42話 秘策
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
「ん、右にいく」
「なら、ボクは左だね」
リティとガートが二手に分かれてハリゼオイを迎え撃つ。
もう一歩も進ませまいと、嵐のような猛攻を仕掛けた。
縦切り、横薙ぎ、斬り上げと、ありとあらゆる角度から斬りかかる。
しかしそれを凶爪で弾き返すハリゼオイ。状況は五分。
「シオン殿、私が支えます」
「…………任せるわ」
大剣を肩に担ぎ、いつでもWSを放てる体勢を取るシー。
肩の方はどうにかなったが、負傷した足の方は治すことができず、ナッシュによって支えられていた。
ナッシュはシーを支えつつ、盾を構えて不測の事態に備える。
「――んっ!」
「はあああっ! WS”ランページ”!」
鋭い斬撃でハリゼオイを押していく二人。
まるで競い合っているような剣の演舞。思わず見とれてしまいそうになる。
しかしそんな場合ではない。僕は、僕にできることをするために動き始めた。
「シー、絶対にチャンスを作るから」
「……アンタ、何をするつもり?」
「ハリゼオイの足を止める。じゃあ、行ってくるね」
「え? ちょっと」
大きく迂回するようにしてハリゼオイの背後へと向かった。
途中パースたちが転がっていた。彼らは地に伏せて様子を見ている。
彼らは理解しているのだろう、もし逃げ出すような動きを見せれば、ハリゼオイが即座に追ってくることを。
いまはただ見逃されているということを分かっているのだろう。
「――っ! ロイ……」
ロイの頭部が転がっていた。
それは凄まじい形相で固まっており、死の瞬間を切り取ったようだった。
僕はその頭部を跨いで歩き、ハリゼオイの背後を取った。彼の死に何も感じることはできない。
「よし、思った通りだ」
ハリゼオイとの戦闘で気が付いたことがあった。
それはヤツの警戒心。正面からの攻撃には異常に警戒するのに、背後への警戒心はほとんどないのだ。
剣山のような背中に絶対の自信があるのだろう。
だから背後を取られてもあまり気にしない。僕はそこに勝機を見出した。
「ふぅ~~~~、っはああああ」
深く呼吸をして覚悟を決める。
これからやろうとしていることは無傷では済まない。
間違いなく大怪我をする。もしかすると命を落とすかもしれない。でも――
「シー、僕が隙を作るっ」
陣剣を構え、ハリゼオイへと特攻をかける。
「アル!?」
「アルトっ、何をするつもりだ!」
二人が僕の特攻に気が付いた。
そしてそれに釣られ、ハリゼオイがこちらを一瞥した気がする。
しかしこの特攻はバレても問題はない。僕は止まることなく突き進む。
「――っんが」
剣山のような背中の間合いへと踏み込み、腕を伸ばして陣剣をハリゼオイの左脚に突き立てた。
ハリゼオイが背中の針を伸ばして反撃してくる。
「――アル!」
リティが悲鳴のような声を上げる中、僕は背中の針に貫かれていた。
腕は裂け、肩を抉られ、腹部を貫かれた。頬を貫通して脳天を穿とうとした針もあった。僕はそれを歯で噛んで止める。
そして歯を食い縛ったまま陣剣発動のワードを唱えた。
「――ファランクス」
『――っ!!??』
ハリゼオイが目を見開いて己の左脚を見た。
展開した結界によって、ハリゼオイの左脚が吹き飛んだのだ。
バランスを崩し大きく左へと傾く冒険者殺し。最大のチャンスが生まれた。
「はあああああっ! WS緋色の一閃!!」
赤い閃光が煌めいた。
僕の位置からシーの姿を確認することはできないが、間違いなく赤い光がほとばしった。
そして凄まじい衝撃が伝わってくる。
( やったか!? )
右頬を貫かれたままでハリゼオイを見上げる。
倒したのならば、ヤツは黒い霧となって霧散する。
だが――
「マズいっ、シオン殿、下がってください!」
仕留め切れなかった。
やはり足を負傷した状態では厳しかったのか、シーはハリゼオイを仕留め切れなかった様子。ヤツが黒い霧になって霧散することはなかった。
「――っ!?」
視界の隅に、大きく振り上げられた凶爪が映った。
