お嬢さまと修道女
太った身体にはだけた白スーツ。王でもないのに頭に冠、それに何故かまっくろサングラス。
靴はドラゴン革で肩からは聖獣のファーを垂らして、これまた太った指にはダルマ落としのごとくの指輪の数々。
つけ過ぎ香水と副流煙を漂わせ、現れたのは町のドン。タコワ町長だ。
彼のうしろには用心棒だろうか、ぼろ布で顔まで隠した体躯の良い男が控えている。
「トキヤちゃン。帰るヨ!」
「ごめんなさい、パパ。お友達とお喋りしてたんです」
「お友達ィ?」
サングラスをあげて同席する面々を嘗め回す町長。
「フゥーン? 知った顔がいくつかあるようねぇ?」
「その節はどうも……」
軽くお辞儀をするユクシア。サクラコはだんまりだ。
「パパ、聞いてくださいよ! こちらの男の子、誰だと思います?」
「知らなぁイ。見たことないネ。オトコノコなんてドーデもいいヨ」
「そんなこと言わないでパパ! なんとですね! 彼は勇者! 勇者アレスさまなんですよ!」
「勇者ァ!? あ、なんか思い出して腹が立ってきた……。べっつに勇者なんテ、魔王が死んだ今、なあんのイミも無いでショ?」
町長は葉巻を深く吸い込み、テーブルの方へ向かって吐いた。
続いてアレスの方へと顔をずいと近づけ、顎先から額までかけて舐るように眺める。
「ちょっとかわいいカオしてるけ、ド。そぉんなことはどうでもいいネ。トキヤ! お店に戻って欲しいネ! 私は教会に交渉しに行かなきゃならないのヨ!」
「あの、教会が何か?」
マリアが口を挟む。
「アァハーン? シスター? 見ない顔ね?」
「城下の教会のマリアです」
「城下の! マ、リ、ア! ありがちな名前ネ。こっちの教会にも何人か居たヨ。マリアとかジョンとかダサいネ」
タコワがシスターの顔をまたも舐めるように眺めて鼻で笑った。
「えっとネ? この町は最近こーいう建物が流行ってるワケ」
通りに向かって手を広げるタコワ。
「町長としては、街づくりってのは一番大事なお仕事なワケ。
教会だけがいまだに古臭ぁい作りのままで、街の景観ブチ壊し。これ、良くナイ。
別に強制するワケじゃないんだケド、そこだけ前のままだから、合わせて欲しいのよネ!
それの“お願い”をしに行くってハ、ナ、シ!」
「そういった“お願い”を、良く思われるかたは、いらっしゃらないと存じますわ」
サクラコがトゲのある言葉を吐き出す。
「フン。異界の娘なんて存在自体が景観ぶち壊しじゃないノ。お高くとまった喋りかたしちゃってサ! 耳障りったらありゃしないネ! あんた、相変わらずソレフガルドくんの犬やってるんでしょ?」
煙の付いたままの葉巻を、サクラコの顔の前へ突き出す。灰が紅茶に落ちる。
「パパ! サクラコさんはぼくの友達ですから。今日は国王のお使いでもありませんし!」
宥める息子。
「ダーメ! ソレフガルドくんの関係者はみーんなキライ! 私はこの町を発展させて、城下町に取って代わるのヨ。王さまを越えた王さまになるのサ!」
「何をなさるおつもりなの?」
町長が発言するたびにサクラコの神経が逆撫でられる。
「アンタ、私を悪人かなんかと勘違いしてなぁイ? 別に城下町を滅ぼそーとか考えてないヨ?
