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第3話 ビビッてねーし。

 

 雅臣が自分の腹の虫を確認してから、健に声をかけた。


「う――ん。なんか腹へらね?」


「そだな。んじゃ、俺、軽トラ返すついでに晩メシ買ってくるわ。何がいい?」


「コメなら何でもいい。任せる。」


「ウィ――ス」


 右手を上げたまま、健が車のキーを持って部屋を出て行った。


 一人になった雅臣が改めて新居を見回してみる。家賃は3倍になったが、築2年なのでまだまだ綺麗で新しい。なかなかいい物件で満足していた。何より“ここは出ない!”と健のお墨付きである。


 荷解きも前のアパートの近所なので、移動時間が少なかったせいか大半が片付いていた。多少は散らかっているけれど、生活するのに問題が無いぐらいまで済んでいる。



 一服するか。



 ベランダに出てタバコに火をつける。紫煙をくゆらしていると、昼間の騒ぎが思い出された。



 怖い思いさせちゃったな……。



 あの後、パニックに陥った理佐をやっとの思いで部屋から連れ出した。外でしゃがみ込んでしまった理佐は、青ざめた顔でしばらく震えがとまらずにいた。正直に話しておけばよかったかな……と反省する。いや、それよりも、もっと早くに引っ越しておけばよかったと後悔した。


 その後、しばらく経って理佐もなんとか落ち着きを取り戻してくれた。店に送って行く為、雅臣がひとりで部屋に戻って散らばった彼女の荷物を集めた。理佐がパニックを起こしたときにカバンを掴んで振り回したのだ。たぶん幽霊を追い払いたかったのだろう。化粧品や財布などがあちらこちらにばら撒かれている。その惨状を見て、さらに申し訳なく思った。



 理佐、大丈夫かな……。



 店に着く頃には笑顔も取り戻していたが、それでも無理していたように見えた。

 そうだ、メールを入れておこう。そう思ってタバコの火を消し、室内に戻る。



 ケイタイ、ケイタイ……あれ、どこやったかな。



 散らかった部屋を見回して、携帯を探す。ところが雅臣の目には携帯とは違う別の物が目に留まった。



 あ、ヤベ。 忘れてた。



 新聞の塊を持ち上げ包装を解く。中から写真立てがでてきた。頼んでもいないのに父親が突然送ってきた物だ。笑顔の母親がこちらを見つめてくる。健在でいるなら即、送り返しているのだが、この世にいない人なので無下に扱えないでいた。一応、部屋に飾っているのだが、見張られているみたいで悪い事一つできやしないと雅臣がいつもぼやく。


 そっと棚の上に置いて、手をあわせた。



 ……引っ越し、お疲れ様でした。



 労いの言葉をかけて、携帯探しに戻る。すると、パタンと音がしたので思わず振り返った。飾ったばかりの写真立てが倒れたのだ。雅臣の頭の中に小さな疑問符が浮かぶ。それでも、とりあえずそれをもとに戻した。


 と同時に、窓辺のカーテンがふわりと浮き上がる。……窓は閉まっているのに。


 雅臣は思わずごくりと唾を飲み込んだ。霊感は無くとも、嫌な予感ぐらいは感じられる。



 まさか。……嘘だろう。



 緊張が高まったその瞬間、デジタル音が部屋に鳴り響く。同時に雅臣の心臓がきゅう!っと縮まった。音源に目線をあわすと鳴っているのは携帯電話だ。呼び出し音である。



 な、なんだ! びっくりさせるなよ!



 安心したのもつかの間、雅臣は直ぐに青ざめた。鳴っているのが、今は使っていない古い携帯電話だったからだ。しかも自分の知らない着信音である。



 え……なんで鳴ってんだよ……。



 恐怖に慄きながらも、雅臣は勇気を出して携帯の小窓に表示された文字をのぞく。



 ……公衆電話?



 微妙な表示内容に躊躇ったが、意を決して携帯を取り上げ、通話ボタンを押す。そのまま恐る恐る携帯を耳に当てた。


(もしもし?)



 アレ……この声は



「理佐?」


(そう!……ああ、よかった。携帯無くしたかと思ったの)



 あ! もしかして、この携帯



(それ、私の携帯の方なの。間違って雅臣くんの前の携帯、持って帰ってきちゃったみたい)



 そうか。 あの時、間違えて俺のケイタイをカバンに入れたのか!



 昼間の慌てふためいた自分を思い出す。雅臣の前の携帯と理佐の携帯は同じ機種の物だった。雅臣が前の携帯を処分できなかった理由が、理佐と揃いだったからという事もついでに思い出す。“ケイタイ、同じ機種ですね”と理佐に話しかけるきっかけを作ってくれた大事なアイテムだったのだ。


「ごめん! 俺、間違えて入れたんだ。……マジごめん」


(ううん。あの時、いろいろあったから。私こそごめんね。……迷惑かけちゃって)


「いや、理佐は悪くないよ。 あの部屋そういう部屋なんだ」


(え? そうなの?)


「うん。……だから引っ越したんだ」


(そっか。 そうだったんだね)


「ホントごめんな。 あ、それより、ケイタイないと困るよね」


(うん、すごく困る)


「俺、理佐の部屋まで持って行くよ」


(あ、私が取りに行くから。片づけ大変でしょ)


「大丈夫。もう終わりだし、今から持って行くよ」


(待って!!)


 理佐の口調が思いの外厳しかったので、雅臣は躊躇ってしまった。


(ご、ごめんなさい。……でも、私、もう家の外だし。ついでに取りに行くから、待ってて)


 そう言って、返事も待たずに通話が切れた。どう考えても電話の口調は部屋に来て欲しくない感じだった。これまでも雅臣は理佐の部屋に入った事がない。それどころか部屋の前まで送ったこともなかった。実家を出て一人暮らしをしているとは聞いていたが、何か部屋に来られたら困る事でもあるのだろうか? そんな事を勘ぐってしまう。


 心持ち嫌な気分になった雅臣は、そんな気持ちを払拭する為、タバコを吸いにベランダへと足を向けた。すると自分の小さな思い込みに気が付く。閉めたと思い込んでいた窓が、少しだけ開いていたのだ。



 あ、なんだ。やっぱ、気のせいかよ。



 カーテンが動いたのは風が吹いたのだろう。雅臣は少しホッとしたのと同時にドキドキした自分が恥ずかしくなった。振り返ると、写真の母親と目線が合って気まずくなる。


「べ、別に。ビビッてねーし!」


 意味もなく独りごちた。



読んでくださってありがとうございます。

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