あの凶爪はシーを狙っているだろう。獲物が目の前にいるのだ、それを逃すハリゼオイではない。
だから僕は、それが振り下ろされる前に――
「ファランクス!!」
本日6回目の陣剣発動。
もうSPは空だ。命を削った陣剣発動。真っ赤な光を放つ結界を展開させた。
身体中から力が抜けていく。
( ガレオスさん、ごめんなさい )
約束を破った一撃は、瀕死のハリゼオイにトドメを刺した。
ハリゼオイは黒い霧となって霧散し、僕を貫いていた針も霧散して消えていく。
「っかは!」
せり上がってきたモノを吐き出す。
バシャバシャと赤い液体が僕の口から零れていく。
針から解放された僕は膝から崩れ落ちた。
「アル! アンタ……」
「…………ぃ……」
大剣を振り下ろした状態で座り込んでいるシーが見える。
見た限りでは怪我は負ってなさそう。僕の陣剣発動は間に合ったようだ。
それを見て安堵すると、一気に力が抜けた。
とても酷い脱力感。
立つことはおろか腕を上げることさえできない。
目蓋もとても重く、ゆっくりと下がってきて視界に幕を下ろしてくる。
「――っ――っっ」
「――ァ――――っ」
「ァ――」
耳も段々と遠くなった。
何か声が聞こえるが、僕はそこで意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……………………良かった、生き残れた」
見慣れた天井だった。
ここは僕の部屋で、横になっている場所は僕のベッドだろう。
「ん、起きた?」
「リティ、おはよう。…………ごめんね」
リティは慌てる様子なく声を掛けてきたが、僕を見つめる瞳には安堵が広がっていくのが分かった。
また心配させてしまったのだろう。ついこの間と同じようなことをしてしまった。
そしてこの間と同じで、僕の身体はまったく動かない。
「アル、絶対安静」
「……はい。…………ねえ、リティ。あの後どうなったのかな?」
あの後のことを教えてもらった。
僕が倒れた後、すぐに援軍が駆けつけてくれたようだ。
やってきたのはグレランとモミジ組のメンバーたち。
彼らは慌てた様子の僕を見て、心配で追ってきたのだとか。
そして駆けつけたサリィさんたち後衛に回復魔法を掛けてもらい、僕は一命をとりとめた。
貫かれた腹部の傷が酷く、後衛総出で回復魔法を掛けたのだとか。
「……じゃあ、パースたちはそのまま捕まったんだね?」
「うん、そのまま連れて行かれた。殺された人は浄化の魔法で消えた」
「そっか……。――ん?」
窓の外が急に騒がしくなった。
大勢の人が声を上げているのが聞こえてくる。
リティが窓へと向かい、外で何があったのか確認する。
「ん、誰かの見送りみたい。『おうたいしさま、バンザイ』って言ってる」
「ああ、そっか。そういえばこの町に滞在していたんだね。それで……」
弟と一度も会うことはなかったが、彼はこの町に滞在していた。
それが今日帰るので、いま盛大な見送りをしてもらっているのだろう。
僕は倒れていて見送りをすることができないので、心の中で弟を見送る。
彼には立派な王になってもらいたい。
そしてこのイセカイを――
「あれ? あの、リティ、何を、しようとしているのかな?」
「ん、これ」
「『ん、これ』じゃないよっ、いまは平気だから、別にもよおしていないから」
窓の外を見ていたリティの手には、何故か例の花瓶が握られていた。
横向きになっている例の花瓶。僕はそれを見て慌てて動こうと試みる。
しかし拘束用の布はビクともせず。
「大丈夫、たぶん擦ればちゃんと出る」
「いや、出ないから! で、出るかもしれないけど、出ないから!」
「ん、怪我人は黙ってる」
まるで罰でも与えるかのようにリティは止まらなかった。
もしかするとだが、大怪我を負った僕を怒っているのかもしれない。
彼女はおもむろに布団をめくり、僕のズボンを容赦なく脱がした、そのとき――
「アル、起きた?」
僕の部屋の扉を、ノックも無しでシーが開け放ったのだった。
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あと、誤字脱字なども……




