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19.人傷スイッチ・蛆虫ボタン・卑劣レバー

挿絵(By みてみん)

「――――ところで、トーカ……?」


「……何? お姉ちゃん……」




「その髪と背中にくっついているソレ――――は、何かしら……?」




「――――私にもわからないんだ。これ……は」


「……からだ。……からだも傷だらけじゃない! 衣服もボロボロ……。何か、悪いところとか、痛いところとか……は……ない……の?」




「……大丈夫だよ。……お姉ちゃん!」




 ――――大丈夫なわけなかった。




 ……『腕』が。

 火傷をしたときとは比にならない熱さと痛みがジリジリと私を苦しめている。


 ……でも、私は笑った。本当の気持ちを隠して。


「……そう。……なら、いいのだけれど」

 お姉ちゃんは右手で涙を拭いながら、静かにそう応えた。





















「――――!?」

 ズシリと重い胸の痛みが突如として私を襲う。それは、私に何かを伝えるかのように。

 その何かとは――――違和感のことだった。

 ヴィネと遭遇したとき。リールと遭遇したときもそうなのかもしれない。

 お姉ちゃんにそれを言われてから気づいた。






 ――――『私のからだに対しての反応』について。






 ~~~~~~~~~~~~~~~




『19.人傷スイッチ・蛆虫ボタン・卑劣レバー』




 ~~~~~~~~~~~~~~~




 ――――だって、反応がおかしいんだ。

 例えば、私のお姉ちゃんに突然翼が生えて、髪色なんかも急に白くなったら、きっと私はさっきのお姉ちゃんみたいに、第一声は「何があったの!?」と、驚くはずだ。

 ……リールも、ヴィネも、遭遇したとき、無反応だった気がする。




 ――――何故だろう。……何故だろう?




「――――トーカ、やっぱり様子が変よ? 具合でも悪いの……?」

「……ううん! なんでもない!」

「何かあったら……お姉ちゃんに言いなさい? ……家族なんだから」

 微笑みながら、柔和な感じの声でそう言う。嬉しい。


「――――ありがとう、お姉ちゃん。でも、大丈夫だから! 心配しないで!」

 また、嘘を重ねる。

「そ、そうだ! 早く元の私達の世界に帰らないと、だね!」

 わざとらしく話題をそらし、偽の表情と空元気で、うわべだけの明るさをつくり出す。

 心中では、泣き虫ボタン……いいや、蛆虫ボタンがオンになっているのかもしれない。


 だから、私はそれを破壊する。


 蛆虫ボタンなんて、私には必要ない。きっと、似合わないよ。

 息を大きく吸ってちからいっぱい吐き出し、それを破壊する。パキッ、と何か割れたような音が聞こえた気がした。


「――――そういえば、どうやって帰れるのかしら……? トーカ、何か知ってたりするような言い方ね?」

 そう訊かれたので、私は簡潔に応える。

「ええと……よくわからないんだけど、この世界には時計台が15あって、そこの時計を全部動かすことができれば何処かに私達の世界とここの世界を繋ぐ何かができる……らしい?」

「……そういうことみたいですわ」

 ヴィネが左手の人差し指を唇の上に、親指を顎に当てて言う。

「そう。……私は一刻も早く帰らなければならない。一刻も早く。……だから、早くそれをやりましょう」

 お姉ちゃんは憂い気な表情をして溜め息を吐いた。

『一刻も早く帰らなければならない』……? どういうことだろう。

 私はその言葉の意味を追及することはしなかった。

「うん、寒いからね」


「――――ねえ、トーカのお姉ちゃん?」

 リールが頬っぺたを膨らましながら、少し怒っているような声色で言う。

 フグとかハリセンボンみたいに大きく大きく膨らますので、思わず笑ってしまった。……頬っぺた突っついてもイイ?

「……私の足、さりげなく踏んでるんだけど!」

 手首を横に曲げる仕草がこれまたおもしろい。

「……ツン、ツン」

「……んひゃあ!?」

 なるほど。頬っぺたを突っつくと「んひゃあ!?」って声が出るのか~!

 リールの方を向き、ニッコリと笑う。……決して、ニヤニヤだとか、そんな笑い方じゃないんだからね!

「……ああ、ごめんごめん。お前の足がゴミに見えたのよ。今度からはたぶん気をつけるわ」

 ああ……! これは……ひどい! リール、泣かないで! 堪えて~!

 ふんぬぬっぬぬぬっぬ~とかいう音が聞こえそうで聞こえないような念を送る。

「わかってくれればいいや」

 いや、アレは絶対わかってないよ。そう、ツッコミを入れたかった。




 ――――何か、聞こえる。機械的な音……電子音?

