11話 噂の英雄
本日二話目~~
僕は、英雄と讃えられている、勇者ジンナイに憧れている。
最初の切っ掛けは、父に連れて行ってもらった演劇だった。
父の知り合いが主役を演じることになり、その友人に父が招待されたのだ。
凄く面白い劇だった。
その演劇を観て興奮した僕は、隣に座っていた父にこう言った。
『ジンナイってスゴイね』と。
それを聞いた父は嬉しそうに、『ああ、本当に凄いんだよ』と言ってくれた。
その晩、僕は父に”ジンナイ”のことを尋ね続けた。
父は嫌な顔一つせず、嬉しそうに彼のことを語ってくれた。
どうやら父もジンナイに対し、憧れに似たようなものを持っていたそうだ。
昔、ジンナイに助けてもらったことがあるのだとか。
しかし今は王という立場から、表立って彼に会うことはできないと言った。
色々と複雑な理由があるらしい。
その後僕は、ジンナイが出てくる演劇が大好きになった。
そして強い憧れを持つようになり、自分もジンナイのような冒険者になりたいと思うようになった。
だから僕は、ジンナイに会ったことがある彼らに尋ねた。
父以外の人から見た、英雄はどんな人なのだろうと――
「――いいか? ヤツはすぐ落ちんだよ。マジで落ちんだよ」
「え……?」
「ああ、落ちるな。崖があれば偶然を装って飛び込み、段差があればさり気なく足を踏み外して滑落。両方とも無ければ地面を崩壊させてでも落ちようとしやがるんだ。あのクソ野郎は」
「え? あの? 落ちるって……」
モミジ組の人たちは、皆口を揃えて『落ちる』と言った。
確かに劇でも、ジンナイが誤って落下する場面はあった。
特に有名なのが『弓の乙女』という演目の劇。その劇では、ジンナイが深く掘られた堀へと落ちていた。
実際にあった出来事らしいので、ジンナイは本当に落ちたのだろう。
だがしかし、モミジ組の人たちの言うことが全て本当なら、ジンナイは合計で10回近く落ちていることになる。
さすがにそれは話を盛り過ぎだろう。
( いくら何でも多すぎるよ…… )
「……あの、さすがにそれは……」
「――しかもヤツはなぁ、勇者さまを巻き込んで落ちやがんだよ」
「えっ?」
「あったなぁ、目の前にいた女神の勇者さまに抱きついて落ちたことが……。――あの野郎、ふざけやがって。コトノハ様の……ふわふわ様を……」
指をわなわなさせながら、語っていた冒険者が激しい憤りを見せた。
その怒りの表情を見るに、嘘は言っていない様子。
きっととても心配したのだろう。
「そういやよう、サオトメ様のときもそうだったみたいだな。いきなり地面をぶち抜いて落ちたらしいぜ? 阻止する暇もなかったってよ」
「あれってすげえ人数を巻き込んだんだよな?」
思い出したかのように語る冒険者たち。
「おうおう、巻き込みって言えばあれが一番だろ? 地下迷宮での『初手落下事件』。ヤツがしゃがんだ瞬間、通路一帯が崩落したあれ」
「あーー、あのときは聖女の勇者さまを巻き込んだんだよな」
「あれは絶対に狙ってやがったぜ、ハヅキ様が近寄って来るのを……。しゃがんだのだって気を引くためのフリだぜ、きっと」
僕は話を聞きながら、話に出ていた勇者様のことを思い出していた。
このイセカイに召喚された勇者は21人。
いま話に出た三人のうち二人は、いまもこの世界に残ってくれている。
聖女の勇者ハヅキ様は、信者を率いて各地の孤児院を巡り。
女神の勇者コトノハ様は、所属していたアライアンスに今も所属。
各地の大規模防衛戦によく参戦していると聞いている。
そして弓の乙女と呼ばれた勇者サオトメ様は、魔王消滅後に元の世界へと戻ったと聞いている。
彼女はこのイセカイに残ってはくれなかったようだ。
何かで見た姿絵では、長身で長い黒髪の女性として描かれていた。
とても強い瞳が印象的な姿絵だった。
そんなことを思い出しながら、僕はモミジ組の人の話を聞き続けた。
閑話休題
