龍血の少女 三
「お節介焼きじゃなぁ……。このような小男の悩みなぞ放っておけばよいものを」
四人連れ立って料亭へと歩く道すがら。
最後尾の魅狐がつまらなそうに呟いた。
先導する弥平さんには幸い聞こえなかったらしい。
「弥平さんはたしかに酒癖は悪いが、心根は素直な人だ。袖振り合うも他生の縁と言うだろう」
「振り合うどころか手酷い絡み方をされておいて、よくそのように思えるものじゃな」
「物事が思うようにいかなくて、自分や世の中すべてがどうしようもなく嫌になってしまう時は誰にでもある。彼はそこから立ち直ろうとしているのだ。力になれることがあるなら協力してやりたいと思う」
「……おぬしでもそういう気持ちの時があるのか?」
「お祖父が殺されて、ひとりで旅をしていたときはしょっちゅうあった」
手掛かりすらない流浪の仇討ち旅。
さまよってもさまよっても一向に仇を見つけられず、焦りばかりが募る日々……。
徒労の果てに心身が弱っていたときもある。
「だが、おまえに出会ってからは無いな」
「む……」
「おまえが俺に希望を与えてくれて、立ち直らせてくれたんだ。感謝してもしきれない。だから俺も誰かの助けになりたいと思うのかもしれないな」
「……むぅ」
魅狐はそっぽを向く。
横顔はわかりやすいほど朱に染まっていた。
「そのようなことを言われると、また抱きつきたくなってくるのじゃ……」
「それはしまったな」
「しかし我慢しておくのじゃ。やりすぎて嫌われとうないからの」
「まぁ、人目のないところであれば、多少はひっついてもらえると嬉しいが」
「ほほう。言うたな?」
などと話しているあいだに目的地が見えてきたようだ。
◆
「あそこの角の店です」
弥平さんが藤屋と描かれた暖簾を指差したとき――
その暖簾を乱暴にかき分けて十人ほどの男がぞろぞろと出てくる。
「暴れても無駄だぜ。観念してついてきな!」
「いやぁぁっ!」
まだ日も高い町中に金切り声が響く。
見るからにヤクザ者らしい男たちが、若い女中の腕をつかんで無理矢理連れて行こうとしていた。
「ご勘弁を……うっ!」
追いすがろうとした店の男性をいきなり短刀で刺し、店内へと蹴り返す。
「番頭さんっ!」
「おらおらぁ! こいつみてぇになりたくねぇなら道開けなぁ!」
どよめきが渦を巻いた。
周りにいた町人たちは巻き添えに遭うのを恐れ、散り散りになって退散しはじめる。
「は、はなしてくださいっ! どうかお許しを……!」
「大人しくしてりゃあ楽しいところに連れてってやるからよぉ。そう嫌がるもんじゃねぇって」
「いやっ……誰かーっ!」
「やかましい!」
男が容赦なく平手打ちを浴びせる。
人間の所業とは思えないほど無秩序な光景だった。
もしや……あれが、先ほどの話にあった賊とやらでは……。
「お、お鈴ちゃん!」
弥平さんが矢のような速さで駆け出していた。
「うおおおおおおっ!」
男たちの中へがむしゃらに突進。
体当たりを食らわせて女中さんを奪い返すと、覆いかぶさるように抱え込んだ。
「なんだてめぇは!」
「うるせぇっ、おまえたちこそなんだっ! この人は俺の命より大事な人だ! 手ぇ出すってんなら俺を殺してからにしろぉっ!」
「粋がりやがって。おい、望み通り切り刻んでやれ!」
十人の男がぞろりと短刀を抜く。
そこで俺も間に合った。
「恥を知れ、貴様ら!」
「今度はなんだっ!」
「傍若無人な振る舞い、目に余る。そんなに血が見たいのならこの勇薙仁士郎が相手になるぞ」
刀の柄に手をかけて全員へ睨みを利かす。
「ただし、その場合貴様たちの行き先は地獄だ。相応の覚悟を決めてから臨むといい」
「ちっ、今日はやけに邪魔が入りやがる……!」
しかし男たちは聞く耳を持たないようだった。
俺を取り囲むべく、じわりじわりと広がっていく。
「俺たちの恐ろしさを知らねぇみてぇだな! 構うこたぁねぇ、刃向かうやつは皆殺しだ!」
正面の男ふたりが同時に斬りかかってきた。
「忠告は一度だ」
居合い一薙ぎ。
間髪を入れずに手首を返して反対方向へもう一薙ぎ。
仲間の生首が一瞬でふたつ、足元に転がり、威勢の良かった男たちが凍りついたように固まった。