 次第に音は大きくなり、それはじんわりと脳が溶け出したかのような間を狙って侵入してくる。


「――――あら、この汚水のような不快感が並大抵ではない感じの音は、何処から聞こえてくるのかしら?」

 眉根を寄せ、私達に音の発生源を訊ねる。

「わからない」

 不明だ。でも、それが私達を阻害している感じがするのだけは、なんとなく理解できる。

「そう……ありがとう」

 ポンッ、とやわらかに私の肩を叩く。……紛れもなく、お姉ちゃんのあたたかな手だ。

 咄嗟に口から出そうになった「ごめんね」という言葉を、私は言わなかった。

 いや、本当は言えなかったのかもしれない。




 ――――コツ、コツ。




「――――グッ!? トーカ! リール!」

 ヴィネが後ろから大きな声で私達を呼ぶ。声が重たい重たい鉛のような色だ。


「――――ヴィネ!? どうしたの!?」

 後ろを振り返る。何故だか、冷や汗が止まらない。




「――――動いたら殺すから」




 左手の人差し指をヴィネの頭につけ、首を右腕で絞めながら、艶やかに少女は言う。


「――――狂ってる。気でも狂ってるんじゃないの!」


「――――えっと。……リーなんとか。……ルーなんとかだったかしら? お前、少し落ち着きなさい? それよりも、この腐りきったゴブリン顔の阿呆は誰?」


 お姉ちゃんは見下すような目で少女を見る。


「貴方、誰? ゴブリン顔の阿呆って誰のことかし――――」




「――――フンッ! ……痛い痛い痛い。ああ、でも? コイツの阿呆さはこれで証明できたわ」

 勢いよく少女の額に頭突きをし、吐き捨てるようにそう言い放つ。

 少女がその衝撃で倒れ、地面に後頭部を強く打ちつけて気絶している。今のうちだ。

 私はヴィネの右手を握りしめ、逃げの体勢を取ろうとする。


「――――待って、トーカ」

 服の裾をギュッ、と掴まれる。

「……何? ……お姉ちゃん」

 顔を振り向け、目をジッと見る。

「コイツを抑えて、なんで襲ったか吐かせてやりたいの。だから、待って」


「……ダメ。……危険だよ!」

 私がそう言い終える前に、お姉ちゃんはその少女の頭をツン、ツン、と小突いていた。

「コイツ、相当の阿呆だから、危険物扱いしなくても大丈夫よ。……でも、バカだったら危険物扱いしなさい? バカは誰かを欺く浅ましいヤツだから」

 と言いながら馬乗りになり、少女の左頬をこれでもか、というくらい勢いよくひっぱたく。容赦がない。

 叩いた音が辺りに鳴り響く。


「――――おらー、吐けー、吐きやがれー、アンノウン貪欲的思考人間ー。……ほら、そこのレーなんとかとヴィネも突っ立ってないで手伝いなさいよ」

 そう言っている間、合計5発も叩きを入れる。

「ヴィネ、お前はコイツに電気あんまでもしておきなさい? ローなんとかは……とりあえず、足でも擽っておきなさい」


「「……え」」


「悶絶してないで起きろー、今は朝よ」

 お姉ちゃんらしい言い方だ。

「ったく、いたいけな少女気取りのこの阿呆はまだ起きないのかしらね……」

 そう、ボソリと呟きながら、未だにその手を止めようとはしない。

「お姉さん、さすがにもうやめた方がいいと思います……」とヴィネは言い、お姉ちゃんの右手を掴む。


 が。




「――――コイツはお前を殺そうとした。容赦したら、お前――――殺されるわよ?」

 そう言い放ち、ヴィネの手を振り払う。

 そして、何の躊躇いもなく再び少女の左頬をひっぱたく。……傍から見たら……いじめているようにしか見えない。

 少女……シピスは白目を向いて口から泡を吐き、からだは痙攣していた。むごい……。




 ~~~~~~~~~~~~~~~




「――――ッ!?」


「――――あら、目が覚めたのかしら。おはようございますくらい言ったらどうなの?」

 冷ややかな目で見下し、躊躇うことなく1発だけ左頬に叩きを入れる。

「まあ、おやすみって言わなかったからお互い様なのだけれども」

 右手を胸に当て、左手でシピスの右頬をつねる。


「――――お姉ちゃん。もう、それくらいで……。シピスだって、きっともう更生してるよ……」

 まだ、それについて半信半疑ではあったが、頬っぺたが赤く腫れ上がっていてとても痛々しそうで見ていて苦しかったので、止めに入る。本当に赤く腫れ上がっている。

「……そうね。一々お前に構っていられないし、これくらいにさせてもらうわ」

 ヤレヤレ、といった感じで立ち上がる。お姉ちゃんの右手の掌がチラリと覗き、掌が赤く腫れているのがわかった。


「……あ、でも、なんで襲ったかは吐いてもらわないとね。さて、何目的なのかしら?」

 再び馬乗りになり、シピスの鼻を小突く。


「……退いて」

 何か言ったような気がするが、声が小さかったのか聞こえない。

「リール、ヴィネ。なんて言ったか聞こえた?」

 私はリールとヴィネに訊いてみたが、2人も聞こえなかったらしい。

「ねえ、シピス。なんて言ったの?」と、リールは訊ねる。


「……退いて」




「――――退かないと、殺すから」

 右手で目から零れ落ちた涙を拭い、左手の人差し指をお姉ちゃんの目に突きつける。

 ……『アレ』だ。アミュに向けて放った、『アレ』を繰り出そうとしている。

 退いても、きっと殺しにかかってくるはずだ。




「――――避けて、お姉ちゃん!」

 その声と同時に、リールとヴィネがシピスに飛びかかる。

「……避ける? どういう――――」






「――――バァーン、バァンッ……」






 ニヤリと嘲るように笑いながらあの『呪いの呪文』を唱えると、人差し指から何かが放出され、それがお姉ちゃんの右耳に微かに触れる。


「……」

 右耳を見ると、触れた部分から血がゆっくりと流れ落ちている。




「――――お姉ちゃん、お姉ちゃん!」






「――――安心しなさい、トーカ。私は大丈夫。当たったところが耳でよかったわ」

 少し苦しい表情を見せ、やさしく言う。






 ――――自分に「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせても、そこはかとなく嫌な空気が変わってくれない。




 ――――変われ、変われ。


 19.人傷スイッチ・蛆虫ボタン・卑劣レバー END

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