覚醒
「おおおおおおっ!」
アリーが稲妻を放ち、ハナが水を撃つ。互いに衝突しあい、空中で弾け散る。
無呼吸でハナは腕を振りかぶり、魔法陣を幾つも出現させる。大小様々なそれは、複雑に関係しあっていた。
魔を極める魔女だからこそ可能な術式だ。
倒するアリーも地面に巨大な魔法陣を刻み、さらに空中にも出現させる。
「《破滅砲》」
「《砕鉄槌》」
ハナの様々な魔法陣から稲妻が迸り、生み出された光の鉄槌へ、アリーの巨大な魔法陣から放たれた黒い閃光が襲いかかる。
激突。衝撃、空振。
周囲へ構わず衝撃波をぶちまけながら、ハナはその風に乗って手放し状態でホウキを駆る。
「夢追い人、閃きの軌跡。拒絶の意志、絶対の断絶。──《空切》」
まだ空気が震える中、ハナは十の指先に光を宿す。そして、その指を振るう。
空中に刻まれた軌跡が、加速。切断の威力をもってアリーへ迫った。
「《反骨楯》」
防御魔法が展開され、地中からあばらのような骨が出現、花がつぼみに戻っていくようにアリーを包み隠す。
衝突音。
あっさりと楯に幾つもの線が走り、切り裂かれる。
「感動の消失、情熱の停止。空は鳴りやみ、地は老いゆく。──《雹零》」
楯が切り裂かれて崩れ落ちるところを狙って、ハナが無数の雹を解き放った。
「《暴風圧》!」
アリーが拒絶するように腕で振り払い、風を生む。だが、雹はそんな風さえ突っ切り、アリーの全身を強か殴ってから氷結した。
打撃と、束縛。
アリーは一瞬だけ氷像と化すが、魔力を暴走させて強引に氷結を砕き破った。
「このっ!」
「瞬発の流星、切望の灼熱。驟雨の黎明、終末の燦然。──《熱降雨》」
灼熱色のシャワー。
まさに読みきっていたとしかいいようのないタイミングで魔法が放たれ、またアリーは全身に魔法の直撃を受けた。
とてつもない熱の雨はアリーの全身に穴をあけ、熔け焦がしていく。
「ぐはっ!」
「沈黙の暴走、爆音の揃踏。宛先なき旅路、運命の結末。──《暴風圧》」
轟音。
とてつもない風の圧力が、アリーを潰す。ぐしゃりと地面が陥没する。
アリーと同じ魔法なのに、威力は桁違いだ。
「金剛の怨念、残鉄の赤錆。剛腕の衰退、鋼鉄の侵入。──《破戒森羅》」
赤黒い鉄が槍となり、地面からアリーを貫いてぶら下げる。串刺しそのものだった。
その鉄は、アリーから魔力を吸い上げる。
「っが、が、ああああああああっ!?」
全身に血管を浮かび上がらせ、アリーは絶叫した。必死にもがくが、むしろ深く刺さっていく。
そんな姿を、ハナは冷たく見下ろしていた。
「あんたに魔法を教えてやったのは誰だと思ってるんだい?」
「あ、が、ががっ!」
「殺してやるよ。覚悟しな!」
ハナが幾つもの魔法陣を生み出す。
「ば、ばか、なっ!?」
ハナは坊の加護によって、力を取り戻していた。そこはアリーも理解できる。しかし、それを差し置いてもここまで圧倒されるとは思ってもいなかった。
せいぜいが互角か、やはりアリーの優位。そんな予想だった。
しかし、実際はまるで勝負にならない。
「魔女を本気で怒らせるからだよ」
「ぐ、こんな、こんなところで! 僕の目的は、僕の目的は!」
アリーは怨嗟の声を放ちながら、体内の魔力を暴走させる。
「さぁ、目覚めろ。悪夢の《災厄》っ!」
「させないっ!」
「これは使いたくなかったけどね……!」
すかさずハナが魔法を放つが、閃光は見えない壁に阻まれ、砕け散る。
同時に、アリーを取り囲む様に、無数の魔法陣が出現した。
すかさず看破したハナは強く動揺した。
「この術式は……! やはり、アリー! あんた魔女から……!」
「答える義理はないな。さぁ、僕の命を対価に目覚めよ!」
アリーが物理的に大きく膨れ上がる。
「バカ!? 体内に《災厄》を宿してる……!? そんな、それは禁術! 自分の命を犠牲にする術なのよ! 本当に分かってるの!」
「分かっているからやっているのさ」
静かに、アリーは微笑む。
徐々にだが、アリーとは違う魔力が迸り始める。
「そんなっ……!」
「元々僕には防人の封印を解除できる力はないからね。となれば、自力で解放してもらう以外にない。すなわち、自分の肉体を差し出すのみ! すでに封印は最終シークエンスに入っているぞ!」
「バカ! あんた程度の器じゃあ、復活なんて無理なのよ! それこそ精霊王クラスの器がなければ……!」
「知っているとも」
片目を飛び出させながら、吐血をしながら、アリーはあっさりと認める。
ぐず、と、全身が崩れ始めた。
ハナは何重にも魔法陣を展開し、その全てでアリーを囲う。だが、あっさりと割れ砕けた。アリーではない。アリーの中で芽吹く何かの仕業だ。
