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君と僕と無意味な日々

少年と少女の会話メインのお話

ちょっとシリアス風で巣

人は皆、死ぬために生きている。それを俺が実感したのは三歳の時だ。無論、そんなにはっきりと分かっていた訳じゃないけど、感覚としてそれは真実だと理解していた。

 

 わずか三歳にして、俺がそれを悟ったのには理由がある。なんのことはない、その年に俺の両親は盗賊に殺されたのだ。深夜、俺の家に忍び込んだ盗賊は俺の両親を殺し俺を見知らぬ場所に連れ去った。

 

 それから早九年。俺は十二歳になる。盗賊達から売り払われ同じような境遇の子供と共にこの家で暮らしている。

 

 「なぁ、ニーよ。」

 「なんだいイチ。」

 

 俺らははしゃぎながら走り回る年少の子供らを見ながら隣通しで膝を抱えて座っている。

 

 五月の中頃とはいえ降り注ぐ日差しは夏のようだ。ムシムシと暑い中であの子らのように走り回る元気などない。木陰で大人しくしていたいものだ。きっとイチも同じだろう。

 

 イチは俺と同じ年の女の子だ。ここに一番につれてこられた子供だからイチ。僕は二番目だからニーだ。俺らの間でここに来るまでのことを聞くことは禁止されている。もちろんほんとの名前も知らない。だけどそれで不自由はしていない。

 

 イチは肩くらいの長さに髪を伸ばしている。多分かわいいんじゃないのかな。分からないけど。こいつはよく難しい話を俺に振ってきては意地悪そうに笑うんだ。

 

 「また何か考えてるの?」

 「いやね、ここの人らは僕達をどうする気なのかと思ってね。」

 「また、その話か。いくら考えても答えなんてでないだろ。」

 「かもしれないね。それでも考えることはやめられないのさ。人間である以上は。」

 「そう。俺は人間だからこそ、それを考えるのをやめたよ。」

 

 俺が大袈裟にため息をついて見せると、イチは楽しそうにニヤリと笑った。

 

 「なるほど一理あるな。だがしかし、思考を止めることは死に繋がる。」

 「何言ってんのさ。俺らはとっくに死んでるだろ。それはここに連れてこられた頃からはっきりしてただろ。」

 「精神的な死と肉体的な死は別物さ。僕らは肉体的には、むだに生きている。」

 「生命活動をしているという意味ではね。」

 

 二人揃ってまたため息。何度そうして来たんだろう。こんな生産性のない話を。ここまでの話しは予定調和。きっとここからも。

 

 「僕らがここに連れてこられた理由も、これからどうなるのかも分からない。知っているのはここの主人がこれだけの子供を二十人ほどの子供を抱えても生活できるくらい金持ちだってことくらい。どうだい?考えるなという方が無理だろう?」

 「その問答が一回目ならね。これまでの考察は何かの実験。商品。奴隷。労働力。…etc。いずれにせよろくな答えが出なかったじゃないか。」

 「そうだな。身寄りのない子供を集めてやることなんて録なことじゃないだろう。」

 「……。」

 「しかし、僕がここに連れてこられて十年と四ヶ月十七日がたつが、考察した状態に陥ったことはない。むしろ、自由に学べ遊べる快適な空間だ。」

 「外との接触は自由に出来ないけどね。」

 「そこだ。」

 

 イチはビシッとひとさし指をたてる。

 

 「外への接触はここの主人あるいは住人と同伴でないとダメだ。」

 「それは僕らが子供だからだろう?」

 「そこを走り回っている幼子なら分かる。だが僕らはそろそろ二次成長を向かえる年齢だぞ?現実、主人と出かけた時に同じくらいの年頃をした子供らが一人で歩いているのを見ている。」

 「まあね。だけどイチ。外の彼らと違って俺らはワケアリだ。主人が野放しに出来ない気持ちも俺達には分かるはずだ。」

 

 ここでイチがむむっとうなった。他の子供達の歓声が上がる。鬼ごっこに決着がついたようだ。次なる遊びへと移行するため、散り散りとなる彼らの中から二人の女の子が手を繋いでこちらに来るのが見えた。