単純に人的、経済的、技術的に大きな差を付ければ、勝手にそうなるのヨ。
王の肩書きが無くっても、外国はこの町のほうを重視するネ。あっちの努力不足ってダケ。
まあ、結界を張る為に魔力を使っちゃってるソレフガルドくんには、魔導技術で町を発展させることなんてトーテイ無理だと思うケ、ド、ネ!」
高笑いするタコワ。街を行く人々が町長に気付いた。
すると彼らはお喋りをやめたり、歩を早めたりし始めた。
余談だが、街の住人は町長をリスペクトしてこそはいたが、個人的に友達になりたいかと言われると「ノー」とのことである。
「サ。帰るわよトキヤ! 城下の連中と付き合うと、田舎者がうつるネ!」
トキヤの腕を引っ張って立たせるタコワ。
「えっと……そういうわけで、ぼくはお店に帰りますね! 父が失礼しました!」
「こいつらに礼儀なんて要らないカラ、失礼じゃないヨ!」
立ち去るふたり、トキヤは振り返り振り返り、両手を合わせてサクラコたちに許しを乞うていた。
「ちょっト、ジョン!? 何ボサっとしてるの? アンタも来るノ!」
ぼろ布をまとった男が慌ててついて行く。彼も一度、こちらを振り返る。
「ジョン! 返事しなさい!」
「ワ、ワン!」
ジョンはなぜか犬の鳴き声で返事をした。
* * * *
* * * *
宿に帰った一行。待合室で頭を寄せ合い、不満を交換し合う。
「あんっっっの、クソジジイ! ホント、ムカつくヤロウね!」
床を何度も踏みつけるユクシア。
「トキヤさんと結婚しなくてよかったわ! あんなのが義理の父親になったら私、親殺しになっちゃうわよ!」
「ほんと、ユッカはよく我慢したね。あたし、隣のテーブルで知らん顔してたけど、それでも腹が立ってしょうがなかったわ! あんなのは燃やしちゃっていいんじゃない?」
ベティも御立腹だ。
「トキヤさんも変わった人だったね。綺麗だったけど……」
アレスが呟く。いまだちょっと惚けているようだ。
「勇者クン、まだそんなこと言ってるの? まあ、あの子はそんな悪い人じゃないし、美人だとは思うケドさ……」
首を傾げつつもベティは賛同する。
「わたくし、あの町長ほどいけ好かないかたにお会いしたことはございませんわ!」
サクラコも鼻から息を吐く。
今回もタコワの態度は、芯までのお嬢さまだったはずのサクラコを、メッキのお嬢さまに変えていた。
「……このぶんだと、マリアさんが心配ですわ」
タコワが去った後、マリアは教会へと先回りをしていた。街が違うとはいえ、近隣の教会同士、繋がりはある。
同胞が何か手荒い目に遭うのではないかと心配した彼女は単身、教会へと出かけて行ったのであった。
「タコワさんを心配したほうが良いんじゃないかな?」
アレスが力なく笑う。
「タコワさんも、魔術をお使いになられますわ。それもあまり好ましくない使いかたをされます」
いつかの晩、トキヤに掛けられていた魔術を思い出す。
「サクラコ、なんでそんなこと知ってるの? トキヤさんとも知り合いだったし、あの町長ともなんかあったの?」
訊ねるユクシア。
「それは……」
――!
宿の扉が乱暴に開かれた。現れたのはシスターマリア。
「あら、マリアさん。おかえりなさいまし」
マリアは無言で入ってきた。うしろ手に閉められた扉は大きな音を立てる。しかし、彼女は相変わらず細目の穏やかな表情のままだ。
「お姉さんご立腹だよ……!」
ベティはイスごと背を向けた。
「わ、私、お茶入れてくるわね! アレスも手伝って!」
ユクシアはアレスを連れて小走りに去る。
「……」
サクラコの向かいのイスへ身体を落とすマリア。イスの足が床を叩く。
――沈黙。
サクラコはテーブルの上に置かれたマリアの手に触れる。触り返すマリア。
さらに一拍。
「……いかがでしたの?」
ようやくお嬢さまが口を開く。
肩を震わせるマリア。彼女の周りの気温が心なしか上昇する。
怒り出すと思われたマリアだったが、なんと彼女はさめざめと泣きだしてしまった!
