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23.復元した雨

「……そうだ、この世界のこと……教えておこう。……いや、あの世界だったかな。……ちがう世界だったかもしれない。……まあ、なんでもいい。……支障は……別段ないと思う」

 詰まり詰まりのその独特な喋り方で、彼女は話を続ける。

「……ぶっ壊せると思っていたが……やはり無理。……いろいろと懸念もある」

 主語がないために、それが何について話しているかわからない。物について、敵について――――そのあたりだろうか?

「……ここ……あそこも。……何処を見ても、見回しても、思い出しても、不完全。……そうだと思わない?」

「思い出しても?」

「……そう。……思い出しても。……これはここの話じゃない。……あそこの話」

「……あ」

 あの――――始まりの場所。

「……白と黒。……対極。……たぶん、極端な世界」

 曖昧な言い方だった。

「……それは、きっと意図的に仕組まれた。……偶然とか運命とかそんなことじゃなく」

「何が仕組まれたんですか?」

「……それは。……いや、自分でじっくり考えてみるといい」

 そう言われたので、じっくりと考えてみることにした。とても気になる。




「――――誰かが創造した。……誰かの意思によってつくられた。……二言で教えてみた」

「……世界を……つくった」

 たくさんのおかしな現象を目の当たりにしていなければ、そんな話、たぶん私は冗談かなにかかと思っていたかもしれない。

「……うっ」

「……大丈夫? ……腕が……痛む?」

「大丈夫です……」

 元に戻ってない左腕に……人間にはおそらく生えることのないであろう翼。ほら、幻想は目の前に。

「……先を見ていなかった。……殺される可能性もある……だが、餓死の可能性も」

 餓死――――食糧なんて当然あるわけない。

「……のからだだったら」

 微かに聞こえる独り言。全部は聞き取れない。

「……まあ、いい。……なんとかなる。……たぶん」

 ……やっぱり、言うべきだろうか。

「あ、あの!」

 少し吃ってはいるが、声を張って言う。

「……何?」




「――――『友達』と一緒に私は帰りたいです」




「……駄目。……絶対駄目。……死にに急がないで。死にに行こうとしないで……! ……私はそれを願っていない」

 あの冷静だった言動が、少しずつ乱れていく。

「でも……」

「……見殺しだって構わない。……だって。……だって、それじゃなきゃ――――私がここに来た意味がないじゃない……」

「…………」

 その言葉の意味がわからなかった私は、ただ呆然と立ち尽くしている他なかった。……いや、きっとそれが何か、その理由が何故かを訊こうとはしていたのかもしれない。でも、訊くに訊けなかったのだと思う。触れちゃいけないような気がして。

「……取り乱して悪かった。……無事帰れたなら、その『友達』とやらは私が連れ戻しに行く。……必ず。……それで勘弁してほしい」


「――――みんなを置き去りにしておいて私だけ帰るなんて――――嫌です。きっと、寂しさと悲しさと後悔でどうにかなってしまいます。みんなと一緒に帰らなきゃ、意味がない。……自分勝手だと思いますか?」

「……自分勝手なことを言った手前、それを自分勝手だと言える立場ではない。……ノーコメントかな」

「…………」

 頭が上手くまわらない。帰る場所を失ったときのことなんて、まったく想像がつかないだからだろうか。

 当たり前だったその場所。そこには当たり前のようにみんながいて、笑ったりふざけたりときには喧嘩をしたり。……私の帰りを待っていてくれていたりして。

 そんな、ありきたりな日常すらも失う。……今だって帰る場所を失っているようなものだが、名状し難い何かはすぐそこにある。

「……なら。……私の力ではせいぜい1人しか庇うことができない。そして、この力はその1人のために尽くすようにできている、言わば使い捨て。その1回こっきりの力は、貴方のためにつかわないと気が済まなくなってしまった。何故なら、私が貴方の境遇を聞いて強く心を動かされたから。……だから、私は貴方1人しか帰すことができない。しかし、貴方を帰した後になら私には他の娘を助けることができる算段がある。……だから、置き去りになんて絶対にしないし、ならない。……それでも、嫌だ?」

「それでも……」

 それで良いのだろうか。その選択で間違いはないのだろうか。まだ熟考した方が良いのではなかろうか。

「……私は――――穢れてるから。……貴方にとっては関わるべきではないとは思っているけれど。……でも。……それでも」

 少し微笑むように彼女は言った。




「――――私のワガママにも……付き合ってほしかったなぁ。……どうか……どうか、自分を投げ捨てないで」

 そう言うと、私に背を向けて去ろうとする。


「――――待って!」

「……待つよ。……だって、ここに置き去りにするわけにはいかないしね」

 そう、声色穏やかには言っているものの、彼女の目は笑っているようには見えなかった。悲哀に満ちた、だけど憤怒しているような、なんだか複雑な感じ……だった。

「やっぱり、私ついていく。RLさん、私、貴方についていく。……私に助けを求めているような気がして。……何故だか、RLさんのことを放っておいたらいけないような、そんな感じがするんです」

