喫茶ひととき
ちょっと不思議な喫茶店のお話
気づいたら真っ暗な場所にいた。
部活をしてたはずなのに、どうしてこんなところにいるんだろう。周りを見渡すけど暗すぎてここがどこだか分からない。
「誰かいませんかー?」
返事はない。暗い闇に声が飲み込まれたかのようだ。どうしようか、途方にくれていると、遠くの方に光が見えた。私は光が見える方に駆け出した。
そこには扉があった。真っ暗な場所にそこだけが浮かび上がっているように見える。この先には何があるんだろう。私は扉に手をかける。
「誰かいませんか?」
「おや、珍しいお客さんだねぇ」
扉の向こうは光に満ち満ちていた。暗闇に慣れてしまった目には少々刺激が強い。
「本当ですね。これはこれは可愛らしいお嬢さん。このような辺境の地にどのようなご用です?」
「ひっ!」
ようやく慣れた目に映ったのは私の手を取り目の前に跪く男性の姿だった。そんな体勢でも分かるくらい長身で痩せている。針金細工を思わせる体型だ。それよりも目をひいたのは彼の顔である。のっぺらぼうのように目や鼻や口がない。びっくりして後ずさるとさっきと同じ声がした。男の人と一緒にいるお姉さんの怒鳴り声だった。
「コラッ、篝。いつも言ってるが客を口説くんじゃないよ!お前の姿は若い女には刺激が強すぎんだ!よく見ろ怯えてんだろ!」
「ああ…。これはこれは失礼いたしました。このような殺風景なところであなたのような美しい存在に出会えたことで我を失いました。ご容赦願います。さぁ、一先ずお席に案内しましょう」
篝と呼ばれた男性に手を引かれ私はカウンター席に案内された。落ち着いて周りを見てみると、この場所の中には、テーブルと四人がけの椅子が組になったものが五組ほどあり、私の座っているカウンターの所にも五つ椅子があった。
カウンターの席には私以外座っている人がいなかったけど、五組のうち二組のテーブルには人がいた。なにか飲んでいるようだ。
「コーヒー?」
「ご名答です。ここは喫茶ひととき。一時の休息をあなたにご提供する場です。どうぞごゆるりとお過ごしください」
学校にいたのにどうして喫茶店に?訳が分からない。疑問を抱えて首を傾げていると、女性と目があった。頭をガリガリとかいている。
「あー、とりあえず座ってくんな。ここは喫茶店だ。コーヒーでも飲みながらゆっくり話そうや」
「は、はい」
戸惑いながら席につくと、コリコリと豆を引く音が聞こえた。針金細工みたいな男性、篝さんがコーヒー豆を引いている。
「さてと…。おーい、琥珀!」
「なーにー。マスター?」
お姉さんが声を張り上げると、五歳くらいの子供がトタトタと走りよって来た。ふわふわの栗色の髪の毛をしていて、目鼻立ちがハッキリとしている。男の子だとは思うけど、とても可愛らしい子だ。琥珀と呼ばれたその子はくりくりの目で私を見つめる。
「えと、こんにちは?」
じーっと見られる視線に耐えられず挨拶をしてみると、男の子はその大きな目をさらに大きく広げた。
「こんにちは。珍しいお客さんだね。マスター」
「やっぱりそうかい」
カウンターの向こうにいたお姉さんはその下にいる琥珀君を見下ろしてから私を見据えた。
「あ、あの!ここはどこなんですか?私、高校で部活していたのに、いきなりこんな場所に来てしまって…」
「嬢ちゃん」
スッと目を細めたお姉さんに私は押し黙る。なにかただならぬ気配を感じたのだ。
「あんたが知りたがっていること教えてあげるよ。ここはこの世とあの世の間に存在する喫茶店。喫茶ひとときさ。ここにいる客は皆、あの世に向かうまでの一時をこの喫茶店で待っているのさ」
クールに笑うお姉さんの言葉が理解できたのは少し経ってのことだった。
「あの世とこの世の間…?…あの世って、あの、あの世?!えっ、私、死んじゃったの!!」
「だから、落ち着けって。あー、篝!」
お姉さんはガリガリと頭を掻くけど、私はそれどころではない。私、死んじゃったの?どうして?そればかり考えていた。
「お嬢さん、落ち着いてください。マスターのお話にはまだ続きがございます。さっ、こちらをどうぞ」
