うしろ向きに回転しながら飛翔。
飛ぶ刹那に斬撃。兵士の手首と足首に血の筋が浮かぶ。
「やーっ!」
剣を投げつけ、立て続けて飛び掛かる兵士。
ジョンは顔に迫る切っ先をなんとかかわすが、相手の膝をもろに喰らって吹き飛んだ。
暗殺者は飼い主のうしろまで転がっていき、動かなくなった。
「ちっ。役に立たねえ奴だな!」
「……勝ちましたね。給料五倍。せっかくだけどお断りしますよ。私はお金だけでこの仕事をやっているわけじゃないんで」
にやりと笑う兵士。
「だろうな……トキヤ!」
――パチン!
指を鳴らすタコワ。
離れた座席に居たトキヤが瞬く間に消え、次の瞬間、黒ベストが大きく裂ける。
「うわっ!」
兵士は血を零しながら下がる。彼の剣はタコワのやや後方に落ちていた。
「パパの邪魔をする奴は、死ね!」
飛び掛かるドレスの少年。金小麦の髪を振り乱し、繰り返しステップを踏む。
兵士は死の舞踏をすんでのところでかわし続ける。
しかし、少しづつ身体に深い傷が刻まれていく。
少年が踏み込み、曲刀が三日月を描いた。
「ひぇーっ!」
兵士は両手で曲刀を挟みこんで止めた。白刃取り。
だが、少女のような腕からは想像もつかないような強い力。彼の顔へと徐々にやいばが迫ってくる。
熱戦を見守る娘たち。
サクラコが異変に気付く。操り人形の目から流れる涙。
「トキヤさん、気付いてらっしゃるの!?」
「あん?」
父親も息子の顔を見た。無表情ではあったが、確かに涙を流している。
「魔法の効力が切れかかってるのか?」
タコワは手をかざして集中し、トキヤへの魔力の供給を強めた。
「うわわわ!」
兵士の鼻先まで迫るやいば。両者の腕が力の込め過ぎで震え始める。
「いやだ。ぼくはこんなことをしたくない。いやだ」
人形が呟く。
「トキヤさん! お気を確かに!」
呼びかけるサクラコ。トキヤの無表情が崩れ、苦悶が浮かび始めた。
「トキヤ! オレの命令が聞けねえのか!」
さらに魔力を強めるタコワ。だが力比べは終わらない。
「パパ! もうやめようよ! ぼくはこんなことしたくない!」
言葉と身体の相反。
「何言ってんだ! ソレフガルドの犬は皆殺しだ!」
「もういいじゃないか! この町は城下町より立派になったよ! パパの勝ちだ!」
「うるせえ! こいつらに好き勝手させたら結局負けじゃねえか!」
両手を使い、全力で魔力を送り込むタコワ。
――ブツン。
何かが切れた音が響く。
兵士に迫っていた金の曲刀は取り落とされ、持ち主は鼻血を吹きながら崩れ落ちた。
「使えねえ! オレが殺す!」
仰向けのままの兵士に向かって、指輪だらけの人差し指を向けるタコワ。
指先が輝き、ピストルのように魔力の弾丸が射出された。
弾丸は躍り出た魔法使いの障壁によって弾かれる。
「小賢しい! じゃあこっちだ!」
サクラコ目掛けて射出される弾丸。
こちらはシスターマリアが前へ出て、聖なる魔法障壁で弾く。
「ふん、教会の女か」
続けざまに射出される弾丸。さらに何か呪文の詠唱を行うタコワ。
二射目は障壁を素通りし、マリアの腹部に穴を開けた。
血と悲鳴を噴き出すマリア。障壁が消える。
直後、マリアの周囲で何かがショートするような音が響き、彼女の身体から発せられていた魔力の光が消えた。
「マリアさん!」
崩れ落ちる修道女を抱きとめるサクラコ。床に広がっていく純潔の池。
「あんた……許さない!」
ユクシアの顔が歪む。身体から蘇芳のオーラが発せられる。
「おっと動くなよ、ソレフガルドの姪」
ユクシアに指を向けるタコワ。にらみ合うふたり。
「この指輪は便利なものでな。魔力の性質を変化させることができる。
あの女に撃ったのは聖なる力を持った魔力だ。聖なる力は簡単には防げねえ。
変換効率は少しばかし悪ぃが、テメエら全員をハチの巣にするくらいの余裕はあるぜ!」
「いいわ。その前にこの町ごと全部消し飛ばしてあげるわ」
依然オーラを放ち続ける魔法使い。溢れる魔力の色は血よりも鮮やかに、強くなっていく。
「ユッカさん……」
サクラコはイヤリングを使い、マリアの傷を癒す。彼女の打てる手はこれひとつで終わり。あとは見守るしかない。
「テメエの大掛かりな魔法と、オレの弾丸、どっちが早えか勝負と行こうか」
言い終わると同時に発射される弾丸。熟練の魔法使いの障壁をさも当然のように通り抜ける。眉間を狙って射出された弾丸は高速で、娘の反応速度では対応しきれない。
「危ない!」
守られていた兵士が少女を引っ張り、弾丸はソファに穴を開けるに終わった。
「ああ、よかった。……あら?」
悲鳴をあげそこなうお嬢さま。ふと、ブーツの先に違和感を感じた。足に何かが当たった。
「これは……!」
――カギ。
タコワの顔の横で揺らされた、勇者の頭の装置のカギだ。
サクラコは鍵を拾い、マリアをそっと床へ寝かせると、呆けたアレスのほうへ近づいていく。
お嬢さまらしく、落ち着いて、物音を立てずに。
いまだに正座する少年。彼の頭の装置にカギを差し込み、回転させる。
