21話 横にして置ける花瓶
お待たせしましたー
「――」
目を覚ました、――と思う。
意識の大半はまだ霞がかっているが、僕は意識を取り戻したことを自覚する。
しかし――
( あれ? なんで? )
目を開けることができなかった。何故か目蓋が開かない。
意識はあるのに眠っているような感覚。
( 一体何が――えっ!? )
身体を起こそうと思っても身体も動かなかった。
指先、手のひら、右腕左腕、両脚、どれもこれも一切反応がない。
縋るように首だけでもと思うが、やはり動かない。
急に不安が押し寄せてくる。
――確か、僕は……
あっ! 思い出した! 僕はウルガさんに騙されたんだっ!
それでそのあと……アイツと戦って……
酷い怪我を負ってしまった。
陣剣のおかげで何とか勝つことはできたが、間違いなく瀕死の重傷だ。
血を吐いた。肋骨を折った。左腕も折れた気がするし、脚だってかなり怪しい。
もしかすると僕は――
じわりじわりと恐怖が這い上がってくる。
まだ生きると決めたのに、生きて帰ると誓ったのに、もしかすると僕は……
「アル? 起きたの?」
「――っ」
とても落ち着いた声。
だけど酷く不安そうな声音、僕はこの声を知っている。
リティだ。
「アル、ゆっくりまぶたを開けて」
「……」
ひんやりとした指先が目蓋に触れた気がした。
僕はその声に従い、ゆっくり目蓋を開く。
すると、さっきまで開くことができなかった目蓋が開いた。
「……リティ」
「――アルっ」
視界一杯にリティが映っていた。
無表情なのにとても泣き出しそう、そんな顔をしたリティが僕のことを覗き込んでいた。
「良かった、アルが目を覚まして」
ギュっと首元にしがみついてきた。
ほのかに香る彼女の甘い香りと、きめ細かく滑らかな肌触りが僕を撫でる。
一瞬だが、彼女の目尻に涙が見えた気がした。
「アル、すごく心配した」
「うん、ごめん」
僕は素直に謝った。
どんな経緯があったにせよ、僕はリティをとても心配させてしまった。
彼女にあんな泣き顔をさせてしまったことを思い出す。
「生きてて、本当に良かった」
「うん。…………え? ちょっとリティ!?」
リティが顔を寄せてきた。
具体的には、彼女の吐息が唇にかかるほどの距離。
「り、リティ!?」
彼女の唇がわずかに開き、その先にあるものを食もうと動く。
それはまるで、甘い物が注がれたグラスに口を添えようとするような仕草。
僕の身体は金縛りにあったかのように動かない。
あと数センチ、あと数ミリ。あと――
「おら、止まれっての」
ガシリと、誰かがリティの頭を鷲掴みにした。
そしてグイっと引っ張り、僕から彼女の顔を遠ざける。
「……おじさん、邪魔しないで」
「だから、邪魔するっての」
前にも見たことがある展開。
無表情で抗議するリティと、それを渋い顔で受け流すガレオスさん。
どうやら二人は、ベッドで寝ていた僕を見守っていた様子。
「あのな、リティ。動けねえ相手にそういうことをすんな」
「むう、動けない相手を狙うのは定石って習った」
「間違っちゃいねえが、これに当てはめるなよ。……全く」
痛みをそらすような仕草でこめかみを撫でるガレオスさん。
その気持ちはとてもよく分かる。
何と言うべきか、リティは所々ズレていることが多い。
「アルド、気分はどうだ? どこか変な感じのする場所はあるか?」
場を切り替えるようにガレオスさんが話を振ってきた。
僕はそれに応じることを選び、確認したかったことを訊ねる。
「あの、身体が全く動かなくて。僕の身体は…………どうなって……」
訊ねている途中で不安になってきた。
あれだけの怪我を負ったのだ、タダでは済まないことは理解している。
それがどれだけ酷い怪我なのか、それを知るのが怖くなってきた。
実際、身体が全く動かないのだ。
もしかすると僕は寝たきり状態になったのかもしれない。
でも――
「教えてください、ぼくの、僕の身体は」
「ん? ああ、取り敢えず怪我の方は…………何とかなった」
「え? 何とかなった?」
「ただまあ、あまりに怪我が酷ぇから、しばらくの間、身体の自由を奪った」
「奪ったって……え?」
ガレオスさんから身体の状況の説明を受けた。
まず僕は、いつ死んでもおかしくない程の大怪我を負ったそうだ。
身体のいたるところの骨が折れ、内臓なども危険な状態だったらしい。
だがモミジ組は、魔王戦を潜り抜けた歴戦のアライアンス。
聖女や女神の勇者様ほどではないが、彼女らに次ぐ回復術師が何人も在籍していた。
