第十三話 信じろ
――三日目――
「――わぁっ! ……あれ?」
気がつくとツルギはホテルの布団の上に寝ていた。
外は明け方で、日の光が少しだけ顔を出している。
そしてアレイシスとフォーティンスの二人はまだ寝ている。
(これ、俺が起きた時と全く一緒だ)
そう、この光景はツルギがホテルで目を覚ました時と同じだ。
外の明るさも、寝ている二人も、外出する前にトイレに行ったはずだが、今は尿意があることも。
まるで何もなかったかのようだった。
(でも、記憶はちゃんとある。あれは……女神様と出会ったのは、偽物なんかじゃない)
だが女神と出会って、会話をした記憶は鮮明に残っている。あの体験は夢なんかじゃない、本物だった。
「……」
ツルギは寝ている二人をじっと見る。そして決心する。
(一回、アルネブさんのところに戻ろう。戻って、分かったことを伝える、あと女神様のことを聞いてみよう。何か知ってるかもしれない)
ツルギは一旦、アルネブの基地に戻ることに決めた。
今回で得た情報を伝えるため、これからの行動を話し合うため、女神について聞くためなどたくさんある。
「……すまん二人とも。行き当たりばったりで」
ツルギは二人を起こさないよう、小声で謝罪した。
机に座り、置き手紙を書いた。
『すまん、早く起きてしまった。申し訳ない。ロビーで待ってるから、身支度整えたら来てくれると助かる。
アサヒ・ツルギより』
「……っと、こんなもんでいいかな」
そして手紙を書き終えたツルギは身支度を整え、静かに扉を開けて、そっと閉めた――。
――
「おっ、いたいた。おーい」
「あ二人とも、おはよう」
ツルギがロビーで数十分ほど待っていると、アレイシスとフォーティンスが階段から降りてきた。
「おはよう。ツルギは体調の方は平気か?」
「ああ、見ての通り絶好調だ。こんな俺だけど回復は結構早いみたいだ」
ツルギは万全の体調であることを伝える。
そしてあのことも、伝えなくてはならない。
「……実は、二人に話さないといけないことがあるんだ」
「?」
ツルギは遭遇した出来事を二人に説明した。
「――なるほど、あの女神様に出会って話を交わした、そして有力な情報をもらったと……にわかには信じがたい話だが……」
「ああ、女神様はこの世界で信仰されてる宗教上の人物みたいな存在だ。だから俺も最初は偽物なんじゃないかって思った。正直、今もまだ、少し疑ってる」
ツルギはまだ女神の存在を信じきれていなかった。
しかしツルギは、「でも」と言葉を続けた。
「俺はあの時の記憶が、頭の中に鮮明に残ってる。だから……少しだけ信じてみてもいいんじゃないかって思ってるんだ。……いや、信じてあげたいんだ」
本当のことを言うと、わからない。
あの美女が言っていたことも。
あの美女が本物の女神だということも。
事実が本当の事実であるかということも。
だが、少なくともあの表情は、本物だった。
嘘に塗られていない、真実を語る、純粋な顔だった。
ツルギはそれを信じてみたい。
「――俺は信じるぜ。女神ってのも、俺はいると思ってるからな。協力してくれるなら万々歳だ」
話を聞いて、最初に判断を下したのは、フォーティンスだった。そしてその答えは、OKだ。
「僕も、信じてみるよ。最初から疑うのは、やっぱり良くないからね」
それに続いて、アレイシスもOKサインを出した。
「二人ともっ、ありがとう!」
ツルギは最大限の感謝を示し、頭を下げた。
「……あと、本当に申し訳ないんだけど、もう一回基地に戻らないといけないんだ」
「はぁ!? またかよ、結構遠いんだぞ!?」
するとフォーティンスが憤慨する。
ここから基地まではかなりの距離がある。
やはり退屈な時間を過ごすのは苦手なのだろうか。
「すまない! アルネブさんにもこのことを伝えたいから……」
ツルギが理由を説明するが、フォーティンスは断固として納得しない。するとアレイシスが口を開く。
「あれ、そういえば、その腕時計って通信機能が付いたんじゃなかったか?」
「……え」
「そうなのぉぉ!?」
衝撃の事実に、ツルギは一瞬、時が止まった。
そして思わず叫んでしまう。
「ああ、カナリアのお見舞いに行ったとき、アルネブ様に腕時計を預かられただろ? そのときに聞いたら、情報を手に入れたら随時伝えられるように、通信機能を入れるとのことだそうだよ」
「そ、そうだったのか……」
(聞いとけば良かったなぁ!!)