シスターは涙ながらに経緯を語り始めた。
タコワの町にある教会に先回りしたマリアは知り合いへの挨拶もそこそこに、タコワ町長の企みと来訪を知らせた。
苦虫を噛み潰したような顔をする隣町の神父。
若い修道士は机を叩き、何人かの修道女は泣き出してしまった。
タコワ町長の来訪は初めてではなかった。彼はこの何か月間か、繰り返し教会に訪れていた。
もちろん、お祈りや治療に訪れたわけではない。
来訪を始めてしばらくの彼の態度は確かに“お願い”に過ぎないものだった。
背後にごろつきを従えるわけでもなく、彼らしいイヤミを言うわけでもなく、本当にただのお願い。
せいぜい、街についての世間話をするくらいだ。教会は“お願い”を丁重に断り続けた。
しかし、そのうちに教会の参拝者や利用者が激減し始めた。
教会の近所に「無料の治療施設」ができたのだ。
そのうえ、粗末ながら軽食やベッドの利用も解放されているもので、教会の行っている奉仕活動と同等のものであった。
内容が同等であるなら、信心や親しみの差で教会に軍配が上がるはずだ。
だが、じつは教会は財政難に陥っていた。問題はタコワの町が発展していたことにあった。
発展に付きまといがちな貧富の差の拡大。それに地価や物価の高騰。今やタコワの町のそれは城下町を大きく上回っていた。
教会は住民からの寄付と城からの援助金で何とかやっていた。
町の物価は上がるが、城からの援助は固定。
こう言ってはなんだが、利用者は町に納得できない貧乏人か怠け者ばかりで、サイフにも心にも余裕がない。
彼らは強制ではないにしろ、寄付が必要な教会に助けを求めることはしなかった。
懐の寂しい者が相手とはいえ、利用者が減れば寄付も減り、教会の奉仕の質や頻度も低下する。
それがさらに利用者を減らし……。という負のスパイラルだ。
証拠は無いが、この競争の激しい町で無料の施設を作れる人間などそうは居ない。
彼の“お願い”は変わらなかったが、世間話は無料の治療所の話が増えた。
もはや教会は首根っこを掴まれた状態だったのだ。
そして、此度のタコワ町長の来訪。教会の面々とシスターマリアが同席していた。
「教会の運営はとっても苦しイみたいネ? 何だったら私が助けてあげてもいいけド? たったふたつ、条件さえ飲んでもらえば良いヨ! 損はさせないネ!」
“お願い”の変化。
町長の出した条件はこうだ。
城からの援助を断ること。そうすれば町長が自ら、町の物価に合わせた金額でかつ、以前よりも高額でサポートをする。
治療を有料にして少額でも良いから全員から徴収すること。そうすれば近所の無料治療所を町長の権限で畳ませる。
教会は善意であり慈善だ。運営者の食い扶持と、家である教会の維持さえできればそれでいい。
決して金儲けのための施設ではない。強いて言うなら、人々と幸せや感謝を共有することが対価である。
彼の出した条件はそれの否定であり、条件を飲むことは教会の死だった。壁の色よりも重大な問題だ。
当然、断っても運営が立ちいかなくなり、何もしない教会への信者も居なくなり、やはり最後は滅びるだけである。
仮に国へ助けを求め、城が多額の援助をしたとしても一時しのぎに過ぎないし、物価の差により王城の財政にダメージが行くばかりだろう。
タコワはソレフガルド国王が嫌いだ。人生をかけて憎んでいる。
当然、その憎悪は関係者にも及ぶ。国からの援助を受けている教会もそれだ。
貧困者を助ける教会。それが自業自得や努力不足が原因の貧困であっても、教会は助ける。
対してタコワは実力で身を立てた努力家だった。それはそれで好かないのだろう。
町の絶対者。教会自体はいつでも潰すことができた。わざわざ“お願い”に出向く必要などない。
――でも、楽しイじゃン? 徐々に壊れていくさまを見るのはサ!
けっきょく、教会は再び“お願い”を断った。この状況下でもボランティアや寄付がゼロというわけではない。
同じ死なら慈愛の心を持ったまま殉じたかった。これが最後と、神父はじめ教会の者たちはタコワ町長に向かってそう語った。
すると、タコワはさも感動したという態度でこう言った。
「素晴らしいネ! 私、感動しちゃったヨ! 無料の治療所に掛け合って、活動をやめるように言うネ!」
嘘ではない。町長は本気で治療所を畳むつもりだ。この話に一部の修道士たちは喜んだ。
だが、神父とマリアは町長の真意に気付いていた。
現在、教会が抱えている利用者は信心を忘れていない。苦しいながらも教会の助けになろうとしてくれている。互いに信頼と愛を寄せる仲だ。
いっぽう、治療所のほうになびいた人間。信心も無ければ寄付も期待できない輩。
当然、教会はそういった者に対しても公平に開かれてはいるが……無料のサービスになれた彼らが今更になって、教会に戻ってくるとどうなるか、分かるだろう?