「……もしも。……もしも、これが貴方を誘拐するための演技だったとしたのならば。……死んでいたかもしれないのに。……何故、信じきれるの? ……何故、信じようと思ったの?」


「――――本心から言っているような気がして。それに、私……頭、悪いから」

 ニッコリと微笑んで返す。微笑みには微笑みで。

「……ねえ」

「なんですか?」


「……貴方のこと……抱き締めても……いい?」

「いいですよ。……腕のあたりとか危ないかもしれませんけど」

「……お言葉に甘えて。……ああ、なんだか懐かしい」

 腕大丈夫かなぁ。こんな改造人間みたいなからだでよく生きてられるなぁ。もしかして、私ってあの黒くてカサカサしてるアレ並みの生命力を持っているのでは……。

 アレを想像しただけで苦々しい顔になる。

「……ごめんね。……抱き締められるの嫌だった?」

「ああ、いえ大丈夫です。別のこと考えてたらちょっと吐き気が……うおぇぇぇぇ……」

「……だ、大丈夫!?」

「大丈夫です……うっ……」

「……本当に大丈夫!?」

 み、水……。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――ようやく少し落ち着きました。……すみません」

「……気にしないで。……狭間までもう少しだし、そこで休憩を」

「……はい」

 カキとか食べて食あたり起こしたような、そんな感じだ。なんか、お腹の中をぐにゃぐにゃぐちゃぐちゃとかき混ぜられた感じがする。

「……後遺症とか何かが起こる可能性も……いや、偶然か」

 時折聞こえるRLさんの独り言が、少しお腹の気持ち悪さを抑えてくれているようなそんな気がする。……気がするだけだけども。


「……着いた」

「ここが……狭間……」

「……ああ。……ここを抜ければ元通りに生活ができる。……でも、わかっている。……それで、終わりじゃない」

「みんなのこと、お願いします」

「……勿論、自分の言ったことはやり通す。……約束もしたからね」

 世界と世界を繋ぐ狭間。……ここを通り抜ければ。




「――――おばあちゃん」

 その言葉の人物が脳裏を過る。

「……そうだ。私にはおばあちゃんいて、それで、それで……。おばあちゃんは……」

 おばあちゃんはいると思っていた。……というより、お姉ちゃんが言っていたことを忘れていた。自分にとって都合の悪いことを、自ずから記憶の彼方へ葬りさっていたのだ。


「――――私は、帰ってもひとりぼっちだ」


「……大丈夫。……それについて私は知っている。……というより、協力者がいる」

「……協力者?」

「……まあ……すぐにわかるよ。……だから、安心して」

「……はあ、じゃあまあ」

 心の中はとても安心できる状態ではないのだけれども、その詰まったような言葉を頼りにしてなんとか落ち着かせる。そっちに関しては案外、事態は深刻な状況になっていないのかもしれない。

 ……実はRLさんって、おばあちゃんの隠し子とか。いや、それはさすがにないよね……。

 ……仮にそうだとしたら……お義姉ちゃん……とか。

「お義姉ちゃん……」

「……ん」

「ああ! いえ、ちがうんです! これは、その、ほんの出来心で!」

「……そう。……好きに呼んでくれていいからね」

 彼女が咳払いをしたあと、微かに聞こえてくる。独り言が。

「……呼び名なんて意味がない」

 ……もしも、私が怒らせてしまったら、怖そうな……気がする。確証はないけれど。

 冷や汗をぐいっと拭う。

「……さてと。……じゃあ、この狭間に手をかざして」

「……え。ここを通り抜けたりとかしたら戻れたりするんじゃないんですか?」

「……普通はそれだけじゃ無理かな。……まあ、これは言うなればパスワード的なものだと思ってもらえば」

 ……なるほど。なんかこの感じ、怪しい宗教に入会するときの儀式みたいな、なんかそんな感じ。……そもそも宗教なんて入ったことはないんだけども。

「……それじゃあゆっくりとその狭間を手で開いてみて」

「……暗い」

「……まあ、この中は所詮通り道程度のものだから。……じゃあ行こうか」

「はい」

 薄暗い……というより黒塗りの空間に小さな白の小道。そこを通っていく。

 すぐ目の前にはやはり、また狭間。

「……また手をかざして。……同じ事をやれば……気づけば元の居所に辿り着けるはず」

 これであの見慣れた世界に。




 ――――眼前には。




 ――――さあさあ、とやさしい風が吹き、木々たちが小さく揺れる。

 広がるのは、木、土、草、花。見上げれば青空に白い雲。……ここは。


「……帰ってきたんだ。……私の居場所に」

「……安心するのはまだ早い。……今のここは……だから。……とりあえず、まだ私についてきて」

「はい!」


「……こんがらがって縺れてしまった何かを繋ぐ。……必ず」




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ……この腕とか翼……いや、これって吹き出物とかの類いなのかな。……これ、病院とかに行けば治してもらえるのかな。


 ……まあ、なんとかなるかな。……たぶん。




 23.復元した雨 END

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