その複数のヒーラーと、運良く持ち合わせていたという神水によって僕は助けられた。普通だったら後遺症が残っていたそうだ。
しかしここで一つだけ問題があった。
何とか癒やすことはできたものの、それはギリギリだったということ。
少しでも身体が動いたりすると危険だったらしく、僕を一切動けない状態にする必要があったそうだ。
少なくとも三日間は動けないようにする必要があった。
だからそのため――
「――それで、拘束用の付加魔法品ですか?」
「ああ、本当は別の目的でこしらえたもんなんだがな」
僕の身体が一切動かなかった原因は、身体の自由を奪う付加魔法品の効果だった。
だから目蓋すらも開けなかった。
リティに声を掛けられたあと開くことができたのは、彼女がその付加魔法品を一つ外したからだった。
「あの、僕はこの状態であと……二日も?」
「まあ、絶対安静ってヤツだからな。このままここで寝てもらう」
丸一日寝続けた僕だが、あと二日はこのまま我慢しなくてはならなかった。
「退屈かもしんねえが、その付加魔法品のお陰で痛みも無ぇし、間違って動くことも無ぇ。だから感謝しろよ」
「はい、ありがとうございます。何から何までしていただいて。本来なら死んでもおかしくない程だったのですから、本当にありがとうございます」
「ふっ、別にかまわんさ。あと、【固有能力】に助けられたな、【耐強】がなかったら間違いなく死んでたぞ。特にアバラが酷かったみてえで、すげえグチャグチャだったってよ」
「……はい、そう思います」
話を交わすうちに安堵が広がっていく。
僕はまだ戦える。まだ冒険者でいられる。また誰かを守ることができる。
「良かった、僕はまだ………………?」
ふと、違和感を覚えた。
先ほどからリティの姿が見えない。
「ん? どうしたアルド、何かあったのか?」
僕の様子を察してか、そう訊ねてきたガレオスさん。
体調に何か変化でもあったのかもしれない、そう思ってくれているのだろう。
僕はその誤解をすぐ解く。
「いえ、そうではなく……リティの姿が見えなくて」
身体が動かせないので、視界の外に出られると探すことができない。
部屋を出た音はしなかったし、彼女が何も言わずに出て行くとは考えにくい。
「ん、アル、呼んだ?」
リティがひょこりと顔を出した。
彼女は僕の足下の方に移動しており、何かを行おうとしていた様子。
その手には、口の広がった花瓶のような物を持っていた。
横に倒して使う形状から、何となくとてもとても嫌な予感がする。
「り、リティ。それって……何に使うものかな?」
「ん、ナニに使う」
「ガレオスさんっ」
僕はすぐに察した。
一応知識では知っているし、それの必要性は理解している。
だけど、それを容認できるほど強くはない。
縋るような目で、いや必死に縋った目でガレオスさんを見る。
だがガレオスさんからの視線は、『オレにそんなモノを触れる趣味はねえ』という視線だった。
「アル、大丈夫、任せて」
「リティ、待って。いくら何でもそれは……あの、それは……」
上手い言い訳が浮かばない。
女性がみだりに触れて良いものではないし、僕的にもダメージが非常に大きい。
しかし相手はリティだ。そういった正論は一切通じないだろう。
まだ子供の頃、妹にイタズラで叩かれたことはあるが、それ以外では清い聖域であり、今後使うつもりもない。
――待った、
いまはそんなことを思い出している場合じゃないっ、
何とか、何とかこの危機を……
「アル、気にしないで」
「り、リティ……」
「これで二回目だから」
そう言って彼女は、ごそごそと作業にもどった。
閑話休題
「まあ、あれだ。……落ち込むな」
「……………………はぃ」
僕は現在怪我人なのだ。
だからこれは仕方ないことであり、立派な介護行為だ。
恥ずかしいと感じることではあるが、それで落ち込んで良いことではない。
それは介護をしてくれた相手に失礼なことだ。
「あ~~、落ち込んでいるところ悪ぃんだけどよう」
「いえ、平気です……」
僕は精一杯強がる。
そうしないと心の複雑な一部が折れてしまいそうだから。
リティは口の広い花瓶の中身を捨てに行っている。
「アルド、一つ聞きたい」
「はい」
ガレオスさんの真剣な声に、僕は心を切り替える。
リティが席を外すのを待っていたのだろう。
「今回の犯人、ウルガのことだが……ヤツに逃げられた」
ガレオスさんが、今回の件のことの顛末を語り始めた。
読んでいただきありがとうございます。
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あと誤字も……何卒




