第1話 捨てられたヒマラヤン
この作品は、実際にわが家へやって来た一匹のヒマラヤン猫との出会いをもとにした物語です。
主人公の太郎が、自分の目線でこれまでの出来事を語ります。
笑ったり、少し切なくなったり、最後には心が温かくなるような作品を目指しました。
猫が好きな方も、そうでない方も、太郎の世界を楽しんでいただけたら嬉しいです。
吾輩の名前は、太郎。
今ではそう呼ばれているが、生まれた時には名前などなかった。
およそ七年前、ブリーダーの施設で、四匹兄弟の最後の一匹としてこの世に生まれた。
兄弟はみな、青い瞳を持つ可愛らしいヒマラヤンだった。
ヒマラヤンという猫は、ペルシャ猫の美しい長毛と、シャム猫の青い瞳を受け継いだ猫だという。
だが、吾輩だけは違った。
何人もの客が見に来ては兄弟を抱き上げ、吾輩の前を素通りして帰っていく。
理由ははっきりしていた。
ヒマラヤンといえば、綿菓子のようにモフモフとした長い毛並みが自慢の猫である。
ところが吾輩の背中の毛は、なぜか普通の猫のように短く寝ていて、ヒマラヤン特有のモフモフした長毛ではなかった。
店主は吾輩を抱き上げ、毛並みを何度も撫でながら首をかしげた。
「どうしてこの子だけ……。」
その声には、困惑と諦めが入り混じっていた。
さらに困ったことがもう一つあった。
吾輩は、とにかくよく食べる猫だった。
ご飯の時間になると誰よりも先に皿へ飛びつき、兄弟の残した餌まで平らげてしまう。
そのおかげで体は日に日に大きくなり、生後一年を迎える頃には体重は五キログラムを超えていた。
丸々と太った体。
モフモフではない毛並み。
誰にも選ばれない猫。
昨日も選ばれなかった。
今日も選ばれなかった。
気が付けば、兄弟は誰もいなくなっていた。
残ったのは、吾輩だけだった。
施設の片隅で一匹だけ取り残された吾輩を見るたび、店主の表情は日に日に曇っていった。
そして、ある日のことだった。
店主は吾輩を小さなケージへ入れると、一台の車に乗せた。
「今日は新しい家族に会えるのかな。」
吾輩は少しだけ期待した。
車は長い時間走り続けた。
知らない町へ入り、住宅街を抜け、一軒一軒の家が並ぶ静かな場所で止まる。
そこは、三重県津市の住宅街だった。
店主は周囲を何度も見回すと、ケージの扉を開けた。
「行け。」
その一言だけだった。
吾輩は意味も分からず外へ出た。
振り返ると、車は勢いよく走り去っていく。
「待って!」
もちろん猫の言葉は、人間には届かない。
車は角を曲がり、小さくなり、やがて完全に見えなくなった。
静かな住宅街。
聞こえるのは風の音と、遠くを走る車の音だけ。
吾輩は初めて知った。
あの日、吾輩は捨てられた。
だが、その時の吾輩はまだ知らなかった。
この場所で、生涯の家族と出会うことになることを。
そして、この日から吾輩の本当の物語が始まるのである。
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