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第1話 引っ越したい!!


 ああ、また始まったのか。


 雅臣(まさおみ)はベッドの中で、すでに聞きなれた音を耳にしてそう思った。耳の奥にキ――ンとした高音が断続的に響く。先ほどから部屋の何処かで鳴っているのだ。耳鳴りではない。いわゆるラップ音である。この現象が起こるようになって、すでに一週間が経過しようとしていた。


 それでも我慢できない程のことでもない。しばらくすれば耳も慣れて、気付けば睡魔が雅臣を連れて行ってくれるからだ。


 雅臣は自分で言うのもなんだが、全く霊感が無い。十代の頃はふざけて、友達と心霊スポットや廃墟などに好んで行った。泣いてガタガタと友人が震え上がる中、一人平然と写真を取り捲っていたのをよく覚えている。それでも雅臣は、霊が視えるどころか心霊写真一枚、撮れた例がなかった。


 しかし、そんな無に等しい霊感の持ち主にすらラップ音が聞こえてくるのだ。いかにこの部屋がすごいのか改めて感心する。


 さすがに引っ越したほうがいいのかな……。


 ワケあり物件と知ってて入居して6年目。特に困った怪奇現象を経験する事もなく、超格安の家賃が魅力で住み続けているが、学生の頃は未だしも、社会人となってそれなりの給料をもらっている今、ここに住み続けているのもどうなんだろうか……と思い始めていた。ラップ音が聞こえるようになってからはひとしおである。


 (たける)が居たら、即行で失神するんだろうな。


 この部屋を見つけてくれた鈴木健は、雅臣の幼なじみであり、幼稚園より前からの腐れ縁であった。彼は雅臣とは真逆で異常なほど霊感が備わっており、無理やり連れて行かれた心霊スポットで1番に泣き出し、まったく動けなくなるタイプであった。彼曰く、あちらこちらに見てはいけないモノが視えるのだそうだ。


 雅臣がそんな昔の事を思い出しながら、音にも慣れてウトウトし始めた頃、突然それが襲ってきた。


 胸が異常に苦しくなったのだ。何かが胸に乗ったかのように重く圧し掛かかってくる。息が苦しいし、体の自由も利かない。雅臣は、一体自分に何が起こっているのか、全く理解できなかった。ただただ、初めて経験する恐怖に身を委ねるしかなくなっていたのだ。背筋が凍るように寒くなっていく。



 ……俺 死ぬのか?



 頭に不吉な事がよぎった瞬間、突然体が自由になった。


 とにかく自由を取り戻した体を起こして咳き込んだ。荒い息を整える。 少し落ち着いたところで周りを見まわしたが、いつもと何も変らない自分の部屋だった。 ……気がつけばラップ音も消えていた。


 雅臣は、さらに自分の体温が失われて行くように感じて、思わず身震いしてしまった。




 * * *




「それ、金縛りだから」


 健は雅臣が予想していた答えをそのまま口にする。


「やっぱり……」


「っていうか、あの部屋はいるって何度も言ってんじゃん。今更苦情を言われたって困るんだけど」


「いや、そうなんだけどさ……」


 不動産を仲介している健に、苦情を言うつもりはない。ワケありと知ってて入居した身だ。

 それよりも納得が行かないのだ。丸五年も住んでて何にもおきなかったのに、どうして今さら出て来るんだろう。 雅臣はそういう疑問を健にぶつけてみた。


「だから! 何十年も前から、あの部屋には霊がいるんだって! しかも、すっごいのがウジャウジャと!」


 力を込めて答える健。よほどあの部屋が怖いのだろう。


「だいたい、これまでの雅臣が鈍感過ぎたんだよ! ちょっとは霊感がついたんじゃないの?」


「そうなのかな……」


 いまひとつ納得ができない雅臣だったが、今日の相談内容はそれがメインではない。


「で、引っ越すんだよね?」


 念を押すように健が聞いてくる。


 頷いて答えた。しかも、雅臣は出来るだけ早く引っ越したいと思っていた。


 雅臣は、金縛りの初体験より以降、その恐怖に毎晩怯えるようになっていた。それほど彼にとって、衝撃的体験だったのだ。その後の十日間、二度目の金縛り体験こそなかったものの、なるかもしれないという恐怖に囚われ、雅臣は睡眠障害を起こしていた。すでに目が窪んで病人だと会社で言われている。今思えば、よく十日も我慢できたなと感心しているほどだ。


 それというのも雅臣は、大人になってもお化けを怖がる健に対し、鼻で笑いとばしてきたふしがあった。今更自分も怖いなどとは、さすがに言い出し辛かったのである。 しかし、雅臣の体力にも限界がきていた。 たとえ健に笑われようと引っ越しを敢行したい。やはり金縛りは怖いのだ。 そういう切実な願いを持って、雅臣は鈴木不動産にやってきていた。


「頼む! 引っ越したい!! でも、できれば近場がいいんだ。家賃は上がってもいいからさ。……あと、曰くのない部屋で頼むよ」


 いちばん最後のセリフは小声になってしまった。健が笑いを堪えながらパソコンを操作し始める。 笑われても構わないと思っていたが、実際笑われると悔しいものだ。雅臣はジロリと健を睨んだが、彼は気にも留めていない様子だ。


「雅臣。 お前、あの部屋に五年も住めるんだから ……もうどこにだって住めるぞ」


 褒められていない事だけは、雅臣にも分かった。



読んで下さってありがとうございます。

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