「くっ……!?」
ハナはそれでも魔法陣を展開するが、やはり拒絶される。
「だから、僕はここを選んだんだ。命が空気のように消費されている、この戦場で!」
「……――! まさかっ!」
「戦場で散った魂どもよ、今ここに糧となれ!」
ハナに止める暇はなかった。
直後、ボロボロと崩れていくアリーの周囲で渦を巻くように魂たちが集ってくる。中には抵抗する魂もいるが、その強制力には敵わない。あっという間に、数百もの魂が集まった。
「なんだ、何が起ころうと、している……?」
ようやく痺れから解放されたカエンタケがよろよろと起き上がりながら、異常極まりない光景を前に呟く。
「ごめんなさい」
それを前に、ハナが謝罪した。
それだけで、カエンタケは全てを察する。《災厄》の復活だ。
「冗談だろ……?」
「アリーの悪魔としての器と、数百もの魂を犠牲に、再び復活する」
光が、明滅する。
驚異的極まりない光の明滅は、不安定な魔力と、夥しく、恐怖を与えてくる魔力が入り混じって、周囲を圧迫していく。
ぐっと全身が締め付けられる感覚がして、カエンタケは身じろいだ。
「おいおい、あんた防人の魔女だろう! なんとかできないのか!」
「無理よ。もう封印は解除された。他でもない、《災厄》の精霊王によって、ね」
「なんだと……?」
「元々、《災厄》を封印するのは不可能なの。でも森の半数にも及ぶたくさんの精霊たちが犠牲になって弱らせて、そして夥しい魂の牢獄で封印した。外から一切魔力を供給されないように断ち切って、弱らせた状態で、恒常的に封印するしかなかった」
だが、それはこじ開けられた。
「力を取り戻した精霊王なら、簡単に敗れるのよ。《災厄》なんて規格外もいいとこなんだから」
ハナは、薄く笑いながら涙をほろりと流した。
終わりを悟って。
そんなハナの胸倉を掴んで、カエンタケは頬をはたいた。
「魔女が簡単に諦めてくれるな! だったら、もう一度弱らせて封印させればいいんだろうが! このまま復活されたら……! 森はどうなる!」
「止められないわよ。確かに《災厄》は復活したばかりで、全盛期には遠く及ばない。それでも、精霊王がいない今、《災厄》に対抗しうる存在はいないわ。大森林は終わる。いえ、世界も終わるわ」
乾いた調子で、ハナは言い切った。
「《災厄》は成長する。あらゆる魂を貪り喰らって。そんなの、止められないわ」
「だから今、なんとかするんだろうが」
カエンタケは言い返すと、その身に炎を宿す。
「お前がやらないならいい。俺が一人でやる」
刀に、強い意思が宿り、炎を滾らせる。それは、光の明滅に比べれば小さい。だが、それでも負けない強さがあった。
カエンタケは再び対峙する。
応じるように、光の明滅が終わる。
『……――何百年ぶりか、この空気』
じゃり、と、一歩。
たったそれだけで、周囲の木々が恐れた。根源的な恐怖にあてられ、葉が見る間に縮こまっていく。逃げられるなら、逃げたい。そんな意思で満たされる。
――《災厄》の精霊王。
先々代の精霊王にして、最恐にして最悪の、王。
全身を荘厳な鎧に身を包み、数々の精霊の鮮血で染められた首周りのファー。頭蓋が透けて見える、薄青い半透明の顔にいただく錆びついた王冠。
それに似合う体躯は、カエンタケの二倍近い。
「この威圧……!」
『精霊王の波動がほとんどない……そうか、消えたのか』
周囲を感知するように天を仰いでから、《災厄》は不快な笑みを浮かべた。自尊心の塊、己さえ満たされるだけの笑顔。
たったそれだけなのに、周囲の気温が下がっていく。
カエンタケは白い息を吐きながらも、自分の体内の全てを奮い立たせ、炎を強める。
『ちょうどいい。ならばこの森、今一度我のものとしてくれようぞ!』
「そんなこと、させるかぁぁっ!」
カエンタケが地面を蹴る。
直後、《災厄》が腕を振った。生まれたのは、黒紫の槍。
放たれると同時に視界から消える。だが、カエンタケは直感で右に回転しながら回避、今度は斜め前に突撃して直撃を避けた。
「おおおおおおおおおおおっ!!」
間合いに入り、全力で刀を振るう。凄まじい気迫の袈裟斬りは、《災厄》の片腕を捉えた。
鈍い音が響き、炎が腕を焼く。
「――!」
全身が恐怖の警鐘を鳴らし、カエンタケは素早く飛び退いた。
刹那、黒い何かが空間を壊す。空気さえ蒸発させたせいか、風が生まれた。
『少しはやるようだな』
嗤う。
『我が名は精霊王、ギルバート。肩慣らしの相手になってもらおうか』
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