 

 「いい加減この話も潮時さ。俺らは裕福な家庭に引き取られたワケアリの子供。ワケアリがゆえに主人達は過保護になっているのさ。今のところ平和に暮らしているってことでいいじゃないか。」

 「思考停止も(はなは)だしいが、あの幼子達に聞かせる話ではないのは確かだな。続きは夜にしよう。」

 

 俺とイチは重い腰をあげ駆け寄ってくる子らを受け止めた。

 

 夜である。昼間に宣言した通りにイチは寝床で話題を再開した。同じ年の子供が同室になっているこの家で、十二歳は俺とイチの二人だけだ。都合がいいんだか悪いんだか、話すのにはちょうどいいけど。

 

 男女なので申し訳程度の仕切りはあるが、イチはその仕切りを悪気もなく突破し俺のスペースに侵入してくる。備え付けの椅子によいしょと座ると目を爛々と輝かせる。

 

 「さてと、昼間の続きと行こうじゃないか。」

 「昼間にも言ったけど、何度話しても答えなんてでない。イチはどうしてそんなにこの話にこだわるんだ?」

 「好奇心かな。あるいは己の身を守るため。または、ただの雑談でもある。」

 「なるほどね。それなら君がこの話題に執着する理由も分かったよ。」

 「それは僥倖だ。」

 「これも昼間に言ったけど、俺達はただ親切でちょっと過保護な人間に保護されただけかもしれない。」

 「その可能性に賭けるのは悪くない。悪くないが、最適解ではない。僕はつまり最悪の状況を把握していたいのさ。」

 「そうか。」

 「そうさ。」

 

 しばし流れる沈黙はこの話が終わった証ではない。ただのクールタイムだ。

 

 「何かあるとしたら僕らが先陣を切る可能性が高い。」

 「年齢的にはね。そうとも限らないけどさ。」

 「まあな、幼子の方が都合がいいこともある。しかし、僕とニーがここにいる以上、ある程度まで成長するのを待っているという方が考えやすい。」

 「それなら、何かあった場合僕らが先陣を切って行けばいい。そういう覚悟は決められる。」

 「そうだな。考えても仕方がない話だというのは承知している。それでも考えを止められない性分でね。」

 「それはイチの美点だろ。」

 「誉め言葉として受け取っておくよ。実際、ニーの言う通りだとも思うんだ。親切で過保護な人に保護されただけ。それだけなのだろう。ここの主人も住人も優しい。ひどいことをされた記憶はない。僕らに対し真摯に向き合ってくれているよ。そんな彼らを疑い続けている僕はなんなのだろうな。」

 「…妙にしおらしいな。イチらしくない。」

 「僕らしくない。確かにらしくないかもな。」

 

 余裕で皮肉げで自信の塊のイチらしくない弱った台詞。原因があるとしたらあれだろうか。

 

 「ひょっとして今日ニジューイチが…弟がやって来たのが原因か?」

 「ニジューイチか。無関係ではないだろうな。彼はここにいる誰よりも幼い。彼に何かあれば年長者とし彼を守りたいと思う。その考えが僕を少々慎重にさせたのだろう。」

 「ニジューイチはまだ二歳だったかな。俺がここに来た時より年少だ。弟だからね、俺も守りたいと思うよ。」

 「そうか。だがな、守りたいと思っているのはニジューイチだけではないぞ。他の弟や妹もだ。」

 「俺も同意だよ。」

 「その中にはお前も含まれているんだぞ?ニー。」

 

 ニヤリと笑ったイチの顔は、今日のどのイチよりもイチらしい表情だった。

 

 「僕の方が姉だからな。言ってみれば、僕はここの長姉であるのだ。ニーのことを守るのも僕の務めである。」

 「自分のことくらい自分で守れるさ。だいたい俺とイチは同じ年だろう。」

 「いや、正確には二ヶ月と七日、僕の方が年上だ。」

 「それでも対した差じゃない。勝ち誇った顔するな。」

 

 イチに枕を投げてやると彼女は危なげなく、それをキャッチした。

 