ツルギはアルネブにこのことを聞いておけば良かったと強く感じた。
「でも、これで歩かなくて済んだな。本当よかったぜ、ったくよ」
フォーティンスが安堵したかのような顔つきになった。
余程歩きたくなかったようだ。
「それで、どこ押すとできるんだ?」
「確かここと、ここと、ここを同時に押せば出来たはずだ」
「ず、随分と細かいな……コマンドかよ……」
通信機能を開始するには、腕時計の横についている、音量を上げるボタン、アバターの明るさ調整のボタン、電源ボタンを同時に押すらしい。
なんとも巧妙である。
「ここと、ここと……あとここだな? じゃ、押してみるぞ?」
ポチッ
ツルギが親指と人差し指と中指を使って、三つのボタンを同時に押した。すると、
ピカッ
「わっ、なんだ!?」
宝石が眩い光を放つ。この光はアバターが出てくるのと似ている。
『これはこれは、皆さん。お久しぶりですね。
と言っても、まだ一日しか経っていませんが』
「あ、アルネブさん!」
徐々に光の形が変化していき、ディスプレイのような形になると、アルネブがひょいっと登場した。
『ツルギさんがこの機能を使っているということは、アレイシスさんに教えてもらったのですね』
「はい。というか、俺にもこの機能、教えてくれても良かったんじゃないですか」
『まあ、確かにそうでしたね。申し訳ありません。伝えそびれておりました』
アルネブはツルギに軽く謝罪すると、本題に入る。
『私を呼び出したということはつまり、何か情報を得られた、ということで合ってますね』
「はい。でも手に入れた情報を話す前に、まずはあることを伝えなえないといけないんです」
そしてツルギはアルネブにもあの出来事を、二人に伝えた時のように、事細かに話した。
――
『――ほう、あの女神様に出会ったと。それは実に興味深い話ですね』
「……でも、あの出来事は本当でした。女神様も、嘘を言っているようには見えなかった。それは信じたいんです」
ツルギはアルネブに決意を示した。二人に話したときよりも、真剣にだ。
なぜなら、アルネブはこの手の話はあまり信じてくれないだろうと、思っていたからである。
しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。
『なるほど、なら信じましょう』
「――え?」
返ってきたのは、信じる。の一言だけだった。
『私自身、女神様に会ったことは一切ありません。
ですが、見たことがないだけで存在を否定するのは
良くないことです』
『仮にそれが真実で、事実だとしたら、かなりの進展です。信じてみる価値は十分にあります』
「は、はぁ……」
覚悟していたことと全く違う結果になり、ツルギは呆気に取られていた。
『では、その得られた情報を話してもらえますか』
「あっ、はい!」
ツルギはその一言で現実に戻される。
「俺が女神様から聞いた情報は、カナリアとクレアさんを襲って、攫っていった奴の正体についてです」
『なるほど、続けてください』
「そいつの名前は『スネイル・ランズ・ライドレア』。七晶傑っていう七人いる組織の一人で、ニーハル直属の配下らしいです」
「なっ、ニーハルだって!?」
するとアレイシスとフォーティンスが驚きの声を上げた。二人には事前に知らせてなかったため、この反応だ。
「一体、どんな奴なんだ!?」
「特徴は!? 髪型とか服装とか!」
二人は驚きのあまり、ツルギに質問攻めをする。
ツルギは困った。だがそこに声が割って入る。
『今は、ツルギさんの話を聞きましょう。私も七晶傑だと知り、驚きましたが、君たちが知りたいことは全てツルギさんが話してくれるはずです』
「あっ……――」
アルネブが注意したことにより、二人は静かになってくれた。
「じゃあ、話を続けます。まずそいつの特徴は、
金髪の男で、服装はタキシード、身長は百八十センチくらいです」
「自分のことを『閃光の遣い』と名乗っていて、使う技は、アレイシスの剣技と似てる光属性の魔法を応用したもの。光の波動を出したり、電気を発生させたりなど、色々あるらしいです」
「あと、クレアさんを攫ったときに、闇属性の暗い霧を出して、逃走したようです。だからあの女神様も追えなかった」
ツルギは知り得た情報を全て話した。
『なるほど、光属性と闇属性ですか……やはり』
「ん? やはりって、何か知ってるんですか?」
『……実は私も、十五年ほど前に七晶傑の一人と対峙したことがあるのです』
「えっ、そうなんですか!?」
衝撃の事実に三人が面を食らった顔を浮かべる。
アルネブはこくりと頷き話を続けた。
『そのときの私は、パーティーを組んでいました。私がそのとき接敵したのは確か、『水流の遣い』でしたか』
