22.荒廃した雨
――――私が。……なにかをやり、なにかを成し遂げて、なにかが枯れる。
……私が成し遂げなきゃ。私が、私が、私が。
でも、やっぱり枯れる。だから、極力見ないようにしていたんだと思う。隠すようにしていたんだと思う。
……まわりのこととか、自分のこととか、ぼやけた真実とか、暗黒面とか。消極的に。
それで黒い塊が剥がれ落ちていって、元通りの白さに戻ると思ってた。思おうとしていた。
でも、そんな自分に嫌気がさして、あてもないくせに動き始める。
1つ掬って、もう1つ掬って。落ちないように、バランスを取って……。
両手から微かに溢れ出すそれが足にポタリと落ちた。
……頭がぼんやりとしていく。
世界が揺れて、歪んで。
――――世界が夢へと変化した。
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「――――むかーし、むかしあるところに、かわいらしい女の子がいました。その女の子はお金持ちのお家に生まれましたが、外の世界を見させずに育てられたため、友達がいませんでした」
「えー、それは悲しいよー」
「そうね。トーカは友達とお金ならどっちをとる?」
「友達ー! お母さんは?」
「……うーん、やっぱりお母さんは……お金かなぁ。……お父さん、最近出費が多すぎる気がするのよね。あとで吐かせてやらなきゃ……」
「……お母さん?」
「あの人、いつも変なものとか買ってくるのよね。お弁当に嫌いなものばかり詰め込んでみようかしら」
「……おーい?」
「いつもあの人は……で……だから」
「お母さん!」
「……あ、ト、トーカ。ごめんね、ごほん、ごほん。続き読むね」
「――――あるとき、女の子は外の世界を見たくなってしまったので、こっそりと家を抜け出してしまいました。外の世界を見ると、家の中にないものがたくさんあるので、女の子は歩きながら興味深げに辺りを見回していました」
「――――しばらく歩いていると、めそめそと泣いている男の子に出会いました。女の子は、持っていた飴を男の子にあげて、こう言いました。『今度はきっと良いことが待ってるよ!』と。こうして、女の子と男の子は友達になりました」
「――――辺りが真っ暗になってきて、そろそろ家に帰る時間になりました。女の子は家に帰ろうとしますが、帰り道が分からず、迷子になってしまいました。『お父さん! お母さん!』と叫んで、走り回って捜してはみるものの、結局お父さんとお母さんは見つかりませんでした」
「――――疲れて道に座っていると、世界がだんだんと壊れていって、辺り一面が真っ白になってしまいました。完全に真っ白になった頃、目の前に男の子が現れました。男の子が『お父さんに会いたいよ……』と、泣きながら呟くと、目の前にお父さんが現れました。女の子が『お腹すいた……』と言うと、目の前に豪華な料理がたくさん置かれていました」
「――――男の子と女の子はその世界で楽しく過ごしましたとさ。おしまい」
「……お母さん。このお話……なんだか切ない」
「なんで?」
「だって、だって、現れたお父さんも料理も優しさも……嘘だった……ってことでしょ……? そんなのって……そんなのって……なんか嫌だ! 嫌だよお母さん!」
「……そうね。さ、もう寝なさい。明日は早いんだから」
「うん。おやすみ、お母さん」
「おやすみ、トーカ」
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……白と黒。それがまた1つ、幻想にぽつりと現れる。
「……ん。……あ」
意識が朦朧としている。ぐにゃりぐにゃりと世界が歪み蠢いているように見える。ただでさえ胸のあたりが詰まった感じがして気持ちが悪いのに、それのせいで余計に悪化していく。
……なんだか熱っぽい。
――――あれ。……お姉ちゃん……みんなは。……みんなは!?