コトリと音をたてて置かれたコーヒー。ふわりと香った芳醇な匂いに私は自分が死んじゃったのかと思う気持ちすらも忘れて香りを楽しんでしまった。
コーヒーを口に含むとその香り以上に複雑な旨味が口に広がった。ブラックコーヒーは苦いだけだと思っていたけど、これはフルーティーな甘みがある。ゆっくりと味わいたいのにゴクゴクと飲み干したい衝動に襲われる。
「どうやら気に入って貰えたようだ。良かったじゃねぇか、篝」
「あっ、えと、すみません。美味しすぎて…」
カウンターに片肘をついて目を細めるお姉さんの視線に気づき、私は慌ててコーヒーカップを置く。
「あー、いいんだ。いいんだ。そんなに気にいって貰えるなんてあたしらとしても本望よ」
「ええ、お褒めに預り恐悦至極でございます」
いつのまにかカウンターの向こうのお姉さんの隣に移動した篝さんが優雅に一礼をする。
「良かったら、こいつもどうぞ」
お姉さんが手渡してくれた皿にはケーキが乗っていた。ガトーショコラだ。ふんわりとしているチョコレート色のケーキには、雪のような粉砂糖が振りかけられている。さらに宝石のように輝くベリーが添えられていて、とても可愛らしい。
ひと口食べて驚く。これもめちゃくちゃに美味しい。ケーキの甘さとベリーの酸っぱさが絶妙にマッチしている。ガトーショコラなのに重たくなくていくらでも食べられそうだ。
これがコーヒーととても合う。ケーキとコーヒを口に運ぶ手が止められない。私はどちらもあっという間に完食してしまった。
「すごく美味しかったです」
「そりゃ良かった。久しぶりにここでそんな反応が見れたよ。いいもんだねぇ。あいつらはどうも反応がなくって、やる気が失せるんだよ」
お姉さんは向こうのお客さんに向かって顎をしゃくる。琥珀君が注文を聞いているようだった。
「お嬢ちゃん。あんたにはあの客が誰だか分かるかい?」
「えっ?」
言われて向こうのお客さんの方を見る。あれ?
確かにそこに誰かがいると思うのに、その顔や体には靄がかかっているようで男の人なのか女の人なのかさえ分からない。なんだか気味が悪くて目をそらし私は首を横に振った。
「そうかい。それじゃあ名前は何て言うんだい?」
「譲羽紬(ゆずりは つむぎ)です。」
「譲羽…譲羽ねぇ。珍しい名字だ。どうやら引っ張られた訳ではなさそうだね」
「引っ張られる?」
「現世からあの世に行った魂が別の魂を引き寄せちまうことがあるんだよ。寂しいからかか苦しいからかなんでそうなるのかは知らないがね」
私は少し怖くなった。それは道連れと言うのではと思ったからだ。私は引き込まれたわけじゃないみたいだけど、そういう理由でここに来る人もいるのだろう。…話題を変えよう。
「あの、お姉さんのお名前はなんて言うんですか?」
「名前は教えられないんだ。そういう決まりでね。皆はマスターとか店主って呼んでるよ。」
「名乗らないのが決まりなんですか?さっき、私、名乗っちゃいましたよ!?」
もし名前を言ったことで元の世界に変えれなくなったらどうしよう。心配になったが、どうやらそうではないみたい。
「嬢ちゃんは考えていることが全部、お顔にでちまうようだね。安心しな。名乗りをあげてはいけないのはあたしの方だけさ。あたしらはね、ここなで働くのに1つずつ制約を持っているのさ。」
「制約?」
「約束事ってやつだね。」
「じゃあ、あの人達も?」
「あの人達…?ああ、篝達かい」
私がお姉さんと話していると、ちょうど篝さんがコーヒーのおかわりを持ってきてくれた。
「篝、お前の制約を教えてやんな」
「制約ですか?私の制約は『顔を明かしてはならない』ですよ。」
「ああ、だからそんな仮面をつけてるんですね」
「ご名答です」
篝さんの表情は仮面で分からないけど、その声はとても柔らかい。
「マスター。しばらく休憩していい?」
トテトテとやって来た琥珀君が私の横の席によじ登るようにして座る。お姉さんはお客さん全員を見渡す。
「ああ、いいよ。お疲れさん」
お姉さんは琥珀君の前に飲みものとガトーショコラを出す。甘そうなこの飲み物はココアかな?
