龍血の少女 四
薄暗闇に木漏れ日が差していた。
町から少しばかり離れた、木々の生い茂る森の中。
その一本道をひとり進んでいく。
賊たちが根城にしている廃寺はこの先にあるという話だった。
弥平さんたちから聞いたところによると、やつらの総数は二十人とも三十人とも。
頭領は獄門破りの伊座衛門とか呼ばれている男らしい。
数々の悪行によって死刑獄門を言い渡されたが、刑が執行される直前に脱獄してきたという大悪人だ。
それより俺が気になるのは、出がけに魅狐が教えてくれたことだ。
やつらから妖の匂いがただよっていたと。
しかし匂いがついていただけで、さっきの男たちは単なる人間のようだ。
その頭領の正体が妖怪であるのか、あるいは他に後ろ盾がいるのか。
どちらにしろ用心しておくに越したことはない。
やがて林道の先に、先ほど暴れていた男たちの姿が見えた。
全部で八人。
なにやら道の真ん中で輪を作っている。
よく見ると、男たちの輪の中に、もうひとつ小柄な人影を伺うことができた。
編笠を被り、よもぎ色の小袖に黒い袴。
一見すると浪人のようだが刀は差していない。
ほっそりした体からして恐らく女だろう。
最も目を引いたのは、胸元まで長く垂れた髪が金色だったことだ。
異人か……?
近づくにつれて、男たちの話し声も聞こえてくる。
「おい見ろよ。すげぇ上玉じゃねぇか」
「へへ、さっきはひでぇ目に遭っちまったが、とんだ拾いもんが見つかるもんだな」
「これなら頭領もご満悦だぜ」
下卑た笑い声が続く。
お鈴さんをさらい損ねたので通りすがりの女をさらっていこうという腹積もりか。
懲りない連中だ。
「なぁ、娘さんよ、俺らのとこに遊びにこねぇか? 悪いようにはしないぜ」
「ああ。ちょうどおまえたちのところへ行こうとしていたんだ」
女の凛々しい声が緑の中に通った。
ガラの悪い男たちに囲まれているというのに気後れした様子は一切ない。
むしろ堂々と、大胆不敵とさえ思える口調だった。
「へぇ、そりゃいい。じゃあ一緒に行きましょうぜ」
男の手が女の肩に触れる。
すると女は、ゴミでもついたかのようにその手を振り払った。
「行くのは私ひとりだ。おまえたちはここで死ね」
◆
女が頭に乗せていた編笠を放り投げる。
きらびやかな長い金髪と、十七、八ほどの、引き締まった端正な顔があらわになった。
勇ましくつり上がった細い眉。
その下の青い瞳が――炎のような輝きを帯びた。
「龍血活性!」
娘の両腕に恐るべき変化が起こった。
一回りほど巨大に膨れ上がり、鋼のような鱗で素肌が覆われる。
両手の爪も長く太く伸び、まるで十本の小太刀を握っているかのようだった。
取り囲む男たちは、この世ならざるものを見たかのごとく硬直する。
龍……?
龍と言ったか、今?
以前会った龍族の男性は龍の姿から人間の姿へと変化してみせた。
さしずめ彼女は、腕の部分だけを龍化させたといった具合だろうか。
「こ……この女……化け物かっ!」
誰かが叫ぶ。
その声が気付け薬となって、男たちは弾かれたように短刀を抜いた。
凄惨な光景が始まる。
龍娘が腕を振るうたびに、男たちが、ひとりまたひとりと鋭利な爪に引き裂かれていく。
さながら死の旋風。
男たちが必死に突き出す刃は彼女にかすりもしなかった。
あっ……というまもなく。
林道の上に立っている者は龍娘ひとりだけとなっていた。
足元には数多の肉片が散乱し、鮮血が赤い海を作っている。
しかし彼女はどう動いたか、返り血ひとつ浴びていなかった。
◆
あまりに突然の出来事に、俺は呆然とその場に立ち尽くしていた。
そんな状態でひとつだけ頭に思い浮かんだことがある。
ひょっとすると、彼女、魅狐と緋澄の妹である魑潮ではないのか……?
