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40話 生える爪

「ちぃっ、何でテメエがここに!」

「シー! 大丈夫か?」

「――!?」


 シーに跨がっていたロイは、形勢が悪いと見るや否やすぐ飛び退いた。

 馬乗りから解放され、目を見開いて僕のことを見上げる彼女。

 シーは何か言おうと口を開き掛けたが、何も言わずに口を閉じた。


 一方ロイたちは、一ヵ所には固まらず、適切な距離を取りつつ僕たちを取り囲み始めた。シーが倒れたままなので僕は動くことができない。


 ( 少し早まったか…… )


 僕はシーを庇うように剣先をロイへと向けて牽制する。

 何故かシーは黙ったまま。

 

「おい、起きろパース。たった一発で寝てんじゃねえ」

「あ、ああ……。くそ、いきなりかましやがって」


 蹴りが甘かったためか、パースは意識をすぐに取り戻した。

 シーに馬乗りになっているロイを目撃したとき、僕の頭の中は真っ白になってしまった。

 すぐに助けなくてはならないと感情のままに動き、止めるリティを振り切って駆け付けた。

 しかしもう少し冷静に立ち回るべきだった。状況はほとんど好転していない。


「アル、落ち着く」

「リティ、ごめん……」

「なっ!? 閃迅だと……」

「はあ? 閃迅!?」

「おい、マジかよ」


 後を追ってリティがやって来てくれた。

 これで2対5となった。まだ不利な状況だが、絶望的な状況から脱することができた。

 倒れているシーの様子を見るに、彼女はとても戦える状態ではない。

 どうやら右肩を酷く痛めている様子で、口をきつく結んでいる。


「オマエら落ち着けっ! 閃迅っていっても小娘だ、囲んじまえばどうとでもなる。それに、クズの方は雑魚でシオンはもう動けねえ。そっちを利用すんぞ」


 ロイが大きく吼えた。

 そしてしっかりとした位置取りをしてくるロイたち。

 昨日のようなお粗末な位置取りはしてこなかった。まさかとは思うが……


 ( 明らかに慣れている…… )


 相手を取り囲むとき、慣れていない者はただ均等に距離を取ろうとする。

 しかしロイたちは違っていた。ロイたちは、注意を向けられている者が一歩後ろへと引き、残りの者が左右を取るような動きを見せていた。


 要は、こちらから攻撃が仕掛けづらい状況だ。

 無理に前へと出れば左右から狙われる、そういった位置取りだ。


 ( 三人よりも二人でか……、本当に慣れているな )


 複数を相手にするとき、実は3人同時の方が楽だと習ったことがある。

 武器を持っていない場合は少し違うが、武器がある場合は、3人が同時に武器を振るにはそれなりの空間が必要になる。仲間が邪魔になるのだ。


 だが二人だけの場合だとそこまで気にしなくても良い。

 そして三人目は戦闘へは参加せず、隙をうかがっている方が良いのだ。

 仲間がやられそうなときにフォローする形だ。


 当然、決定的なチャンスがあったら突けば良い。


「いいな、全員で閃迅を押さえろ。その間にオレがこの灰色のクズをやる。コイツを押さえれば閃迅は黙るはずだ」

「わかった」

「無理にいく必要はねえぞ」

「ああ、要は時間を稼げばいいんだろ? 余裕だぜ」


 ロイたちの意図が読めた。

 僕はヤツらの会話を聞いて心の中で舌打ちをする。

 

 ( ……最悪なパターンかもしれない )


 僕はこういった状況のことを習っている。

 対人戦、特に複数との戦いのときのことを習っていた。

 

 複数戦のコツは、相手よりも速く誰かを人質にすることが大事だ。

 相手を倒すのではなく、人質になり得る者を見極めて押さえ、その者を人質にして戦局を掌握することが重要なのだ。


 僕が習った教えでは、指や腕を切り落として脅せば良いと言われた。

 そうすれば相手に間違いなく動揺が走り、場合によっては降伏してくる可能性だってある。だからそうしろと教えられた。


 しかし今回は逆だ。

 もし僕が押さえられた場合、リティが降伏してしまうかもしれない。

 彼女だけなら逃げおおせることも可能だが、もし僕が捕らえられた場合は足を止めてしまうかもしれない。そしてそうなれば……


「おい、オマエら。この灰色のクズを押さえりゃ、閃迅に股を開かせることができっかもしんねえぞ。だから気合い入れろよ。こんなチャンスは二度とねえぞ」

「ここまで来たら自棄だ、やるしかねえな」

「おい、おれが一番な。おれに一番にやらせろ」

「はっ、てめえはホント狼人好きだよな」


――下衆がっ!

