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海の底での物語

海の底の町で暮らす姉妹のお話です

「シエラ、またこんなところにいたの?」

「リリィか。今は手が離せない。みんなと遊んでいるといい。」

 

 シエラと呼ばれた少女は声のする方に振り返る。それが妹のリリィであると認めた彼女はリリィを追い払うようにしっしっと手を振った。

 

 それには構わずリリィはシエラの方に近寄ってくる。

 

 「今度は何を作ってるの?」

 「これか?酸素を溜める袋を作っているのだ。これが出来れば町の外にだって遊びに行けるぞ!」

 「酸素?」

 「呼吸により酸素を取り入れることで人間は養分を分解しエネルギーを得て生きることが出来る。息を止めると苦しくなるだろう?」

 「うん。」

 「身体中の細胞が酸素を求めているのにも関わらず呼吸を止める行為を行い、酸素が不足するから苦しくなるのだ。だから、私は酸素を溜める袋を作っているのだ。」

 

 自慢げに答えるシエラにリリィは首をかしげる。

 

 「そんなの作って何になるの?」

 「無論、この町から出るのだよ。」

 「シエラ…まだ諦めてないの?」

 「諦めるわけなかろう。私の夢はこの町の外に出ることなのだからな。」

 

 カラカラと笑うシエラにリリィは内心あきれていた。姉のシエラはリリィより六つも年上の十七才だ。十七才というと将来に向けた勉強や家業の手伝いを行っている年だ。なのにこの姉と来たら家の手伝いをほっぽりだして、時間があれば発明と言ってよく分からないものを作っているのだ。

 

 リリィはがっくりと首を垂れた。両耳の下で三編みにされた髪の毛が揺れる。顔をあげるとブルーの瞳を細め、十一歳らしからぬ大人びた仕草で姉に言い聞かせる言葉を発した。

 

 「ねぇシエラ、この町からはだれも出たことがないんだよ?」

 「ああ、そうだな。私が初めての人間となるだろう。」

 

 リリィがそれとなく注意してもこの調子だ。姉はいつも発明で汚れた姿でただ笑うのだ。

 

 幼い頃からもう何万回も繰り返したやり取りだ。シエラは子供の頃から町の外に行くのが夢だった。それは妹のリリィとしても応援したかったけど、それは誰も成し遂げたことのないこと。それがシエラに出来るわけがない。

 

 この町からは誰も出られない。なぜなら、この町は海の底にあるからだ。先祖は漁師だったとも海賊だったとも言われているけど、船に乗った彼らは大波に巻き込まれ海の底に沈んでしまった。

 

 だけど運がいいのか悪いのか海の底に生える不思議な植物大樹アイーロが作り出した泡の中に彼らは落ちたのだ。泡の中では水が入ってこなく呼吸が出来る。ドームのように広がった泡の中で、戻るすべを失った彼らはこの場所をレイライと名付け生活をした。

 

 何もなかった海底から生活を起こすのは過酷なものとなったが、そんな先祖達のお陰でレイライは小さい町ながらも安心して暮らせるようになった。

 

 食料は難破した船に積んでいたものから種を植え栽培に成功していたし、住みかは大樹アイーロを加工し住むことが出来た。

 

 加えて、難破した当時救難信号を出していたお陰で地上から物資の援助もされていた。食料もだが衣服や鉄具などの道具が届いていた。それは今でも続いている。あるポイントから荷を落とせばレイライに届くことを昔の偉い人は解析したのだ。その偉い人も海底から地上に上がるすべを見つけることはできなかった。

 

 しかし、先祖達が頑張ってくれたお陰で数百年たった今ではなに不自由ない生活が出来るまで発展した。

 

 「へんてこなことするのはいいけど、家のお手伝いをしてよ!シエラが来ないから私は普段より多くのことをしなくちゃいけないんだよ。」

 「あー、すまないな。分かった、これが終わったら行く。」

 「ダメ、今。」

 「そんなに揺さぶるな!壊れるだろう!」

 

 名残惜しそうに作ってたものを置いて、仕方無さそうにシエラはついてくる。

 

 「母さん、シエラを連れてきたよ。」

 「ほんとうだ。よくひっぱりだしたね。」

 

 二人の母ハナラは洗濯をしていた手を止め目を丸くしてシエラとリリィを見た。乗り気ではないシエラも諦めがついたようだ。

 