 「なんだ。事実だろう。弟を守るのは姉の役目だ。」

 「そうかもな。それなら、そんなイチを俺は守ろう。」

 「生意気な弟だ。」

 

 イチが枕を投げ返してくる。けっこう強い。こいつ本気で投げたな。

 

 「ニーに守られる未来が来ないことを祈ろう。」

 「イチに守られる未来が来ないことを祈るよ。」

 

 そうして俺達は顔を見合わせてひとしきり笑った。笑いすぎて目元に浮かんだ涙を拭いながらイチは言う。

 

 「僕はな、僕自身の死についてはどうでもいいんだ。ただな、僕の弟や妹達に何かあったらと思うと心配なのだよ。」

 「大丈夫さ。その時は俺も一緒に弟や妹達を守るよ。」

 「それは心強いな。」

 「そうだろ?」

 「ああ。安心だな。」

 

 深刻そうな顔はイチには似合わない。こうやって笑っているのが一番いいと俺は思っている。

 

 「さて、そろそろ寝ようよ。明日も早いだろ。」

 「まぁ、そうだな。明日も彼らの相手だ。幼子の体力は底知れないから休息は必須だ。」

 「そういうこと。」

 「分かった。僕は自室に戻る。」

 

 イチは衝立から自分のスペースに戻るが、その心配は消えるわけではない。兄弟が増えるたびに、あるいは突拍子もなく繰り返されるのは分かる。この先俺らは何回とこの話題について話すことになるだろう。

 

 これまでもそうだったし、きっとこれからもそう。だがそれでいい。少しでもイチの心配が消えるのなら、それで。

 

 だって、イチの心配が現実になることはないと俺は知っているのだ。ここの主人は優しい人だ。お人好しとも言える。

 

 自分も不幸な目にあって、誰にも助けて貰えなくって、大人になったから、自分と同じようなワケアリの子供達を集めて助けたい。そういう考えの持ち主だ。住人達もそんな住人と同じような境遇だったもの、考えに賛同したものが集まっている。だから皆俺達に優しいのだ。

 

 俺はそれを知っているのだ。

 

 それをイチに伝えたこともある。だけど、それはイチに伝わらないのだ。番号で互いや兄弟を呼び、保護者を主人や住人と呼んでいるのは僕らだけ。

 

 外に出ても保護者と一緒なのは、僕がイチに話したのが事実だ。ワケアリの子供達を外で一人にするにはまだ早いとの判断から。もう少ししたら試してみてもいいかなと主人は笑ってたっけ。

 

 ついでに言えば、保護者の中には勉強を教えてくれる人もいる。俺達は彼から勉強を教えてもらっている。だから外に行ったとしても問題ない学力はあると思う。毎日走り回っている兄弟達を見ると体力的にも問題なく育っているのが分かる。もちろん毎日満足に食べさせてもらっているし、ゆっくり寝れる。

 

 ここは安全だ。と俺には理解できる。

 

 だけど、イチにはそれが出来ない。それは過去のワケのせいなのか。僕には分からないけど、人を信じられなくなるのもしょうがない過去がある。そう聞いたことがある。過去のワケを聞かないのが、ここのルールだけど、そのルールを破り教えてくれたのは、主人が俺にイチを任せたいと思ってくれたからだった。

 

 イチは頭がよくボキャブラリーが豊富だ。その話についていけるのが大人を除くと俺だけだった。ありがたいことにイチは俺を信頼してくれているらしい。だから俺は主人からイチの話し相手を頼まれた。

 

 それをイチは知らない。知らなくていい。

 

 頼まれなくたって俺はイチと話すけれど、もし頼まれていたことを知れば、イチは俺を主人の手先だと思うだろう。そうなれば、あいつはますますからに閉じ籠るだろう。だからバレるわけにはいかないのだ。

 

 「おやすみ、イチ。」

 

 俺は仕切りの向こうに声をかける。

 

 「おやすみ、ニー。」

 

 仕切りの向こうから満足げな声が聞こえた。良かった、これでいい。イチの平穏を守れれば俺はそれでいいのだ。そのためには俺はなんでもしよう。

 

 「また明日な。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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