 くそっ、僕のせいでリティまで危険な目に……



 想定していた最悪なことを言ってくるロイ。

 ヤツの下卑た顔が伝播するように、他のヤツらの顔も欲望に歪む。

 見ていて吐き気しかしない。

  

 僕はそれを見て覚悟する。

 もし僕が捕らえられた場合、迷わず自害してやると。

 死ねばリティの枷にはならない。


 そう、僕が死ねば――


「――何でよ! 何でアンタが……ワタシを助けに来んのよ……」

「……シー?」


 黙っていたシーが吼えるように叫んだ。

 キッと僕を睨みつけ、彼女は声を荒らげ続ける。


「何でよ! なんで……」

「シ-、何でって?」


「だって、あんな酷いこと言ったし、斬りかかったりもしたワタシなんかを……。ねえ、それって罪滅ぼしのつもり? だったらもうどっか行ってよ! ワタシはそんなものは要らないし、絶対にアルを許したくないんだから。アンタみたいな裏切り者のことなんて……絶対に、許したくないよ……」


 シーは、痛みを堪えながら身体を起こした。

 激痛に顔をしかめながらも、勝ち気な瞳には強い意識を宿していた。

 同情や憐みなど一切要らぬと瞳が語っている。


「……シー、これは同情とか罪滅ぼしとかじゃないよ」

「はあ? だったら何よ。他に何があるってのよ」


「冒険者は、仲間を絶対に守るものなんだよ」

「え?」


 シーは罪滅ぼしなどは望んでいない。

 彼女はそういったことをむしろ屈辱だと思うタイプだ。

 それに、こんなことでは罪滅ぼしにはならない。


「何よそれ、ワタシが仲間って……」

「一緒にアライアンスを組んで狩りをしただろ? だから仲間さ。それに、シーは僕にとって大事な仲間だから」


「何よそれ」


 きっと理解してもらえない。一生理解してもらえないだろう。

 でも彼女は僕にとって仲間だ。

 

 シーは、このイセカイのために犠牲になった仲間だ。

 僕と一緒に犠牲になった仲間なのだ。


 ( 絶対に嫌がられるだろうけどな…… )


「はははっ、だったらオレらも仲間じゃねえのか? 一緒に狩りをしただろ?」

「何を言っているのですか? 僕は一度も貴方たちが仲間になったと思ったことはありません。だから仲間じゃありません」


「くそがっ、いいかオマエら、閃迅を押さえてろよ。オレがコイツをやってその後はお楽しみだ。コイツの前でやってやるぜ、二人ともな。テメエの目の前で二人をボロボロにしてやんよ」