意識がはっきりしてきて、気分が落ち着いてくると、すぐさま、異常に気がつく。
……いない。……誰も、いない。すぐそこにいたはずのみんなが、消えてなくなってしまったかのようで。
……ここは、ここは何処。私がよく知っている世界でも、あの白黒の世界でもない。ちゃんとたくさんの色がついてはいるものの、なにか様相? 雰囲気? ……とかが違う。
……鳥籠の中に押し込められた小鳥みたいな、拿捕された船みたいな。そんな、閉鎖的な感じがする。
「――――ここで……何を……」
目の前の崩れそうな建物の陰から、白い髪の未来的な格好をした女の人が現れて、なにかボソリと言っている。
「…………」
腰に付けているシースらしきものから刃物を取り出し、それをこちらに向けてくる。
「わ、私は……! 何故か知らぬ間に、こんなところに……。ここで何かをしたかったわけじゃ……ないんです」
「……そう」
その人は刃物をしまい、1歩ずつこっちに近づいてくる。
「あの……」
「……1人だけ。1人だけなら元の場所に帰す」
…………。『1人だけ』……。
「なんで。なんで、ここには他に私しかいないのに。私の他にも人がいるって……」
「……そう。……ついてきて」
「そう、って……。あの、お名前は……?」
「……『RL』」
RL……さん。とても記号的な名前だった。
「あの。……いえ、なんでもないです」
「……そう」
「……っ」
――――眼前上方から大きな岩のようなものの大群が勢いよくこちらに向かって飛来してきている。
「……はぁ、はぁ」
RLさんの手を掴み、必死に踠きながら、避けようとする。
「……安心して」
彼女がそう言うと、手を離し、岩に向かって走り出した。……速いっ。
刃物を取り出して、勢いよく飛び上がると……。
「す、すごい」
岩、岩、岩。それらがパキリパキリ、と小気味よい音を鳴らしながら、粉砕されていた。
「あの、大丈夫ですか!?」
「……私は『兵器』。……だから。……だから、この程度、なんてことない」
……『兵器』!? 確かにからだはなんともなさそうに見えるけど。でも、でも。……なんてことないようには……見えない、見えないよ。
『なんてことない』という言葉には、とても重苦しいなにかが込められているような気がした。
――――グラグラと地面が大きく揺れ始める。
「地震!?」
なんとか踏ん張って、倒れないように気をつける。
「……うっ」
何処かで体感したことがあるような……。
これは――――『あのとき』と同じだ。
……また、地面が割れていくのだろうか。
「……はぁ」
あんなに大きかった揺れが急に収まる。立っているのがやっとだった。
ふらふらとした状態のまま、地面に座り込もうとしたとき。
「……ここは。……走りなさい……今すぐに」
「どうして……?」
「無理ならいい……私が引っ張っていく……」
「えっ……えっ、えっ!?」
私を横抱きした状態で彼女は走り出す。
「奴等……厄介だ……」
……『奴等』? 見たところ、誰もいなさそうだし、何かがありそうなわけでもないけれど。
シュッ――――。
弾丸のようなものが、自分の頬から僅か数センチメートル程度しか離れていない箇所を過ぎていく。着弾したらしき場所からは煙が立ち上っていく。
「あれは!?」
自分の視界からは見えづらい、建物の陰に隠れている何かを指でさす。
「……あれは戦闘用につくられた奇怪な機械。……ロボット」
……ダジャレ?
「こちらの邪魔をするのであれば、排除する……。心を持たないガラクタに……用はない……」
片手だけで私を支えてる!? ……ッ!?
刃物を右手に持ち、すごい速さで走り、蹴り、斬りつけ、回避をして、ものの20秒もしないうちにロボットの群を消滅させる。
その華奢なからだで、私を抱えたまま、どうしてそんな力を出せるのか。しなやかとか、そんなレベルの言葉じゃ足りないくらいだ。
「ガラクタは消える定め……」
再び両手、両腕を使って私を抱き抱えると、すぐさま走り出す。……この、荒れ果てている謎の世界を。
「……あの、RLさんはなんでこんな強いんですか?」
「……『兵器』……だから」
「そうじゃなくて、その、なんというか」
「……誰かを……助けたい……から」
誰かを助けたい……。私も。私も、きっとそうなんだろうか。
「……助けたかった……から。誰彼構わずじゃなくて……誰かを……」
…………。
「……慈善で……偽善なんだ」
「……ちがう! それは、決して偽善なんかじゃない!」
「そうだと……いいね……」
心の内が、深みに嵌まっているような、そんな感じがした。
「ところで、私達は今何処に向かっているんですか?」
「……安全なところ。……死にはしない」
「大丈夫です。一緒にいて、その、いい方だということはもう把握できたので。『死ぬ』なんてこと、考えてもいませんでした。ハハハ……」
「……そう」
なんとなく、性格が掴めてきたような気がした。意外に、お茶目なところもたくさんあるんじゃないか、とも思えてきた。たぶん、私はこの人のことを優しい人だと思っている。
でも……よく、お人好しだとも言われる。から、疑うことは忘れちゃダメだ。
――――前科があるから。
……無意識に溜め息を吐いた。
「……大丈夫。……きっとよくなる」
「……RLさん。お気持ち、ありがとうございます。ごめんなさい、なんか溜め息なんか吐いちゃって。RLさんに対して吐いたわけじゃないので、気にしないでくださいね」
「……誰に対して吐いたの?」
…………。誰に対して……。
「不甲斐ない自分自身に対してですかね……」
たぶん。
「……不甲斐ないなんて、そんなこと……ないと思うよ」
また、気をつかわせてしまったような感じがする。そんな自分にまた嫌気がさした。
「――――『うじうじするのはもうやめたんじゃないの?』」
……っ。なんだか……何処かで会ったことがあるような。
優しい微笑みが、こちらに向けられていた。
――――頬を軽く叩く。
「……よーし!」
落ち込んでいた気分がすーっと元通りになっていくのを感じた。
「……そうそう」
この人は少し意地悪ではあるけれど。ちょっぴり冷たい感じもしはするけれど。
……でも、優しくて強くて、常に落ち着いているからかは分からないけれど、とても心強い。そんな人柄だということが十二分に伝わった。
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――――後に気づくたくさんのことを知らずに、能天気な私はそこに立ち止まったままだった。無神経だった。
状況も知らないで。未来も知らないで。過去も知らないで。
右を見ても尚動かない。左を見ても尚動かない。
失敗しても動かない。動く素振りすら見せようとしない。
そんな現状が――――未来を蝕んでいく。
22.荒廃した雨 END