かちりという音と共に、彼の頭についたサークレットが外れる。
「そこのクソガキ何してやがる!」
気付いたタコワが標的を変更する。すぐさま溜められる魔力。聖なる弾丸が指先から射出される。
だがそれは大きく軌道をずらし、天井に穴を開けた。
白目を剥いたタコワが仰向けに倒れる。
床に頭を打つ鈍い音。彼の目玉も仰向けになった。
「何が……?」
対峙していた相手が崩れ落ち、状況が呑み込めないユクシア。
静まり返る室内。大男もジョンもいつの間にか姿を消している。
「そうだ! アレス!」
アレスを揺さぶるユクシア。
「ユッカ……? あれっ、ウハウハハーレムは?」
魔法使いの杖が勇者の頭を叩いた。
「あんたはそこで正座してなさい!」
咳き込む声が聞こえる。
注目する一同。視線の先には、崩れ落ちたままになっているドレスの少年。
「トキヤさん!」
サクラコは駆け寄り、トキヤを抱きかかえた。
彼の目は虚ろで、くちびるは乾き切っている。
「サクラコさん……。ごめんなさい……パパがみんなに酷い事をして……」
少年のさえずりは掠れ、いまだ流れ続ける血をあぶくに変える。
「ユッカさん!」
サクラコは友人の名を呼ぶ。彼女は大魔導士であり、一流の治療師でもある。
「もうやってる! ……一応、血は止めた。でも、だめ」
「どうしてですの!?」
「強い魔力を浴び続けたせいよ。身体の抵抗がめちゃくちゃになって、治療魔法が定着しないのよ」
咳き込むトキヤ。再び鼻から血が流れ始める。
「パパだけじゃない。ぼくも酷いことをした……。
勇者さまを連れ出したのは、ぼくの意思だったんだ……。仲良くなりたかったんだ。
こっそりお店に招待しても良いってパパが……。でも、途中で意識が無くなっちゃって……」
「トキヤさん、お話にならないほうがよろしいですわ……」
サクラコの手のひらに女装少年のいのちの音が伝わっている。
しかし、それは次第に弱った小鳥のようになり、冷たく固くなっていくのが感じられた。
「サクラコさん……。パパを……許してあげて……」
そう言い残すと、小鳥は羽ばたきをやめた。
お嬢さまは腕の中にいたものが軽くなるのを確かに感じた。
瞳の裏は砂漠になり、何色とも知れない熱い感情が胸を焼き焦がし始める。
父親想いの少年を床に寝かす。
サクラコはハンカチで彼の顔を綺麗にしてやる。
ユクシアは彼の乱れた髪をとかしてやり、マリアは彼の為に祈った。
兵士は背を向け静かに泣いた。
静かな時、一瞬の時間。その一瞬のあいだに、春と夏と秋がいっぺんに去り、冬が来た。
ふとサクラコは顔をあげる。目の端に映った醜い男。未だ仰向けに倒れたままのそいつは、太った腹を上下させている。
――なぜこのかたは生きていらっしゃるのかしら?
サクラコは立ち上がり、棚に置かれた奇妙な壺を手に取った。
それはお嬢さまの両腕には重いはずの代物だったが、どういうわけだが、今の彼女には綿のように軽く思えた。
壺を無防備な男の頭の上で振り上げる。
彼女の友人たち。背を向けたままの兵士。仲間を傷つけられた魔法使い。同胞を追い詰められた修道女。いまだ正座の勇者――彼も泣いていた。
誰しもサクラコの行動に気が付いていたが、彼女を止めようとはしなかった。
振り下ろされる壺。
サクラコはいまだかつて、人を殺したいほど憎んだことは無かった。
以前、壺を振り下ろした時は敵意はあれど、殺すつもりはなかった。青年と少年を助けるためにがむしゃらだった。
いじわるな学友への怒りも耐えるばかりで、追い詰められたは殺意ではなく、こちらの世界への逃亡だった。
我々の世界ではお嬢さまでなくとも、人は明確な殺意などめったに持ちえない。
仮に持ったとしてもそれは一過性のもので、実際に事に及ぶことなど稀である。
壺の落ちる勢いが腕力を越えた時、サクラコはふと、「自分は元の世界へ戻れないのだな」と悟った。
壺の割れる音。床に散らばる破片。何者かに抱きすくめられるサクラコ。
壺は憎悪の頭を穿たず、白黒の床を散らかしていた。
「……!」
驚き、自分を抱くものの正体を確かめる。
それはぼろをまとった男。ジョン。
そうだ、まだこいつが居た。振り払おうとするサクラコ。だが男は腕を離さない。
ジョンに気付き、身構える仲間たち。
サクラコの腕がジョンの顔に当たり、彼の顔を隠していたぼろ布をはぎ取った。
「あなたは……」
タコワの犬を騙っていた男の瞳は、冬よりも悲しい色をしていた。
「サクラコ。トキヤの最期の願いを聞き入れてやってくれないか」
漆黒に染まったお嬢さまを抱きしめる男の名はスミス。
「スミスさん……。わたくし、赦せませんわ。……わたくし、わたくし!」
かの男の胸に顔を埋めるサクラコ。せき切るようにとめどなく涙が溢れ出す。
響くお嬢さまの泣き声。それは居合わせた者の悲しみをさらに深くし、共感させ、部屋中を涙色に染め上げた。
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