「あれもヤバかったよな」
「ああ、やばかった」
「超やばかった」
「魔王とのときも――」
「……」
あれから数時間、話はどんどん大きくなっていった。
もはや盛るどころのレベルじゃない。話が別次元のモノへとなっていく。
演劇では語られていない逸話は、どれもこれも荒唐無稽なモノばかり。
もしこれらの話が本当に本当だとしたら、勇者ジンナイは英雄ではなくて死神か蟻地獄のどちらかだ。とても人ではない。
そもそも、それだけ落下しているというのに無事だという時点ですでにおかしい。
勇者ジンナイには、空を足場にして駆けることができる【固有能力】はなかったと言われている。
だと言うのに、落下による大怪我は一度もなかったそうだ。
「あのクソ野郎には本当に苦労させられたぜ。聞いたことあるだろ? 『ジンナイにはロープを巻け』って諺を。いや、格言だったか?」
「聞いたことありませんよっ。何ですかその諺は……」
「知らねえのか? ウチらの間じゃ常識なんだけどよう」
「ホントにあのクソ野郎は、勇者様と落ちるし…………オトすし……」
「あれだな、一緒に居て落ちてねえ勇者ってイブキ様ぐらいだったよな?」
「……」
僕の中のジンナイ像が崩れていく。
「あ、あのっ、勇者ジンナイはどんな戦い方をする人だったんですか? 演劇だとWSには頼らず、槍一本で戦ったって演じられていましたが」
「あん? そうだなぁ、アイツは――」
これ以上イメージを崩されたくなかった僕は、ジンナイの戦い方について尋ねることにした。
勇者であり、英雄でもあるジンナイは、魔王との最後の戦いのときまでWSを放つことができなかったと言われている。
しかもそれどころか【固有能力】も無かったらしく、本当に最後のギリギリまで何もなかったそうだ。
しかも魔法に関しては、最後まで取得することができず……だとか。
ハッキリ言ってその辺の村人以下だ。
勇者様のお言葉で言うところの『ハードモード』というやつだ。
WSや魔法、それと【固有能力】無しでどうやって戦ってきたのか、僕はそれを詳しく知りたかった。
そう、自分に似た境遇の彼が、どうやって戦えたのか……
この辺りは劇では詳しくやっていなかった。
「――そんなことが!? す、凄い、やっぱ英雄ジンナイは凄い……」
話の流れを変えてから数分後、崩れかけていたイメージが完全に回復した。
いや、前以上になったかもしれない。
それだけ凄い逸話を訊くことができた。
「……本当に、凄い……」
英雄ジンナイは。
たった一人で三体の魔石魔物を同時に相手にして倒したことがある。
魔物大移動が相手だろうと一人で戦い切ることができる。
ダンジョンの最奥に棲まう、深層魔石魔物という、通常の魔石魔物よりも遥かに強い魔物を、これも一人で倒したことがあると教えてもらった。
もう大興奮だ。
胸の奥が滾るように熱くなっていく。
やっぱり彼は大英雄だ。
「あ、あの、他には何か……」
「ん~~、そろそろこの辺でお開きだな」
「え? ――あっ!」
ガレオスさんに声を掛けられ、我に返って周りを見れば、店は閉店間際だった。
むしろ閉店の時間をかなり超えていたのかもしれない。
店員の男性からかなり冷えた視線をもらう。
「明日も狩りがあるんだしよ、そろそろ終わるぞ」
「……はい」
僕は顔を赤くしながら頷く。全く周りが見えていなかった。
簀巻きにされていたウーフは、藻掻き疲れたのか、それとも魔法で眠らされたのか、静かに寝息を立てていた。
「悪ぃなマスター。お勘定」
こうして僕は解放された。
そして、ジンナイに対しての憧れがさらに強くなったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想や感想などいただけましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も何卒。