最後にタコワ町長は「また観に来るネ」と言った。
「私、何もできませんでした! 悔しくって!」
テーブルに顔を伏せるシスターマリア。背中をさすってやるサクラコ。
普段、修道女の長を務めるマリアがこういった姿を見せることは無い。
アレスやユクシアは茶を置き彼女のそばに座り、ベティもイスの向きを直していた。
宿屋の扉が開く。
「ただいま戻りました! あれ? みなさん、どうしたんです?」
明るい挨拶と共に、兵士が帰ってきた。
「ちょっと! あんた空気読みなさいよ!」
ユクシアが咎める。
「ええ……そんなこと言われても……。そうそう、サクラコさんに手紙を預かってまして。親展ですって」
手紙を手渡す兵士。
サクラコは手紙を開くが、こちらの世界の文字は読めない。招待状の時と違って、魔法仕掛けの映像なども無いようだ。
「困りましたわ。わたくし、こちらの世界の文字には疎くって」
「親展って言ってましたからねえ」
鼻を掻く兵士。
「どちら様からのお手紙でしょうか?」
「綺麗な女性のかたでしたね。でもどこかで見たような……」
首を傾げる兵士。
「きっと、トキヤさんですわ。ユッカさん、この手紙、読んでいただけませんこと?」
「いいの? 変なこと書いてあったりしない?」
「結構ですわ」
ユクシアは手紙を読み上げる。短い文。
――あの夜の事は覚えています。明日、会ってお話しできませんか?
「えっ!? サクラコ、トキヤさんとそんな関係だったの……?」
一同の視線がサクラコに集まる。
お嬢さまはため息をついた。いろいろな色を込めて。だがその色は一様に暗いものだ。
サクラコは前回の来訪時の夜に起こった出来事を、洗いざらい話すことにした。
* * * *
* * * *
タコワの悪態、剣の柄、スミスの協力、トキヤに仕込まれていた魔術。そして、事後に“タコワと私兵にだけ掛けられた”記憶消去の魔法。
宿の広間を借りて夕食をとりながらの説明。
「へえ、あたしとオヤジが打った剣にそんな経緯があったなんて」
「ボクも初めて知りました」
剣の持ち主と作り手が感心する。
「サクラコって、あっちこっちに噛んでるのね……。まあ、町長の事がダイキライなのは分かったわ」
ユクシアがお嬢さまを眺める。お嬢さまの説明には、ときおり「彼女らしくない表現」が含まれていた。
「トキヤさんに掛けられていた魔術が気になりますね。いまだそのままなのでしょうか? 彼は悪い人には見えませんでしたし」
頬に手を当て、仇の息子を心配するマリア。
「どうかしらね、その手の古代魔術って効力の長いのがお約束だから。問題は手紙ね。サクラコと会って何を話すつもりなのか。手紙を出した時の彼は“どっちの彼”なのか」
ユクシアがフォークを噛みながら言う。
「とにかく明日、トキヤさんに会ってお話を伺ってみますわ。もしかしたら、お父様の事や教会の事とご関係があるかもしれませんし」
「私も行くわ。このぶんだと、何が起こるか分かったもんじゃないし。マリアさんも、来てもらえるかしら」
「ええ、もちろんです」
「ボ、ボクも!」
アレスが立ち上がる。
「アレス、あんたは来てもしょうがないわ」
突然の戦力外通告。
「ええ!? どうして!?」
「あんた、街中や屋敷の中で戦闘できるの? 力加減ヘタクソじゃない」
「そ、それはユッカも同じだろ!」
「私はちゃんと手加減できるわ。なんならあのクソオヤジのケツの穴だけ丸焦げにしてやってもいいわよ!」
舌なめずりする魔法使い。
「ユッカさん、はしたないですわ」「ユクシアさん、お言葉が」
同時に注意するサクラコとマリア。
「ご、ごめん。それに、大勢でぞろぞろ出向いて何かあってもいけないし、かといってベティをひとり残すわけにもいかないじゃない」
「そうよ、勇者クン。あたしを守らないと!」
ベティが偉そうにする。
「分かったよ……」
女性陣に押された勇者はしおれてイスに座り直した。
「あ、あの。私の事、忘れてませんか?」
テーブルの隅で兵士が呟く。
「なんか、あんたって間が悪いのよね……。どうしよう、おじ……国王さまに報告したほうが良いかしら?」
「今から急いで行って戻れば、昼までには戻れると思いますけど」
「でも、兵士クンに戻ってもらってどうするのさ? 女装の彼が何を考えてるのかまだ分からないんでしょ? それに、教会の事だって、王さまに言っても一時しのぎにしか……」
言いかけて口を紡ぐベティ。
「そ、その私はできればこちらに残りたいですね。用事が残ってますし……」