『そ奴は水を自由自在に操る、水属性の技を使っていたのですが、我々が、あと一歩のところまで追い詰めたとき、煙幕のようなものをばら撒き、逃げられてしまいました』
「その煙幕って、もしかして……」
『はい。そのスネイルという者が出した、霧と同じものでしょう』
両者とも七晶傑の人間が、全く同じ技を使っていた。これから導き出される答えはただ一つ。
「つまり、七晶傑は全員、闇属性の魔法を使えるということで合ってますよね」
『ええ、おそらくそうでしょう。そしてこれなら、七晶傑が世間に知れ渡っていない理由にも説明がつく』
(……全員か。ったく、面倒な奴らだ)
七晶傑の全員が闇属性の魔法を使えるとなると、かなり厄介だ。
戦闘時に体を隠されたり、不意を突かれたりする可能性もある。そしてもう少しのところで逃げられる可能性も、否定できない。
すると後ろからフォーティンスが口を開く。
「なあ、さっきから属性属性って言ってるけど、
それってどんなやつなんだ?」
『そういえば確かに、君たちにはまだそれを教えていませんでしたね。では少し、解説しましょうか』
そしてアルネブが属性の大まかな説明を始めた。
『この世界の魔法や剣技は全て、属性という括りで分けられています。その属性は全部で九つあり、
火、光、水、氷、風、鋼、土、の七つの固有属性。
そして、闇、治癒、の二つの付与属性があります。
固有属性というのは、この世に生を授かった時の、肉体の構造、精神の成熟度で大方決まりますが、全員が全員使えるわけではありません』
『対して闇、治癒の二つの付与属性は前者とは異なり、経験と鍛錬を積めば習得できるものです』
「なるほど……それだと、俺たちの属性はどうなるんですか?」
『お三方は、まだこの世界に来て間もない。
ですからまだ、体に適合する属性が確定していないのでしょう。ただ、アレイシスさんは既に発現の予兆が出ているようですが』
そう、もう既にアレイシスは魔獣との戦いで、自らの技を繰り出しているのだ。
「あっ……では、僕の属性はどれにあてはまるのでしょうか」
『先ほど閃光の遣いの話をしていたときにツルギさんが、貴方の技に似たようなものを使っていたと言っていました。ですからおそらく、光属性の可能性が高いかと』
「光属性ですか……そのスネイルという男と同じ属性とは、なんとも不本意なことであります」
アレイシスはどうやら不満なようだ。
おそらく、仲間を襲撃した悪党と同じ属性なのが、
気に食わないのであろう。
『そう案ずる必要はないですよ。光属性は、火と水に次いで、能力者が多い属性なので、同類意識は持たない方がいいと思います』
「……そうですか。それだと、しょうがないかもしれませんね……」
アレイシスは多少は気に食わなかったが、腹を括るしかなかった。
「なあに、心配する必要なんてないだろ。そいつより強くなればいいだけだ」
「ツルギ……」
ツルギがアレイシスの肩をポンと叩いて励ました。
するとアレイシスの顔が徐々に柔らかくなっていく。
「確かに、色々と考えすぎかもな。奴より強くなるために、鍛錬を重ねることにしよう」
「ああ、みんなで強くなればいいだけだ」
そしてツルギのアレイシス、ついでにフォーティンスは、グータッチをした。
強くなって、敵を撃ち倒すと決めたから。
『――皆さん、いい心意気です。その心構えを続ければ、属性が発現するのも近いことでしょう』
「そうですね……。あ……えっと、すみません。
あまり情報を持ってこれなくて。出来れば敵の居場所を突き止められればよかったんですけど……」
ツルギは少し後ろめたい気持ちだった。
自分の成果が、敵の名前と使う技の情報しか得られなかったからである。
自分ならもっとやれると、当初ツルギは思っていた。だが、現実はそうはいかないのだ。
『いいんですよ。敵本人の名前と属性がわかっただけでも大きな進展です。そして女神様の力も得られるのなら、こちらとしても好都合です』
アルネブは、ツルギに励ましの言葉を投げかけた。
少しでも、肯定感を上げるためにだ。
その言葉にツルギは思わず一礼した。嬉しかったのだ。
そしてツルギはどうしても確認したかったことを質問する。
「――あの、カナリアの体調は、どうですか?」
『カナリアさんなら、今は落ち着いています。
と言っても、先ほどまで酷くうなされていまして。治癒魔法で落ち着かせましたが、余談を許さない状況です』
「そうですか……」
カナリアの容体は、依然として良いとは言えない。
だが、完全に眠っているわけではなく、うなされているため、こちら側に意識を取り戻しかけているということらしい。回復している証拠なのだとか。
『私としてもなんとかして八日目までには目覚めさせたいところでもあります。やはり、期限の日時まで目覚めないとなると、現実世界のカナリアさんにも影響を及ぼす可能性があります。それは避けたい』