「琥珀君にも制約があるの?」
「制約?」
「今、ちょうどその説明をしてやってたのさ。琥珀も教えてやんな」
お姉さんはまた頬杖をかく。琥珀君はココアをくいっと飲む。
「僕の制約は『姿を見せてはならない』だよ」
「えっ、姿?見えちゃってるよ?」
「大丈夫!僕の姿は仮の姿だから」
「仮の姿?」
えへへと笑う琥珀君。お姉さんが補足してくれた。
「琥珀の姿は本当の姿じゃないんだよ。あんたに分かるように言うと変装してるってことだ」
「変装?」
にこにことココアを飲む琥珀君は年相応の子供にしか見えない。どこが変装なんだろう。
「まぁ、難しいことは考えなさんな。所詮ここは一時を過ごす場所に過ぎないんだからね」
怪しげに微笑むお姉さん。私は二杯目のコーヒーをいただくことにした。その様子をじっと見てたらしい琥珀君と目が合う。
「お姉ちゃんはどうしてここに来たの?」
「琥珀。いくら珍しいからってお客さんの事情を詮索するんじゃないよ」
「ごめんなさい」
シュンとした琥珀君を見ていたたまれなくなった私は声をあげる。
「気にしないで。もしかしたらそれを思い出したら帰れるかもしれないし」
「ほんと?」
琥珀君は私ではなくお姉さんを見た。私と琥珀君を見比べたお姉さんはやれやれと息をつく。
「その可能性もなくはないね。どの道、語らう以外にやることもなさそうだ。篝、あたしにもコーヒーを寄越せ。後、客が落ち着いているからお前も休憩だ」
「かしこまりました」
篝さんがお姉さんの言うとおりにコーヒーを用意し、空いているカウンター席に腰かけた。
「さてと、あんたはどうしてここに来たんだい?部活がどうって言ってたけども」
「はい。私はいつも通り高校で部活をしていて、気がついたら暗闇の中にいてそこにあった扉を開いたらここに来たんです」
「ふーむ、なるほど」
篝さんが顎の辺りに手を当てる。
「その暗闇というのはあなたの世界からあの世への道の一つなのでしょう。あなたはあなたの世界で何らかの影響を受け死に瀕した。しかし死を待たずして扉を開いたため珍しいお客となったのですね」
篝さんは納得したようだけど、私には全然分からない。それを補ってくれたのは意外にも琥珀君だった。
「あのね、お姉ちゃんがいた現世からあの世への道はいっぱいあるの。この喫茶店は現世で死んじゃった人がこれる場所なんだけど、お姉ちゃんはまだ生きてるのにここに来ちゃった珍しい人なの」
「琥珀の言うとおりだね。現世ではあんたは昏睡状態ってとこだね。臨死体験をしてんのさ」
二人の話を受け私はコーヒーを飲む。少しでも気持ちを落ち着かせるためだ。
「もし、これが臨死体験ならあなたたちは…」
「あんた意外と肝が座ってんね。普通この状況で人のこと気にしてらんないと思うけど?」
「ここで焦ったところでどうしようもないから。夢ならば自然と覚めるだろうし、臨死体験なら生き返るように願うしかないです」
「へぇー、気に入ったよ。普段その手の質問は誤魔化してんだけど教えたげるよ。あたしらは死んじゃあいないよ。現世とあの世を行き来できんのさ。それぞれ制約を持つことでね」
私の目を覗き込むようにお姉さんは言う。私はその挑戦的な瞳を見返した。
「それが『名を明かしてはならない』『顔を明かしてはならない』『姿を明かしてはならない』の制約ってことですか」
「そうさ」
お姉さんは嬉しそうに笑い、それから何かに反応したかのように天井を見た。それにつられて私も天井を見る。すると不意に視界が揺らいだ。あれ?お姉さんが横になってる。違う私がカウンターに倒れかかったのだ。
「時間になっちゃったんだね」
「そのようですね」
琥珀君と篝さんの声が聞こえるけど姿を見ることが叶わない。動けないほどのものすごい眠気が私を襲っていたのだ。まだ聞きたいことがあるのに。どうして?
「抗わない方がいいよ。ここを離れる時間が来たのさ。あんたみたいなのと会えてあたしらも楽しかったよ」
薄れ行く意識の中で優しいお姉さんの声が聞こえた。
* * * * * * * *
「行ってしまわれましたね。ああ、あのように可憐なお嬢さんにお会いできる機会などめったにありませんのに」
「うるさいね。ここは一時を過ごす場所だ。長くはいられないことぐらい分かってんだろうに」
「分かっておりますよ」
「あの、お姉ちゃんは生き返ったのかな?」
「さてね、あたしらには知るすべもないよ。…おっと次の客だ。琥珀、頼むよ」
「はーい。こちらにどーぞ」
「いらっしゃい、喫茶ひとときへ。ここは現世とあの世の狭間にある喫茶店さ。しかるべき時が来るまでゆっくり過ごしなよ」