「苦しまぬよう送ってやる。悪党自慢なら閻魔相手にでもしていろ」
「こ、この野郎、ただもんじゃねぇぞ……!」
「くっ……後悔しろよ……! 引き上げだっ!」
忌々しげな捨て台詞を残し、男たちは一目散に走り去っていった。
◆
「誰でもよい、早く医者を呼んでくるのじゃ!」
魅狐と緋澄が店内へ飛び込み、すぐさま、刺された男性の手当てを始める。
生傷の絶えない旅をしているおかげでさすがに手慣れたものだった。
「だ、旦那……助かりました……」
弥平さんが震えた声を出す。
声だけでなく体もガクガクと震えていた。
「弥平さん、男を見せましたね」
「えっ」
「や、弥平さん……」
彼の腕の中で、女中のお鈴さんも震えた声をこぼした。
「あっ、お鈴ちゃん……! こ、これはっ……」
ずっと抱いていたことに今さら気付いたのか、慌てて体を離す。
「ご、ごめん、その、無我夢中だったから……俺、なにがなにやら……」
「いえ……助けてくれて、ありがとうございました」
「いや、でも、助けてくれたのはこちらの仁士郎旦那で、俺は何も……」
「ううん。こうして守ってくれていたのは弥平さんだから。……本当にありがとう」
彼女の頬が赤くなっているのは、果たしてやつらにぶたれたからだけか。
照れ隠しをするように俺へ視線を移す。
「お武家様も、ありがとうございました」
「大事がなくてよかった。しかしとんでもない連中だな」
「えぇ……町外れの廃寺からやってくる恐い人たちです。私の友達も無理矢理連れて行かれて……どうしていることか」
「そんな恐ろしい無頼漢にも構わずあなたを助けようとするなんて、弥平さんの男気は大したものだ」
「はは……この俺があんな無茶な真似をしたなんて信じられねぇ……仁士郎旦那に勇気付けてもらったおかげですかね」
「俺の言葉は関係ない。弥平さんがお鈴さんのことを日頃から大切に思っていたからこそ、とっさに体が動いたのでしょう」
「えっ、弥平さん……本当?」
「な、何言ってんですか、そんな……勘弁してくださいよ旦那……!」
ふたりとも、なにやら気恥ずかしそうに顔を伏せてもじもじとし始めた。
どうやらお鈴さんのほうもまんざらではなさそうだ。
俺たちの助けはこれ以上必要ないかもしれないな。
……となると、もうひとつの悩みの種を解消しに行くべきか。
あんな狂犬のような連中を野放しにはしておけない。
さっきみたいに天をも恐れぬ振る舞いで暴れていたのだとしたら、町の人たちはさぞや怯えていることだろう。
弥平さんが不安に悩まされるのも当たり前だ。
「弥平さん、連中の根城の場所を教えてくれませんか」
「それは構いませんが……えっ、まさか」
「魅狐、緋澄、やつらに灸を据えてくる。あとのことは任せたぞ」
「わかりました。お気をつけて」
俺がこう言い出すのがわかっていたかのように明瞭な緋澄の声が料亭の中から返ってきた。
考えはお見通しか。
「お、おひとりで行く気ですかい?」
弥平さんが心配そうな顔をしてくれた。
「やつらの頭数はこんなもんじゃねぇですよ。それに、捕まえにいったお役人さんたちも、ことごとく返り討ちにされちまってて……。よしたほうが……」
「少しは腕に自信があります。なんとかやってみましょう」
「そういえば、さっき、お客さんからもあの人たちの根城のことを聞かれました」
お鈴さんがハッとして口元に手をやる。
「旅の武芸者らしい女性でしたけど、もしかしてその人も………」
「仁士郎!」
と、魅狐が心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「わらわもゆくぞ」
「行き違いになったら困る。おまえたちはここで町を守っていてくれ」
両肩に手を置いてお願いする。
まだどこかに仲間が残っているかもしれないし、仕返しのために戻ってくることがあるかもしれないからな。
「むぅ……。ならば用心は怠るでないぞ」
賊とは言っても人間。
恐るるに足らずと思っていたのだが……。
そばにいる弥平さんたちに気を遣ってか、魅狐は神妙な表情を近づけてささやいた。
「連中の体から、かすかに妖の匂いがただよっていたのじゃ」