アルネブによると、目を覚さないまま期限の八日目を迎えてしまうと、現実世界の体に影響を及ぼしかねないらしい。
「そうですね……。カナリア、そしてクレアさんのためにも、俺たちが頑張ります。だから安心してください! 俺たちを信じてください!」
ツルギが胸を張ってそう答えた。
淀みのない、真っ直ぐな目だ。それがアルネブに届いた。
『ふっ、もちろん最初からそのつもりですよ』
「ああ、まあ確かにそうでしたよね」
周囲に笑いが起こった。
ツルギはそのとき改めて実感した。仲間というものの大切さを。どれだけ救われたかを。
ツルギも皆を信じている。皆もツルギを信じている。それを忘れずに突き進もうと、ツルギは心に誓った。
「じゃあ、また新しい情報が手に入ったら伝えます」
『はい。では、ご武運を……』
ピッ
そして、アルネブが映る光は、消えていった――。
光が完全に消えると、三人は向かい合った。
それぞれが、決意と気力に満ちた、それらしい表情だ。
「よしっ、次のステージへ、いざ行かん!」
空の色は、澄み渡った、青色だった――。
*************************
「――こちら、スネイル・ランズ・ライドレア。
近代都市バルチェスター近郊、閃光の支部から発信中。至急、■■■■様に繋げ」
とある薄暗い部屋で巨大な鏡に話しかける一人の男。スネイル・ランズ・ライドレアだ。
『承知いたしました。■■■■様に繋ぎます』
鏡が音声を発する。
すると、鏡の色が変化し、何者かが映る
ザッ
「ご多忙のところ、申し訳ございません。スネイル・ランズ・ライドレアでございます。お久しぶりです」
その人物を見た瞬間、スネイルが素早く膝をつき、敬語で話し出す。
その相手とは……、
「ニーハル様」
『ほう、スネイルか。貴様が私に連絡を入れたということは、余程重要な話なんだろうな?』
なんとも強烈な威圧感を放つ人物だ。
奴がニーハル本人だ。
「はい。実は、ニーハル様が探しているとおっしゃっていた少女を捕えることに成功しました」
『何? それは本当か?』
するとニーハルは瞬く間に目の色が変わった。
「ええ、もちろんですとも」
それにスネイルは率直に答える。
そして後ろに注目を行かせるため、自らの体を横にずらした。
「彼女がクレア・リミブルです。
ご覧ください。空色の髪の毛、エメラルドグリーンの瞳の色、そして、この首飾りの水晶……。リミブルード族の生き残りで間違いないでしょう」
そこにはクッションの上に眠らされているクレアがいた。
スネイルはニーハルに、彼女の髪の毛が見えやすいように光を当てたり、瞼を開けたりして、その特徴を説明する。
『ふむ、確かにリミブルード族だ。やはり私の見立ては間違いなかったようだな』
「おっしゃる通りです。そして、この少女の他に、違う女とも接敵しました」
『ほう。言ってみろ』
「獣族の女でした。よくわからない女でしたね。ニーハル様の名を聞くな否や、驚いた表情をしていました。一体何故なのでしょうか……」
『……』
すると、ニーハルは少しの間沈黙を続けた。
何か、考え事をしているようだった。
「ん? ニーハル様、いかがいたしましたか?」
『いや、何でもない。そしてその女の件は、私が対応しておいてやる。貴様は首を突っ込むでないぞ』
「……はっ、承知いたしました」
ニーハルは、その件を、自分で何とかすると言い出した。何か裏があるのだろうか。
「……ところで、彼女はいかがいたしましょうか?」
話が変わり、スネイルは、クレアの措置を質問する。
すると瞬く間に、ニーハルの口角が上がった。
『あの計画を実行しろ』
「はい、そうおっしゃっていただけると思ってましたよ」
スネイルもニヤッと、不気味な笑顔を貼り付ける。
あの計画とは、いったい何なのか。
『必要な道具は貴様の基地に備わっているだろう。私の場所に連れてくるのは、それが成功してからだ』
「勿論そのつもりでございます」
『三日以内だ。三日以内に計画を遂行出来れば、貴様にはそれ相応の褒美をくれてやろう』
「はっ! ありがたき幸せ」
スネイルは膝をつき、深々と頭を下げて、感謝を示した。
『では、成功することを心待ちにしているぞ……』
プツッ
その言葉を残して、鏡の中のニーハルは姿を消した。
薄暗い部屋に一人残ったスネイルは、眠っているクレアの前に立った。
「へっへっへ……」
(計画が成功すれば……僕はもっと力を得られる!
唯一無二の存在となれるんだ)
そして思わず笑いを溢した。
慈愛から溢れる笑みなどではない。力や名声を得る、快感から来る笑みだ。
そして彼らがツルギ達の大きな障壁として立ち塞がるのは、知る由もなかった。