鬼の王と龍の妻とのあいだに生まれた子。
五兄弟が末妹。龍姫魑潮。
龍の里を追放されて行方知れずとなっていたため、なかば捜すのを諦めていたのだが。
見たところ魅狐や緋澄と同じくらいの年齢だ。
そもそも龍族というのは滅多に里の外に出ないらしいので、彼女が本当に龍であるなら、魑潮である可能性は非常に高い。
そんな彼女の青い目が、ギラリと俺へ向けられる。
心なしか凶暴な笑みが浮かんだ気がした。
「根城まで行く手間が省けた。おまえがこいつらの頭領だな」
「は……?」
「とぼけても無駄だ。こいつらからも妖の匂いがしたが、おまえからはもっと濃い匂いがただよっているぞ!」
この娘もそういった匂いを嗅ぎ分けることができるのか。
だが魅狐ほどの正確さではないらしい。
「いや待て。たしかに俺は半人半妖の身だから似たような匂いがするのかもしれないが、やつらの仲間ではない」
「言い訳できる状況だと思っているのかっ! 仲良く地獄へ落ちろ!」
龍娘が地を蹴って飛びかかってくる。
恐ろしく速い。
その爪の凶暴さ、そして彼女のためらいのなさは今見た通りだ。
うかうかしていたら本当にあいつらの仲間入りになってしまう。
その直感に従って俺は刀を引き抜いた。
槍のごとく突き出された爪を刀身で防御。
しかし、そのあまりの突進力に、俺の体はやすやすと後方へ吹き飛ばされてしまった。
木に背中を打ちつけてようやく止まる。
顔を上げると、すでに龍娘が追撃のため肉薄していた。
迷う暇なく真横へ身を投げる。
頭上を死の風が擦過。
一瞬前まで俺のいた空間がなぎ払われ、周囲にあった木が何本もたやすく斬り裂かれる。
そして次々に倒壊。
すさまじい音と共に大量の砂煙が巻き上げられた。
並の鬼をやすやすと上回る腕力、脚力、そしてぞっとする爪の鋭さ。
龍の強さとはこのようなものか……!
厄介な。
だが、魑潮かもしれないのなら、うかつに斬るわけにはいかない。
斬らずにこの場を収められるのか?
「俺の話を聞けっ!」
粉塵を突っ切って、彼女が腕をふりかぶる。
「問答無用!」
「魅狐と緋澄も近くまで来ているぞ!」
「……!」
一瞬息を呑んだ……ような気がした。
振り下ろされた爪が地面に突き刺さる。
俺はその隙をついて素早く背後に回り、彼女を羽交い締めに拘束した。
「しまった……!」
すごい力で抵抗されるが、押さえ込めないことはない。
「ぐっ……! 離せぇっ!」
「わかった、離そう」
「うわっ!」
言われた通りにすると、龍娘は勢いあまってすっ転び、顔を地面に打ちつけた。
「なっ、なんで離したんだっ!」
そして立ち上がりしな恨めがましい目を向けられる。
「おまえが離せと言ったんだろう」
「そ、それは、とっさに口から出ただけで、別に頼んだわけでもなくて、ましてや離してくれるなんて思ってなかった!」
はぁ……はぁ……と荒い息を吐く龍娘。
血の気の多いやつだな。
「少し落ち着け。俺は本当にあいつらの仲間ではないし、おまえと戦う気もない。どうか信じてくれ」
「男の言葉なんて信じるものか」
「なら、言葉ではなく行動を信じてもらえないか」
「うん?」
「背後を取った時点で斬ろうと思えば斬れたが、そうはせず組みつくことにした。そして離せと言われればすぐに離してやった。それはおまえを傷つける意志がないからだ」
「そんなの、どさくさに紛れて私に抱きつきたかっただけだろう。男はすぐそうやっていやらしいことを考えるからなっ!」
ひどい決めつけだ。
殺されかけてる状況でも下心を優先できる男がいるのなら、よほどの大物に違いない。
「安心しろ。俺には恋仲の女がふたりもいるから、行きずりの女をどうこうしようなんて気持ちは一切ない」
