プロローグ:刑務所の夜
はじめまして、氷月とおると申します。
『金眼の契約王』、本日より連載開始します。
前世で殺された男が、異世界で世界に復讐するまでの物語。
重いテーマを含みますが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
俺は、今夜殺される。
それを、俺は知っていた。
刑務所の廊下を、看守二人に挟まれて歩いていた。
普段ならありえない護送形式だ。普通の囚人なら、看守は一人で十分なはず。
つまり、これは「普通」ではない。
俺は周囲を観察する。
廊下の奥、影が動いた。看守の制服を着ているが、明らかに別の人間。
雇われた者だ。
今夜、俺の独房に「事故」が起きる。
囚人同士の喧嘩、あるいは病死。
そんなところだろう。
——俺の名前は、藤堂公誓。
戦略コンサルティングファームのパートナー。
組織の腐敗を浄化することを生業としてきた男。
社内では「死神」と呼ばれていた。
不正を見つければ、容赦なく告発し、首を切る。
そういう男だった。
その俺が、今、殺されようとしている。
——皮肉なものだ。
他社の不正を告発しようとした結果、俺自身が冤罪で逮捕された。
横領、背任、汚職。
身に覚えのない罪を、組織は完璧に俺に着せた。
司法も買収されていた。
気付いた時には、有罪確定。
そして、刑務所送り。
そして、今夜。
俺は静かに歩きながら、考えた。
——「正しさは、正しいだけでは守れない」
それが、俺がこの数ヶ月で学んだ、人生最大の教訓だった。
力がなければ、正義は嘲笑される。
仕組みがなければ、誠実は搾取される。
俺は、それを知らなかった。
本当に、何も知らなかった。
独房の前に着いた。
看守が扉を開ける。
中に入る。
扉が閉まる。
俺は粗末な寝台に腰を下ろし、湿った石の天井を見上げた。
蜘蛛の巣。剥がれかけたペンキ。
それが、俺が最後に見るであろう、現世の景色だった。
——もし、生まれ変われたら。
そう思った瞬間——
「お父さん、おかえり!」
玄関で、ひなたが駆け寄ってきた。
ランドセルを背負ったまま、満面の笑みで。
ひなたは、いつも俺の帰りを玄関で待っていた。
「ただいま」
「お父さん、今日ね、学校でね——」
ひなたが何かを話している。
俺は疲れて、半分しか聞いていない。
それでも、ひなたは構わず話し続ける。
弾むように、嬉しそうに。
「そうそう、お父さん!約束、覚えてる?」
「約束?」
「肩叩きの契約!十回で百円!」
「……ああ、覚えてる」
「今日はね、特別!三十回で三百円ね!」
「高いって」
「高くないもん!お父さん、疲れてるでしょ?」
ひなたは、俺の背中によじ登って、小さな手で肩を叩き始めた。
小さな、温かい手。
力もろくに入っていない、子供の手。
「ねぇ、お父さん」
「ん」
「私ね、玄関でお父さん待ってるの、無料でいいよ」
「……無料?」
「だって、お父さんが帰ってくるの、私が一番嬉しいんだもん」
ひなたが、俺の首に小さな腕を回した。
柔らかい髪が、俺の頬に触れた。
——ああ。
——なんで俺は、こんな宝物を、ちゃんと見ていなかったんだろう。
足音が聞こえた。
振り返る暇もなかった。
何かが、俺を背後から押し倒した。
首筋に、鋭い痛み。
息ができない。
血が、口から溢れた。
意識が、薄れていく。
——ひなた。
——お父さんは、お前を、守れなかった。
——本当の正義を、力を、居場所を、何ひとつ、お前に残せなかった。
——すまない。
——本当に、すまない。
——もし、もう一度——
闇が、俺を包んだ。
ひなた、お父さんは——
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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次回、第1話「5歳の決意」、近日中に投稿予定です。