 「したかない。早く終わらせて向こうに戻るとしよう。何をすればいいんだ?」

 「海藻集めをしに行くの。シエラも手伝ってよね。」

 「ふむ海藻集めか。いい素材が見つかるかもしれんな。分かった。行こう。」

 

 姉の発言にリリィは母と顔を見合わせてため息を吐いた。それでも少しはやる気になってくれたのでよしとしよう。

 

 リリィは家の物置から集めた海藻を入れる籠を取り出した。籠は背中に背負うタイプのもので竹で作られている。これを作ったのはシエラだ。こういう役に立つものもたまには作ってくれる。こうしたものを売るお店をしたらいいのにと前にリリィは言ったけど、シエラは「町の外に出る資金にはいいかもしれないな。」と違った解釈をされてしまった。

 

 「ついた!…リリィもちゃんと採るんだよ。」

 「分かっているさ。」

 

 ほんとかな?リリィはシエラがどっかに行ってしまわないように目の届くところで海藻を採集し始めた。

 

 家から少し離れた平地には大樹アイーロではなくいろいろな種類の海藻が生えている。乾燥させるとよく火に燃える真っ直ぐな海藻がリュマ。食器洗いや洗濯に使うごわごわした丸い形のらブッシュ。栄養がたっぷりで食料として使われるシメンは分厚い葉っぱが何枚も重なった風貌をしている。

 

 これらの海藻は生活の必需品なので毎日のように集めに来る。リリィは母に教わった海藻の特徴を思い出しながら採集する。

 

 「ねぇ、シエラ?」

 「ん?どうした。」

 

 シエラはきちんと海藻を集めていた。ぶつぶつと何やら呟いているのは、この海藻達の別の利用法を考えていたからだ。

 

 「シエラはどうしてそんなに町の外に行きたいの?」

 「どうして…か。」

 

 思えば今まで何を作っているのか。何で作っているのかと聞かれはしたものの町の外に行きたいとだけ言っていた。それでは理解が得られないのも当然だなとひとりごち、シエラは海藻を集める手を止めリリィと向き合った。

 

 「おい!どうした。」

 

 リリィは瞳をうるうるさせて泣いていた。さすがのシエラも驚きリリィに駆け寄る。

 

 「この町にいればなんの不自由もしないって父さんも母さんも言ってるよ?それなのにシエラは町が嫌だって…。私たちのことが嫌いだから外に行きたいの?」

 「そうではない!そうではないから泣くな。」

 「違うの?」

 「違う。」

 「じゃあなんで?」

 「分かった、分かったから。私が悪かった。ちゃんと話すから。」

 

 座りこみいっそう激しく泣き始めたリリィ。シエラはリリィの頭を優しく撫でる。少しずつ収まる鳴き声に幾分安心したシエラはほうっと息を吐いた。

 

 「落ち着いたか?」

 「う、うん。」

 

 リリィはまだしゃくりあげているが、話せるくらいには落ち着いていた。シエラはがしがしと頭を掻く。ざんばらに切られた短い紺の髪の毛がバサッと広がる。

 

 発明の邪魔だとシエラが自分で切るためそんな髪になっている。背は高いが幼い顔立ちをしているシエラはそれなりの格好をすれば美人だというのに、その性格と格好のせいで台無しだ。

 

 「何から話したものかな…。私はこういうのが苦手なのだ。」

 

 眉間にシワを寄せシエラは考え込む。リリィはそんな姉の姿をじーっと見つめた。

 

 「リリィは町の外に出てみたいと思ったことはないのか?」

 

 考え抜いたあげくにシエラはリリィにそう問うた。んーっと考えてリリィは答える。

 

 「思ったこともあるよ。だけど父さんも母さんもシエラもお友だちがいるから、町の外に出たいとは思わなくなった。町の外に出たらみんなに会えなくなるんだよ?」

 

 「そうか。私はな、お前よりも幼い頃から町の外に憧れていたのだ。この海の外には何があるのだろうと好奇心が掻き立てられてやまないのだ。それに一度町からでようとも帰ってこればよいだけのことだ。」

 

 キラキラとした瞳で語るシエラ。その瞳の奥には外に出た自分を想像した姿が写っているのかもしれない。

 

 「それにな、この町に頼らず自分で生きていくすべを見つけるのも大事なのだと思うのだ。」

 「どうして?」

 

