第16話 我家の2トップ
吾輩には、毎日の楽しみがある。
それは、お出掛けしていたお父ちゃんが帰ってくることである。
夕方になると、吾輩はウッドデッキから駐車場を眺め、お父ちゃんの車が帰ってくるのを、ずーっと待 っている。
ん?
あの車は……。
お父ちゃんだ!
吾輩は立ち上がり、玄関に向かって一目散に走り出す。
ひょい、ひょい、ひょい!
普段、福ちゃんと追いかけっこをしているときは、ドタドタドタと走る吾輩である。
ところが、お父ちゃんが帰ってくる夕方だけは違う。
もうすぐ夕飯だ!
そう思うと、嬉しさのあまり、自然と足取りまで軽くなってしまうのである。
自分で言うのも何だが、なかなか軽やかな走りっぷりだ。
そして、吾輩の後ろから、もう一匹の猫が姿を現す。
三毛猫の福ちゃんである。
福ちゃんも、お父ちゃんのお帰りを待っていたのだ。
玄関に並んだ吾輩たちを見て、お父ちゃんは決まってこう言う。
「おお、我が家の2トップがやって来た!」
2トップ。
なかなかいい響きではないか。
どうやら吾輩と福ちゃんは、この家の代表選手らしい。
もっとも、先頭を走ってきたのは吾輩なのだから、キャプテンは吾輩ということになるだろう。
吾輩はぐーっと背中を伸ばし、ストレッチをしながらお父ちゃんの足元にすり寄る。
福ちゃんも尻尾をぴんと立てている。
「ただいま」
お父ちゃんはそう言いながら、吾輩の頭に優しく手を置き、そのまま背中にかけてゆっくりと撫でてくれる。
吾輩は、この瞬間が大好きなのである。
思わず目を細めてしまう。
お父ちゃんの手は、いつも温かい。
吾輩たちがこうして玄関まで迎えに来るのを、お父ちゃんも楽しみにしているらしい。
猫は気まぐれな生き物だと人間は言う。
しかし、吾輩たちは違う。
お父ちゃんが買い物から帰ってきても、仕事から帰ってきても、ちゃんと玄関まで迎えに行くのである。
まるで犬のようだと言われることもある。
失礼な。
吾輩はれっきとしたヒマラヤンである。
ただ、お父ちゃんが帰ってくるのが嬉しいだけなのだ。
もっとも、買い物袋の中身が気になることもあるのだが……。
* * *
さて、そんな我が家の2トップにも、決定的な違いがある。
それは、運動神経である。
我が家のウッドデッキには、高さ二メートルほどの大きな収納BOXが置いてある。
福ちゃんは、そこへ登るのが得意である。
まず、ウッドデッキの手すりへ、
ピョン!
そして、そこから収納BOXの上へ、
ピョン!
あっという間である。
まるで忍者屋敷の屋根から屋根へ飛び移る、女忍者そのものだ。
収納BOXの上に立った福ちゃんは、得意そうに吾輩を見下ろしている。
「太郎、まだそこにいるの?」
そんな顔をしている。
ふん。
吾輩だって登れるにゃ。
ただし、吾輩には吾輩の登り方というものがある。
我が家には、銀君が外へ脱走しないように取り付けられたネットがある。
吾輩は、そのネットを利用する。
まず、前足をネットに引っかける。
よいしょ。
次に、もう片方の前足を上へ。
よっこらしょ。
後ろ足を踏ん張り、体を持ち上げる。
うんしょ、うんしょ。
人間でいえば、ロッククライミングというやつである。
福ちゃんのように、ピョンピョンと華麗に飛び上がることはできない。
しかし、吾輩には腕力がある。
いや、猫だから前足力と言うべきか。
ともかく、四本の足を総動員して、少しずつ登っていく。
「太郎、何しとるんや?」
お父ちゃんの声がする。
何をしているかだって?
見れば分かるではないか。
登山である。
吾輩は今、標高二メートルの山頂を目指しているのだ。
そして、ようやく収納BOXの上にたどり着く。
やったにゃ!
吾輩は福ちゃんの隣に並ぶ。
福ちゃんは、何事もなかったように座っている。
どうやら吾輩の苦労など、まったく理解していないらしい。
ところが、問題はここからである。
降りなければならない。
福ちゃんは、下をちらりと見たかと思うと、
ピョーン!
一気に地面へ飛び降りた。
そして何食わぬ顔で歩いていく。
さすが女忍者。
登るのも降りるのも、実に鮮やかである。
* * *
一方、吾輩は収納BOXの上から下を見た。
……高い。
登るときは夢中だったが、降りるとなると話は別である。
福ちゃんのように飛び降りる?
とんでもない。
吾輩は慎重な猫なのである。
まず、ネットに前足をしっかり引っかける。
そして、体をほぼ垂直にしたまま、後ろ足で足場を探す。
よいしょ。
そろり、そろり。
登ったときと、ほとんど同じ格好である。
ただし、今度は下向きだ。
まるで断崖絶壁を下りる登山家である。
「太郎、大丈夫か?」
お父ちゃんの心配そうな声が聞こえる。
大丈夫かと言われても、吾輩は今、それどころではない。
一歩、一歩。
慎重に。
福ちゃんは一瞬で地上に降り立ったが、吾輩はそうはいかない。
登山というものは、登るより下りる方が難しいのだ。
下では福ちゃんが、こちらを見上げている。
「太郎、まだ降りてこないの?」
そんな顔をしている。
うるさいにゃ。
急いで落ちたらどうする。
吾輩は命を大切にする猫なのだ。
ようやく地面に足が着いた。
ふう。
今日も無事に下山できた。
福ちゃんは軽やかに飛び、吾輩は一歩ずつ登り、一歩ずつ下りる。
どちらが優れているかなど、決める必要はない。
福ちゃんには福ちゃんのやり方があり、吾輩には吾輩のやり方があるのだ。
ただ一つ、言っておきたい。
吾輩は、決してどんくさいわけではない。
慎重で、努力家なのである。
……たぶん。
そんな吾輩たちを、お父ちゃんは今日も「我家の2トップ」と呼んでくれる。
女忍者と登山家。
ずいぶん変わった組み合わせではあるが、これでも我が家の自慢の2トップなのである。