「……」


 目の前に居るヤツらは冒険者ではない。

 こんなヤツらが僕のなりたかった冒険者であるはずがない。

 コイツらはただの――


「――まるで山賊か野盗だね? いや、洞窟だから洞賊かな?」

「え?」


 僕が思っていたことがダンジョンに響いた。

 それは男の声で。


 声がした方を見ると、そこには冒険者らしき男が二人立っていた。


「……仮面の冒険者?」

「んだ!? てめえら」


 冒険者らしき二人の男は仮面をしていた。

 僕と同じぐらいの背の方は、狼を模した道化師風の仮面。

 僕よりも頭一つ分以上背の高い方は、兎を模した道化師風の仮面。

 両方とも髪の色は黒だ。


「なんだてめえら!? 大道芸なら外でやってな」  

「関係ねえヤツはすっこんでろ!」

「おい、なんで接近に気づかなかったんだよ!」

「うるせえっ、察知できなかったんだよ。コイツら【索敵】をすり抜ける何か持ってんぞ。ふざけやがって」


 二人の登場に罵声を飛ばすロイたち。

 その罵声を浴びせられた二人は――


「灰色の髪の人、ボクたちが助太刀します」

「――でっ、……いえ、ガート様、危険ですのでここは私が」


「何を言っているのだナッシュ、見過ごせる訳がないだろう? ボクも行くよ」

「はあ、まったくこのお方は……。仕方ありませんね」


 二人は何気なくやってきた。

 ガートと呼ばれた狼の仮面はリティの方へ。

 ナッシュと呼ばれた兎の仮面の方は僕の方へとやってきた。


「私がこのご婦人を守ります」

「あ、ありがとうございます」


 僕は兎の仮面をした男にシーを任せた。

 彼らの言葉に虚偽は感じない。きっと味方だと感じた。


「閃迅さん、そちらのお二人をお任せします」

「ん、了解」


 二人の登場で状況が一気に好転した。

 兎の仮面の方は盾を構えてシーの前に陣取り、狼の仮面の方はリティの隣へと並び、ロイの仲間と対峙した。二対四といった形。


 四人が相手だと厳しいかもしれないが、二人ならば大丈夫だろう。


「ロイ、諦めて投降するんだ」

「ってっめ!」


 『投降』と言ったが、それが通じないことは百も承知。

 一応言ったのではなく、これは挑発。ロイは間違いなく激高するはずだ。


「行きますっ」


 ロイの側面に回るように駆けた。

 相手が放出系を放ってくる可能性がある。だから僕は、その射線からシーを外すために動いた。


WS(ウエポンスキル)”ヘリオン”!」

「――ぐっ!?」


 十文字の斬撃をロイに向かって放った。

 もう躊躇ったりはしない。生け捕りなども考えない。

 甘い考えが先ほどの窮地を招いたのだ。


 あのときは蹴りなどせずに、迷わず斬りつけるべきだった。

 そうすればパースとロイを倒すことができた。リティとシーを危険に晒すことだってなかったはずだ。


 僕は甘えを捨て、ロイを殺しに掛かる。


「くぞがああ! ユリオン!!」

「――っ!」


 大剣から放たれた×字の斬撃。

 ヘリオンの上位WSともいえる攻撃に僕は押し返された。

 剣だけでなく、小手も使ってそのWSを凌ぎ切る。


「なめやがって! テメエみてぇな雑魚がオレに勝てる訳がねえだろうが!」


 後退した僕を追うようにロイが攻めてきた。

 大剣を振りかぶって袈裟斬り。


「ふざけやがってっ、碌にWSを使えねえヤツがイキがってんじゃねえぞ!」

「っ!」


 剣が持っていかれそうな斬撃。

 片手剣で大剣を相手にするのは厳しかった。

 僕に技術があればまったく違うのだろうが、何とか堪えるのが精一杯。


 もっと受け流せると思っていたのだが、剣を受けたときの衝撃が思ったよりも強く、少しでも油断すると剣が飛ばされそうだった。


「――っだっらあ! ”ユリオン”!」

「ぐうっ!」


 またもWS(ユリオン)で吹き飛ばされる。

 一瞬、ヘリオンで相殺を狙おうかと考えたが、ヘリオンとは威力が段違い。

 間違いなく押し負けるだろう。


 ( ……そうなると )


 躱すしかない。

 受けるのではなく躱して距離を詰めて、こちらの距離で戦うしかない。

 もし失敗すれば死ぬかもしれないが。


「……やるしかない」

「はっ、雑魚が! そうやっていつまで持つ――はあぁ!? おい、てめえら」  

 

 ロイが驚愕の表情で僕の後ろの方を見た。

 その顔に嘘はない。騙すなどではなくて本当に驚いている表情。

 僕はロイを警戒しつつ後ろ見る。


「え? もう?」


 リティたちの方はもう終わっていた。

 四人の男たちが地面に転がって呻き声を上げていた。

 しかもよく見れば、リティが相手にした方は手首を切り落とされていた。真っ赤な血がバタバタとこぼれている。


 二人は泣きながら、痛みに耐え切れないのか足をバタつかせている。


 ( ――いまだっ )


 ロイは仲間の惨状を見て動揺している。

 僕はその隙を逃さず、一気に距離を詰めてWSを放つ。


「”ヘリオン”!」

「くそがっ! もうオレ一人だけでやってやらあ! ”ユリオン”!」

 

 僕のWSを耐えきったロイは、反撃とばかりに”ユリオン”を放ってきた。

 光を纏い×字に放たれる斬撃。

 僕はそれを、身を這うようにして躱した。


 放たれるタイミングが判っていれば避けることは容易。

 僕は動揺したロイにWSを放ち、このユリオンを誘発させたのだ。

 圧倒的だった斬撃を躱し、次に僕は――


「ファランクス!」

「WS”カリバー”!」


 光の奔流を、幾何学模様が書かれた結界で塞き止めた。

 

「――なっ!? 読んでやがったのか!?」

「当たり前だ!」


 似たような状況を演劇で何度も観たことがある。

 大剣使いの勇者が追い詰められて、苦し紛れにWS(カリバー)を放つシーンを。


 WSカリバーは、前方に光の奔流を放つWSだ。

 殺傷能力はほとんどないが、相手を吹き飛ばすということに関しては優秀なWS。

 ロイは対人戦に慣れている感じだった。

 だからきっとカリバーを放ってくると読んでいたのだ。


「はあっ」

「――がっ!? くそったれが!」


 WSカリバーは放った後の硬直がとても長い。

 ヘリオンやユリオンのようにすぐ動くことはできないWSだ。

 僕の横薙ぎがロイの胴体を捉えた。


「っこの、雑魚がっ」


 腹を片手で押さえて後ろへと下がるロイ。

 鎧のおかげで致命傷にはなっていないが、それでも十分な深手だった。

 ロイは目を血走らせて睨んでくる。


 僕は油断することなく剣を構え、重心を下げてバネを溜めた。そのとき――


「――えっ?」


 とても嫌な音が聞こえた。

 決して聞き逃してはならない危険な音。

 カタカタと、この地下迷宮ダンジョンにおいて絶対に聞き逃してはならない音が響き、――それが止まった。


「くっ、こうなったらもう容赦しねえ!」

「え? おいっ、ロイっ!」


「気安くオレの名前を――っがばぁは!? あ、あ……あ?」


 ロイの腹から三本の爪が生えていた。

 それを信じられないといった顔で見下ろすロイ。

 しかし三本の爪はしっかりとそこにあり、爪はまだ伸びようとしていた。

 

 そう、ロイの背後にハリゼオイが湧いたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

よろしければ感想などいただけましたら幸いです。


あと、誤字脱字も……

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― 新着の感想 ―
[一言] 「でっ、…… 」 ーーーーーー誰だ?陣内ではない?ーーーーー ん?アイツ、、、ガ◯ト? か? ここでハリゼオイとは。 賊は残して、シーを回収、撤退、、、 すると、シーにペナルティある…
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