「ふ、ふたり!? なんて不埒なやつ……!」
まずい、逆効果だった。
「と、とにかく、話をさせてくれ。そうすれば誤解も解けるだろう。もう戦うのはやめだ」
言いながら刀を鞘に収める。
「だからその物騒な腕もしまってほしい」
◆
龍娘はじっとりした目で俺を見つめた。
真偽を見定めようとしている表情だ。
両腕は依然として龍化……臨戦態勢のままだが、さっきに比べれば少しは話を聞く気になってくれたのかもしれない。
「俺は勇薙仁士郎という風来坊だが……さて、どこから説明したものか」
「……やつらの仲間じゃないなら、なんでこんな森の中にいたんだ。単なる通りすがりとか言ったらその時点で引っかくぞ」
「あいつらが無法な振る舞いをしていて町の人たちが困っていたから、見るに見かねて懲らしめにきたんだ」
「半妖のくせにずいぶんなお節介焼きだな」
「魅狐にも同じことを言われたな」
龍娘の眉がぴくりと動いた。
「ところで、おまえの名は魑潮というのではないか?」
眉間にシワを寄せるばかりで返事はない。
構わず続けることにした。
「さっきも言ったが、魅狐と緋澄もあの町に来ている。おまえに会いたがってずっと捜していたんだぞ。龍の里というところにも行ったんだが、追放されたと聞いて大層心配していた」
彼女の目の輝きが収まる。
龍化させていた両腕も、みるみるうちに人間の腕へと戻っていった。
「なんなら、この場は俺に任せて町に引き返したらどうだ? 俺たちは吉田屋という宿を借りているから、そこで……」
「なんの話をしているのかわからない」
龍娘が冷たい声を出す。
一切の感情を読み取ることができなかった。
「私はそんな名前ではないし、そんなやつらのことも知らない」
それで話は終わり、とばかりに踵を返す。
自分で投げ捨てた編笠を拾い、そのまま森の奥へと歩き始めてしまった。
「待て、魑潮!」
「だからそんな名前ではないと言っているだろう!」
立ち止まってくれないので俺も後を追って歩き出す。
「ついてくるな」
「ならおまえの名はなんというんだ?」
「言いたくない」
「なぜだ?」
「理由も言いたくない」
どうにも頑固娘のようだ。
このまま粘っても教えてはもらえないだろう。
だが、名前を言えないというところで、俺の疑惑は確信に変わった気がした。
彼女も魅狐や緋澄と同じ境遇であれば、魎鉄から引っ切り無しに刺客を送り込まれているはず。
うかつに自分の素性を明かせないのも当然だ。
俺が姉たちの名前を利用して罠にはめようとしている可能性だって考えられるのだからな。
「一度決めたことだ、途中でこの件から降りたりもしない。おまえこそ女のところへ引き返していろ」
「俺だって町の人に約束してしまったから途中でやめるわけにはいかない。ここはふたりで手早く片付けて、一緒に戻るとしよう」
睨まれるが、反論はない。
黙認と受け取ることにした。
「しかし、肩を並べて戦うなら呼び名がないと不便だな」
「呼ぶな」
「そういうわけにもいかん」
「なら、なんとでも好きに呼んだらいい」
「そうか……では魑潮と呼ぶがいいか?」
「なっ……! 私は別人だと言っただろう!」
「好きに呼べとも言ったぞ。おまえには無関係な名前なのだから、なにも気にすることはないだろう?」
「む、無関係だとしてもだ……そんな、あんまり女らしくない名前で呼ばれるのは嫌だ」
「良い名前じゃないか」
「別のにしろっ!」
「なら、代わりに『魅狐』と呼ぶことにするか」
「それも却下だ!」
「『緋澄』というのもいいな」
「却下っ! その三つの名前以外にしろっ!」
ちゃんと隠す気あるのか? おまえ。