「はあ? 用事? この期に及んでそんなこと言うの? もういいわよ。好きにしたら」
ユクシアがフォークを皿に投げ出す。
「とにかく、今日は解散。さっさと寝て明日に備えましょ!」
* * * *
* * * *
深夜、サクラコは横になりながら窓から月を眺めていた。
今夜は満月だ。月白の光が冷たく街を照らしている。長く見つめていると、布団の中でも身体の冷える思いがした。
サクラコは天井を見上げる。
せっかく異世界に気晴らしに来れたと思ったのに、二日目にして不快な出来事にぶち当たってしまった。
それも、現世の意地悪女子など比較にならないほどにいけ好かない男に。
いつかの夜ように長い溜め息を吐く。いつかの蛾や埃っぽいランプは無く、女子の友人三人の寝息がそれを受け止めた。
「サクラコさん、起きていらっしゃりますか?」
隣のベッドから修道女の小声が届く。
「起きておりますわ」
「先ほどはお見苦しいところを見せてしまって、申しわけないです」
「お気になさることはありませんわ」
マリアのほうへ寝返りを打つサクラコ。マリアもサクラコを見ている。
「トキヤさんのお話次第では、教会ももしかしたらお助けいただけるかもしれませんわ」
お嬢さまは傷心の修道女を慰める。
「……町長のやっている事に違法性はないでしょう」
目を伏せるマリア。月明かりが彼女の目元を光らせる。
「それは教会の事に関しては、ですわ。あのかたならどこからか煤が出るかと存じますわ」
サクラコはタコワ町長の本性を知っている。息子にしていた非人道的な行為も。彼女は内心、「必ずしっぽを捕まえてやる」と息巻いていた。
「あら?」
マリアが声をあげる。
「どうかなさいましたの?」
「今、窓の外をトキヤさんが通ったような」
「トキヤさんが?」
起き上がり、窓の外を見るサクラコ。トキヤの姿はなかったが、変わりに見知った少年の背中が通り過ぎるのが見える。
「アレスさんがいらっしゃるわ」
「アレスが? アイツ抜け出してどこに行く気かしら」
サクラコの肩にユクシアが被さる。
「トキヤさんとふたりとなると……」
口をつぐむサクラコ。
「ウハウハハーレムに違いないわね」
ユクシアはサクラコから離れると魔女の三角帽子を被り、杖を背負った。
「追いかけるわよ、ふたりとも!」
三人は寝息を立てる細工師を起こさないように静かに部屋を出る。
隣の部屋は扉が開け放ちになっており、覗き込むと誰も居ない。
「ちょっと。あの兵士も居ないじゃないの。あいつらふたりしてスケベったらしい店に行こうっていうの?!」
小声で騒ぐユクシア。
「ユッカさん落ち着きなさって。ともかく、おふたりのあとを追いましょう」
男たちの姿はすでに見失っていたが、行先の見当はついている。女性陣は夜の街を小走りに進んだ。
以前の夜とは違い、街は明るかった。魔法仕掛けの文字看板が眩しい光を湛え、いまだに店が営業していることを知らせている。
くだんの店も同様に明かりがともっていた。しかし、扉の前には何やら道を塞ぐように看板が立てられている。
「“貸し切り中”だって」
ユクシアが読み上げる。
「扉にも鍵がかかってますね」
マリアが頬に手を当てる。
「大丈夫、任せて。鍵開けの魔法なら得意だから」
袖を捲るユクシア。
「ユッカさん、そんなお器用そうな魔法をお使いになられるの?」
「私の鍵開けに器用さなんて要らないわ」
そう言うとユクシアはドアノブを掴む。ドアノブが白熱し、湯気をあげる。ノブと鍵はあっという間に溶け落ちてしまった。
「ね?」
ウィンクするユクシア。
「ね? じゃありません! これではあとで見つかってしまいます!」
マリアが小声で叱る。
「今見つからなきゃ、いーのよ。溶けたところに触らないように気を付けてね」
扉が開かれる。
廊下は灯りが少なく薄暗い。彼女たちは忍び足で進む。
お手洗いの前を通り過ぎる。耳を澄ますが、中に人の気配は無い。
廊下の先には両開きの大きな扉があり、隙間から光が漏れている。
「中に誰かいるわね。鍵も掛かってない」
でばがめの乙女たちが扉に耳を当てる。
聞こえてくるのは小鳥のさえずるような、トキヤの声。
――さあ、勇者さま。こちらに来てください。
――大丈夫、楽にしてください。痛くしませんから。
――そう、いい子ですね。邪魔な服も脱いでしまいましょうか。
「ちょっ、ちょっと待ったーーーっ!」
扉に身体を預けていたサクラコとマリアがひっくり返りそうになる。
勇者のフィアンセは立ち上がり、両手で思いっきり扉を開いていた。
* * * *
* * * *




