第2話 出た!?
ホントに度胸のないヤツだ。
ブツブツと文句を言いながら、雅臣が引越の荷造りを進めていた。先日、早々に新しい部屋を見つけてくれた健だが、今日は手伝うと言ったわりに全く部屋に入って来ようとしなかった。
「荷物は運ぶけど、この部屋に入るのだけは絶対嫌だ!! 取り憑かれたらどうしてくれる!!」
そう言って健は、朝から玄関口にすら足を踏み入れようとしないのだ。
「ビビリはヤダヤダ。 ……昼間なんだから出ないっつうの」
棚を動かしながら、自然に悪態をついてしまう。
「え? 何? なにか言った?」
声が大きかったらしい。開け放したドアの外から健が中を覗きこむ。
……地獄耳か?
ごまかすために、話題をすりかえる事にする
「あのさ!」
「なに?」
「古い携帯って、何か使い道がないのかな?」
棚の陰から見覚えのある携帯がでてきたのだ。最近買い替えたばかりで、これはその前の機種だ。
「はあ? そんなの機種変のときに、ショップで処分しておくべきだろ」
「そうなんだけど……。 結構きれいだし。 これ」
健に見せる。
「使えないのに、意味わかんないよ。 貧乏人か?」
「貧乏人だったんだよ」
「医者の息子のくせに」
「うるせ!」
何も知らないヤツに言われるとムカっとするセリフだが、健は幼なじみなだけあっていろいろと事情を知っている。だからこそ、敢えて揶揄するように“医者の息子”を使ってくるのだ。だから、雅臣もこれ以上は突っ掛からないようにしていた。
使い道のない携帯を投げ出し、腕時計を見る。昼の1時をとっくに過ぎていた。道理で腹が減る訳だ。作業も昨日の夜から荷造りしたおかげで、3分の2は片すことが出来た。もともと荷物も少ないし、ひと休みしても構わないだろう。
作業を中断して充電していた携帯を手にとり、健に電話する。外にいるのはわかっているが大きな声で呼ぶのも何だと思ったからだ。
理佐のところで飯でも奢ってやるかな。
理佐は雅臣の恋人で、付き合い始めて三月ほどが経つ。といっても、何かと忙しい彼女なので、二人きりで会える回数が極端に少なく、そのせいか気持ちはまだまだ付き合いたてから抜け出せていない。
だからなのか雅臣は、何かと理由をつけて理佐がバイトする近所の定食屋に入り浸る。出会いももちろんその定食屋だったので、何となく店の大将も公認してくれていた。引越先を近所にしたのも、この定食屋に通い続ける為だ。
雅臣が彼女を好きになった理由は、雅臣と同じ苦労人の影があったからだ。普段は笑顔のイメージが強い彼女だが、時折見せる疲れた表情が雅臣の守ってあげたいという感情に火をつけた。迷わずすぐに告白したのだが、いい返事をもらうのに三ヶ月もかかった。出会ってから併せて半年が過ぎたワケだが、雅臣は結婚を前提に付き合い始めたので、もうすでにプロポーズも考え始めていた。
「健、大黒屋で飯にしようぜ。奢ってやるからさ」
通話がつながって直ぐに雅臣が提案する。
(あのさ、理佐ちゃんが差し入れ持って来てくれたんだけど)
「え? マジで!!」
慌てて窓から顔を出して外を見る。雅臣の部屋は2階なので見下ろす形で二人の姿が見えた。今日、部屋を引越すことは彼女に告げていた。バイトが休めなくて手伝えない事を酷く詫びていたから、気を遣って覗いてくれたのだろう。七月の青い空の下、軽トラの側で手を振ってくれる理佐に、雅臣のテンションも一気に上がった。
「上がっておいでよ!」
通話中にも拘わらず、大きな声で呼びかけてしまう。ちょっと嬉しかったからだ。
「はーい」
返事を聞いてすぐに部屋に戻る。散らかった小物類を足で端に寄せた。行儀が悪いが時間が無い。とりあえず三人が座れるスペースを確保する。 しばらくすると、入り口から理佐が顔を覗かせた。
「こんにちは」
笑顔が可愛い。そう思ってしまう雅臣は、まさに理佐にベタ惚れだった。
「あ、散らかってるけど、上がって」
「お邪魔します」