 あどけない仕草できょとんとしたリリィ。語る言葉を考え考えシエラは言う。

 

 「ここは地上からの援助によって成り立っているのだ。」

 「地上からの援助?」

 

 まだ幼いリリィには少し難しかったらしい。あーっとシエラは腕を組む。

 

 「この町ではこうして海藻を集めることが出来るだろう?」

 

 シエラは近くにあったシメンをちぎって見せる。

 

 「そうだね。いっぱい採れるよ。」

 「ああ、海藻はあちこちで採ることが出来るな。だけどリリィが持っている本はどこで手に入れた?」

 「母さんが買ってくれた。」

 「そうだな。正確には父さんが働き、得た糧で交換してもらったのだ。それじゃあ、その本はどこから来たか分かるか?」

 「知ってるよ!カダルギおじさんのお店だよ。」

 

 リリィが言うカダルギおじさんのお店とは地上からの物資を扱っている場所だ。レイライの住人はここを含めたいくつかの店で必要な道具などを揃えている。

 

 「そうだな。カダルギの店では色々なものを扱っている。あれは地上から援助された物質だ。カダルギはレイライでの物質を地上に送り対価としてそれらの物質を貰っているのだ。」

 「ものは地上に送れるんだもんね。」

 

 水に濡れない袋のようなものに長い紐をつけた地上とのやり取り道具は定期的に町に現れる。決められた人以外が触ると厳しく罰せられるので触れることはできないが二人もよく見ている。

 

 特にシエラはそれを参考に地上に出られないか画策しているため観察にも熱が入っていた。

 

 「そうだ。地上からの物資があるお陰てレイライは成り立っているのだ。」

 「そうだね。」

 「では、その物資がなくなったらどうなる?」

 「んー、地上からものが来なくなったらだよね。困ると思う。」

 「ああ。困るんだ。それが町の外に出たいと思っているもうひとつの理由でもある。」

 「どういうこと?」

 「町の外に出て、レイライへの支援を継続してもらえるように頼みたいのだ。このままでは物資の支援を止められてしまうかもしれないからな。」

 

 シエラはあっさりと言ったが、リリィは顔色を変えた。幼い彼女にも物資が来なくなったらどうなるか理解できるのだろう。

 

 「そんなことになったら皆死んじゃうよ、なんで?なんで、止められちゃうの?」

 「わっ、ちょ、ちょっと落ち着け!可能性の話だ。そうなるとは限らない。」

 「本当?」

 「この先どうなるか分からないなら用心に越したことはないと言うだけだ。」

 

 がくがくと揺さぶられシエラは目が回った。揺さぶるのを止めたリリィは不安そうな目をしている。

 

 「少なくともリリィが大人になるまでは大丈夫なはずだ。それより先にもしかしたらそうなるかもしれないと言うだけだ。それに地上からの物資が届かなくなろうとも皆が死ぬようなことにはならない。食料も自給できているのだからな。」

 「そっかぁ。」

 「ああ、だからな。私が町の外に出たいのはほとんどが好奇心なのだ。そのついでにレイライの安定も取り付けてこようかというところだ。」

 

 シエラがにっと笑うとリリィもようやく安心したように顔をほころばせた。

 

 「そうだったんだね。教えてくれてありがとう。ねぇ、シエラはどうしてそんなことを知っているの?こんなこと町の大人も知らないのに。」

 「どうしてだろうな。私は人よりも考えることが得意なのだろう。ならば、せっかく授かった特技を活かそうと思ったまでだ。」

 

 キラキラとした瞳で見てくるリリィが眩しくてシエラは頬を掻く。

 

 「さて、そろそろ採集を再開しよう。母さんが待っているだろう。」

 「うん!」

 

 二人は腰をあげて海藻の採集に取り組んだ。

 

 「早く終わらせて、シエラの素材集めもしちゃおっか?」

 

 リリィがイタズラっぽく笑う。

 

 「いいのか?」

 「うん!お話ししてくれたお礼にわたしも手伝うよ。」

 「ならば急ごうか。」

 

 シエラもリリィとよく似た笑顔を浮かべる。

 

 リリィは姉が自分に町の外に出たい理由を話してくれたことが嬉しかった。シエラのことがもっと分かった気がしたからだ。

 

 それから二人は急いで素材集めも行い家に帰った。シエラはまた家の裏で作業を行うらしい。彼女が地上にと降り立つ日はそう遠くないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

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