大きなバスケットを抱えて理佐が部屋に入ってくる。しかし、その後ろに健の姿が見えない。
「あれ? 健は?」
「うん。なんか、車で食べるって……」
困惑した顔で理佐が雅臣に告げた。
……アイツ。どうしても部屋に入らないつもりだな。
「もしかして、鈴木さんと喧嘩でもしたの?」
どうやって部屋に呼び込もうかと雅臣が思案していたら、心配げに理佐が聞いてきた。
「あ、いや、アイツ……」
お化けがダメなんだよ。と思わず言ってしまいそうになった雅臣だが、寸でのところでセリフを飲み込んだ。これから引越すと言っても、お化けが出るような部屋に彼女を招きいれたなんて知られない方がいい。もちろんこの部屋に彼女を招くのは初めてだった。
「き、気を遣って、二人きりにしてくれたんじゃない? 健、バカだから」
「友達なのに、そういう言い方よくないよ」
笑いながらだが、理佐が雅臣を窘めた。
「ごめん」
素直に謝る雅臣は、同い年の彼女を年上のように感じていた。理佐は周りから見ても、とてもしっかりとした女性で、明るくていつも笑っているからだろう。できれば自分がもっとリードして守ってあげたいと思うのだが、そうそう上手くいかなかった。もっとしっかりしなければと改めて心に誓う。
理佐がバスケットを開くと、個別にラップで包まれたサンドイッチが入っていた。見た目も華やかでとても美味しそうだ。いや、もともと料理が得意だと言っていたので間違いなく美味しいはずだ。早く結婚して理佐の手料理を毎日食べたいな……などと妄想してしまうのが、すでに雅臣の習慣になっている。
「昼休みに抜けてきたから、あんまりゆっくりできなくて……ごめんね」
理佐が携帯を取り出して、時間を確認しながら謝る。雅臣は、休み時間にわざわざ来てくれたことだけで感謝でいっぱいだった。
「こっちこそごめん、忙しい時間に。……大将に怒られなかった?」
「うん。大丈夫。逆に早く行ってやれってうるさかったぐらい」
にっこり笑った理佐に、胸をなでおろす。 もちろん大将にも感謝だ。
「あ、飲み物、アイスコーヒーにしたんだけど ……なんだかこの部屋、肌寒くない? ホットにすればよかったかな?」
缶コーヒーを並べながら、理佐が身震いする。
まさか……出た!?
そう思って辺りを見回すが、もともと雅臣は霊感が無いので、アレがいるかどうかがわからない。 仕方がないから “頼む! 出ないでくれ!” と心の底から願う。
「一緒に食べてもいい?」
「もちろん!」
笑顔で答えたが、気が気でない。それでも、それ以上理佐が何かに気付く様子もないので、とにかく二人で食事を楽しむ事にした。この際、健の事も放置しておく。
「ところで、急にどうして引っ越す事にしたの?」
その質問に、雅臣は口に入れたサンドイッチが喉に詰まってむせ返った。
「大丈夫!? 雅臣くん!」
慌てて理佐が背中をさすってくれる。なかなかタイムリーな話題を聞かれて返事に困った。お化けが出るからなんて絶対に言えない。 ……にしてもまずい角度に入ったらしく、涙が出るほど苦しい。コーヒーをもらって飲み下し、呼吸を整えた。 ……と同時に聞き慣れた嫌な音が耳につく。
え? うそだろ。 昼間だぞ。
理佐にも聞こえているらしく、顔が青ざめている。 しかもラップ音は音量を増して二人を襲ってきた。 理佐と目を合わした途端
「キャ――――!!」
悲鳴をあげて彼女が後ずさった。
「理佐!!」
慌てて彼女を守ろうと、雅臣が手を伸ばした。しかし、さらなる悲鳴を上げてその手が拒絶される。
「イヤぁ――!!」
「ど、どうしたの!?」
「ま、雅臣くんの後ろに!!」
理佐が真っ直ぐに指をさしてくる。
「女のひとがいる!!」
マジで――――!!!!
雅臣が慌てて振り返る。
しかし、どう目を凝らしても視線の先には、リンゴのついたパソコンしか見えなかった。
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